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聖人の遺骸 Ⅳ

タードカハルを発ってから3日後の昼前。センシアル王国に帰ってきた真達を出迎えたのは、宰相アドルフの直近の衛兵だった。


真はその衛兵の顔を覚えていた。ギルド『ライオンハート』の同盟会議に参加している最中、バージョンアップが実施され、その直後に真を迎えに来た横柄な態度の衛兵だ。


真はその衛兵に対して、嫌な顔を向けるが、衛兵は全く意に介する様子もなく真達を王城へと連れて行く。


そして、昼を過ぎた頃。真達は衛兵に連れられて、王城にある地下室に来ていた。


地下室の広さはテニスコートほど。石の壁で囲まれた閉鎖的な空間だ。どこからも陽の光は入って来ない。光源はランプの光だけなのだが、ここはゲームの世界。それでも視界は十分に保たれている。


(祭壇か……?)


真が地下室の奥にある大きな祭壇に注目した。白い石材で作られた立派な祭壇だ。どことなくタードカハルの様式を取り入れた祭壇のように思える。


「長旅ご苦労だった」


後ろから声をかけられ、真達が振り向く。そこにはアドルフの姿があった。真達を案内した衛兵を一瞥すると、その意を察した衛兵たちは頭を下げてその場を後にする。


「苦労どころの話じゃねえよ、こっちは……」


気軽に言ってくれるなと、真が髪を掻き上げて嘆息する。アルター真教の妨害は予測していたが、敵の卓越した戦闘技術に真はかなり苦戦した。


「それでも、こうして無事に任務を果たしてくれた。感謝している。貴殿らの働きは我が王国にとっても非常に有益なものになるだろう」


「別にセンシアルのためにやったわけじゃねえよ……」


「ふふふっ、まあ、構わんさ。貴殿らがどう思っていようが、目的さえ果たしてくれればそれでいい。――さて、早速だが、浄罪の聖人の遺骸を祭壇に祀ってもらえるか?」


真の小さな悪態もアドルフは気にしていない様子。それよりも目的の方を優先させるのが、この宰相だ。


「ああ……」


真はやる気なさそうに返事を返すと、地下室の奥にある祭壇へと向かった。この祭壇は近くで見ると、細かいところまで職人の仕事が入っている。大きさもかなりあり、タードカハルとの国力の差がこういうところでも見ることができた。


(えっと……どうするんだ? アイテム欄から呼び出せばいいのか?)


アドルフに浄罪の聖人の遺骸を祀ってくれと言われたが、当の遺骸は真のアイテム欄の中に仕舞われている。


真がアイテムの一覧を呼び出し、その中にある重要アイテムのカテゴリーの浄罪の聖人の遺骸を選ぶと、一瞬で祭壇に浄罪の聖人の遺骸が祀られた。


「おおーー、素晴らしい! これが、かの有名な浄罪の聖人か! なんという存在感だ。見ているだけで肌を焦がすようではないか!」


アドルフは感動の声を上げた。ワナワナと手が震え、目を見開いて、浄罪の聖人の遺骸を凝視している。


「あ、あの……。アドルフ宰相に一つだけお願いがあります……」


そこで口を開いたのは美月だった。興奮状態のアドルフに恐る恐る近づいて頭を下げる。


「ゴホンッ……。節操のない姿を見せてしまったな――。で、願いとは?」


アドルフは咳ばらいをしてから、自身を落ち着かせると、静かに訊き返した。


「はい……。お願いというのは、アルター真教の人達を迫害するようなことだけはしないと約束してほしいんです!」


美月は強い視線をアドルフに向けた。相手がセンシアル王国の重鎮であることは理解している。だが、自分の意志はしっかりと伝える。


「迫害か……。タードカハルでアルター真教を見てきたか?」


「はい」


「どう思った?」


「どうって……」


美月は言葉に詰まった。アドルフが美月に言わせたい言葉は分かっている。アルター真教がいかに危険な思想を持っているのかということを美月の口から言わせたいのだ。


「アルター真教のことを少しでも分かっていれば、いかに危険な集団であるかは理解できるはず。どうだ?」


「仰る通りです……。私達はアルター真教の教徒と戦いました……。勝つためであれば、自分たちの命すら武器として使う……。私は彼らのやり方を認めたくはありません」


「よく分かっているな。その通りだ。アルター真教のやり方は人の道を外している。そんな輩を野放しにしておけば、センシアル王国とタードカハルの平和に亀裂が生じかねない。罪もない人が犠牲になる。そうならないためにも、浄罪の聖人の遺骸を我が国が預かり、危険な集団の解体に着手するのだ。当然、アルター真教を迫害するつもりは毛頭ない。だが、相手が解体に応じないとなれば、対応を考えなければならなくなる」


