サーラム寺院 Ⅲ
囮役として、ナジが複数の見張り役を引っ張りだして走っていく。付かず離れずの微妙な距離を維持しながら、真達のいない方向へと離れていく。
「今です! 行きましょう!」
サーラム寺院から見張りがいなくなったことを確認したサリカが合図を送る。そして、真達の返事を待たずして勢いよく岩陰から飛び出した。
一瞬遅れるも真達はサリカに続いて岩陰から飛び出した。西から来る沈みかけた夕日に目を顰めながらも、懸命に走る。
およそ300メートルの直線距離を全力で走りきり、半壊した外周の壁を越えて、サーラム寺院の敷地内へと侵入する。
最初に辿り着いたサリカが建物の壁越しに内部に目をやった。まるでスパイ映画の侵入シーンさながら、慎重かつ迅速に敵がいないかどうかを確認する。
「こちらへ」
近くに敵の影がないことを確認したサリカが、身を隠せそうな場所を瞬時に判断して先導する。サリカが選んだ場所は、人気のない小部屋。
このあたりは特殊部隊の訓練でも受けてきたのだろうかと思うくらいの手際の良さ。ナジがサリカを残した理由も頷ける。
「そこそこ広さはあるな……。建物の中も半壊してるから、敵に見つからずに行動するっていうのは、かなり難しいな……」
サリカの先導で、ひとまずの安全を確保できたところで真が呟いた。外から見てもボロボロの寺院だったから、当然、中の状態も悪い。瓦礫と化した石材が散乱している。元は職人が丁寧に岩を切り出して、形を整えた物なのだろうが、今は見る影もない。
「そうですね……。隠れているつもりでも、思わぬところから見つかってしまう可能性はありますね……」
サリカが周りを警戒しながら答える。壁の半分以上はどこかしら崩れており、隠れられるところが少ない。天井にも大きな穴が開いており、上から丸見えになる場所もある。
「サリカ、浄罪の聖人が安置されてる場所の目星は付いているのか?」
真も辺りに気を配りながらサリカに問う。
「おそらくは聖堂に安置されているかと思います」
「聖堂ね……」
崩れた寺院の中を見ながら真が呟いた。外から見ただけでも、サーラム寺院の中が酷い状態になっていることが分かるくらいだ。寺院にとって重要な場所である聖堂もどうなっているのかは見てなくても分かる。
「あの……、こんな言い方、アルター教の人には失礼かもしれませんが……。こんなに崩れている寺院の聖堂に、安置できるものなんですか?」
少し言いにくそうに美月が訊いた。ここはタードカハルが他国からの侵略を受けたことで、半壊させられた寺院。アルター教徒にとっては歴史的汚点ともいえる場所。そんなところに安置できるのか? という疑問はアルター教徒に対しては気が引けてしまう。
「お気遣いありがとうございます……。サナダミツキ殿が仰る通り、聖堂もかなり崩壊しているでしょう。他国からの侵略を受けて以来、サーラム寺院を修復したという話は聞いておりません……。ですが、他に浄罪の聖人を安置できる場所は思いつきません。たとえ半壊していようと、浄罪の聖人が運び込まれているのであれば、聖堂以外に安置することは考えられないのです」
複雑な思いの中、サリカが答える。浄罪の聖人は侵略からの勝利の象徴でもある。それを半壊した寺院の聖堂に安置するという発想に疑問を抱くことは理解できる。
だが、聖堂以外に安置するなど考えられない。浄罪の聖人の遺骸はアルター教にとっての聖遺物だ。たとえ、半壊した寺院であろうと聖堂に祀る以外の選択肢など存在しない。
「じゃあ、その聖堂がどこにあるのか分かるか?」
美月に次いで真が再度質問をした。サリカの心情は理解できるが、これ以上その話をしている余裕はない。
「はい。アルター教の寺院は大体同じ作りです。寺院の1階中央に聖堂があります。サーラム寺院も同じ作りのはずです」
「分かった、まずは聖堂を目指そう」
「了解致しました。では、引き続き私が先導いたしますので、皆様は私について来て下さい」
サリカの言葉に真達は黙って首肯する。そして、サリカは少し様子を見た後、音もたてずに次に身を隠せる場所まで走る。
そこで、サリカが安全を確認してから真達が後を追う。そして、また次の隠れ場所を見つけては移動をし、敵の存在を確認してから真達が移動する。
それを繰り返す。当然のことながら、建物内部でも真教の教徒が巡回をしている。見張りの人数が意外と少ないのは、ナジが囮になってくれたおかげだろう。内部の見張りの一部を外に引っ張りだしてくれたのだ。
敵の見張りに見つかることなく、真達はどんどん中央の聖堂へと向けて進んでいく。順調に進んでいき、とうとうサーラム寺院の中央までやってくる。
「あそこが聖堂だと思います」
物陰に隠れながらサリカが呟いた。寺院の中央に近づくにつれて、建物の崩壊具合は外より幾分マシになっている。サーラム寺院が石材を積み上げて作られていることが要因だろう。簡単に壊すことができないから、他国の兵士たちは、内部の破壊をしている最中に、労力の無駄であるということに気が付いたといったところか。
「見張りが常駐しているな……」
崩壊具合が外壁より幾分マシなだけで、聖堂の壁は所々崩れている。その隙間から見張りがいることを真が確認した。
「3、4、5人ね……」
真の横から翼も聖堂内部を覗いた。聖堂の内部には5人の見張りが確認できた。他の見張りと違い、その場を離れようとはしていない。
