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聖人の遺骸 Ⅱ

真達はサーラム寺院から一番近い場所にある岩山の影でキャンプを張ることにした。幸いにして時刻は夜中であるため、過酷な岩砂漠の熱に当たられることはない。


サリカを休ませるということが優先なのだが、真達も激しい戦闘の後で休息を必要としていた。


簡単に夕食を済ませると、交代で見張りを立てることにして、残りはすぐさま眠りについた。本来であれば、サリカが夜通し見張りをする役割なのだが、それは美月によって却下された。サリカも食い下がろうとしたが、美月が絶対に認めないと分かっているのか、最小限の抵抗に留まり、今はもう眠りについている。


見張りの順番である真は、焚き火を前にして何となく夜空を見上げていた。乾燥地帯の空は透き通っていて、遠くの星まで見通せる。この星空のどこからどこまでが本物なのだろうか。すべてゲームの星空なのだろうか。美しく輝くゲームの星が本当の星の光を消してしまっているのだろうか。そんなことを考えながら真は星空を見ていた。


(純粋に奇麗だとは思えないんだよな……)


世界がゲーム化の浸食を受けた当初の頃はまだ奇麗だと思えた。それはこの世界の歪さを理解していなかったからだろう。単純に見た目の奇麗さだけを見ていた。


だけど、今は違う。偽物の星空は不気味に思えてくる。このゲームは先入観や思い込みに付け込んで欺いてくる。そして、場合によっては命を落とすことがある。見た目の奇麗さというのがこちらを騙そうとしているようにしか見えなくなっているのだ。


「真、お疲れ。交代よ」


真の思案を遮ったのはテントから出てきた翼だった。あまり眠そうにしている様子はない。


「もう交代か? ちょっと早くないか? まぁ、俺は寝る時間が増えるなら問題ないけど」


真の次は翼が見張りをする番だった。真が翼を起こしに行くのはもう少し時間が経ってからのことだと思っていたが、翼の方から起きてきて交代を申し出てくれた。


「なんかね、目が冴えちゃって……。少しは寝たんだけどさ……すぐに目が覚めたんだよね……そしたら、寝れなくなってさ」


「翼がか? 珍しいな。考え事でもしてたか?」


すぐに寝てすぐに起きるのが翼だ。竹を割ったような性格から、あまりうじうじと悩むようなことはしない翼が少し暗い顔をしている。


「私だって眠れないことくらいあるわよ……」


「どうしたんだ?」


見張りの交代までにはもうしばらく時間はあるはずだ。翼の話を聞いたとしても問題はないだろう。


「……真はどう思ってるの?」


翼は真の横に座り、焚き火を見つめながら訊いた。


「どう思ってるって……何を?」


「今回のミッション」


「ああ……それか……」


「真は納得してるわけ? 浄罪の聖人ってアルター教の人達にとって大事な人だったんでしょ。それをさ……政治目的に使われるなんて……。私は卑怯だと思う。真っ向から話し合いができないから、大事なものを盾にして……。卑怯者のやることよ!」


最初から疑念を抱いていたミッションがもうすぐ終わろうとしている。それも、納得がいく形ではなく、その逆。これでいいのだろうかという疑問を残した形で終わろうとしている。


「ミッションじゃなければやってないよ」


「ミッションだからいいっていうわけ?」


「俺達に選択肢があるわけじゃない……。良いか悪いかなんて考えている余裕はないよ……。これをやらないと世界が元に戻らない……」


「分かってるわよ、そんなことくらい……。でも……」


「でも?」


翼も頭では分かっている。理屈は真が言った通り。このミッションをやらないという選択肢がないことは、前にも話したことだ。それでも……。


「私達はアルター真教の人達を殺したんだよね……。正直に言うとさ……。私、攻撃が当たらないでほしいって思ってたんだよね……」


「そうだったのか……?」


翼の告白は真にとって意外なものだった。真に続いて、翼が後衛の先導役をやってくれていたように見えていた。事実、翼が攻撃を仕掛けた後に続いて、彩音と華凛が攻撃をする場面が多かった。


「相手は、私達を躊躇なく殺そうとしてたんだから、弱音を見せるわけにはいかないでしょ」


「ああ、そうだな」


「ただ……、敵って言っても、人間の姿をしてるわけだからね……。ゲーム上の存在だからって割り切ることは……。だから、アルター真教の秘術で怪物になってくれて助かったって……」


「うん……、まぁ……」


「でもさ……。それっておかしくない? 真に嫌な役をやらせておいて、私は自分の手を汚さないことを祈ってたんだよ……。それで、相手が怪物になったら心が楽になったなんて……私……私……」


「…………」


「真を助けるためっていう正論を振りかざしてさ……。人じゃなくなったら攻撃してもいいって正当化してさ……。最後は真が斬らないといけないことも分かっててさ……。私って……こんなに汚い人間だったんだなって……。こんなに弱い人間だったんだなって……」


「そんなこと――」


「そんなことある! 私は今だって、止めを刺したのが自分じゃなくてホッとしてるの!」


「でも、奴らはNPCだから――」


「それでも、人の姿をしてる! 本当の人間じゃないって分かってるけど、それでも、人の姿をしてるんだから……」


「…………」


「人の姿をしてるから……、私は……自分の手を汚したくなかった……。自分が嫌なことを真に押し付けた……。卑怯者は私なんだ……」


翼が眠れない本当の理由はこれだった。NPCであっても人間の姿をしている者を攻撃したくない。敵だから仕方なく攻撃をしたが、止めを刺したのは真だ。殺したのは自分ではない。そういう事実が欲しかった。結果として翼の望む形になった。それが堪らなく卑しく見える。だからといって、翼がNPCの誰かを殺しておけば良かったなんて思えない。そこに葛藤が生まれる。


