墓地 Ⅳ
真と美月の周りはすでにゾンビと化した人達と青い色をしたゾンビで囲まれていた。ゾンビ化した人達から流れてくる異臭は極度に強まり、息をするのも辛くなるほどの臭いが充満している。
「真…………どうして……こんな……」
真に寄り添ううようにして立つ、美月の表情を恐怖と悲壮が塗りつぶしていた。それでも、この状況でも立っていられることができるだけ強いと言っていいのかもしれない。
ゾンビ達はじりじりと二人の方へと近づいてくる。蟲が死骸に群がるように、真と美月のいる空間を侵食していく。
「……美月、ごめん。これしか思いつかない……」
真の顔は悲しそうな顔をしていた。
「……っ!?」
美月は真がやろうとしていることを直感的に理解した。真はここのゾンビ全部と戦うつもりだ。ストレングスのメンバーも含めて。一瞬、美月は真を止めようとした。ギルドのメンバーを殺さない、そして、真も無事に帰れる方法があるかもしれないと。その思いから真を止めようとしたが、できなかった。言葉が出なかった。どうしようもないこの状況がすぐに理解できたから。逃げることも戦って生き残ることも絶望的。自分たちがもうすぐ、目の前のゾンビと同じになる未来しか見えない。
「美月! 目を閉じて、俺がいいって言うまで絶対に目を開けるな!」
真が大剣を強く握って、叫んだ。
「で、でも……」
「早く!」
真の怒号にも似た声に美月が従い、きつく目を閉じ、両手で目を隠す。助かるためとはいえ、美月に仲間が斬られる光景を真は見せたくないのだろう。美月にはそのことがよく分かった。だからこそ、その場にしゃがみこんで石のように動かないことを決めた。たとえ何が自分に襲い掛かってきても、絶対に真がいいと言うまで目を開けないと硬く心に誓った。
(美月を守りながら、殲滅する……か。おそらく、噛みつかれたら俺もゾンビだな……。レベル100のゾンビベルセルクか、洒落にならないよな……)
もしかしたら、真ならゾンビに噛みつかれても抵抗できて、ゾンビ化することがないかもしれない。だが、それは試してみないことには分からないこと。賭けをするにはリスクが大きすぎる。真は改めて今回のバージョンアップの悪質さを実感した。
(数は30強ってところか……。こっちは一回でも噛みつかれたらアウトと考えるべきだな。あの青いゾンビに噛みつかれてもおそらく駄目だろう)
真が思考を巡らし、状況を確認する。見たことのない青い色をしたゾンビが現れて、ここに狩りに来た人たちがゾンビ化している。原因は青い色をしたゾンビしか考えられない。
(だったら!)
<バーサーカーソウル>
ベルセルクに宿る狂戦士の魂を開放し、内側から力が溢れてくる。ベルセルクのスキルの一つ、バーサーカーソウルはその効果時間中、防御力が半減する代わりに、攻撃力が上がるスキル。捨て身のスキルで、ハイリスクハイリターンだが、今の状況では確実に敵を一撃で仕留めなければならない。
(行くぞ!)
真が剣を構えて一番数の多い、前方に向けて飛び出した。それに反応するかのようにして、ゾンビ化した人達が襲い掛かってくる。
<ソードディストラクション>
真が飛び上がって、斜めに一回転して大剣を振るう。破壊の衝動をそのまま顕現したかのような大剣の衝撃が辺り一面に走る。
ベルセルクの範囲攻撃スキルである、ソードディストラクションはその高い攻撃力だけでなく、攻撃範囲内に入った敵を気絶させる効果も持っている。その代わり、もう一度同じスキルを使えるようになるまでの時間が長いことが欠点だった。スキルは全てそうだが、一度使うと一定時間は使用できなくなる。そして、その長さはスキルの強さに比例する。
「ギィイイヤアアアアアーーー」
悲鳴のような雄叫びを上げながらゾンビ化した人達が一斉に倒れていく。もはやその声は人間のそれとは思えないほど異形の声をしていた。
ゲーム化に浸食されたこの世界では、プレイヤーのスキルが他のプレイヤーを傷つけることはない。そのため、真は美月が近くにいる状況でも思いっきりスキルを発動させることができる。
(次!)
