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サーラム寺院 Ⅰ

早朝から、タードカハルの街を出てから半日以上歩き続けている。岩砂漠の容赦ない直射日光は、急速に体力を奪っていく。これがゲーム化していない現実世界のことだったら、とっくに倒れていることだろう。


ゲーム化の影響により、真達の体力が増強されているからこそ、こんな過酷な状況の中でも歩き続けることができていた。それでも、何度か大きな岩の影で休憩を余儀なくされている。


西からの陽射しがかなりきつくなってきた頃、案内役のサリカが足を止めた。


「アオイマコト殿、サーラム寺院の近くまで来ています。ここからは慎重に行きましょう」


やって来たのは岩砂漠の真ん中。地殻変動により、大地が隆起して小高い壁ができているような場所。赤茶けた岩の壁には幾層にも重なった地層が見える。


「身を隠しながら行くには丁度いい壁だな」


真は岩壁を手で叩きながらサリカに返事をする。この岩壁がきつい西日を遮ってくれている。しかも、アルター真教に見つからないように隠れながら行動するにも使える。


「そうですね。この岩壁の向こうにサーラム寺院があります。日が沈む前には着くことができると思います」


「まだ、数時間は歩かないといけないのかよ……。まぁ、日影を歩けるんだから、幾分マシだろうけどな……」


真から溜息が漏れる。今いる岩壁はかなり大きな物だ。大地が隆起してできたのだから当然と言えば当然だ。見える範囲だけで推測しても、この岩を回り込むとなると、サリカの言う通り日没前くらいにはなりそうだった。


「日影がある分、かなり楽にはなりますが、それでも適宜休憩を入れながら進みたいと思います。サーラム寺院に浄罪の聖人の遺骸を運んでいたとしたら、戦闘は避けられませんからね……」


サリカの目が険しくなる。サーラム寺院に行く目的は、奪われた浄罪の聖人の遺骸が運び込まれている可能性があるから。予想が的中していれば、必然的にアルター真教と戦うことになる。そのための体力を温存しておかないといけない。


「ガドル……でしたっけ。アルター真教のリーダーの人……」


美月の声には緊張が混じっていた。ガドルはスマラ大聖堂に現れ、浄罪の聖人の遺骸を奪っていった男だ。ナジとサリカの話ではかなりの手練れということ。


「はい……。私の予想が当たっていれば、ガドルもサーラム寺院にいるはずです……」


「強い……ですよね?」


彩音も緊張した声でサリカに訊いた。


「強いです……。アルター真教でも最強と謳われる人物です……。修練場で戦ったダウードも、ガドルには歯が立ちません……」


サリカの目はさらに険しくなる。アルター真教は戦闘特化の宗派だ。そのアルター真教の中でも上位に位置する、ダウード上僧。そのダウードですら歯が立たないのがガドル。そんな敵と戦うことになるかもしれない。


「真はどうなの? 勝てるんでしょ?」


翼の視線が真の方へと向く。初めてガドルが現れた時には、ゲームによって妨害されたが、真は勝てると豪語していた。


「勝てるのは勝てるが……」


「どうしたの?」


歯切れの悪い真の回答に華凛が不安げに見つめる。


「苦手な相手だろうな……」


真の声に不安や緊張はない。だが、自信満々という程の勢いは全くなかった。勝てるとは言いつつも、煮え切らないといった様子。


「真君に苦手なタイプの敵なんているの?」


華凛が質問を続ける。華凛には、真が苦手とするような敵がいるとは思えない。あの巨大なドラゴン、ドレッドノート アルアインですら一人倒してしまうほどの強さを持っているのだ。


「ダウードよりも強いってことは、戦闘技術も上だろ? 俺は力勝負なら余裕で勝てるけど、戦闘の技術や駆け引きでは負けてるんだ……。圧倒的な経験の差って言うかな……。俺は対人戦闘を想定した訓練を受けたことはないんだぞ」


真は日本で生まれて、日本で育ってきた。戦闘の訓練など受けたことはない。知能の低いモンスター相手なら、力勝負だけで済むのだが、戦いのプロが相手だと、どうしても苦戦を強いられる。


ガドルと初めて会った時は、ここまで戦闘技術が高い敵だとは思ってもいなかった。ダウードとの戦闘を経験して、相手の力量を測ることができた。


「それでも、勝ってきたじゃないのよ」


真の意見を聞いた翼が口を開く。高い戦闘技術を持った敵との戦闘では、確かに真は攻めあぐねていたことが多い。だが、イルミナの迷宮で戦ったヴィルムにせよ、アルター真教のダウードにせよ、真は勝っている。戦闘技術で上をいく敵に勝ってきたのだ。


