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修練場 Ⅱ

        1



「先に言っておくけど、俺の考えでは、たぶんアルター真教と戦うことになると思う」


これから修練場に向かおうとした矢先、真が皆に向けて口を開いた。


「えっ!? さっきまで、誰もいないんじゃないかって言ってたのは真だよ?」


美月が面を喰らったように真の方を見る。つい先ほどまで言っていたことと180度違うことを言い出したことに疑問を抱く。


「俺も最初はそう思ってたんだけど、ナジの話を聞いて考え直したんだ」


「ナジさんの話を聞いて……ですか?」


彩音も真が意見を変えたことの理由が分からないでいた。ただ、真がここまで言うのであれば、当然その根拠があるはずだ。


「ああ、そうだ。忘れそうになるが、ナジはNPCだ。そのナジが修練場に行くことを提案したんだ。俺達と同じ人間なら間違いがあって当然だが、NPCはゲームの一部として、俺達を先導する役割がある。だから、ここに来ることには何らかの意味があるはずなんだ」


「ここに浄罪の聖人の遺骸が運ばれてるっていうことですか?」


「それは……どうだろうな? 聖人の遺骸まであるかどうかは分からない……。でも、修練場には行く必要があるから、ナジが提案してきたんだよ。何もないというのは考えにくい。それに付随して、アルター真教との戦闘があるんじゃないかって思ってる」


真も具体的に回答を知っているわけではない。あくまで推測。だが、これはゲーム化した世界のミッションだ。ゲームと同じ基準で考えると、NPCが誘導した場所には何かがあって当然。そこに戦闘が含まれることも大いに考えられることだった。


「待ち伏せしてるってこと?」


戦闘になるかもしれないと聞いて、表情を暗くした翼が聞いてきた。


「その可能性もあるな。こっちはゲームが用意したレールに乗らないといけない。ただ、そのレールの上に何が乗ってるのかが分からないから、戦闘があることも考慮しておくんだ」


「ねえ、真。それじゃあさ、戦わないパターンもあるってことだよね?」


真の意見を聞いて、美月は戦闘の可能性が高いと思っていた。だが、同時に敵がいないという可能性もある。それは希望的観測であると思いつつも、そこに期待してしまうところがあった。


「あるにはあると思うが……、可能性は低いだろうな」


美月の心情は真にも理解できるのだが、危険が伴う可能性がある場面で、安直な言葉はかけられなかった。


「別にそこまで心配になることないんじゃないの? 今までだって戦って来たんだしさ」


重くなってきた空気に華凛が一言添えた。あまりこういうことを言わない華凛は少し照れくさそうにしている。


「華凛が安心させるようなこというのって珍しいわね」


翼が意外そうな顔で華凛の方を向いた。普段の華凛なら、空気を読まずに周りの不安を煽るようなことを言ってしまうのだが、今回に限ってはそうではない。


「な、なによ! 私だって皆を安心させることくらい言うわよ!」


翼のツッコミに釈然としない華凛が反論する。それに、華凛は何の根拠もなく大丈夫だと言っているわけではなかった。華凛が言いたいことは“真がいるんだから”何も問題はないということ。ただ、それをそのまま言うことが恥ずかしくて、真の名前は出さずにいた。


「そっかぁ、華凛も成長したんだね」


ウンウンと頷きながら、翼は感慨深いものがあった。あの華凛が皆を気遣っていることに感動すら覚えている。


「翼! もういいでしょ! そんなことより、行かなくていいの? ミッション中なんでしょ!」


顔を赤くしながら華凛が抗議する。なんだか揶揄われているようで納得がいかない。


「華凛の言う通りだな。ここでモタモタしてる場合じゃない。さっさと行ってしまおう」


真がそう言うと一同が首肯した。何かあるかもしれないという不安はあるのだが、華凛と翼のやり取りで、少し緊張が解れたようだった。



        2



見張りがいないということは分かっているのだが、それでも敵の拠点に侵入するわけだ。どうしても警戒をしながら進むことになってしまう。それは、高い壁で囲まれた修練場が刑務所を連想させるからだろうか。


アルター真教の修練場は近くで見ると、かなりの年代が経っているように思われた。所々補修された箇所がある。その補修された箇所も古い所から最近補修したであろう箇所まで様々。


壁に囲まれた修練場の入口は二カ所。正面の大きな入口と裏手の小さな入口だ。どちらも扉はなく、修練場を囲っている壁が口を開けているだけという構造。木材が貴重な岩砂漠では、木の扉を付けることが難しいのだろう。


