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アルター真教 Ⅸ

「がぁァ……ァ……ぁ……」


地面に両手を着き、ナジの身体が崩壊を始める。受けたダメージに怪物と化した身体を維持することができなくなったのである。


アルター真教の秘術を使った時点で、いずれ身体が崩壊することは分かっていたこと。それが、ダメージの蓄積によって早まったに過ぎない。


「くっ……」


それでも、真は歯噛みする。こうする以外に選択肢がないことは分かっている。迷っていれば殺される。真が躊躇すれば、仲間の命が危ない。だから、迷わず斬るしかなかった。それは分かっているのだが、NPCだとしても、仲間として行動を共にしたナジを斬るしかなかったことに憤りを感じずにはいられない。


(まだ……)


しかし、ナジを斬ったことに悩んでいる暇はない。


「終わってない!」


今も戦いの最中だから。ゲームイベントの演出としての裏切り。仲間として行動させたNPCに仲間を斬らせて、それを真が斬る。そういう演出。反吐が出るような茶番だ。


真は振り向いて一歩前に踏み込む。


そこにはガドルが両手を振り上げていた。今にも真に襲い掛からんとばかりに、大きくハサミを広げている。音を消し、気配を消して、背後から真を狙っていた。


<スラッシュ>


振り向きざまに放た袈裟斬りは、正面からガドルの身体を斬りつける。


「ぐっ……」


まともにカウンターを喰らったガドルは、すぐさま後ろに飛んだ。このまま真の距離で戦うことは怪物と化したガドルでも不利だと分かっている。


「終わらせる!」


そのガドルの動きと連動するように、真が前に飛ぶ。最初からガドルが後退することを知っていたかのように、ガドルとの距離を一定に保つ。


<パワースラスト>


着地と同時に真が大剣を突きつける。身体の重心ごと前に押し出すような猛突に、ガドルは回避行動を取ることができなかった。


<ライオットバースト>


突き刺した大剣が光を放つと同時に炸裂し、敵の体内でエネルギーが暴れる。


「神を持たぬ愚か者が……ッ」


真の猛攻を受けながらも、ガドルは何とか尻尾を突き立ててきた。苦し紛れの攻撃だが、サソリの尻尾には毒針が付いている。当然、それを警戒しない者などいない。


ガドルの狙いはそこだった。サソリの毒に警戒するから、距離を取る。真との距離を離したいガドルにとっては攻撃よりも、逃げるための手段として毒針を使っていた。


逃げのための一手。それは戦術としては有効だ。危なくなれば迷わず逃げる判断をする。それは、歴戦の強者であるからこそ必要な判断だ。


ただ、一つ誤算なのは、相手が狂戦士だということ。


<バーサーカーソウル>


<イラプションブレイク>


真が跳躍と共に大剣を振り上げる。それと同時に脇腹をサソリの毒針が掠めた。ガドルの攻撃の紙一重を見極めて、真が前に飛んだのだ。


そして、振り上げた大剣は地面に叩きつけられると、四方八方にひび割れが走り、灼熱の溶岩が噴出した。まるで大地が怒りを爆発させたような激しい炎が、聖堂全体を赤く染め上げる。


イラプションブレイクはベルセルクの持つ範囲攻撃スキルの一つ。物理攻撃専門のベルセルクには珍しく、炎属性を持った攻撃だ。


「ぐおあぁーーー!!!」


地獄の業火に焼かれたガドルが堪らず後退する。何としてでも真から距離を離さないといけない。かつてこれほどまでに追い詰められたことはなかった。すべての敵はその才能によってねじ伏せてきた。


サソリの怪物となった今でも、その才能は変わらない。どんな姿になったとしても、その瞬間から最適化された戦闘を行える。それがガドルという男だった。


「なんなんだ……なんなのだ、こいつはーッ!?」


ガドルの動きに合わせて、距離を詰めてきた真に、ガドルが声を荒げる。それは恐怖だった。ガドルは知らなかったが、それは紛れもなく恐怖という名の感情だった。


どれだけ離れようとしても、真は一定の距離を保ち続ける。それは、熟練した武芸者の技だ。間合いこそ戦いの全て。その間合いを小娘にしか見えないベルセルクが完全に制している。


戦いの狂信者であるアルター真教のトップが、間合いの取り合いで手も足も出ない。ガドルが退いても、真は一定の距離で詰めてくる。結果として間合いは変わらない。


「ならば……」


距離を離すことを諦めてガドルは真を捕まえようと、サソリのように腹這いになり、真の両足を狙ってハサミを突き出してきた。


それは、苦肉の策だった。たとえ捕まえたとしても、真は攻撃してくるだろう。相打ちで痛手を負うのはガドルの方だ。


だから、これは賭けだった。真がガドルのハサミを嫌がって、回避行動を取るということに賭けた博打だ。


そして、ガドルはその賭けに勝った。


真はガドルのハサミに捕まらないことを選択し、跳躍していた。しかも前方に。下がることを知らない狂戦士の愚策。回避行動を取ったとしても、安全策よりも攻撃を優先する狂った戦士の性。