「翼、浄罪の聖人はありそうか?」
「んー……、ここからじゃ見えないわね……。もしかしたら死角になってるところにあるのかも」
視力の高い翼が目を凝らしても、浄罪の聖人らしき遺骸はどこにも見当たらなかった。ただ、覗いている場所が、壊れた壁の隙間であるため、それほど視界が広いわけではない。見える範囲にないだけで、ちゃんと調べればあるかもしれない。
「ガドルはいるか?」
真も目が良いので、翼に訊きながらも一緒に探す。だが、真にはガドルの姿が確認できない。
「ガドルの姿も……見えないわね……」
それは翼も同じだった。常駐の見張りの姿は見えるが、肝心のガドルの姿が見えない。
「真さん、どうしますか?」
彩音は聖堂内を確認することはせず、真に問いかけた。
「見張りが常駐してるなら蹴散らすしかないだろ。ただ、ガドルの姿が見えないのは気になるな……」
「アオイマコト殿……。ここまで来たのであれば、やるしかないのではないでしょうか?」
聖堂内の様子を観察していたサリカが意見した。
「やるしかないって、見張りをか? ガドルがいるかどうか確認できてないんだぞ?」
「はい。それでも、見張りを倒して聖堂内を調べるしかないかと思います。もしかしたら、ガドルが不在の可能性もあります」
「ありえねえよ――あっ、そうか……。ガドルの姿が見えないっていうパターンもあるか」
真はガドルがいないことなどありえないと思っていた。それは今でも変わらない。浄罪の聖人の遺骸を取り返す時に、ガドルと戦闘になるというイベントが発生すると思っていた。だから、浄罪の聖人が祀られているサーラム寺院の聖堂でガドルと戦うことになると踏んでいたのだ。
「真、なにか思いついたの?」
何かを閃いている様子の真に美月が声をかけた。
「ああ、ガドルの姿が見えなくても問題ないだろうってことだ」
「問題ないって? そりゃあ、戦わずに済むなら問題ないけどさ」
「いや、ガドルとは必ず戦うことになる。ただ、今すぐってことじゃないってことだ」
「今すぐじゃないって?」
「見張りを倒してから、さらに奥に進むとか。他にも考えられるパターンはいくつかあるが、これもゲームの一部だ。絶対にゲームとしての演出をしてくるはずなんだ」
ゲームでボスに辿り着くまでのイベント。そう考えると、聖堂にガドルの姿がないことは不思議ではない。
「でも、それって、ガドルと戦う時も近いってことよね?」
真の話を聞いて華凛がふと思ったことを口にする。今すぐに戦うというわけではないだけで、近いうちに戦うことには違いないのだ。
「そういうことだな。最速のパターンだと、見張りを倒した直後にガドルが現れて戦闘になる」
「早いじゃないのよッ!?」
翼が思わず大きく声を上げた。
「おい!」
潜伏中に声を上げた翼の口を真が慌てて手で押さえる。
「誰かいるのか!」
見張りの一人の声が聞こえてきた。どうやら、翼の声に敵が反応してしまったようだ。
「ゴメン……」
翼が悔しそうに言う。自分の失態で仲間に迷惑をかけてしまった。そのことが申し訳ないのと、何故こんなに大きな声を上げてしまったのかと悔やまれてならない。
「いいから気にするな。どっちにしろ奴らは倒す予定だ」
真はそう言うと、一人で聖堂の中へと身を乗り出した。
「何者だ!?」
聖堂の中に居た5人の見張りはすでに動き出していた。真が聖堂に入ろうとしたところで出くわす形になる。
<ブレードストーム>
そこは真の間合い。わざわざ敵の方から近づいてきてくれていたおかげで、初手から範囲攻撃の的となった。
真が放つ斬撃の嵐は、同心円状に広がって、周囲の敵をズタズタに切り裂いていく。
「ぐわぁーッ!」
一網打尽。結果として、翼の声に敵が反応してくれたおかげで、一瞬でかたが付いた。
「…………」
だが、真は警戒を解かない。もしかしたら、この後にガドルが出てくるかもしれないからだ。前からか、後ろからか。それとも、ダウードの様に聖堂の奥から出てくるのか。
「…………」
誰も出てくる気配はしない。真は少しだけ足を進めて聖堂の中央まで進んだ。それでも、何も起こらない。
「出てきていいぞ」
真が仲間に声をかけた。どうやら、見張りを倒した直後にガドルが現れるというパターンではなかったようだ。
「真、ごめん!」
合流した翼が再度謝る。真だからこれほどあっさりと片づけたのだが、自分の失敗によって迷惑をかけたことは事実。翼はちゃんと謝っておきたかった。
「気にしなくていいって言っただろ。それよりも、聖堂の中を調べるぞ。見る限りでは、浄罪の聖人の遺骸はどこにもない」
真はざっと辺りを見渡しながら言う。聖堂の壁もあちこちが崩れており、倒れた柱が横たわったままになっている。天井だった部分の瓦礫もそのままだ。一番奥にある祭壇もほぼ崩壊している。
「真君、あっちは?」
華凛が何かを見つけたようで、真に声をかけた。
「ん? あっ、あれか。あそこから祭壇の裏に回れそうだな」
華凛が指を指した方には崩れた出入り口があった。ぱっと見た感じでは、崩れた壁の一部のように見えるが、よく見ると、直線の枠が残っている。それは祭壇の裏へと続く部屋への出入り口。
「行ってみよう」
聖堂内は瓦礫しかない。それなら、見張りを常駐させておく理由はない。だとしたら、この奥に何かあるから、見張りを置いていたのではないか。真はそう思い、華凛が見つけた、祭壇の裏へと続く入口へと足を進めた。