アルター真教 Ⅶ
華凛は召喚したシルフィードのスキル、ショックフェザーを発動させた。
辺り一面を覆うような幾多の羽。一つ一つは小さい羽なのだが、それに触れると麻痺していしまう。ダウードとの一戦で、真が致命傷を与えるきっかけとなったスキルだ。
「ガドル様、この羽に触れないでください!」
ナジが声を張り上げた。ダウードとの戦いの最中。ナジはダウードの部下を相手にしていた。ダウードの部下ということは、すなわちナジから見ても部下ということ。真がどう戦うのか見ることができていた。
しかし、ショックフェザーの効果を知っていたとしても、風に舞う羽の全てを回避するのは不可能に近い。既にガドルとナジを囲むようにしてショックフェザーが展開している。
「小癪な真似を」
ガドルは一旦真から退き、ショックフェザーの領域から退避を試みる。
「くらえっ!」
<スタンアロー>
翼がガドル目がけて矢を放った。威力は低いが、敵にスタン効果を付与するスナイパーのからめ手。ビリビリと放電した矢が飛んでいく。
「ふんッ! 小賢しい」
ガドルは碌に翼の方を見ることなく、飛来した矢を回避した。戦いの勘とでも言えばいいのだろうか。それとも冷静に周りを見ていたのか。その両方か。
「まだです!」
<グラビティ>
彩音がガドルとナジのいる場所に重力場を形成した。ソーサラーのスキル、グラビティも攻撃力は低いが、敵の動きを鈍くする効果を持っている。
だが、ガドルはグラビティの効果が発動する寸前。大きく後ろに飛んでその場から逃げることに成功した。いくつもの羽が舞う中を、一瞬の隙間を見つけてガドルはその範囲内から出た。ダウードには真似のできなかった芸当だ
「逃がさねえッ!」
<レイジングストライク>
ガドルが大きく飛んだことを好機と見た真が一気に飛びかかった。いかに達人の技を持っていたとしても、空中では方向転換できない。
「生意気なッ!」
ガドルが着地するかしないかという瞬間。真の大剣がガドルの身体を突き抜ける。同時、ガドルのシミターが真の胴を払う。
「うおらァア!」
<スラッシュ>
一瞬先に着地した真が大きく踏み込んでからの一撃を入れる。
「まだーッ!」
<パワースラスト>
斜めに振り切った体勢から、真は一息に大剣を突き出した。スラッシュから派生する連続攻撃の二段目。それはガドルの身体を正面から貫く。
「舐めるなッ!」
身体を貫かれた状態からガドルが反撃に出た。シミターを大きく振りかぶり、真の頭目がけて振り下ろす。
<ライオットバースト>
だが、真は構わずスキルを発動させた。ガドルが回避ではなく、攻撃を選択してくれたのは、真にとってチャンスだ。相打ちになるのであれば、真が断然有利。単純な強さでは、真が敵を圧倒している。
真の大剣から光が炸裂すると、敵の内部で衝撃が暴れ回る。
同じタイミングでガドルのシミターが真の脳天を直撃する。
「ガドル様ッ!」
ナジが叫びガドルの方へと駆け寄ろとした。それは、軽率な行動だった。ナジの周りにはまだショックフェザーの効果が残っている。下手に動けば、その羽に触れてしまう。
「うあッ!?」
ガドルに近寄ろうなどと考えるべきではなかった。舞い踊る白い羽を全て回避することは不可能に近い。ガドルだからこそ何とかやれた芸当だ。ナジの技量ではショックフェザーの効果から逃れることができなかった。
<ソニックブレード>
真が大剣を振る。ナジに向かって飛んでいくのは見えない音速のカマイタチ。ショックフェザーの効果によって麻痺したナジにこれを回避する術はなく、不可視の刃が身体に直撃した。
<クロスソニックブレード>
間髪入れずに真が放った連続攻撃スキル。ソニックブレードから派生する二段目。威力はさらに増している。
「ぐはッ!?」
堪らずナジが膝を付く。胸に手を当てて苦しそうにもがいている。
「もう止めよう……。これ以上は意味がない」
真が静かに口を開いた。膝を付くナジと、倒れまいと踏ん張るガドル。
「ここで止めたら……、君たちは浄罪の聖人を持っていくんだろ……?」
ナジは苦し気な顔だが、目は殺気に満ちている。ここで退くなんてことは毛頭考えていない目だ。
「そうだよ……。持っていくよ……。だけど、もういいだろ? 真教の教義がどういうものかよく分かってないけど……、これ以上は引き返せなくなるだろ? そこまでして守らないといけない教義なのか?」
真はできればこれ以上の戦いはしたくなかった。これ以上戦えば、ガドルとナジがどういう手段を選ぶのかを分かっているから。
「ベルセルクの……、貴様は何を信仰している……?」
息を切らしながらガドルが問う。
「俺は無宗教だ……。何も信じちゃいない」
「ふふっ……。哀れだな……。信じる神も……守るべき教義もない……。何と哀れなものか……。救われないな貴様は」
「狂信者に言われたくはねえよ」
「狂信者か……。それは否定しないさ。この世界を浄化するためであれば、進んで狂おうではないか!」