「まぁ……、そうだけどさ……。ほとんど奇襲で勝ってるからな……」


ヴィルムとの戦いも、ダウードとの戦いも、勝負を決めたのは、真がわざと攻撃を喰らってから一撃を入れるという作戦。肉を切らせて骨を断つことで勝負をつけてきた。とはいえ、実際に真は肉を斬られるほどには至っておらず、せいぜい皮一枚斬らせて、相手の頭蓋を粉砕しているのだが。


それを可能にしているのは、レベル100というステータスと最強装備の組み合わせがあってこそ。


「正攻法では難しいっていうこと?」


「正攻法だと難しいだろうな……」


翼の問いに、真が考えながら返事をする。ヴィルムやダウードを正攻法、つまり正面から己の戦闘技術のみで戦った場合、結果はどうなっていたのか。負けることはないだろうが、勝つにはかなりの時間を要しただろう。


「そんなことはないと思いますよ」


それを言ってきたのはナジだった。


「そうなの?」


ナジの言葉に、真ではなく華凛が訊き返した。真の強さに絶大な信頼を置いている華凛は、戦闘技術で負けているという真の発言は、あまり受け入れたくないもの。そこに、ナジが『そんなことはない』と言ってきた。その言葉に華凛が興味を惹かれてしまった。


「修練場で、ダウードの手下と戦っている最中に、アオイマコト様の戦いを見させてもらってました。経験不足であることは否めませんが、センスは一流だと思います。ダウードとの戦闘中にもどんどん、攻撃が鋭くなってましたからね。あの一戦でさらに成長されたのではないでしょうか?」


ナジが真っ直ぐ真を見て答える。ナジはアルター正教で戦闘訓練を受けている。そのナジが真の戦闘センスを褒めているのだ。


「そ、そんな大したことはしてない――っていうか、よく見てたな? あの時、ナジは3人を相手にしてたんだろ?」


真はダウードとの戦闘を経て手ごたえを感じていたのは確かだった。それでも、これだけ褒められると少し照れくさい。そこで、ふと気になったのが、ナジが真の戦闘を見ていたということ。戦闘特化のアルター真教を3人も相手にしていて、そんなことが可能なのか。


「あ、ええ、見ていたというよりは、見えたと言った方が正確ですね。流石に僕もアオイマコト様の戦いをまじまじと観察できるような余裕はありせんでしたし……。ただ、その少しの間だけ見えたアオイマコト様の戦う姿から、戦闘センスの高さは分かりましたよ」


少し苦笑いを浮かべながらナジが答える。真の戦いをよく見ていた結果としての意見ではなさそうだ。だが、お世辞というわけでもない。一瞬だけ見えた真の戦い方から、そのセンスの高さが分かったのだ。


「サリカさんは、真の戦い方を見てどう思いました?」


美月が気になってサリカにも訊いてみた。真の戦闘技術が向上したのであれば、無茶な戦い方を止めて、堅実的な戦い方になることを期待したからだ。


「すみません……。私はちゃんと見れていなかったので……。ただ、ナジが言うのであれば間違いはないと思います。ナジはアルター正教の中でも手練れですし、なによりも観察眼はとても優れています。アオイマコト殿が実戦の中でさらに強くなっていると考えていいでしょう」


「おい、俺を持ち上げても何も出てこないぞ……」


目立つことが苦手な真としては、こうも持ち上げられるとどう反応していいいか分からない。褒められることに慣れていないし、戦いのセンスがあるなんてことも今まで言われてこともない。


「い、いえ、私は別にアオイマコト殿に褒美をもらいたいから言ったのではなくて――」


「分かってるよ! 冗談だよ、冗談!」


サリカの動揺の仕方を見るに、真からの褒美欲しさに煽てたと勘違いされたと、本気で思っているようだ。そのあたりは、タードカハルという国と日本の文化の差から来るものなのか、それとも、アルター正教で戦闘訓練ばかり受けていた、サリカという女性のズレから来るものなのか。


「あっ、そうでしたか。失礼いたしました。あと、失礼ついでにもう一つだけ……」


「なんだよ?」


「アオイマコト殿の強さは十分分かっています。ただ、それでも、ガドルの強さを侮ってはいけません……。無礼を承知で申し上げますと、ダウードを正攻法で倒すことが難しいと仰るのであれば、ガドルはかなり苦戦します……」


「ああ……、そうだな……」


サリカの進言は真も十分に分かっていたことだった。戦闘のセンスがあると言われて調子に乗っていい相手ではない。力で真が圧倒していても、技術の差で苦戦を強いられるのは目に見えていた。







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