合流 Ⅱ
「私達が異界の扉を……」
それを口にしたのは美月だった。今回のバージョンアップでの最重要課題は異界の扉が完全に開くまでに閉じることだ。『ライオンハート』と合流したのも、異界の扉に関する情報が欲しかったから。
「そうだ、お前たち『フォーチュンキャット』に頼みたい。蒼井の情報はあまり表に出したくはないが、状況が状況だ。同盟には緘口令を敷くが、多少噂は出るかもしれない」
総志が美月に目線を変えて答える。
「噂になるのは……少しくらいなら構いませんが。その……、『ライオンハート』さんや『王龍』さんではなく、私達にですか?」
美月にとって予想外だったのは、総志が『フォーチュンキャットにやってもらいたい』と言ってきたこと。総志は真の力が絶大だということを理解している。同時に『フォーチュンキャット』実力も把握している。だから、真を中心に異界の扉を閉じるメンバーを『ライオンハー』と『王龍』の中から選抜するのだと思っていた。
「意外だったか?」
「ええ、まぁ……そうですね……。少なくとも紫藤さんは異界の扉を閉じに行くのかなと」
「それはバージョンアップの告知を見た時、真っ先に考えた。俺と蒼井が異界の扉を閉じに行くことが最も効果的だからな。だが、すぐに考えを改めた。街に魔人が現れたからだ。街にいる人の救助をするためには、俺と葉霧が指揮を取らないといけない。同じ理由で『王龍』の二人にも待機してもらっている」
総志の話を聞いて、真達が姫子と悟の方を見た。
「そういうことだ。だから、私も悟もここを動けない。異界の扉を閉じるのと魔人の対処は同時にやらないといけない状況だ」
姫子が少し残念そうに答えた。パラディンの中では最強と言わる『王龍』の赤峰姫子。頭を使う指揮系統よりも現場で戦う方が性に合っているのだが、混乱してる街を纏めるには柱となる者がいないといけない。それが紫藤総志と赤峰姫子だ。
「それに、お前達は蒼井について行くのだろう?」
総志にしては珍しく、少しだけ面白そうに言った。
「そう、ですけど……反対はしないのですか?」
美月が率直な疑問をぶつける。総志の判定では、真以外の『フォーチュンキャット』のメンバーの実力は高いと評価しつつも、ミッション等の危険な任務を任せられるほどとは思っていないはず。
「反対する理由がない。イルミナの迷宮を突破した実力があり、自由に動ける人材だ。先日のバージョンアップでも危険な任務をこなしたのだろ? 人選としては間違っていない」
「えッ!? 紫藤さん知ってたのか!?」
思わず声を上げたのは真だ。総志の言う先日のバージョンアップとは、シークレットミッションでタードカハルに行った時のものだ。“シークレット”とされているため、総志にもそのことは話をしていない。
「何をしたのかは知らない。だが、お前たち全員が王城に行ったことと、その後タードカハルに行ったという情報が入っている。会議中に蒼井が突然誰かと話だしたことも考慮したらバージョンアップとの関係は容易に想像がつく。バージョンアップと関係がある以上、危険な案件をやらされたということだ」
総志はお見通しだった。『ライオンハート』の情報網があれば、真の動向などほとんど筒抜けも同然。シークレットミッションのことまで辿り着いていないのは、単にそこまで詮索しなかっただけのことだろう。
「そうか……。まぁ、俺達に要請した理由は分かった。それで、肝心なことだけど、異界の扉がどこにあるのかは検討がついてるのか?」
『ライオンハート』も『王龍』も街に出現した魔人の対応で追われている。魔人討伐の態勢を整えて、混乱を収束させないと犠牲者が増える一方だ。そうなるとどうしても人手がいる。となれば、少人数でも結果を出せるチームの存在が必要。それが『フォーチュンキャット』というわけだ。
「それに関しては情報が入っている」
「凄いな……どんな情報網持ってるんだよ……」
「大したことではない。空の異常さが“濃い”場所を見つけた奴がいただけだ」
「異常さが濃い場所?」
総志の言葉に真が疑問符を浮かべる。バージョンアップと同時に空は紫紺色に染まり、辺り一面が異様な風景に変わった。同時に魔人が出現したため、当然のように両者を結び付けていたが、その空の異常さが濃い場所などあっただろうか。
「王城の真上だ。報告では、王城の空は一際濃い色をしているということだ。異変の中心は王城と見て間違いないだろう」
「そこに異界の扉があるっていうことか……。だけど、結論を出すには足りなくないか?」
真の指摘はもっともだった。王城の上空が他よりも濃い異常性を示している。それは確かに異界の扉がある有力候補だろう。だが、それだけの情報で異界の扉があると結論づけるにはいささか早計のような気がする。
「時間がない。最初から設けられている制限時間自体が短いのだぞ。考えられる場所が他にない以上はそれに賭けるしかない」
「当然のことながら、異界の扉の捜索は続けるし、もし、他のところに扉が見つかったのであれば、すぐに王城に駆け付けて蒼井君に報告をする」
時也が総志の話を補足した。ちゃんと保険はかけてあるということだ。念のために異界の扉を探し続けるというのは、人数を確保できる『ライオンハート』だからできること。