<レイジングストライク>
真が跳躍し、猛禽類が急降下して獲物に襲い掛かるようにしてゾンビの群れの一体に強襲をかけた。
近距離専門のベルセルクにとって、レイジングストライクは一気に距離を詰めることができる優秀なスキルと言えた。
<ブレードストーム>
真は敵の群れに突っ込むと、すかさず範囲攻撃スキルを発動させる。同心円状に広がる剣風が周りのゾンビたちを切り刻んでいく。
ブレードストームは広範囲に攻撃が広がる分、威力は落ちる。バーサーカーソウルで攻撃力を底上げしているが、それでも一体を仕留め損ねた。
(……っ!?)
仕留め損ねたゾンビはパラディンの正吾だった。
<スラッシュ>
真と正吾の間の数歩の距離を踏み込んで斬りつける。これで倒せなければ連続攻撃に移行するつもりでいたが、正吾はこの一撃で倒れ込んだ。
(くそっ……!)
手に伝わる斬った感触が呪のように纏わりついてくる。今日の夕方初めて会ったばかりだが、それでも手に残る感触は悲痛なものだった。
しかし、感傷に浸っている場合ではない。敵はまだいる。真が美月の安否を確認するため、振り向くと美月の近くに青いゾンビが近づいて来ていた。
<ソニックブレード>
その場で真が剣を振り払う。斬撃から繰り出された音速の刃が狙い澄ましたように青い色をしたゾンビを切り裂き一撃のもとに倒す。
残りはゾンビとそれの親玉であろうネクロマンサー ルーデル。人が多い場所なので倒しに来たことはなかったが、その名前は真も聞いたことがあった。弱い上に金になる、鴨葱のNMとして。
(こいつが、バージョンアップで行動に変化のあった一部のモンスターか……)
ルーデルがバージョンアップで変更されたかどうかは推測でしかない。だが、この状況でそれを疑う余地はない。間違いなくこいつの行動がバージョンアップで変更され、狩りに来た人々をゾンビに変えたのだ。
(よくもやってくれたな……!)
真は怒りに歯を食いしばり、ルーデルとその周りを囲む青いゾンビ達に向かって走って行った。
ボロボロのローブから細く浅黒い手を出してルーデルがゾンビ達に迎撃の命令を出す。
<イラプションブレイク>
真が素早い跳躍から大剣を振りかざし、地面に向かって叩きつけるように剣を振り下ろす。大剣が突きつけられた地面は切っ先を中心にひび割れが走り、割れた地面の間から轟音とともに灼熱の業火が噴き出した。
真に向かってきていた青いゾンビ達はすべて怒り狂う豪炎に焼き尽くされた。
(残るは一体!)
最後の一体、ネクロマンサー ルーデル。汚いボロのローブを頭からかぶり、その表情は伺うことはできない。おそらく、何もない空虚な表情をしているのだろう。真は見えなくても想像ができた。
真はルーデルに向かって走り出した。するとルーデルは両手を前にかざし、魔法の詠唱を始めた。低く不気味な声で何を言っているのか聞き取ることもできないような声。
ルーデルが魔法の詠唱を始めるとその足元から魔方陣が出現し、奇妙なルーン文字の書かれた魔法陣が展開される。
<スペルクラッシュ>
真のスキルが発動するとともに、光を放ちながら大剣がルーデルを斬りつけた。
ベルセルクのスキル、スペルクラッシュはダメージとともに詠唱を妨害するスキル。対魔法使い用の切り札ともいうべきスキル。遠距離攻撃をしてくる魔法系の敵に近距離まで近づかないと発動させることができないのが難点だが、近づきさえすれば有効なスキルだ。
魔法の詠唱を妨害されたルーデルは再度、別の魔法の詠唱を開始する。上に掲げた手の先に氷の槍が作られていく。だが、スキルには再使用時間が設定されているため、再度スペルクラッシュを撃てるようになるまでにはまだ時間がかかる。
(詠唱が終わる前に倒す!)
<スラッシュ>
呪文の詠唱をしているところに真が踏み込んで斬りつける。だが、ルーデルの詠唱は止まらない。
<フラッシュブレード>
閃光のような横薙ぎの一撃がルーデルの胴体を斬りつけた。スラッシュの一撃で倒れなかったルーデルに対して、真が連続スキルであるフラッシュブレードを発動させた。スラッシュから派生する連続攻撃で、間髪入れずに発動させることができる。
胴を真横に一閃されたルーデルはそこで力尽き、糸を失った操り人形のようにその場で崩れ落ちた。




