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混乱の中 Ⅱ

真達と『ライオンハート』第二部隊の混成チームが王城前広場まで来た時には、人の姿は影すら見えなかった。その理由は明白で、王城の上空が異常な色に染まっているから。


ただでさえ、王都の空は紫紺色に染まって、不気味な雰囲気になっているのだが、それにも増して王城の空は異様だ。


その美しい外観から、貴婦人に例えられるセンシアル王国の王城。だが、今は王城の上空は紫紺色を通り過ぎて、黒紫色に染まっている。総志が言っていた、『他よりも濃い異常性』というのはこのことだろう。明らかに異常の原因がここにあるといった感じだ。人々がここから離れるのも当然のこと。


「確かに異界の扉は王城の中にありそうだな」


濃い異常性を示した空を真が見上げる。突如現れた異界の魔人。その魔人が通ってくると推測される、異界の扉。それがある場所の目印としては分かりやすいくらい。


「蒼井さん……。後のことはお任せしてよろしいですか……?」


強張った表情の坂下が言った。坂下もこの先がより危険な領域に入ることを感じ取っているのだろう。自分が行けないところに『フォーチュンキャット』のメンバーを行かせることに葛藤しつつも、他に頼れるものはない。


「ああ、ここまで来れたら、あとは王城を攻略するだけだ」


坂下の緊張に反して、真は特に怯える様子はない。


「そう……ですね。すみません、僕達にはここまでしかできないので……」


坂下は自分が非力であることを痛感していた。真がグロテスクな魔人に対しても果敢に斬りかかっていった。この美少女にしか見えないベルセルクが、そんなことをやってのけるなんて、未だに信じられないくらいだ。


「いえ、そんなことは。ここまで連れて来ていただいただけでも助かります」


自分を卑下するような坂下に美月が慌ててフォローを入れた。坂下は社会人だろう。美月達よりも当然年上だ。目上の人に畏まれるのは、今までにも何度か経験しているが、やはり慣れるものではない。


「あの……。こんなこと、聞くのは失礼かと思いますが……」


篠原が美月に近づいて口を開いた。何やら聞きたそうな顔をしているが、同時に聞きにくそうな顔をしている。


「えっと、どうぞ」


何を聞かれるのか想像もできない美月はとりあえず、質問を聞いてみるしかない。


「大変失礼なことなんですが……。その……、蒼井さん以外の方は、怖くないのですか……?」


それは篠原の素直な疑問だった。『ライオンハート』の第二部隊として、ゼンヴェルド氷洞でのミッションを『フォーチュンキャット』と共に遂行した。その時、真以外のメンバーは後方に下がっていた。その時の印象は、第二部隊の自分たちと大差ないということ。それが、今では最も危険な場所へ足を踏み入れようとしている。


「怖い……ですよ」


ポツリと美月が答えた。その声に真や他のメンバーも聞き入る。


「でも、私は……私達は決めたんです。強くなるって。いつまでも真に頼るだけの私達じゃないって……。だから、こうして真について行くんです」


美月が篠原の目を見つめる。決して自分たちの力に自信があるわけではない。だが、決意はある。その決意が揺らがない限りは前に進む。


「そういうことですよ! 私達だって、昔のままじゃないんですから! ゼンヴェルド氷洞の後にもミッションをクリアしてきてるんですよ!」


美月に続いて翼が口を開いた。意気込みだけで前に進んでいた昔の自分とは違う。確かな力を付けて前に進んでいる。翼はそう実感できるようになってきていた。ただ、声が震えていることは美月にも分かった。


「私は真君について行くだけだし……」


華凛が小声言う。実力でいえば、華凛が一番低いだろう。ミッションに参加するようになったのも、『フォーチュンキャット』に入ってからだ。それまでは、亡き親友たちとその日の糧を得るだけのことしかしていなかった。それでも、今、こうして真の横に立っている。


「私も怖い……ですよ。そりゃあもう、今すぐにでも逃げ出したいくらいに。でも、真さんは反対しなかったんですよ。以前だったら、私達がついて行くことに絶対反対してました。それって、真さんから見ても私達が戦力になっているっていうことでしょ?」


