アルター真教 Ⅴ
アルター真教の上僧、アルマドとシャファルと戦った部屋を越えると、再び通路になっていた。ここまで来た通路と同じく、幅の狭い通路。
今までとの違いは、通路が真っ直ぐ伸びていることか。途中で曲がるようなことはなく、目的地に向かって直進している。
数分も歩くと、目線の先に扉が見えてきた。古い木の扉だ。岩砂漠で囲まれているタードカハルには珍しい、木製の扉である。扉には独特の幾何学模様が全体に掘られている。センシアル王国やウィンジストリア、キスクの街などでは見られないような模様だ。
「この先か……」
扉の前まで来た真が呟いた。勘だが、この先にガドルが待っている。そんな気がしていた。
「おそらく……」
サリカが緊張した声で応えた。その声に美月達も否応なしに緊張が伝わる。
「……開けるぞ」
真はそっと手を出して扉に触れる。朽ちた木の感触が手に伝わってくる。何とか形だけを留めて、扉としての役割を果たしている。
枠の石材と扉が擦れる音を出しながら、ゆっくりと真が扉を開けた。
扉の向こうは広い聖堂だった。大きさは学校の体育館くらいあるだろうか。両脇の壁には羽の生えた人間のような像がいくつも彫られている。キリスト教の天使と似ているところはあるが、こちらに掘られている天使のようなものは、筋肉質の男性が主なモチーフだ。
天井は高く、アーチ状になっており、正面の祭壇まで続いている。
「ガドル……」
真が目の前の敵の名を呼ぶ。正面の祭壇で待っていたのはガドルだった。ガドルの後ろには浄罪の聖人の遺骸が鎮座している。まるで、最初からここにあったかのように、違和感がない。
「ここまで来たということは、ダウ―ドやアルマド、シャファルを倒してきたということだな……。まさか、こんな連中にやられるとは、真教の名も落ちたものだ」
ガドルは落胆した言い方をしている。同じアルター真教の上僧として、戦いに負けたことを情けなく思っているのだろう。
「少なくとも、お前みたいにコソコソとこんな奥まで逃げるような奴じゃなかったけどな!」
真はガドルの言い方に腹を立てていた。先ほど戦ったアルマドとシャファルは間違いなく武人だ。己の身体と技を極限まで研磨して、真の前に立ちはだかった。
ダウードにしてもそうだった。決して相容れる存在ではなかったにしろ、真が成長することができたのは、この3人と戦ったおかけだ。ガドルがどんな立場でものを言っているのか知らないが、自身の仲間を悪く言うような奴は許せない。
「ふんっ、貴様は何か勘違いしているようだな。いいか、アルター真教にとって、勝つことが至上なのだ! 強さは勝つための手段に過ぎない! お前もここまで来たのであれば、見てきただろう? 我らの秘術を」
「外道の術だろうが……」
「外道で結構だ! 勝てさえすれば道などどうでもいい!」
悪びれもせずにガドルが答える。それに対して前に出てきたのは美月だった。
「あんなものを使ったって、勝ったなんて言えない! あんなもの、私は認めない!」
怒りの籠った声を張り上げる。真の横に立って、ガドルに盾突く。
「小娘が吼えるな! 貴様に我らの覚悟の何が分かると言うのだ! この穢れた世界を浄化せんがために、命を賭して戦うことが唯一、世界を救う方法なのだ! 何もせずに安穏と堕落していく貴様らに我らの教義を汚すことなど、万死に値するぞ!」
ガドルの怒声が聖堂を揺らす。アルター真教にとっての浄化とは、すなわち敵を滅することに他ならない。
「そんなの間違ってる! 世界を浄化するって……それで、あんな死に方……。あんな死に方は人の死に方じゃない!」
美月も譲らなかった。アルター真教の教義については、その末端を知っているだけに過ぎない。どうやってここまでたどり着いたのかもよく知れない。それでも、アルター真教が間違っているということだけは断言できる。
「貴様に理解できるような教義ではない! 異教徒を倒すことが、アルター教による世界の浄化だ! そのための手段など関係ない!」
たとえその先に死が待っていたとしても、敵を倒すためなら躊躇しない。その覚悟がアルター真教にはある。根本的に美月の考えとは交わるところがない。
アルター真教の思想があまりにも、独特で、極端すぎるのだ。そして、危険すぎる。
「手段を選ばなっいって言うのは、追い詰められている証拠ですよ、ガドル上僧!」
美月とガドルの問答に割り込んできたのは、若い男性の声だった。
「ナ、ナジ!?」
「「ナジさん!?」」
後ろから聞こえてきたその声に、真も美月達も思わず振り返った。そこに居たのはナジだった。囮役として、サーラム寺院の入口を哨戒している見張りを引き剥がしてくれてから、ずっとはぐれたままになっていた。
「お待たせいたしました、アオイマコト様」
ナジが真に向けて恭しく頭を下げた。遅れてきたが、しっかりと囮としての役割を果たし、生きて戻ってきた。
「ナジ! よく無事で戻ってきた! お前らならやってくれると信じていたぞ!」
サリカがナジの肩をバシバシと叩いて喜ぶ。そのことに少し迷惑そうな顔をしながらも、笑顔を向けていた。
「さて、ガドル。7対1です。あなたの実力は知っていますが、ダウードとの戦いを経て、アオイマコト様はさらに力をつけてここまで来ました! スマラ大聖堂の時みたいに、退くつもりはありませんよ!」
ナジはガドルに向けて言い放つと、腰のシャムシールを抜いて構えを取った。
「そうだ、ガドル! 私達は退くつもりはない! 数で負けていたとしても卑怯だとは言うまいな? 手段を選ばないのは真教の方だろう?」
サリカも続いてシミターを抜いた。切っ先をガドルに向けて戦う意志を表わす。
「ああ、数で負けていたとしても、貴様らを卑怯だとは言わんさ。それに、数の差は5対2だ!」
ガドルがニヤリと嗤う。
「5対2だと? 何を言って――」
ズシャッ!!!
