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異変 Ⅱ

異様に変化した空と共に景色も紫紺色に染まっていく。当然、皆もすぐにその異変に気が付いた。


「な、なに……!?」


華凛の声は怯えるように震えている。バージョンアップが実施された直後に景色が紫紺色に染まった。双方を関連付けることは容易だ。


「どうなってるよの!?」


翼がすぐに窓に駆け寄って外の景色を確認する。見上げた空は一面に紫紺色に染まっている。雲は一つもない快晴だが、透き通るような青さはどこにもなく、不気味な色が広がっているだけ。


「どういうこと……?」


翼に続いて美月も外の景色を確認するため窓に寄る。街の様子は誰もが混乱している状態。現実世界の人間だけでなくNPCも落ち着きを失っており、ざわざわと騒々しい声が聞こえてくる。


「バージョンアップ……が原因ですよね? ま、真さん……バージョンアップの内容は……」


恐る恐る彩音が質問した。この状況は間違いなくバージョンアップによって引き起こされたものだ。それは誰もが想像できた。では、そのバージョンアップの内容とはいったいどういうものなのか。真がこの状況で黙ったままなのが気になる。嫌な予感しかないが聞かざるをえない。


「……今回のバージョンアップなんだが――」


真が口を開いた時だった、開けた窓から次々と怒号や悲鳴じみた声が入ってきた。


「なんなんだよこれッ!?」

「意味わかんねえよッ!」

「こ、これどういう意味なのッ? ねえ、どういう意味なのよッ!?」


他にも聞き取ることはできないが、似たような声を発する者、何もできずに呆然とする者、オロオロとする者など。街の様子は騒然となっている。


「今回のバージョンアップは……最初から時間制限を付けてきた……」


苦し気な表情で真が言う。外の騒がしさの原因もこれだろう。突然、制限時間があると言われてもどうしていいか分からない。


「最初から、時間制限って……」


真の言ったことに美月が愕然となる。エル・アーシアでのミッションも時間制限付きだった。ミッションの話を聞いただけで、ミッション参加とみなされ、唐突に時間制限を設けられた。あの一件以降、ミッションのことを調査する際は慎重になっていた。だが、真の話では、すでに時間制限が付いているということ。


「な、中身は……?」


緊張した声で翼が訊いた。自分でバージョンアップの内容を確認する勇気がない。それでも、真の口から教えてもらえるのであれば、なんとか向き合える。


「……どう言ったらいいんだろうな……」


だが、真はすぐに答えることができずにいた。何か悩んでいるようにも思える。


「真君……危険な内容なの……?」


不安気に華凛も訊いた。そもそもバージョンアップの内容は危険なものしかない。単純に『ミッションが追加されました』とだけ表記されていても、そのミッションが危険なものなのだ。あとは、その危険性をどこまで推測できるかということ。


「……書いてある内容から危険だってことは一目瞭然だ。今回は分かりやすいくらいに危険だってことが伝わってくる……」


「ど、どんな内容なの……?」


結局のところそこに至る。だが、華凛も最初は真の口から教えてほしかった。真から聞く前に、自分の目でメッセージを確認するのは怖い。


「……取りあえず、書いてあることをそのまま読むぞ……。『異界より魔人が召喚されました』と『異界の扉が完全に開くまで、残り時間 35時間54分』……。この二つだ……」


「異界から魔人……? 異界の扉が開き切るまでって……?」


美月は真が言ったことの内容についていけていなかった。異界とはどこなのか? 魔人とは何のか? 異界の扉が開くとはどういうことなのか? どれもこれも分からないことだらけ。


「今ある情報だけで推測すると……。召喚された魔人は間違いなく敵だ。異界っていうのがどこかは分からないけど、普通のモンスターとは違う、異質の存在っていうことだろう。だから、わざわざ“異界”っていう言葉を使ってる」


「そ、それじゃあ……異界の扉っていうのは……」


「召喚された魔人は、異界の扉を通って来たんだろうな。その扉はまだ完全に開ききった状態じゃない。俺達がやらないといけないのは、その異界の扉が完全に開ききる前に閉じてしまうこと……だと思う」


真が今思いつく限りで考えを提示した。だが、分からないことはまだまだある。肝心の“異界の扉”がどこにあるのかさえも分かっていない。


「真さん……。その“異界の扉”が完全に開いたら……どうなるんでしょうか……?」


胸の前で手をギュッと握ったまま彩音が質問を投げた。彩音も大方の予想は付いている。それでも、真の意見を聞きたい。


「まず、『異界から魔人が召喚されました』という文言から、既に魔人は召喚されてると考えていいだろう。次に『異界の扉が完全に開くまで――』とうい文言。今は異界の扉が中途半端に開いてるってことだ。既に扉を通ってきている魔人とまだ来ていない魔人がいるっていうことだと思う。問題は『まだ来ていない魔人』だ」