ガドルは胸元から小瓶を取り出した。それを見たナジも胸元から同じ小瓶を取り出す。
「止めろ! それがどういうものなのか分かってるだろ!?」
「ああ、分かっているさ! これがどういう物なのかはな!」
「だったら――」
「信じる神のいない貴様には理解できないことだッ!」
ガドルは真の静止を聞かず、小瓶の中の薬を一気に飲み干した。
「ナジさんも止めてくださいッ!」
悲鳴じみた美月の声が響く。ナジも手にした小瓶の蓋を開けていた。
「ふふふっ……。僕はねぇ、穢れた世界を浄化するために生まれてきたんです! アルター真教こそが唯一の救いなんですよ!」
ナジも小瓶の中の薬を一気に飲み干した。
「こうなるしかなかったのかよ……ッ」
真が歯を食いしばる。ガドルとナジが飲んだ薬はアルター真教の秘術を使うための薬。人間の身体を劇的に変化させ、異形の怪物へと姿を変える。手に入るのは人間では到底たどり着けない力。失うのは人間としての命と死。
「うごあああああーーーッ!」
「がああああああーーーッ!」
ガドルとナジが苦痛の叫びを上げる。みるみる内に体が膨張し、服を突き破る。
脇腹からは新たな手が三対生え、皮膚は硬質化し、赤く変色する。
手はハサミに変わり、口は裂けて両端から挟み込むような牙が突き出す。
目は左右に4個ずつ、計8個。
最後に臀部から尻尾が生え、釣り針のように湾曲し頭上に構える。尻尾の先端には鋭い毒針が付いている。
それは、巨大なサソリと人間が融合した怪物だった。ガドルとナジはアルター真教の秘術により、サソリの力を手に入れたのだ。
「さあ、前座は終わりだ! 死ぬまで付き合ってもらうぞ!」
もうガドルの声は人の物ではなくなっていた。赤茶けたタードカハルの岩砂漠のような赤い身体。硬質化した皮膚は鎧のように体を覆っている。
「そこまでして守らないといけない物なのかよッ?」
真が大剣を構えてガドルとナジだった怪物を睨む。もう戻ることはできない。たとえ、ガドル達が勝ったとしても、待っているのは秘術に耐え切れなくなった身体の崩壊だ。
「君達だって、僕達がここまでするって分かっていて、浄罪の聖人を奪う理由があるんだろ?」
身体の馴染みを確認しながらナジが問うてきた。
「くっ……」
「どうなんだい? センシアル王国に頼まれたからっていうだけじゃないだろ? ここまで来る理由はなんだ?」
「理由は……あるよ……」
「その理由はなんだ? って聞いてるんだ」
「……世界を――」
このゲーム化した狂った世界を元に戻すために戦っている。多くの犠牲を出しながらもまだ戦い続けている。
アルター教の教義は穢れた世界の浄化だ。アルター真教はそれをより過激に実現しようとしている。
真達の目的とアルター教の目的は本質的には似ている。同じと言ってもいいくらいに。この世界を正しい姿にすること。その為に戦っている。
「私達はこの世界を元に戻すために戦ってる! そのために皆命を懸けて戦ってる!」
真が言い淀んでいる間に、質問に答えたのは美月だった。
「美月……!?」
真は驚いて美月の方を見た。真が言い切れなかったことを、この少女は胸を張って言っている。何の迷いもなく、美月は気高く自分の言葉をぶつけている。
「世界を元に戻す? それは穢れた世界を浄化する僕達とどう違うのかな?」
「あなた達のやり方は間違ってる! 自分たち以外を認めないなんておかしい! そんなやり方をしても世界は変わらない!」
「自分たち以外を認めないのは君達も同じだろ? 現に僕達を排除しようとしている。やっていることは同じだろ?」
「違う! 私達はあなた達のようなやり方はしない! 命を粗末になんかしない!」
「奇麗ごとだな。どんなに言葉で飾ったとしても、貴様らのやっていることは、価値観の押し付けだ! 我らアルター真教と何も変わらない! だが、我らは業を背負って生きている。自らの業を理解したうえで、他者を殺す。浄化という理想を奇麗ごとなどで誤魔化しはしない!」
食い下がる美月にガドルが反論する。
「そうだとしても、あなた達のやり方は間違って――」
「お前ら、逃げてるだけだろ?」
美月の言葉を遮って真が一歩前に出た。美月がここまで堂々と自分の意見を言っているのだ。それに負けるわけにはいかない。
「なんだとッ?」
真が言ったことにガドルが反応する。もう人の顔ではない、サソリになったガドルだが、表情が変わったことは見て取れた。
「お前ら、自分たちのやっていることに耐えきれなくなってるんだよ! だから、自分の命を犠牲にする方法で許されようとしてる! 秘術を使って、人間としての死を失うから、自分たちも悲惨な目に遭ってますって言いたいのか? お前らだって分かってるんだよ! 間違ってるってことがな!」
大剣を突きつけて真が言い放った。
「貴様ァ、何も知らない若造がッ! 我らの教義を愚弄するかッ! もはや語る言葉などないわッ! この場で無残に殺してやる!」
真の言葉がガドルの逆鱗に触れた。これ以上は無駄だとばかりに、ガドルは真へと襲い掛かってきた。