サリカが疑問を呈した時だった。斬る音がした。それはサリカのすぐ近くからだった。
「えっ……!?」
訳が分からないままにサリカが振り返る。真達もそれに釣られて振り返る。
「なっ……!?」
真は信じられない光景を目にした。ナジがシャムシールを振り下ろしている。斬ったのはサリカの背中。何が起こったのか分からず、真の頭は一瞬固まってしまう。
だが、それは噴き出した鮮血によって、再び動き出す。
「サリカさんッ!? ナジさん、どうしてッ!?」
わけが分からないまま、翼が倒れるサリカを両手で支える。背中から溢れる赤い血は、麻の服をどんどんと染め上げていく。
「サリカさんしっかりしてください! サリカさん!」
彩音が必死で声をかけるも、サリカから返事はない。
「サリカさん! 回復しますから、頑張ってください!」
美月が懸命に回復スキルを使おうとする。だが、スキルが発動しない。
「ど、どうして……? どうしてスキルが発動しないの!?」
美月は焦りから手が震えていた。いつも使っている回復スキルが発動しない。生きてさえいれば、回復スキルで傷を治せるのだが、それができない。その理由が分からないから、余計にパニックになる。
「ま、真君……、サリカが……、サリカが……」
回復スキルが発動しないことで、華凛も動揺が見られた。華凛の召喚する水の精霊ウンディーネは少しだけ回復スキルを持っている。美月のサポートにと召喚したのだが、美月と同じく回復スキルが発動しない。
「クソッ……、これはゲーム上のイベントだ……。おそらく、サリカがここで斬られて倒れるっていうゲームのイベントなんだ……。だったら、回復スキルは使えない……」
真が苦し気に答えた。これはゲームでの演出だ。もし、サリカがここで死ぬことが予定されているのだとしたら、回復スキルは一切発動できない。
「ど、どうすれば……? どうすればいいの!?」
涙目の美月が真に訴えかけてくる。だが……。
「手はない……。こいつらを倒してミッションを終わらせる以外にできることはない……」
「そ、そんな……」
悲痛の表情で美月がサリカの服を掴む。それを真は歯噛みして見ることしかできない。攻撃特化の真ができることは敵を倒すことだけ。皮肉にもアルター真教と同じことしかできない。
「ナジ……。お前が内通者か?」
大剣を手にした真がナジを睨み付ける。敵を倒すことしかできないなら、それをやるだけ。
「ようやく気付きましたか? その落ち着き方を見るに、前から内通者のことを考えていた。ということで間違いないです?」
ナジは面白そうに推測すると、平然とガドルの方へと向かって歩き出した。ガドルもナジを警戒する様子はない。
「最初から情報が漏れてたからな……。でも、内通者がいるかもしれないって思ったのは少し前のことだ。サリカを疑ったりもしたが、ナジだったとはな……」
「サーラム寺院に行くことを提案したのはサリカですからねぇ。疑われても仕方がないですよ。本当のことを言うとですね。僕達はアオイマコトと戦いたくなかったんですよ。だって、そうでしょ? これだけ強いんだから。僕達真教でも、かなりの損害を被ることになるじゃないですか?」
「お前らは戦うことを選ぶんじゃないのか? そういう教義だろ?」
ナジの言っていることに真は疑問を覚えた。積極的に異教徒と戦い滅ぼすのがアルター真教ではないのか。
「君の言っていることは、間違いじゃないですけどね。ただ、僕達の至上目的は勝つこと。命を捨ててでも勝てるなら、喜んで命を捨てますよ。でもね、命を懸けても勝てるかどうか分からない相手だったら、確実に勝てる方法を用意できるまで身を潜めます。それこそ、どんな手段を使ってでも殺しにいきます!」
「それで、お前がミスリードをしてたってわけか」
スマラ大聖堂でもナジが真を止めていた。それにサリカも乗っかったわけだが、それは偶然ということになる。その後も、修練場に誘導したのはナジだ。修練場がハズレだったと分かったてから、手がないと言ったのもナジ。
「そうなんですよね。僕が間違ったところに連れて行って時間を稼いでたんですが、このクソバカ女が余計なことを言いやがって! おかげで僕らの計画は大幅に変更せざるを得なくなった! 頭が悪いくせに妙なところで勘だけは良い。ほんと厄介なクソバカ女ですよ!」
「サリカがサーラム寺院に気が付くなんて思ってもいなかったってことか。お前が一人で囮になるって言いだしたのも、一足先にガドルに報告するためだな?」
「それもありますが、こうやって奇襲をかけることも思いついたんですよ!」
「それでサリカを斬ったのか……。お前ら、俺をこんな茶番に付き合わせたんだ。命を懸けて戦うんだったら、覚悟くらいできてるよなァッ!」
裏切り者によって仲間が殺されるという悲惨なシーンの演出。よくあるパターンと言えばそうだが、一緒に戦って来た仲間をそんなくだらない演出のために犠牲にされた。NPCとはいえ、サリカは大切な仲間だ。
怒りに震える真は、叫ぶと同時にガドルとナジに向かって走り出した。