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修練場 Ⅴ

「うっ……」


ダウードからカウンターを受けた真が呻く。遠距離攻撃からのレイジングストライクは真が初手として使う、得意のパターンだ。それが、悉く躱されたどころか、奇麗に反撃も受けてしまっている。


ダメージは非常に軽微なのだが、戦闘技術で敵に後れを取っているという事実に歯噛みするしかない。


「今度はこちらから行くぞ!」


ダウードは重心を低く、左手を前に突き出し、右手に持ったシャムシールを頭上に掲げる。独特の構えだ。独特ゆえにどういう攻撃をしてくるのか予想が付きにくい。


ダンッと床を蹴る音がしたと思った矢先、ダウードは一瞬で真との距離を詰めて懐に入り込んできた。


「速――!?」


あまりの速度に真が驚愕する。慌ててダウードの攻撃を見切ろうと、敵の剣を探した。が、見つからない。ダウードの頭上に掲げていたシャムシールがもうそこには無かったのだ。


剣を頭上に構えているのだから、上段からの攻撃が来るものと思っていた。しかし、そこにあるべき剣がない。だとすれば――


「――ッ!?」


真は咄嗟に半身になると、一瞬前まで体があった場所を一筋の光が通った。


ダウードが下段からシャムシールを振り上げてきたのだ。頭上に構えたシャムシールを後ろに回して、死角から剣を掬い上げる。これがダウードが放った一撃だ。


突き出した左手は意識を分散させるためのものだろう。頭上に構えた剣に集中させないための構えだ。


「あれを躱したか。ふふっ、言うだけのことはあるな」


ダウードは驚きながらも楽しそうに笑う。根っからの武人なのだろう。自分の力を思う存分出せそうで、楽しいのだ。


(くっそ……。勘が当たったから躱せたものの、次、別のことをやられたら厳しいぞ……)


真がダウードの攻撃を回避できたのは偶然だ。視覚の中に剣が見えなかった。だから、上と横からの攻撃は無いと判断した。下段から来るとまでは分からなくても、横から来ないのであれば、半身になって躱せる可能性がある。それに賭け、その賭けに勝った。


「真、後ろ!」


安心したのも束の間。美月の張り上げた声が聞こえてきた。


真が振り返ると、そこにはダウードの手下が剣を振り下ろそうとしているところだった。


「うわッ!?」


これを真は横に飛ぶことで回避。手下の剣にダウードほどの鋭さはない。不意打ちだったが、美月が声をかけてくれたおかげで回避することができた。


しかし、手下は1人だけではない。残りの3人も一斉に真に向かって剣を突き出してくる。だが、やはり、手下の剣技にダウードほどの鋭さはない。速さも足りなければ、虚をつい来るような技術もない。


<スラッシュ>


真は手下の一人に狙いを定めて、大剣を振る。カウンター気味で入った剣は、ダウードの手下を袈裟斬りにした。その一撃で、手下の一人は倒れる。


「ムッ……」


そこでダウードの顔色が変わった。手下を一撃で倒されるとは思ってもいなかったからだ。ダウードほどの手練れではないにして、アルター真教の厳しい修行を受けてきた者だ。おいそれとやられる程度の者ではないし、ましてや捨て駒のつもりで連れてきたわけでもない。


ダウードとその手下が一旦後退した。ザザッと靴が床を擦る音が響く。


「今よ!」


今度は翼の声が響いた。敵が怯んだ今が好機と見た。


<アローレイン>


引き絞った弓を天に向け、一気に解き放つ。上空に向けて飛んでいった矢は、分裂し、雨のようにダウード達に降り注いだ。


スナイパーの範囲攻撃スキル、アローレイン。発動までにタイムラグがあるものの、攻撃範囲は広く、威力も高い。


<フレイムボルテクス>


続いて彩音が魔術杖を突きだした。翼のアローレインによって、ばらけたダウードの手下の内、固まって動いた2人に狙いを定めて、スキルを放つ。


ダウードの手下の足元からは、炎が渦巻き出した。まるで蛇がうねりをあげているかのように、炎の渦が周囲に広がる。


フレイムボルテクスの特徴は、一度発動すれば、継続してダメージゾーンを維持するところにある。単発で発動する攻撃スキルと違い、しばらくの間、ダメージを受ける範囲が残るため、必然的に敵の行動範囲を制限することができる。


「これは避けられる?」


<ショックフェザー>


さらに華凛がシルフィードを召喚し、スキルを放った。幾多の白い羽が風に乗って聖堂の中を舞い踊る。そこには彩音の放たフレイムボルテクスから逃げて来たダウードの手下ともう一人の手下。そして、ダウード本人が固まっていた。


「ウヌッ!?」


ダウードから声が漏れた。シルフィードが使用できる、ショックフェザー自体にダメージはない。だが、風に舞う羽に触れると麻痺してしまうのだ。


広い聖堂とはいえ、室内。しかも、彩音によって行動範囲は制限されている。その中でいくつも舞う羽を全て回避することなど不可能。事実、ダウードですら、ショックフェザーに触れてしまい、麻痺の効果が出てしまっている。


