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聖人の遺骸 Ⅲ

        1



「ご迷惑をおかけしました。もう、大丈夫です!」


早朝、テントから出てきたサリカが開口一番、頭を下げた。


サリカの休息の邪魔にならないようにと、真達はテントの外で食事をしていたところに、サリカが出てきたのだ。


「えっと……一晩寝ただけですけど……。大丈夫なんですか……?」


朝食のパンを手にしたまま、美月が訊いた。サリカは背中に大きな傷を負ったことにより、昨日は歩くこともままならなかった。それが、今では以前のようにシャキッと立っている。


「はい! 問題ありません。戦闘にも参加できると思います!」


サリカの声は生気で満ちていた。すぐにでも駆け出しそうなくらいだ。


「そうか、それならいいんだ。流石ゲームの回復速度といったところか。っていうか、大きな戦闘はもうないぞ」


真がサリカの方を見て言う。ゲーム化した世界で瀕死の重傷を負ったとしても、死ななければ、回復スキルですぐに回復する。そもそも、手足が千切れるなどのようなことはないし、骨折することもない。ただ、負ったダメージに応じて痛みがあるため、どんな攻撃を受けても、無傷の時と同じように動けるわけではない。


サリカの場合は、ナジに斬られた後に回復スキルをかけることができない状態にあった。その後も、出血により、歩行が困難になっていた。これは裏切り者に斬られたというイベントの演出の一つなのだろうが、それにしても、一晩で全快してしまうのは早い。


「アオイマコト殿、まだ油断してはなりません! 帰路には岩砂漠のモンスターどもがいます。凶悪で巨大な人食いサボテンに遭遇するやもしれません!」


サリカが拳を握り、力説する。タードカハルの岩砂漠には、サリカの言う通り巨大な人食いサボテンのNMがいる。


NMとはネームドモンスターの略で、普通のモンスターと違い、固有の名前を持った強敵だ。大体のNMは強さに比例した良いアイテムを落とす。


ただし、この人食いサボテンは、それほど良いを落とすわけでもない上に、耐久力と攻撃力が高いため、迷惑なだけのモンスターだった。


「それって、前に真君が暇つぶしで倒してたやつだよね?」


華凛の言う『前に』とは、聖域の結界を解くまでの間、冒険者として岩砂漠で狩りをしていた時のことだ。真は狩りに参加せず、見守りという形で美月達が危なくなったら参戦する役割だった。


「べ、別に暇つぶしとかじゃねえよ……。ほら、危ないかもしれないって思って、事前に片づけておいたんだよ……。っていうか、華凛、見てたのかよ」


真は弁明するが、実際には美月達が無難に狩りをしていたため、真は暇になり、目に入った巨大な人食いサボテンを葬っていた。


「わ、私は、真君を見てたとか、そ、そ、そんなんじゃないし! そんなんじゃないし! 偶々目に入っただけだから!」


とは言うものの、華凛は真がそばにいることが分かれば安心して戦える。だから、チラチラと真の方を見ていた時に人食いサボテンを倒すところも見ていたのだ。


「まぁ、あんな大きなサボテンと戦ってたら分かるわよね。私も気づいていたし」


翼も真が人食いサボテンを倒すところを見ていた。丁度モンスターを倒したところだったため、よそ見をしていたとしても危険なことはなかった。


「でも、私達があのサボテンと戦うのは骨が折れますし、真さんが倒してくれたのは、見守りの役割を果たしてくれてたっていうことだと思いますよ」


彩音も真が暇つぶしをしていたことは分かっている。だが、人食いサボテンと戦うのに、真抜きではきついものがあるのも事実。ここは、真をフォローしておいて間違いはない。


「そ、そう! 彩音の言う通り! 俺はちゃんと見守りをしてたってことだよ! サボってたわけじゃねえよ!」


「そういうことにしておいてあげるわよ……。だから、サリカさん。帰り道でモンスターと遭遇しても、真が守ってくれるので、無理はしなくて大丈夫ですよ」


美月がサリカに微笑む。サリカの傷はゲームなのだから問題ないのだろうが、それでも昨日の今日で戦闘に参加させることは認められない。


「そ、そうですか……。了解しました……」


だが、サリカは戦うことで役に立ちたかった。最後でそれが叶わなかったため、せめて帰り道くらいはとおもっていたが、どうやら出番はなさそうだった。



        2



その日の昼過ぎ。真達一行はタードカハルの街に戻ってきた。街の様子は変わりない。アルター真教の上位5名が欠けたということに対して街は何も変わっていない。


アルター教の中でも真教派は1割に過ぎないため、国全体に与える影響というのは少ないのかもしれない。それに、ガドルが命を落としたのは昨日の話だ。まだ、動きが出るには早いのだろう。