流石に正面から堂々と入ることはできないので、裏にある小さな入口から侵入を試みる。


侵入といっても実際には、人の気配が全くしない、石造りの建物の敷地内に入るだけ。真達以外には風が砂埃を舞わせているくらいのものだ。


修練場の構造はシンプル。敷地を壁で囲い、正面から入った所に広い前庭。前庭の先には石造りの建物。これだけだ。


「ここから入りましょう」


先頭のナジが指定したのは、建物の脇にある小さな入口だった。目立たない場所にある建物の入口。侵入という観点から言えば打って付の場所だろう。


ナジの提案に皆が無言でついていく。タードカハルの建物はどれも窓が小さい。非常に強い太陽光を遮断する目的があるためだ。だから、眩しいほどに照り付けてくる屋外とは対照的に、室内は薄暗い。明暗がはっきりしているといった方が正確だろうか。


真達が侵入経路として使ったのは、修練場の台所。その勝手口のような場所からだ。調理台は石材できており、窯は粘土を積み上げて作られている。端に置いてある大きな瓶には水が蓄えられているのだろうか。この岩砂漠の環境の中では貴重な水なのだろう。


そんな所に目をやりつつも、真達は素早く台所を後にし、先に進んでいった。


慎重かつ大胆に。光量が少ない修練場の建物内を進んでいく。ただ、室内が暗いと言っても、そこはゲームの世界だ。現実よりも視界は良好だ。


「なんか不気味なくらい静かだよね……」


美月がポツリと呟いた。静まり返った修練場の施設内では、小さな声でもよく聞こえてくる。


「そうだな……。本当に誰もいないみたいに静かだよな……」


真も呟きを返した。何か待っているのではと思っているのだが、あまりにも静かすぎる。日の光を遮断している室内の涼しさも、今は快適というよりも、薄気味悪さの方が勝っている。


「結局どっちなのよ? アルター真教の人達はいるの? いないの?」


訝し気に声を出したのは翼だ。真がここにアルター真教の教徒がいて、戦いになる可能性があると言っていたのだ。そのことを言う前は、誰もいないと言っていた。結局どっちなのか。


「そりゃあ、いると思うさ。でも、可能性の話だ。本当に誰もいないっていう可能性はゼロじゃない」


思わぬところを突かれて、真が弁明する。確かに、言っていることがコロコロ変わっているというのは認めざるを得ない。


「アオイマコト様、お静かにお願いします」


ナジが注意をしてきた。敵の拠点の中にいるのだから、その注意は当然のことだろう。


「あ、ああ……。悪い……」


「あ、いえ。決して騒がしいというわけではなくてですね。この先にはおそらく聖堂があります。もし、浄罪の聖人が安置されているとしたら、そこになります」


バツの悪そうにしている真に対して、ナジがフォローを入れた。決してうるさかったと注意したわけではなく、この先に目的のものがあるかもしれないから、気を引き締めてほしいという意味だ。


「聖堂って、あれか……」


真の目線の先。暗く長い廊下を行った先、その右手から光が溢れてきていた。それは自然の光だった。ということは、強烈な日光を防ぐ目的で造られた場所とは違うということになる。休憩する場所や詰め所といった場所ではない。陽の光を入れる必要のある聖なる場所なのだろう。


「アオイマコト殿、私とナジが先に行きますので、後をついて来て下さい」


真剣な目つきでサリカが言ってきた。手に持っているシミターを力強く握っている。いつでも抜刀できる体勢だ。


「分かった……」


真が短く返事をすると、ナジとサリカは音もなく、聖堂の方へと進んでいった。壁越しに聖堂の中を確認すると、合図が送られ、真達も聖堂の方へと向かう。


「ここが……アルター真教の聖堂……」


意図せず真の口から言葉が漏れた。やって来た聖堂は、アーチ状の高い天井に、両端を石柱が並んでいる。床は絨毯が敷かれ、正面には祭壇がある。技巧が凝らされた祭壇は、センシアル王国とはまた別の風格を持っていた。


さらに、高い天井からは太陽の光が差し込み、広い聖堂全体を照らしているのだが、直接日光が入ってこないように計算された窓の位置からは、優しい光が差し込んでいた。


だから、この聖堂は、これほどに柔らかい光で包まれいるのだ。


「見とれてる場合じゃないな……。聖人様はどこにいるんだ?」


だが、肝心の浄罪の聖人の遺骸は見当たらない。真の声で我に返ったようにして、美月達も辺りを見渡していた時だった。


「そこまでだ異教徒ども!」


突然、しわがれた声が聖堂に響いた。










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