アルター真教 Ⅲ
「アオイマコト、貴様は我らにとって危険だ。早速だが切り札を使わせてもらった。この命でお前を止める!」
砂漠に住むツノトカゲと人間が融合したような姿と化したシャファルが、真を睨み付ける。蜘蛛と同化したダウードよりは、まだ人間の骨格に近いが、それでも異形の怪物。もはや人間だったころの面影はない。
「そこまでして……」
真が歯噛みしながらもシャファルを睨み返した。敵にとっては、まだ窮地に陥ったというには早い段階だろう。それでも、いきなり最終手段に打って出てきた。真の一撃でそう判断させたのだろうが、自らの命を犠牲にする手段を易々と使ってくることに驚愕を覚える。
「元よりそのつもりだ!」
シャファルは叫ぶように声を上げると、重心を低く構えた。
ダンッと床を蹴る音がしたと思った瞬間――
「ハァアーーー!!」
アルマドの拳が真を叩きつけた。
「ぐあっ!?」
無挙動からの一撃。アルマドは人間だった時よりもさらに速い加速で、真に迫り、拳を叩きつけてきた。予備動作が一切ない、虚を突く攻撃。アルマドの恵まれた体躯に加えて、トカゲの瞬発力が合わさったこと。さらに、注意をシャファルに向けていたこともあり、完全に意識の外から攻撃を受けてしまった。
「真ッ!?」
盛大に吹き飛ばされた真を見て、美月が悲痛の声を上げる。離れたところから見ていた美月でも、アルマドの動きは捉えられなかった。
「このッ!」
<アローランページ>
翼が連続で矢を放つ。現実の世界ではまずありえない速度での連続した矢の放出。
スナイパーのアローランページは連続攻撃スキルには組み込まれない物だが、それ単体での威力は大きい。瞬間的な火力を出すには有効なスキルと言える。
「ふんっ!」
翼の放った複数の矢を、アルマドは両手でガードすることにより防ぐ。人間よりも強固な外皮を手に入れたことにより、無理に回避するよりも、ガードを固めた方が効果的になったのだ。
「やりやがったな!」
アルマドの直撃を受けた真だが、すぐに戦線に復帰してきた。勢いよく駆け出して、一気にアルマドの下へと迫る。
<スラッシュ>
駆け寄ってきた勢いそのままに、アルマドに向けて袈裟斬りに大剣を振る。
「良い太刀筋だが、大振りだな。それがベルセルクの弱点だ!」
直線的に向かってきた真の攻撃に対して、アルマドは冷静に回避行動を取る。アルマドが言うように、ベルセルクの攻撃は基本は大振りの攻撃だ。大剣を主に使うため、攻撃力は高いが、どうしても動作が大きくなる。モンスター相手であれば、何の問題もなかったのだが、こういう戦闘技術の高い敵と対峙すると、大振りであることの弱点を実感する。
<フラッシュブレード>
真はそれでも止まらず、大剣を横に一閃した。スラッシュから派生する、連続攻撃の2段目。閃光が瞬いたような鋭い剣筋だが、アルマドはこれも冷静に回避をして見せた。
「チッ……」
真が思わず舌打ちをする。ヴィルムの時もダウードの時もそうだったが、小回りが効かないことに対する、大剣という武器の扱いづらさを思い知らされ、内心苛立ちを抑えきれずにいた。
「苛立ってるようだな。だが、戦いで冷静さを失うことは命取りだぞ!」
アルマドが真を揶揄うように言ったその時だった。
ドンッ!
鈍い音が真の腹の方から聞こえてきた。
「がぁっ……!?」
シャファルが真の腹部目がけて拳を突き立てた音だ。人間だった時と同じように、シャファルは音もなく近づき、一撃を入れてきた。
巨体になったことで、シャムシールを捨てているが、そんなことは関係ないとばかりの凶悪な一撃で、真の腹部を抉ってきた。
「クソッ!?」
<スラッシュ>
真は狙いをシャファルに変えて、踏み込みからの一撃を放つ。だが、この攻撃もシャファルには簡単に躱されてしまう。
「貴様は狙いが甘いのだ! アルマド上僧と私の攻撃を受けても倒れない強靭さが、剣に甘えを生んでいる! この一撃を外せば後がないという気迫がなければ、ベルセルクの大振りなどそうそう当たるものではない!」
シャファルの言葉に真は反論することができなかった。レベルが100であることと、最強装備に身を固めているため、敵の攻撃を受けても問題ないということを利用した捨て身の奇襲で、戦闘技術で劣っているところをカバーしてきた。
その甘えをアルマドとシャファルに見破られているのだ。
「だったら、これはどうだ!」
<ストームブレード>
真は体ごと一回転させて、大剣を振るった。そこから解き放たれるのは、斬撃の嵐。同心円状に広がった、刃の領域に入った者はズタズタに引き裂かれることになる。
「フンッ!」
アルマドは真の剣の振りに合わせて両手で防御を固めた。一方、シャファルは素早い後方への跳躍で、瞬時に真との距離を取る。
「分かってないようだな! それが甘えだと言うのだ!」
ガードを解いたアルマドが怒声に似た声を真にぶつけてきた。攻撃が避けられるからといって、安易に広範囲攻撃を使った真に対して、武人として許せないところがあるのだろう。
アルマドは再度、強烈な拳を真に向けて叩きつけてきた。
「うっ……!」
それを真は大剣を盾にすることで、辛うじて受け止める。
(こいつ……、ガードしたくらいで、俺の攻撃を完全に防いでるのか?)
