迷路 Ⅰ
「えっ……嘘でしょ……? どうして……っえ?」
華凛が困惑した声を上げている。真と彩音が見ている方へ華凛も目を向けていた。最初は訳が分からなかった。入ってきた入口の扉が無くなっていることに一瞬気が付かなかった。だが、今は分かる。ここから出ることができる扉は無くなっているということが。
「真……どうなってるのよ? 迷路にしたってどういうことよ? 入口の扉はどこに行ったのよ?」
翼が縋りつくように真へ質問を投げる。通ってきた扉が無くなっている。今どういう状況にあるのか、理解が追いつかない。
「俺達は……閉じ込められた――いや、正確に言えば閉じ込められたわけじゃないけど、俺達は迷路の中に放り込まれたんだと思う……。入ってきた扉が消えてるのもそのせいだ」
苦虫を噛み潰したような顔で真が答えた。
「迷路……? 王城が迷路になった言ってたけど……」
「そうだ……。アルラヒトの能力で王城を迷路にされた。俺達はこの迷路を突破しない限りは異界の扉どころか、外に出ることもできない……」
真は床に落ちている仮面を睨みながら言う。慎重に行こうと言っていた傍から、まんまと罠に嵌められた。アルラヒトの本体も今頃嗤っているのだろう。このピエロの仮面と同じように。
「そんな……。早く異界の扉を閉じないといけないのに……」
美月は外の様子も気になっていた。『ライオンハート』と『王龍』が動いているのだから、任せておいて大丈夫だとは思うが、自分たちが早く異界の扉を閉じないと犠牲者が増える一方だ。
「行くしかないだろ。時間はまだあるんだ。焦っても仕方がない」
真が自らを鼓舞するように声を上げる。足止めを喰らうことになるが、それで焦っても問題は解決しない。兎に角動くしかない。
「そう……だね。あれこれ考えてる場合じゃないよね。取りあえず先に進もう」
美月も気を取り直して、進むことを選択した。真が言う通り、まだ時間は残されているのだ。
「ちょっと待って、ごめん。深呼吸させて。頭がついてきてないから、一旦落ち着かせて」
翼はそう言うと、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。それを数回繰り返す。いきなり王城が迷路になったと言われても、『はいそうですか』とすんなり理解できるものではない。分からないことは多いが、何よりも混乱している頭を正常に戻すことが大事だ。
「ふぅ……。ありがとう、少し落ち着いたわ」
「ああ、それじゃあ、先に進むぞ」
どうやら翼は一定の落ち着きを取り戻したようだ。それを見た真が歩き始めると、他のメンバーも歩き始めた。
「とは言ったものの……どこから手をつけるか……」
真達は再び進みだしたのだが、すぐに足を止めることになった。玄関のある建物の先には本来、庭園があるのだが、今はアルラヒトの能力により迷路と化した王城内になっている。長い廊下とその両脇にある幾つもの扉。進むにしてもいきなり多数の選択肢を提示されている状態だ。
「虱潰しに扉を開けて、中を確認していくしかないんじゃないの?」
翼が思いついたことを口にする。扉が数多く並んでいるのなら、その全て調べていけばいいとの考え。
「私は、まず全体を掴むことが先決だと思います。扉は一旦無視して、この廊下がどこまで続いているのか確かめてみませんか?」
反対意見を出したのは彩音だ。まだ迷路の入口しか把握していない状況だ。まずは大まかにでも迷路の全体像を掴んでおきたいところ。
「どっちも言ってることは間違ってないんだけどな……。美月と華凛はどう思う?」
二人の意見を聞いて真が悩んだ。翼も彩音も間違ったことを言ってるわけではな。どういったアプローチをするか。結果としてどちらが早く迷路を攻略できるのかは結果が出てみないと分からないことだ。
「私は……そうだね、彩音の意見に賛成かな」
美月が悩みながらも返事をする。数多くある扉のどれが正解なのか分からない。片っ端から調べて行けばいずれ正解に辿り着くのだろうが、効率が良いとは思えなかった。それなら、この廊下がどこまで続いているのかを先に確認しておいた方が良いだろう。
「私は真君に付いていくだけだし」
華凛がボソッと呟いた。今はそういう意見を求められているわけではないのだが、華凛なので仕方がない。
「そうか……。最終的には翼の言う通り、虱潰しで調べないといけないと思うけど、今は彩音の案で動こう。俺もこの廊下の先がどうなってるのか確認しておきたいしな」
廊下がどこまで続いているのか。それをまず確認することを真も選んだ。
「了解。私もそれでいいわよ」
翼も特に反論することなく同意した。
そして、真達は長い廊下を歩き出した。内装は王城の本殿の中と大差ない。大理石の床に絨毯が敷かれている。所々に丁度品が飾られており、豪奢な空間を演出している。
ただ、不気味なのはそれがずっと続いているということ。長い廊下の景色は変わり映えすることなく、同じ光景が続いている。いくら豪奢に飾ってあっても、迷路であることを実感させられる。