アドルフはあくまで平和のためであることを主張する。多くの人の命を守るためにやむを得ない手法であることを強調し、美月の意見を封じてくる。


「力に対して力で押さえつけるようなことは止めてほしいんです! それだと、アルター真教と同じなんです! 彼らは間違っています。その間違いは力で無理矢理自分たちの理想を実現しようというところに他なりません! 私達が間違っている相手と同じ間違いを犯してはいけないんです! このやり方では、アルター真教の解体はできません。必ず火種が残ります! 小さくても火種が残ればいずれ大きな炎になります!」


胸の前で拳を握りしめて、美月が力説する。アルター真教を残すことはできないと美月も思っている。だが、できるだけ平和的な解決をしたい。美月はアルター真教の教徒に、その教義が間違っているということを理解してもらいたいのだ。


「ふむ……。なかなか言うではないか。分かった。その言葉、一考させてもらうことにしよう。だが、最終的に判断をするのは我らの国であることは理解してもらえるかな?」


「はい……。分かりました……」


美月は真っ直ぐアドルフの目を見返して返事をした。今後、センシアル王国がどのような対応をするのかは結果を見てみないことには分からない。美月の言葉が、一つの棘として刺さったのであれば、今はこれで満足するしかない。


「他に話がある者はいるか?」


アドルフはそう言って真達を見渡す。だが、美月が言ったこと以外に何か言おうとする者はいない。


「では、後日、褒美の品を届けさせる。気に入ってもらえると幸いだ」


アドルフがそう言った時だった。


【メッセージが届きました】


真の頭の中に突然声が響くと、目の前にレターのアイコンが浮かんだ。ゲーム側から伝えたいことがある場合は、このメッセージのアイコンに触れると、その内容を確認することができる。


周りを見ると、どうやら美月達も同様にメッセ―を受け取った様子。


「確認するぞ」


真はそう言うと、すぐにレターのアイコンに触れた。


【シークレットミッションが終了しました】


内容はそれだけ。実に簡素なもの。毎回そうなのだが、このゲーム化した世界からのメッセージは非常に味気ない。


「ミッション終了のお知らせだ」


「やっと終わったわね」


真の報告に翼が疲れた声を吐き出す。最初から疑問を持っていたミッション。最後もアドルフがどうするのか明言していないため、モヤモヤとしたものが残っている。


「もうここには用はないのよね? だったら、帰りましょう。取りあえず休みたいわ」


終わったのであれば、華凛はとっとと帰りたい。


「そうですね。タードカハルから帰ってくるのも疲れましたしね。帰って休みますか」


彩音も華凛の意見に賛同する。アドルフの言ったことは気になるところだが、国の話だ。これ以上は手を出すことができない。


「そうだな、帰るとするか」


真がそう言うと、美月達は地下室から出るために歩き始めた。地下室の一番奥にいた真は最後に部屋を出ることとなる。


「待て、蒼井真」


真が部屋を出ようとしたその時、唐突に後ろから声をかけられた。その声は幼い少女のものだが、権高な物の言い方をしている。


その声に聞き覚えのある真はギョッとして振り向いた。


「管理者……」


真が振り向いた先、地下室の祭壇の前に一人の少女が立っていた。年は10歳くらい。フリルの付いたブラウスに紺色のロングスカート。血のような長髪は腰まで伸びている。気の強そうな顔だが、現実のものとは思えないほど奇麗な顔をした少女。これが真のアバターの元となった姿だ。


「そう警戒するな。少し話をしたいと思っただけだ」


「話……だと? どうせ、話した内容はここから出たら忘れるんだろ?」


真は警戒を解かずに周りを見た。美月達やアドルフの姿は既になくなっている。ここに居るのは真と管理者だけだ。


『World in Birth Real Online』の管理者は真としか会わない。だが、管理者と会った時の記憶は、別れた後に消えてしまう。管理者の説明では、会ったという事実を切り取り、再度会った時に、切り取った事実を戻すというもの。だから、こうして、管理者と再会すれば、その時の記憶は戻る。