彩音が真を見て微笑む。表情は硬く緊張しているが、それでも微笑んで見せた。


そして、『真さんは反対しなかったんですよ』という彩音の発言に、他の『フォーチュンキャット』のメンバーが真の方へ目を向けた。


「いや、まあ、ほら……。反対しても来るだろ? それにさ……、俺一人ではどうにもならなかったこともあったわけだし……」


頭を掻きながら真が答えた。ゲームを元にして作られた世界だから、ゲームの知識が深い真にアドバンテージがある。それに戦闘能力で言えば、真が圧倒的に高い。それでも、真一人では死んでいたであろう場面は幾度かあった。イルミナの迷宮では、天井が下がってくる罠を解除するのに、美月の回復能力が必要だった。敵を倒すことしかできない真には絶対にクリアできない罠だった。


戦うだけなら真一人で十分だ。だが、この世界は強いだけでは攻略できない要素がある。それこそ、ゲームとして仲間の協力を強制してくるような要素だ。


「とまぁ、そういうわけです。怖いですけど、私達には真がいますから。どんなに怖くても真がいれば、前に進めます!」


最後にもう一度、美月が力強く答えた。それに対して反論する者はいない。どれだけの実力を身に着けてきたのかは篠原にも坂下にも分からないが、今ここに立っていることが実力の証明だ。何も言うことはない。


士気を高めたところで、いざ王城へという時に、低い男の声が割り込んできた。


「良い話の最中で悪いが、空気の読めない奴らが出て来たぞ!」


警告を発したのは高木だった。既に剣を抜き盾を構えている。その声で、一気に緊張が走った。


冷たく嫌な風が吹く。木々が擦れる音でさえ不快に感じる。さっきまでの雰囲気が一変。全員が臨戦態勢に入った。


高木が睨む目線の先に注目すると、そこには魔人が数体近づいて来ていた。


「高木さん、こっちにも」


高木班の一人、ビショップの女性も警戒を呼び掛ける。高木が見ている方とは反対側からも魔人が数体来ていた。


「こっちからも来てます!」


坂下も声を上げた。魔人は四方からこちらへと近づいてきていた。その数は40体~50体ほどだろうか。『フォーチュンキャット』と『ライオンハート』の第二部隊を合わせて19人。


「くそっ! 囲まれてるな」


高木が吐き捨てるように言う。敵の数はこちらの倍以上はいるだろう。いつの間に囲まれていた。


「蹴散らせばいいだけのこと!」


真が大剣を構えて声を上げる。


「そういうことだな! 蒼井、頼ってばっかりで悪いが、やってくれるな?」


高木がニィっと犬歯を覗かせた。


「魔人は俺が片づけてくれるって、紫藤さんも言ってたからな。ギルドの配当金、色付けてくれよ!」


真はそう言うやいなや、目線の先にいる魔人の集団に向けて走り出した。


<レイジングストライク>


<ソードディストラクション>


真はこれだけで、魔人の包囲の一角を潰した。それだけでは止まらず、近い距離にいる魔人へと標的を切り替えて駆けていく。


「悪いが、第二部隊に配当金の発言権はないんだよ」


返事を聞かずに突っ走っていった真が悪いと言いたげに、高木が笑う。だが、それもすぐに切り替えて、残ったメンバーに向けて指示を出した。


「蒼井が大方片づけてくれるが、残りは俺達でやるぞ!」


「「はい!」」


高木の号令で『ライオンハート』の第二部隊と美月達も動き出した。


真が向かった方とは反対側にいる魔人に狙いをつけて高木が向かっていく。数は8体。


<ライトオーラ>


高木が周囲の敵のヘイトを増加させるスキルを使用した。ライトオーラはパラディンが使えるスキルで、敵にダメージを与えることはないが、周りの敵に自身を狙わせる効果がある。


「うおおおおおおーーー!」


高木に続いて前に出てきたのは大柄のスキンヘッドの男。手に持っている片手斧を振りかざして魔人に向かって行く。


<デモンアクセル>


ダークナイトの男が魔人に向けて片手斧を振り下ろす。デモンアクセルは範囲攻撃と同時にヘイトを増加させる効果がある。


ダークナイトが使える範囲攻撃とヘイトを増加させるスキルは他にもマリスヴォーテクスというものがあるが、そちらは、より範囲が広いが攻撃力は低いという特徴を持っている。


