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聖人の遺骸 Ⅰ

        1



「ナジのことは、もう何とも言えません……。ですから、我々は目的を果たすことに集中しましょう」


そう提案するサリカの目は悲しそうに見えた。ここに来た目的は聖人の遺骸を奪還することなのだから、この場所――地下聖堂の奥に鎮座している聖人の遺骸をさっさと回収してセンシアル王国に持って行かないといけない。ナジが裏切ったとしていても、その目的は変わらない。


「ああ、そうだけど……。サリカ……いいんだな?」


真が何度目かになる質問をした。本当にタードカハルを救った浄罪の聖人の遺骸をセンシアル王国に運んでもいいのか。


「……はい。決心はついております……。センシアル王国の属国であるから、今の平和があるのです……。私は戦争を経験したことはありませんが、その悲惨さは嫌という程聞かされてきました……。平和を維持するためであれば、致し方ないと考える他ありません……」


「そうか……。だったら、浄罪の聖人を持っていくぞ……」


「はい……。ただ、申し訳ありませんが、私はこの怪我です……。運ぶお手伝いはできかねます……」


サリカは背中をバッサリと斬られている。その状態で浄罪の聖人の遺骸を運ぶというのは難しいだろう。それ以前に、サリカ自身が動けるのかどうかも怪しい。


「大丈夫だ。浄罪の聖人は俺が運ぶ……。それより、サリカ。帰ることはできるのか?」


サリカの顔色は悪い。背中を斬られて出血量も多かったのだから当然のことだが。問題はここからタードカハルまで徒歩になること。しかも、半日以上の道のりだ。


「ここから出た後、安全な場所で一日ほど休息をさせて頂ければ、おそらく問題はないかと思います」


「私達のことを気にして無理をしなくてもいいんですよ?」


心配そうに美月が声をかけた。サリカは従者として、自分のことよりこっち側のことを気にかけている。もっと自分のことを気にかけてもらわないと、美月たちの方が気になってしまう。


「お気遣い感謝いたします。ですが、荒野に生きてきたアルター教の信者は丈夫なのですよ……。戦闘は無理だとしても、半日歩くくらいならできるようになります」


自信ありげな顔でサリカが返す。斬られて碌な治療も受けずに、一日休んだだけでそこまで回復できる根拠が美月には分からないが、ここに居ても仕方がない。とりあえず、休ませて明日、様子を見るしかない。


「そうか……。それなら、遺骸を回収して、とっとと出よう」


真はそう言うと、聖堂の奥にある祭壇へと足を進めていった。サリカが本当にそこまで回復するのかは分からない。だが、サリカはNPCだ。普通の人間の回復速度とは別と考えるべきだろう。


そして、真が祭壇の前まで来ると、そっと浄罪の聖人の遺骸に手を伸ばした。浄罪の聖人は静かに座っている。ミイラと化した目には眼球がないが、どんな風に後継者達の戦いを見ていたのだろうか。


敗れたことを糾弾するのだろうか。はたまた、立派に戦ったと称えるのだろうか。それは分からない。ただ、一つだけ真が確信していることは、戦いを止めろとは絶対に言わないだろうということ。


浄罪の聖人の遺骸を前にして、真はそのことだけは分かった。それは死してなお放つ浄罪の聖人のオーラとでもいえばいいのだろうか。聖人と言われてはいるが、遺骸から感じられるのは異様な圧力。そこから慈愛の二文字は微塵も感じられない。


(こいつも戦いの狂信者だったってことか……)


勝つためなら自分の命さえ使う、アルター真教。その教えの源流は浄罪の聖人だ。狂った教義。それは理解できないものだと思っていたが、今なら何となく分かる。それは、アルター真教の上僧と戦ったことも大きいだろう。今こうして浄罪の聖人に触れようとしている瞬間にも伝わってくる。浄罪の聖人という者の狂気が。こいつならやりかねない。そう思えてくる。


(そうか。だから、スマラ大聖堂に結界を張って、そこに浄罪の聖人を安置したのか)


救国の英雄といえど、死んでも狂気を放つ存在だ。結界を張ることは、何も浄罪の聖人の遺骸を守るためだけではなかった。その狂気を封じるためでもあったのだ。


「真、どうしたの?」


手を伸ばすが、一向に浄罪の聖人に触れようとしない真に美月が声をかけた。


「えっ? あ、ああ。ちょっと考え事をな……」


真が伸ばした手は、ほんの数センチで遺骸に届く。そこで色々と考えているうちに、手が止まってしまっていた。


(今は目的を優先させるべきだな)


真の手が浄罪の聖人の遺骸に触れる。すると1~2秒ほどで遺骸がスーッと姿を消し、真の目の前には『浄罪の聖人の遺骸を入手しました』というメッセージが浮かんだ。


(やっぱり、他のアイテムと同じように浄罪の聖人の遺骸もアイテム欄に入るんだな。サリカが怪我をして運べないっていうのは、こういうところの辻褄を合わせてきたってことか……)


真は赤黒い髪をかき上げて嘆息した。サリカはNPCなので、浄罪の聖人の遺骸を他のアイテムと同様に持ち運べることを言及できない。サリカはナジが裏切るという演出のために斬られたのだが、サリカが手伝えないことの正当性を持たせるために、斬られたことを利用したということだろう。