麻痺の効果時間は短く、ビショップのピュリフィケーションで解除できるのだが、ダウード達の中にビショップはいない。


「おおおおーーーー!!!」


このチャンスを真は見逃さない。全身の筋肉をバネにして、一気にダウード達に迫る。


<ソードディストラクション>


真が跳躍から斜めに剣を振り抜いた。同時に放たれるのは、破壊という事象そのものを形にしたような、激烈な衝撃。聖堂全体が、その衝撃に震撼するほどだ。


ソードディストラクションはベルセルクが使用できる範囲攻撃スキルの中では最強の威力を誇り、しかも一定時間行動が不可能になるスタン効果まで付与されている。


「ガハッ!?」


ソードディストラクションの直撃を受けた手下たちは全員が倒れ、残されたダウードも悶絶する。


ソードディストラクションの一撃を受けてもまだ立っていられるのは流石と言ったところか。


「終わりだ!」


<スラッシュ>


麻痺とスタンの効果によって、動けないダウードに向けた真が大剣で斬りつけた。


<パワースラスト>


振り下ろした大剣を引き戻し、一気に突き出す。単調な直線攻撃だが、麻痺とスタンによる行動不能状態のダウードにこれを躱すことはできない。


ここで、ダウードがスタンから回復した。


(スタンからの回復が早いな……。ある程度、スタン耐性を持ってるってことか)


ダウードはボス格の敵だ。巨大なボス的にはスタンがまるで効かない敵もいるが、人間サイズのダウードは無効化するまでの耐性は持っていないのだろう。


(まあ、いい。まだ麻痺は残ってるみたいだしな!)


<ライオットバースト>


真は思案しながらも、突き刺したままの大剣が激しく光を放つと、大剣全体からエネルギーが勢いよく破裂した。体内で暴れ回るかのような衝撃に、ダウードの顔が苦悶に濁る。


ライオットバーストはスラッシュから派生する連続攻撃スキルの3段目。その特徴は、一撃で終わるだけでなく、攻撃を与えた後も、削り取っていくように、継続してダメージを与え続けるという効果がある。


そこで、ようやく麻痺の解けたダウードが大きく後方に飛んで、距離を取った。


「逃がさねえよ!」


<レイジングストライク>


再使用できるまでの時間が経過した、レイジングストライクで真がダウードに向かって強襲をかける。


「それは見切っているのだよ!」


だが、ダウードは真の剣を回避すると同時、すれ違いざまにシャムシールで斬りつけてきた。ここまで追い込まれていても、冷静にカウンターを入れてきている。


「くそッ……」


真が毒づいた。ダメージはほとんど無いにしても、同じことで二回も反撃を喰らっていることに苛立つ。有利な状況になったから、攻撃が入るだろうという認識が甘かった。


まだ、油断はできない。真は改めて気を引き締め直して、ダウードの方へと振り返る。大剣を構えて、敵の攻撃に備えないといけない。ダウードの動きは素早く、そして、剣技も卓越している。どんな攻撃を仕掛けてくるのか予想ができないのだ。


「…………」


だが、予想に反してダウードは膝を付いて真の方を睨んでいるだけだった。血を吐き、呼吸が荒くなっている。胸元を押さえて苦しみに耐えていた。


ライオットバーストによる継続ダメージが効いているためだ。真の連続攻撃を受けた時点で、ほとんど致命傷だった。そこに、ライオットバーストの継続ダメージが入り続けたのだから、ダウードが膝を付くのは必然と言えるだろう。


「終わりだ。命は助けてやるから、聖人の遺骸がどこに運ばれたのか教えろ!」


大剣の切っ先を突きつけた真が冷淡な声で言う。相手はNPCだから、こういう交渉がどこまで通用するか分からないが、情報が引き出せるのであれば、欲しいところだ。


「ふふふ……。まさかこの私をここまで追いつめるとはな……。ますますお前が欲しくなる……。だが、そういうわけにもいかないのでな……」


ダウードはそう答えると、押さえていた胸元から小瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干した。


「なにを……ッ!?」


真はそれが毒だと思った。戦うことで生きてきたダウードが負けたのだから、生き恥を晒すよりも潔い死を選ぶ。そう思った。


「ぐっ……ううっ…………」


ダウードが苦しそうに歯を食いしばっている。口から洩れる涎はそのままに、目は充血し、顔中に血管が浮かんでくる。


「があああああーーーーーッ!!!」


ダウードが喉が裂けんばかりの絶叫を上げた時だった。小柄なダウードの身体がどんどん膨れ上がっていく。それは、筋肉が膨張していくようだった。


ムクムクと溢れる筋肉は麻の服を破ったところで止まる。次にダウードの皮膚が変化した。褐色の肌はみるみる内に硬い外殻で覆われていく。


そして、今度は腕が長く伸びていった。同時に脇腹と肩から腕が生えてくる。手はなくなり、代わりに研ぎ澄まされたスピアのように鋭く尖る。腕の数は合計6本。


最後に顔が変わった。人間だった口は大きく裂け、大きな牙を覗かせる。複眼になった目は真っ赤に染まっている。


「お待たせした。さあ、ここからが本番だ。こうなったらもう手加減はできん。生きたままのお前が欲しかったのだが、そうもいかなくなったのは残念だよ!」


ダウードの姿は最早人間のそれではなかった。身長は2メートルを超え、手と足の合計が8本。それはまさに巨大な蜘蛛と人間を融合させたような奇怪な姿だった。




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