高木がある程度の魔人を引き受けてくれているので、マリスヴォーテクスを使うと邪魔になってしまうため、デモンアクセルを選択した。


「キィオアエエエエーーー!!」


魔人がけたたましく叫び声を上げると、高木達に向かって飛びかかってきた。


「くらえー!」


<アローレイン>


翼が紫紺色の空に向けて矢を放つ。数瞬の間を置いて、放たれた矢が驟雨のように魔人達に降り注いだ。


アローレインはスナイパーの持つ範囲攻撃スキルで威力も高い。


「まだー!」


<バーストアロー>


翼は手を止めることなく、次のスキルを放つ。バーストアローは着弾と共に矢が爆発四散する範囲攻撃スキル。威力はアローレインに劣るが、その分再使用にかかる時間が短い。


「こいつら、ほんとに気持ち悪い……」


<ショックフェザー>


少し遅れて華凛が攻撃に参加する。サマナーである華凛が召喚したのは風の精霊シルフィード。放たれたのは無数に舞う白い羽。


ショックフェザーは、風に舞う羽に触れると麻痺してしまうという効果がある。無数に舞う白い羽を全て回避することは不可能に近い。当然、魔人達もショックフェザーの結界の中で羽に触れてしまう。


麻痺が効く相手であれば、効果範囲内に入った敵全てを麻痺させるという極悪スキルがショックフェザーである。当然、再度使用するまでのインターバルは長い。


「皆さん、頑張ってください!」


<ライフフィールド>


華凛が敵を足止めしてくれている間に美月が回復スキルを使う。ライフフィールドは範囲内の味方を継続して回復する効果がある。攻撃受けている高木達を包み込むように癒しの光が溢れ出す。


「一気に畳みかけます!」


<サイクロン>


彩音も攻撃に参加する。魔人達を飲み込むように竜巻が発生。麻痺して動けない魔人を容赦なく風の牙が襲いかかる。


華凛のショックフェザーが効いている間にできるだけ敵を倒してしまいたい。だが、魔人もただの雑魚ではない。


高木率いる『ライオンハート』の第二部隊も懸命に攻撃をしているが、麻痺の効果はそこまで長くない。麻痺が切れた魔人達は口を左右に大きく開けて襲い掛かってくる。


「ぐっ……。こいつら、結構強いんじゃねえかよ……」


高木が苦悶の表情を浮かべて魔人の攻撃を受け止める。その間にも『ライオンハート』の第二部隊と『フォーチュンキャット』のメンバーが必死に攻撃を加え、美月も懸命に回復スキルで応援する。


数では魔人8体に対して、高木班+αは18人。倍以上の数で応戦しているにも関わらず、対等の戦いになっている。


「一体ずつ確実に仕留めろ! とにかく数を減らせ!」


それでも、数で勝っている高木達が有利だ。魔人を一体倒すごとに状況は楽になっていく。攻撃をする手にも力が入り、勢いを増して魔人達を一体、また一体と倒していく。


「もう少しだ! 押せー!!」


そして、最後の一体を倒し終える。


「よしっ! 片付いた!」


無事、全部の魔人を倒し終えた高木が思わず声を上げた。他の魔人はどうなっているのかと気になり、辺りを見渡すと。


真が悠々と歩いて来ていた。魔人の姿はどこにもない。30~40体の魔人を一人で蹴散らしたのだが、息も切らさず美月達に声をかけている。美月達もそのことに違和感を感じることなく応えている。


「まったく……。なんなんだあいつは……?」


何事もなかったように平然としている真を見て高木が独り言ちた。


「ええ……、あれを見せられると、自分たちは本当に強いのだろうかと疑問に思ってしまいますね」


高木班のビショップの女性が同意する。18対8の戦いでも自分たちは必死で戦った。それに対して真は1対40前後にも関わらず、余裕を持っている。『ライオンハート』の第二部隊として持っていた自信も無くしてしまいそうだった。


「あいつが特殊なんだろろう……。さてと――蒼井」


気持ちを切り替えて高木が真を呼ぶ。「ん?」と反応した真が高木の方へと行く。


「俺達の役目はここまでだ。話の途中で邪魔が入ったが、あとは『フォーチュンキャット』に任せる。おそらく王城の中に異界の扉っていうのがあるんだろう?」


「そうだと思う」


「お前達ならできると信じてる。街のことは気にせずにやってくれ。『ライオンハート』と『王龍』でなんとかする。異界の扉は頼んだぞ!」


「ああ、分かった!」


真はしっかりとした目で返事をすると、『ライオンハート』の第二部隊と分かれ、王城へと向けて足を運んだ。





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