「俺はさ……経験があるから……」


「経験……?」


「ああ、俺は人を斬った経験があるから……」


「え……ッ!?」


涙を浮かべる翼が真を見る。突然言われた人を斬ったことがあるという話。グルグルと廻っている今の翼の頭では、真がどのことを言っているのか思い当たらない。


「一回目はグレイタル墓地でゾンビになった美月の仲間を斬った……」


「グレイタル墓地って……。美月の仲間がゾンビになって、真が美月を助けたって聞いてたけど……」


「その助ける方法が、ゾンビになった美月の仲間を斬るってことだったんだ……」


「美月の仲間を……真が……」


以前、ドレッドノート アルアインを倒した後、美月が華凛に聞かせた過去の話。美月が真に助けてもらったから今の自分があると華凛を説得してギルドの仲間に引き入れた。その時の話では具体的にどうやって真が美月を助けたかは聞いていない。翼は漠然と真が命がけで美月を助けたと理解していた。


「二回目は翼も知ってるだろ? 『フレンドシップ』の手伝いで対人戦エリアに行った時に、『テンペスト』の連中に襲われた時だ」


「うん……それは覚えてる」


ギルド『テンペスト』が支配する対人戦エリアを通るために、通行料を払ったにも関わらず、『テンペスト』の方から真達を襲ってきたことがある。その時は真が一人で撃退してくれたが、殺すようなことはしていない。あれは正当防衛だ。


「三回目も『テンペスト』の連中だ。『テンペスト』の要塞に呼び出された時のことは、翼には紫藤さんが来たから助かったって話をしてるけど……。実は紫藤さんが来る前に、俺があの場にいた『テンペスト』の連中を全員レッドゾーン送りにしたんだ……。その後、止めを刺そうとして、美月に止められた……」


『テンペスト』の要塞に真と美月と千尋が行った時の話は、真辺信也の死という悲報でうやむやになっていた。翼も信也の死と今後の『フレンドシップ』のことで頭がいっぱいで、その時の状況を詳しく聞くようなことはなかった。


「そう……だったんだ……」


その話は翼にとって衝撃的だった。人でなくなったわけでも、NPCでもない。真が人を殺そうとしたという話。美月が止めなければ本当に人を殺していたということになる。どういう状況でそうなったのか。翼は気になるが訊くことができない。


「だから、俺が人の形をしたNPCを倒したとしても、それは似たような経験があるから問題ないってことはないけどさ……。なんて言えばいいんだろうな……」


「うん……」


「やっぱり、翼はそれでいいんじゃないか?」


「…………」


「NPCだけど、人の姿をした者を倒すことに抵抗があって当然なんだよ。俺だって人を斬ることに抵抗がないわけじゃない。美月の仲間を斬った後もすごく悩んだよ。美月も同じだった……。俺にだけ手を汚させたことに凄く悩んでた……」


「だったら――」


「それでいいんだ……と思う……。それが正常なんだと思う……」


「どういう……こと……」


「翼が悩んでいることはさ……当然のことだと思うんだよ……。美月や彩音、華凛だってNPCを倒すきっかけを作ったことに何も感じてないわけじゃないだろ?」


「それは……そうだろうけど……」


「だからさ、翼が悩んで当然なんだよ。うまく言えないけどさ……。これからも悩んでいけばいいと思う。それには俺達が付き合う……っていうか、俺達も同じ悩みを持ってるんだからさ……一緒に悩めばいいんじゃないか?」


「真……」


真の言葉が翼の心の中に沁みていく。まさかこんな結論に持っていかれるとは思ってもいなかった。安直な慰めで終わると思っていた。それでも、真が慰めてくれるのであれば、少しは心が楽になると期待したが、いい意味で期待を裏切られた。


「こういう時にさ……うまく言えたらいいんだけど……」


「……そうよね。あんたって本当にこういう時に上手く言えないわよね! 優しい言葉で慰めるとかできないわけ?」


翼が文句を言うが、その顔は暗いものではなく、いつもの翼の顔に戻っていた。


「うっせえな! 俺はそういう人間なんだよ!」


翼が持ち直したことは真も分かっていた。だから、いつものように喧嘩腰で翼に返す。


「知ってるわよ。そういうところが好きなんだからね」


「えっ……!?」


唐突な翼の告白に真が目を丸くしている。どう返していいのか全く分からない。真の引き出しの中にこういときの返答は入っていない。


「器用に言葉を並べる人よりも信用できるから、人間的には好きだってことよ! 何を期待してんのよ?」


翼がニヤリと笑う。焚き火に照らされているせいなのか、真の顔が赤い。それは、翼も同じだったが、当の本人は気が付いていない。


「翼に期待することなんてねえよ!」


「はいはい、分かってるわよ。見張りの交代なんだから、さっさと寝てちょうだい」


「翼は交代するまで寝るなよ! 前科があるんだからな!」


「ちょっ、昔のこと掘り返さないでよ! いいから寝なさいよ!」


翼が真と一緒に行動するようになった頃。その時はエル・アーシアという高原を探索する目的だった。碌にキャンプ道具も持たずに探索を開始して、夜になってしまったので、交代で見張りをしようということになたが、最初の見張り役である翼がいきなり寝てしまい、朝まで誰も見張りをしなかったということがある。


今でこそ、翼がそんな失態をすることはないが、揶揄われた仕返しとばかりに、真が昔のことを蒸し返した。


「ああ、寝るよ」


反撃に成功した真はそのままテントに入っていった。


「……ありがとう」


一人残された翼の小さな呟きは、焚き火の音に混ざって消えていった。



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