「それは以前にも話をしただろう。公平性の確保のためだ。お前だけ答えに近づけるわけにはいかない」


「俺だけを答えに近づけるわけにはいかないんだったら、どうして俺に会いに来る? 矛盾してるだろ? 公平性を確保したいなら、そもそも俺に会いに来たらいけないはずだ」


「お前が言っていることは間違ってはいない。ただ、こちらにも目的があってな。そのためにお前に会っておく必要がある」


「俺に会う必要?」


「そうだ、お前は鍵のような存在だ。このゲームには大勢の人間を参加させたが、鍵となるのはお前だけだ」


「俺だけが鍵……。他の人ではダメなのか……?」


「前にも言っただろ。お前が一番適性が高いから、力を与えたと。他の者では鍵になり得ない。言っておくが、他の者にお前の代わりをやれと言うのは、年端も行かない子供や年老いた老人に、一人でミッションをクリアしろと言っているようなものだ。お前の持っている適性は、それくらい桁外れの素質なのだぞ」


厳しい目つきで管理者が言う。


「俺の適性がそんなに――、あッ!? ちょ、っちょと待て! 一つ聞きたいことがある!」


管理者の話の中にあった“ある単語”を聞いて、真はハッとなった。今まで疑問に思っていたが、手がかりがなく、どうしようもないと思っていたこと。


「なんだ? 答えられることなら答えてやろう」


「小さい幼児や高齢者はどうなってる? 俺は世界がゲーム化されてから、幼稚園児や介護が必要な老人を見ていない。下は小学校中学年くらい、上はせいぜい70歳になってないかくらい。しかも、比較的元気な人だ。それと、障害を持ってる人も見たことがない。そういった人たちはどこにいるんだ?」


ゲーム化した世界は過酷なところがある。ゲーム化の影響によって体力が増強されてはいるものの、幼児や後期高齢者、障害を持った人の姿は見たことがない。


美月は病院に入院している祖母がどうなったか心配しており、ギルド『フレンドシップ』はそういった自立できない人たちがどこに行ったのかを探す活動もしている。


だが、手がかりが欠片もないため、調査は難航どころか、不可能の領域に入っていた。苦肉の策として、現状から推測をするのみ。


「世界がゲーム化した時のことを覚えているか?」


「あ、ああ……。突然、空から声が聞こえてきた」


「その時の説明で、人数調整のために並行世界を作って、人をばらけさせたと説明したのは覚えているか?」


「ああ、覚えてる……。そのせいで、皆必死になって、世界を元に戻そうとしてるんだからな」


世界がゲーム化したことで、家族や恋人、友達は別の並行世界へ飛ばされてしまった。世界を元に戻して、愛する人と再会することが、このゲームに挑む動機として大きかった。


「その並行世界の一つに、お前の言う幼児や老人、障害者を保存している。時間を止めて眠らせていると思ってもらえればいい」


「い、生きてるんだな?」


「そうだ。このゲームに参加できない者はそうやって保存している」


「世界を元に戻せば、その人達も戻ってくるってことだよな?」


「お前が正しいと思った行動をしろ。その結果次第だ」


管理者は、以前にも同じことを真に言っていた。真のゲーム化した世界が元に戻るかどうかは真の行動次第だと。当然、どのような形で世界が元に戻るのかも真の行動次第ということになる。


「くっ……そうか。分かった……そうさせてもらう!」


管理者はこの手の質問に答えてはくれない。それは真も分かっているのだが、どうしても聞いてしまう。


「話はこれで終わりだ。また会える時を楽しみにしている」


管理者は最後にそう言うと、地下室から出て行った。


真がこの部屋を出れば、管理者と会った事実を切り取られるだろう。また仲間に余計な心配をかけてしまう。それも今となっては些細なことだ。


真も管理者と会うことの重要性を理解している。たとえ、管理者と会っている時間しか記憶が元に戻らないとしても、その時間だけ、この世界の真実に近づくことができるのだ。


一呼吸置いてから、真は地下室を出た。そして、管理者との記憶を失った真は美月達と再会した。





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