羽の無い人間が、空中で攻撃を避けることはできない。今の真はサソリの毒針の的でしかない。


「もらっ――」


<ソードディストラクション>


ガドルの尻尾が動くよりも早く、真が大剣を振り切った。体ごと斜めに一回転させる斬撃。そこから解放されるのは、破壊の衝動をそのまま具現化したような衝撃。


攻撃が終わると、真はガドルの背中に着地する。聖堂全体を震撼させるほどの衝撃に、ガドルは空中の真を捕らえることができなかった。


「がはッ……。ま……まだだァーッ!」


ガドルは最後の力を振り絞って、自らの背中に乗ってい真目がけて尻尾を突き出した。


<グリムリーパー>


真は下段から大剣を救い上げるようにして、斬り上げる。死神の鎌のような軌跡を描いた斬撃は、ガドルの背中を大きく斬りつけた。


大剣を振り抜いたと同時、真の頬をガドルの毒針が掠めた。真が取った回避行動は、グリムリーパーの動作を利用して半歩動いたこと。それだけで、真はガドルの毒針を躱してみせた。


「……」


真は静かに大剣をしまうと、ガドルの背中から降りた。直後、ガドルの身体は崩壊を始める。


「き、貴様……一体……何者だ……?」


徐々に人間へと戻っていくガドルが呻くように声を出す。


「蒼井真っていう名前のただの人間だ……」


「ただの人間か……。くだらない冗談だ……。貴様の力があれば……世界を浄化することも……できる……」


「興味ねえよ……」


「ふっ……。どこまでも……愚かだな……ただの人間……というものは……」


「それが人間なんだろう……。人間を辞めたお前には分からないことだ……」


「センシアル王国に利用されているだけの……愚か者が……知ったような口を……」


真はそのことには反論できなかった。ガドルの言う通り、真達はセンシアル王国に利用されて、アルター真教と戦った。ガドルの言う通り、愚か者である。


「貴様……、アオイマコトと言ったな……。いいか……、これ以上……センシアル王国に利用されるような……真似は……するな……。あいつの……、あいつの……」


ガドルはそこまで言って息を引き取った。まだ半分以上はサソリの身体が残っている。結局、人間としての最後を迎えることができず、怪物のまま死を遂げることとなった。


「…………」


真はナジの方へと目を向けるが、身体は完全に崩壊しており、ピクリとも動かない。


次いでサリカの方へと目を向ける。サリカはアルター正教の信者だ。真教のような外法に手を出してはいない。人間としての死を迎えることができる。


真が倒れているサリカへと寄ると、美月達もサリカの周りに集まって来た。


戦いは終わったが、皆の表情は悲痛なものだ。誰一人として、これでミッションを終わらせることができるという喜びに浸る者はいない。


「サリカさん……どうして……。どうして……こんなことに……」


涙が浮かぶ美月の目にはサリカが滲んで見える。未だに奇麗な顔をしているサリカが死んだなんて、信じられない。


「サリカさん……仇は……仇は……取ったからね……」


泣くまいと堪える翼だが、うまく言葉を紡ぐことができない。


「私……こういう時……なんて言っていいのか……」


「華凛さん……いいんですよ……言葉なんてなくても。言葉なんて……なくても……サリカさんの……冥福を祈ってさえいれば……」


彩音が華凛を宥める。二人とも涙を流しながら、サリカをじっと見つめる。


「あ……あの……、私……まだ生きてます……」


サリカが気まずそうに口を開いたのはその時だった。顔色は悪いが、目を開けて囲んでいる真達を見ている。


「サリカッ!?」

「サ、サリカさんッ!?」

「ええーッ!?」


真と美月、翼が驚きに声を上げ、彩音と華凛は目を丸くしている。


「あ、痛たた……。くそ……ナジの奴、本気で斬りやがって……」


苦痛に顔を歪めながらもサリカはゆっくりと上体を起こした。


「う、動いて大丈夫なのか? っていうか、どうして生きてるんだ……?」


サリカが生きていることは嬉しいが、どういうことなのか分からず真が素っ頓狂な声を出していた。


「気を失ってしまいましたが、傷の手当さえすれば、動くことに問題はありません。それと、生きていたのは防刃の鎖帷子を着ていたおかげですね。服の下に忍ばせていました」


「えっと……。その鎖帷子を着ていたから、斬られても大丈夫だったってことですよね……? でも、かなり血が出てましたけど……」


疑問が残る美月がサリカに訊く。サリカが死んだと思ったのはその出血量から。防刃の鎖帷子を着込んでいたのなら、どうしてあそこまで血が出たのか。


「ナジが鎖帷子ごと斬り裂きましたからね。まさか、シャムシールで鎖帷子を斬るなんて芸当、ナジにできるとは思ってもいませんでした……」


「それなら、どうして生きてるんだ? ナジに鎖帷子ごと背中を斬られたんだろ?」


新たな疑問が出てきて、真が再度サリカに質問をした。ナジが鎖帷子ごと斬り裂く力を持っているのなら、サリカが生きているのは偶然ということだろうか。


「ナジは私を殺すことを躊躇ったんだと思います……」


「躊躇った……? どうしてそう言えるんだ?」


「はい……。鎖帷子も斬ってしまう程の腕を持っているのであれば、鎖を斬った感触が分からないはずがないのです……。ナジは私が鎖帷子を着ていることを知っていたのだと思います……。知っていて、鎖帷子を斬って、私を気絶させた……。そう考えないと辻褄が合いません……」


「そうか……」


真は複雑な心境でナジの遺体に目を向けた。斬った時に鎖の感触があれば、傷が浅いと判断して、止めの追撃を入れてくるはず。だが、そうはしなかった。


ナジはもう二度と口を開くことはない。だから、これはサリカの推測でしかない。真相はナジが持って行ってしまったのだから、もう誰にも分からない。




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