「それなら、すぐにでも王城へ――」
真が話をしている最中のことだった。バンッ! と大きい音を出して『トランクイル』の扉が開いた。その音に反応して、全員が入口の方へと視線を向けた。
「し、紫藤さん! た、た、大変んです! 商業区に! 商業区に!」
入口の扉を騒々しく開けたのはビショップの男性だった。血相を変えて、大声で叫んでいる。『ライオンハート』に所属しているのだろうが、戦闘向けの部隊ではなさそうだ。
「大丈夫です。落ち着いてゆっくりと報告してください」
入口近くにいた『ライオンハート』第一部隊の女性が優しく声をかけた。ビショップの男は大きく息を吸い込むと、少しだけだが落ち着きを取り戻して、話を続けた。
「商業区に魔人が多数現れました! か、数は分かりません。見えただけでも20~30体はいたと思います。いや、もっといたかも……。ああーッ分からない! とにかく魔人が多く出てきたんです!」
ビショップの男は何とか記憶から魔人の数を割り出そうとするが、上手くいかなかった。あくまで見えた範囲で20~30体くらいいたような気がするだけ。見えない範囲の数など分かりようがない。必死で逃げてきたため、正確な数など数えていない。
「葉霧、対応を頼む」
総志は短くそう言うと、時也はスッと立ち上がり『了解した』と返事を返す。
「『ライオンハート』の第一部隊はこっちに来てくれ」
時也は待機している第一部隊のメンバーに声をかけると、場所を移動していった。すぐさま第一部隊のメンバーも動きを見せる。
「そういえば、椿姫と咲良は?」
真は『ライオンハート』の第一部隊である和泉椿姫と七瀬咲良の姿が見えないことに気が付いた。
「あの二人には先に現場に行ってもらっている」
総志はそれだけ言ってきた。そのことに関して、真はすぐに納得をする。応急対応としてその二人を向かわせたのだ。戦闘能力だけでいえば咲良は優秀なアサシンだ。だが、状況判断能力ということを考慮すれば、不安が残る。戦闘能力と状況判断能力の両方に優れた椿姫をセットにしたのは正しい選択と言える。
そんなやり取りも束の間、新たに『トランクイル』の扉を開ける者がいた。今度はソーラーの女性だ。
「赤峰さん、準備ができました」
ソーサラーの女性は店の奥へ入ってくるやいなや、姫子にそう告げた。
「悪い、私らは魔人の駆除を指揮しないといけない。後のことは紫藤さんの指示に従ってくれ」
「あ、ああ……分かった」
真の返事もまともに聞かない間に、姫子は待機していた『王龍』のメンバーを引き連れて外へと出て行った。
どんどんと変わっていく状況。その中心に真達もいるのだが、付いて行けていない。その反面、総志や姫子は状況に対応するために動くことができている。何をしないといけないのかということを正確に把握し、的確な指示と行動ができる。社会に出たことのある者とそうでない者の差だ。
「『ライオンハート』の第一部隊は突発的な状況への対応のため待機。第二部隊と第三部隊は蒼井の捜索を命じていたが、帰還を命じた。『王龍』は集めた情報から魔人の討伐隊を編成していた。その準備が今整ったから、討伐に向かうところだ。『ライオンハート』の第二部隊と第三部隊は帰還後『王龍』と同じように魔人の討伐に乗り出す。他は情報収集と人の誘導。場合によっては戦闘に参加してもらう」
現状でどういう動きをしているか把握できていない真に総志が説明をしてくれた。真は今回も要となる人物だ。中央でどんな動きをしているのかは教えておくべきと総志は判断している。
「そうなんだな……。それじゃあ、俺達はどのタイミングで――」
真がいつ動き出せばいいのかと聞こうとした時。また、『トランクイル』の扉が開いた。扉を開けたのはパラディンの男性とビショップの女性。表情は硬いものの落ち着きはある。
「『ライオンハート』第二部隊所属。高木以下11名帰還いたしました」
高木と名乗ったパラディンの男性が大きな声で報告をする。一緒にいるビショップの女性は補助的な役割だろうか。
「ご苦労だった――。坂下、篠原」
「「はい」」
総志に呼ばれた坂下と篠原がすぐに返事を返す。
「高木班と一緒に蒼井を王城まで送ってくれ。途中にいる魔人は蒼井が処理してくれる。お前たちは群衆を誘導して蒼井が通れる道を作ってくれ」
「了解しました」
「高木、帰還してすぐで悪いが、聞いての通りだ」
総志が労いの言葉も早々に別の指示を出す。人使いが荒いといえばそうだが、今は緊急事態。使える駒をすぐに使う臨機応変さは驚嘆に値する。
「はい。問題ありません。私としても蒼井の戦いをもう一度見たいと思っていたところです」
どうやら高木という男は一度真の戦いを見ているらしい。おそらくゼンヴェルド氷洞でのミッションの時だろう。あの時にいた『ライオンハート』の第二部隊の中に高木もいたのだ。
「そういうことだ。お前もこれからどうしたらいいのか聞きたかっただろ? すぐに出発してくれ」
真の考えていることを見透かして総志が言ってくる。その通りであるため、真には反論の余地もない。
「あ、ああ……。行ってくる……」
目まぐるしい状況の中で、的確且つ迅速な判断で捌いていく総志に、真達『フォーチュンキャット』は流されるままに王城へと向けて出発していった。