「よし、遺骸は回収した。サリカが休めるところまで移動しよう」


「そうね。こんな所にいたんじゃ、治る怪我も治らないわよね」


翼がすぐに返事を返した。翼は浄罪の聖人の遺骸をセンシアル王国に持っていくことには未だに疑問を持っている。だが、それよりも今はサリカが無事だったことが嬉しい。サリカのために動くのであれば、前向きに動ける。


「サリカさん、立てますか? 肩を貸しましょうか?」


彩音が不安そうに声をかけた。出血量から考えれば、安静にした方が良いのだが、ここは敵の本陣。早く移動しないと危ない。


「大丈夫です……。歩くだけなら問題なく――」


サリカがそう言って立ち上がった時だった。ガクっと膝が折れた。


「わっ!? って、全然問題あるじゃないのよ!」


倒れそうになったサリカを偶々近くにいた華凛が受け止める。すぐさま彩音もサリカを支えた。


「すみません……。急いで立ち上がり過ぎました。ゆっくりであれば、問題なく歩けますので。お手を煩わす必要はありません……」


サリカはそれでも手を借りることを拒んでいる。


「無理はしないでください! 手を貸しますよ」


「大丈夫です……。一人で歩けますので……。役に立てなかった上に、これ以上皆様に迷惑をかけるわけにはいきませんので……」


サリカは手を貸そうとする彩音を受け入れようとはしない。それは、大事な戦闘で役に立てなかったことの悔しさだった。戦うために来たのに、戦うことができなかった。それにも関わらず、歩くことさえ手を借りるなど、できるわけがなかった。


「サリカさんが動けないと私達も動けないんですよ? そのことは分かってもえてますか?」


美月がサリカの目をじっと見つめて言う。こういう時の美月は強い。


「あ、その、それは……」


見つめられたサリカは言葉を返すことができない。美月の眼力にタジタジの状態である。


「分かってもらえてるんですか?」


「あの……すみません……。私が間違っていました」


あっさりとサリカが降参した。ここで手を借りないとさらに迷惑をかけることになる。戦闘に参加できなかったばかりか、迷惑を上塗りするような真似は絶対にできない。


「俺が先頭になるから、敵がいたら引き受ける。皆はサリカの護衛に集中してくれ」


サリカを納得させた美月に感心しつつも、真が冷静に指示を出す。


「了解! 護衛は任せておいて!」


「大丈夫です。がんばります!」


翼と彩音が返事をし、美月と華凛は黙って首肯した。真が先頭に立てば、敵が襲ってきても蹴散らしてくれる。美月たちはこれ以上サリカが怪我を負わないように注意をすればいい。



        2



サリカを守るために気合を入れ直した真達だったが、良い方向に空回りしたというべきか。地下から出てきても敵の姿は見えなかった。


「巡回してる教徒はまだいたよね?」


半壊した寺院の物陰に隠れながら進む真達。疑問に思ったことを翼が口にする。日が完全に落ちているため、視界が悪いにしても、敵の気配すら感じられないのはどういうことなのだろうか。


「ああ、そうか。このパターンか」


地下聖堂から1階に戻り、出口まで半分といった所で真があることに気が付いた。そして、徐に物陰から姿を出す。


「ま、真君!? 出ても大丈夫なの? 真君は大丈夫だろうけど、サリカが……」


突然の真の行動に華凛が困惑する。だが、真が理由もなくこんなことをするとは思えない。何か理由があるからに違いないのだが、その理由が分からない。


「敵はいないよ」


「どうして分かるの?」


真が言うことに美月が訊き返した。身を隠しながら進んできたので、まだ敵は残っているはずだ。ナジが囮になるふりをして引き連れて行った教徒も残っているだろう。


「ゲームではよくあるんだけど、ボスを倒したら、戻る時に敵が出てこないことがある。大体そういうパターンは組織化された敵の本拠地で、そのボスを倒したとかなんだけどな。丁度そのパターンに当てはまるだろ?」


ゲームでも自然の洞窟の中やジャングルの奥地にいるボスを倒したところで、帰り道にいる野生のモンスターは襲ってくる。それとは違い、敵の城に乗り込んでボスを倒したりする場合は、組織自体が崩壊したということで敵が出てこなくなることがある。例外はあるにしても、RPGではよくあるパターンの一つと言えた。


「なるほど、そういうことなんですね」


真の説明を聞いてまず理解を示したのは彩音だった。警戒を解いて物陰から出てくる。


「それなら、ここで休んでいったらいいんじゃないの? わざわざ外に出ることもないでしょ?」


真が大丈夫と言うのであれば大丈夫。華凛も物陰から出てきていた。


「う~ん、そうれはどうだろうね? サリカさんの気持ちを考えると離れた方がいいんじゃないかな? ここには居たくないでしょうし」


華凛とほぼ同時に出てきた翼が腕を組みながら考える。アルター教の汚点ともいえる場所であり、裏切り者に斬られた場所。怪我を負っていたとしても、移動が可能なら出たいと思うのではないか。


「シイナツバサ殿の仰る通りです……。アルター真教の残党が潜んでいる可能性がある場所です。早くここから離れた方が賢明かと……」


サリカが静かに答えた。だが、内容がズレている。アルター真教はここにはいないという結論は、あくまでゲームとしての話だ。NPCであるサリカにはゲームとしての仕組みには触れることができない。だから、翼が言った『離れた方が良い』という言葉にだけ反応を示した。


そのことに対しては誰も何も言わない。言ったところでサリカには通じないことはよく分かっているから。


「っていうことだから、さっさとサリカを外の休める場所まで連れて行こう」


真がそう促すと、隠れることは止めて、サーラム寺院の出口へと向かった。



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