「ここでお別れです。私が不甲斐ないばかりに足を引っ張ってしまい申し訳ありませんでした」


馬車の寄り合い所でサリカが深々と頭を下げた。長い黒髪がさらさらと下へ垂れていく。


「そ、そんなことないですよ。サリカさんは立派に私達の案内役をやってくれてましたよ!」


本気で頭を下げているサリカに美月が慌ててフォローする。結局、サリカは従者であるということを最後まで貫き通した。美月としては、サリカを年上のお姉さんとして関わりたかったのだが、それができずに残念だった。


「お気遣いは必要ございません。事実、私は大事なところで戦うことができませんでした」


「大事なところで戦えなかったっていうのはそうかもしれないけどさ……。サリカがいなかったら、サーラム寺院のことは分からなかったんだし、それでチャラってことでいいんじゃないか?」


未だ頭を下げているサリカに真が声をかけた。これでサリカが納得するとは思えないが、真ができるフォローはここまで。


「いえ、私の役割は戦うことです。それができないのであれば意味がありません。今後、このようなことを繰り返さないためにも、より一層精進いたします」


「サリカさんって、かなり頑固だよね……」


翼が呆れたように口を開く。頑なに自分が悪いと言い続ける。ただ、その悔しさをバネにして精進するのであれば、翼もこれ以上は言わない。


「サリカさん、頭を上げてください。ここでお別れなんですから、最後に顔くらい見せてくれてもいいですよね?」


美月が優しく声をかけた。こう言わないと真達が馬車に乗るまでサリカはずっと頭を下げたままでいるだろう。


「は、はい。申し訳ありません――」


サリカが慌てて頭を上げた時、美月がガバッと抱き着いた。


「サ、サナダミツキ殿……!?」


「サリカさん……ありがとうございました」


美月の声は震えていた。サリカの胸に顔を埋めているため、その表情は見えないが、肩も少し震えている。


「私からも、ありがとうね。サリカさん、これからも……ずっと……仲間ですから……」


美月に続いて翼が礼を口にする。泣かないようにと頑張っているが、これ以上は無理だった。


「ありがとうございました……。サリカさんに会えて良かったです……」


彩音も涙を流しながら礼を言う。何だかんだ言ってもサリカは頼りになった。卑下するようなことは何もない。


「あ、ありがとう……」


華凛は小声だが、その言葉はサリカに耳に届いていた。


そんな少女達の姿に真は思わずもらい泣きしそうになってしまう。見上げた空は快晴。雲一つない。雨が降ってきたなどという言い訳はできないので、必死に堪えるしかない。


「私の方こそ、ありがとうございました。皆さまと行動を共にできたことは、一生忘れません。これからのタードカハルとセンシアル王国の行く末に尽力させていただきます。そのためであれば、浄罪の聖人の――」


「うあーーーッ!!!」


真が慌ててサリカに飛びつき、その口を両手で塞ぐ。サリカはその勢いに押されて尻もちをついてしまった。


「サリカァー! それは口が裂けても言うんじゃねえぞッ!」


真は心底焦った。まかさ、このタイミングで、浄罪の聖人を持ち出したことを口走るなど思ってもいなかったことだからだ。判定としてはギリギリセーフといったところか。思えば、ミッション開始当初、サリカと出会った時にも、言ってはいけないことを言ってしまいそうになり、ナジに怒られていた。


「ズ、ズミマゼン……」


口を押えられながらも、サリカは必死で謝る。美月達もその様子を苦笑いしながら見るしかない。


そんなやり取りをしている最中、センシアル王国行きの馬車が到着すると、最後の別れを言って、真達は帰路へと着いた。





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