しばらく歩くと廊下は左方向へ直角に曲がっていた。一本道であるため、真達は廊下の角を曲がるとまた直線の廊下が見えた。距離にして数百メートルはあるだろうか。その両脇にも数多くの扉が並んでいる。
「行ってみよう……」
真はそう言うと廊下を進みだした。それに対して他のメンバーも無言で歩いていく。
窓のない廊下を歩く。外の景色が見えないというのはどうも閉塞感を感じる。しかもコピーしたように同じ内装が連続で続いているだけの空間だ。余計に窮屈さを感じてしまう。
それでも、廊下を進むこと数百メートル。再び直角の曲がり角に来た。曲がっているのは左方向。
真は黙ったまま角を曲がると、その先も長い廊下が続いていた。その距離も数百メートルほど。一つだけ違うのは廊下の両脇に扉がないこと。壁がずっと続いている。廊下の先は遠すぎてここからでは見えない。
今までと違い、扉が見当たらないことは助かった。調べる扉の数が多いとそれだけ手間を取られてしまう。長いだけの廊下なら取りあえず行ってみればいいだけだ。
そのこともあってか、真達は少しだけ足取りが軽かった。数百メートルある廊下を黙々と歩き続けると――その先には一つの扉があった。正面に構えるようにして、片開の扉が真達を待っていた。
「廊下はコの字型になってるみたいだな」
真が振り返り口を開いた。玄関にあたる建物を出て長い直線の廊下を進んだ。その先を左に曲がり、さらに進んで左に曲がった。そして、辿り着いたのが今いる場所。
「この扉だけ、他と違って正面にありますけど……どうします?」
不安気な顔の彩音が真に問いかける。今までの扉は廊下の両脇に設置されていた。だが、この扉は進行方向の正面に位置している。この先に進むためにはこの扉を開ける他ない。
「あからさまに正解ですよっていう雰囲気が気に入らないわね……」
胡乱気な表情で翼が言う。どうも誘っているようにしか思えない。
「俺は大丈夫だと思うぞ。まだ、迷路に入ったばかりだ。この扉の先も同じような廊下が続いてる可能性もある。正面にあるだけで、通路の一つでしかないと思うけどな」
真の意見は少し違っていた。まだまだ迷路は続いていると真は考えている。この扉に特別な意味はなく、ただの通過点でしかないと思っていた。
「そうなんだ……。言われてみればそんな感じがするけど、どうする? 扉を開けてみる?」
美月が真の方に目をやる。美月も真が言う通り、正解でも不正解でもない。ただの通路なのだろうという気がしていた。
「一度、扉を開けて先を見てみよう。それから、一旦戻って、今まであった扉を確認して回る」
「うわ……面倒……」
真が言ったことに対して、華凛が思わず口にしてしまった。基本的に真に付いていく華凛だが、流石に面倒だということが勝ってしまった。
「そう言わないの華凛。手間だけど、一つずつ確認していかないとね」
美月が宥めるように華凛に声をかけた。美月としても真の意見は面倒だと思うが、どれが正解なのか分からない状況では、他の案を提示することができない。
「……分かったよ……」
華凛としては美月に言われるのは、真の次に弱い。自分を受け入れてくれた美月の言うことは無下にはできないからだ。
「まぁ、取りあえず開けるぞ」
真はそう言うと、徐に扉の取っ手に手をかけた。鍵はかかっておらず、すんなりと扉は開いていく。
扉を開いた先にあったのは、下り階段だった。1階分の下り階段。その先にも扉が見えている。
「下に続く階段か……。正解のルートの可能性はあるな」
真の経験上、RPGのダンジョンでは階段は奥に進むルートに続いていることが多い。中には階段の先に宝箱があるだけというのもあるが、ハズレの階段というのはあまり見たことがない。だから、真の中では、階段≒正解という公式が出来ている。
「だったら、他の扉は無視して進む?」
正解の可能性と聞いた翼が訊いてきた。この先が正解のルートであれば、わざわざ他の扉を調べる必要はない。
「いや、他の扉も調べておこう。あくまで正解の可能性があるっていうだけだ。できる限り迷路の全体像を把握しておきたい」
単純に娯楽としての迷路だったら行き当たりばったりで問題はない。だが、この迷路は罠として用意されたものだ。真はその点が気になっていた。もし、迷ってしまったら後戻りできるのだろうかという不安。だから、手間をかけても迷路の構造を把握しておきたかった。
「私も真さんの意見に賛成です。見落としがあった場合のロスがないようにしておいた方が良いですよね」
彩音が真に同調する。最初は翼の言う虱潰しに探すという方法を取らなかったが、それは先に迷路の大枠を掴みたかったから。下に行く階段があるということは、この先は別のフロアと考えるべきだ。今いるフロアには確認できていない場所がまだまだあるので、先にそちらを確認してから、下に行くかどうかを考えた方が良い。
「私もそれが良いと思う」
美月も他の扉を調べることに賛成し、真達は今まで歩いて来た廊下を引き返していった。