真の話を皆が固唾をのんで聞いている。真がずっと黙っていたのはこのことを考えていたからだ。


「考えられるパターンは3つ。1つは、既に召喚されている魔人とは比べ物にならないくらいに強大な魔人。2つ目は、異界から魔人が無尽蔵に入ってくるっていうこと。3つ目のパターンは1つ目と2つ目の合わせ技」


重々しい顔で真が考えを述べる。想像したくもないような推測だが、他に考えられるものはない。


「真さん……、もし……もしですよ……。制限時間内に異界の扉を閉じることができなかったとして……。私達は……その……お、終わってしまうんでしょうか?」


彩音が聞きたいことは『制限時間を超過したら私達は死ぬことになるのか』。だが、彩音は『死』という言葉を使えなかった。その言葉を使ってしまえば直面しないといけないから。『終わってしまう』というのも同じ意味合いだが、『死』という言葉を口にすることで、周りの動揺が強くなることを恐れた。


「エル・アーシアのミッションの時は、制限時間を超えると、その時点で冒険が終了するって明記されてた。だけど、今回は何も書いてない……」


「それだったら、今回は制限時間をオーバーしても大丈夫ってことよね?」


反応したのは翼だった。エル・アーシアのミッションで味わった焦燥感は忘れもしない。刻々と時間が消費されていき、追い詰められていく感覚。


「そうはならないだろ。さっきも言った通り、制限時間を超えたら強烈なペナルティを課せられる恐れがある。それに、バージョンアップの内容に書いてないだけで、エル・アーシアのミッションと同じ特性を持っていてもおかしくはない。この世界のバージョンアップは、書いてないことの方が注意が必要なんだ」


「そ、そうだよね……」


翼が伏し目がちに呟いた。普通に考えて制限時間をオーバーして大丈夫なわけがない。真でなくてもそのことは分かっている。翼だって分かっていたことだが、あまりにも事態が急変したため、冷静さが欠けていた。少し前に真が言ったことでさえ、頭から抜けてしまったほどだ。


「だから、俺達がやらないといけないことは制限時間以内に異界の扉を探し出して閉じることだ。どんなペナルティがあるのか分からない以上は最悪を想定して行動する」


「真君……最悪の想定って……」


華凛は不安に満ちた目で真を見る。


「外の騒がしさからも分かるとおり、今回の制限時間は全員に付けられたものだ。皆も制限時間が付けられてることは確認しておいてくれ」


真に言われて、美月達がバージョンアップの内容を確認した。当然のように制限時間が付けられている。


「ま、真……。それじゃあ、最悪の想定って……まさか……」


真の言いたいことに気が付いた美月の手が震える。そう、気づいてしまったのだ、真が言う最悪の想定が十分あり得るということに。


「今、この世界にいる人、全員がゲームオーバーの判定を受ける……」


真はそれ以上は言わなかった。言わなくても全員が理解した。ゲームオーバーになることは死ぬことと同義であることを。即ち、制限時間を超過した場合は、真達だけでなく、この世界にいる全員が死ぬ可能性があるということだ。


「…………」


沈黙が流れた。誰も何も言うことができない。希望的な観測すらできない。そんなことをしても無駄だということが分かっているから。そもそも、希望的な観測ができる材料がない。


「……ここに居ても仕方がない。外に出て手がかりを探そう」


沈黙を破ったのは真だった。自分の推測は大体合っているという自信があった。一つだけ不確かなのは、制限時間を超過した場合。それだけは、合っているとは言い切れない。だが、それを考えても意味がない。最悪の想定が外れていたとしても、最悪に限りなく近い状態になることは明白だ。だったら、動くしかない。


「手がかりって……、真君は何か心当たりがあるの?」


どうしていいのか分からない華凛が真に訊いた。どうやって手がかりを探すと言うのだろうか。真を盲目的に信じている華凛だが、今の状況では手がかりを探す方法を想像することもできない。


「まずは紫藤さんと合流だ。『ライオンハート』の情報網なら、何か掴めるかもしれない。それと、できれば『王龍』とも合流しておきたいところだが、優先は『ライオンハート』だ」


「うん、そうだね――」


美月が相槌を打った直後のことだった――


「キャアアアァァァァァァーーーーーーッ!!!」


外から耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。









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