真が動揺しているのは、アルマドに攻撃が効いている様子がないためだ。いくらガードをしたといっても、真の攻撃力ならガードの上からでも大ダメージを与えられるはず。ゲームとしてのレベル差であれば、真にとってアルマドは格下のはずだ。
(もしかして、ガードスキルか? ガードが成立したら、特殊な攻撃以外は完全に無効化できるタイプか……)
真の予想が正しければ、アルマドが使ったガードはゲームのスキルの一つだ。相手の攻撃力や自分の防御力、レベルによる補正など一切を無視して、発動さえすれば、相手の攻撃を無効化できる鉄壁の防御スキル。ゲームのボス敵だと、たまにそういう防御スキルを使ってくる奴がいる。
(そうだとしたら、ダウードの時より厄介だな……。こいつは、秘術との相性が良すぎる)
ダウードを倒した最大の要因は、秘術とダウード自身との相性が悪かったからだ。小柄なダウードはその身体裁きと巧みな技で相手を翻弄する。だが、蜘蛛という人間の骨格と全く違う生物と融合したことと、巨大化したことで、その利点を失う結果になってしまった。殺傷力は格段に上がったとしても、真にとっては戦い易くなっていたのだ。
それに比べてアルマドは元から巨漢。秘術で巨大化したとしても、元からの戦い方とそれほど差はない。そこがアルマドの有利な点だ。
(だったら、シャファルを先に片づけるか)
距離の離れたシャファルの方へと真が目を向ける。すぐに攻撃を仕掛けてくる様子はなく、こちらの動きを伺っている。
人間だった時の戦い方が、アルマドに注意を惹きつけて、その隙を狙うというものだった。今でもそれは変わらないのだろう。
(俺がそれに付き合う必要なんてないな!)
「皆、シャファルの動きを止めてくれ!」
「分かった!」
真の号令に美月達が反応する。
<フレイムボルテクス>
<ファイアブレス>
<アローレイン>
彩音が魔法を発動させると、炎が渦巻き、シャファルのいる周辺を火の海に変える。同時に、華凛のサラマンダーが吐き出した炎のブレスがシャファルへと襲いかかり、翼の矢が天井から雨のように降り注いでくる。
「この程度の攻撃で私を――」
次々と襲い来る、魔法と矢の攻撃スキル。これをシャファルは落ち着いた動きで、確実に回避して見せるが、その時――
<レイジングストライク>
真が一気に距離を詰めて飛びかかってきた。獲物を見つけた猛禽類が空から強襲をかけるような、猛烈な飛来撃。
「注意を逸らせば当たるとでも思ったか?」
だが、シャファルはこれも冷静に回避する。レイジングストライクも大振りの攻撃で、回避が容易であることには違いないのだ。
「そんなことないって教えてくれたばかりだろ?」
真はレイジングストライクが避けられることは想定済みだった。これは、あくまで敵との距離を詰めるための手段。
(ここから……、できるか……?)
今までの真なら、ここからすぐさまスラッシュを使っていた。だが、それはせずに、シャファルの動きに意識を集中させる。
それは数瞬の間でしかなかった。だが、その数瞬が今までとは違う。不用意に手を出さず、敵を見据える。安直な攻撃は効果がないと散々思い知らされてきた。
「ハッ!」
先に手を出したのはシャファルだった。低い体勢から素早い突きを繰り出してきた。速く無駄のない動きだ。
それを真はギリギリのところで回避する。意識を集中していなければ避けられなかっただろう。それくらい鋭い攻撃だ。
シャファルもすぐさま、拳を引き、真の反撃に備える。
(もっと……。もっと、意識を集中させろ……!)
だが、真はここでも手を出さず、一歩引いたシャファルに半歩近づいただけだった。
何もしてこない真に対して、シャファルが次の攻撃に移った。
(ここだ!)
<スラッシュ>
シャファルが攻撃を繰り出す寸前。真は踏み込みからの一撃を入れた。
無駄がないとはいえ、シャファルは予備動作中。そこに真が狙い澄ました斬撃をお見舞いした。流石のシャファルもこれを避けることはかなわず、真の袈裟斬りをまともに喰らってしまった。
「ぐぅッ!?」
思わず手を退くシャファル。そこに真はさらに追撃を加えてくる。
<パワースラスト>
一歩後退したシャファルに、真が大剣による突きを放った。単純な突き攻撃だが、体勢を崩しているシャファルはこれを回避することはできない。弾きだされたような突きがその身体に刺さる。
「ムンッ!!!」
そこにアルマドが突進してきた。力いっぱい振りかぶった拳を真目がけてぶちかます。
<ソードディストラクション>
気配だけでアルマドが射程範囲に入ったことを確認した真が跳躍して、体ごと斜めに大剣を振り抜いた。
開放されるのは、純粋な破壊の衝動。真からまき散らされた衝撃は、サーラム寺院の地下を暴れまわり、その空間ごと震撼させた。