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聖域 Ⅱ

        1



星の海の中を丸い月が浮かぶ。雲一つない岩砂漠の夜空は、地平の彼方まで満天の星が広がっている。


真達一行は、浄罪の聖人の遺骸が安置されているという、スマラ大聖堂へ向けて、荒野の道なき道を歩いていた。人知れず行動を完遂させるためには、深夜にかけて行動をしないといけない。そのため、人一人見かけないような、真夜中に荒野を歩いているのだ。


ゲーム化した世界の特徴として、夜になっても視界が確保されている。夜の闇に包まれて、何も見えなくなってしまうということはない。これが現実の世界だったら、月と星以外には何も見えないだろう。


それでも、昼間と比べれば光量は少ない。平坦な道を歩くのなら、さほど問題はないのだが、真達が今いる場所は、ゴツゴツとした岩が転がる荒野の真ん中だ。


「きゃっ!?」


足を踏み外した華凛が情けない声を上げる。咄嗟に掴んだのは真の腕。女性のように細くしなやかな腕だった。


「大丈夫か……?」


真は急に腕を掴まれて驚いていたが、ここは足場の悪い場所だ。明かりがなくても地面が見えるのだが、注意を怠ると華凛のようになることは容易に想像がつく。


「う、うん……。大丈夫……。その……、あ、ありがとう……」


俯きながら華凛が小声で礼を言う。最後の方は声が小さすぎて真にもほとんど聞こえていないくらいだ。


それよりも、華凛は真に触れることができことが久々なような気がしていた。こんなに奇麗な腕から、あの剛撃が繰り出されるのが信じられない。


だが、安心する。傍にいるだけで心が落ち着く感じがする。普段から、真に触れたいと思っていても、華凛の難儀な性格上、一歩前に出ることができなかった。だから、こういう事故はむしろ歓迎したいほど。


「か・り・ん! 大丈夫そうね! 大丈夫そうだから、手を離そうね!」


美月が引きつった笑顔を華凛に向ける。華凛が小声で何か言っていたようだが、そのことよりも、未だに真の腕にしがみ付いていることの方が、美月にとって重要だった。


「えっ!? あッ!? きゃッ!? いや、別に、そんな……」


ふと我に返った華凛が、真の腕に抱き着いたままだということを認識する。華凛は顔を真っ赤にして、何やら言い訳のようなことを言おうとしているが、頭が完全に空転していた。


「そんな、安いラブコメしてないで、行くわよ! 時間がないんでしょ?」


翼が呆れながら声をかけてきた。ただでさえ、夜更けに行動しているのだ。普段ならとっくに寝ている時間。余計なことをしてないで、さっさとミッションを進めたい。


「ラ、ラブコメなんてしてないわよ!」


まだ顔が赤い華凛が反論する。横にいる美月も「そうよ!」と同調する。


「分かった、分かった。分かったから行くよ!」


だが、翼は碌に相手もせず、手で進むように催促するだけ。


「もう……」


不満は残るにしても、今はミッションの最中だ。翼の言う通り、さっさと行動をしないといけない。美月もそのことは十分承知しているが、やはり腑に落ちないといった様子。


「…………」


そして、この空気をどうしていいのか分からない真がいた。取りあえず、翼が言うように前に進む。ミッション中なのだから、もう少し緊張感を持ってほしいと言う気持ちもあるが、この場をどう治めていいか分からない。


「いいんじゃいですか? 少しは緊張が解れたと思いますよ」


何とも言えない複雑な様子の真に、彩音が微笑んだ。真はこういう場でどうしていいか分からないというのは、彩音もよく理解している。真は戦闘能力の高さに反して、コミュニケーション能力が低いのだ。


「あ、ああ……、そうだな……」


彩音の言葉を聞いて、これでいいのだろうと、真は歩く速度を上げた。先頭を行く、ナジとサリカの二人とはそれ程距離は開いていなかった。早足で歩くとすぐに案内役の二人に追いつくことができた。


「ふふ、皆さん、仲が良くていいですね」


砂除けのネックウォーマー越しにサリカが微笑む。


「揶揄わないでくれ……」


恥ずかしそうに真が応えた。仲間のことだが、少々子供じみたやり取りだったのではないかと思えてくる。よくよく考えれば、『フォーチュンキャット』メンバーは、真を除いて全員が高校生だ。死線を潜り抜けてきたとは言え、まだ大人にはなっていない。


「これは、失礼いたしました。ですが、私はずっと戦闘訓練に明け暮れていましたので、ああいうやり取りは羨ましいなと思えたのです……」


少しだけ寂しそうにサリカが笑った。年齢で言えば、サリカの方が美月や華凛よりも年上なのだが、それでも20歳前後くらい。真よりも年齢が近い方だろう。


「そうか……」


真はサリカの言葉が自虐的に聞こえていた。文化が違うのだから、平和な日本の女子高生と同じというわけにはいかないだろう。辛い経験も多くしてきたのかもしれない。そんなことを思うと、相手がNPCだということを忘れて、言葉が詰まっていた。


「アオイマコト様、見えてきましたよ。あれがスマラ大聖堂です」


そんな真の心情を知ってか知らずか、もう一人の案内人であるナジが真に声をかけた。ナジが示す方向には石造りの大きな聖堂が見えた。



        2



スマラ大聖堂は石材を積み重ねて作られてた大きな建築物だ。風による浸食への対策か、あまり高くは作られておらず、横に広がっている。屋根もなだらかな傾斜をつけるのみで、風を流す設計になっている。


「思ってたより新しいな」


満月を背にしたスマラ大聖堂を見ながら真が呟いた。聖人とまで言われた人物の遺骸を安置している場所なのだから、歴史的にも古い場所だと想像していた。だが、やってきたスマラ大聖堂は、風による浸食を受けた形跡はなく、崩れている箇所も見当たらない。


「元々、浄罪の聖人の遺骸は別の場所に安置されていました。ですが、そこはかなり古い寺院ですので、新しくスマラ大聖堂を建てて、遺骸を移したのです」


真の疑問にはサリカが答えた。アルター教徒として、この場所には思いがあるのだろう。どこか緊張しているようにも見える。


「それに、ここはアルター教徒が修行する場所でもあったんですよ。そこに大聖堂を建設して、浄罪の聖人が眠る場所に作り変えたというわけです」


続いてナジが説明を加えた。


「それで、この場所が不可侵の聖域になったてことか」


改めて、真がスマラ大聖堂を見やる。特に建造物に興味があるというわけではないのだが、こういう経緯を聞くと面白いと思えた。


「正確には大聖堂の地下が、ですけどね」


ナジがそう修正した時だった。スマラ大聖堂の入口の脇にある小さな扉から一人の女性が出てきた。着ている服は砂漠の砂除けのためのローブとネックウォーマー。目の部分だけが出ている。袈裟のようにも見えるその姿から、もしかしたら、アルター教の僧侶が着る服装なのだろうかと真は考えていた。


「ナジ、サリカ……。こちらの方が、アオイマコト様ですね?」


月影から出てきた僧侶風の女性は、すっと近づいてくると、真の方を値踏みするように見つめた。ほとんど音もなく、無駄な動きすらない、その動きは、己の浄化も目的としたアルター教の自己研鑽の賜物といったところか。


「はい。この方々が、高名な『フォーチュンキャット』の皆さまです」


サリカが真達の方へと振り返り、自慢げな目で紹介する。それほどの人達の案内人ができたことが光栄であるかのような振る舞いだ。


「いやいやいや! 私達そんな大したグループじゃないですよ!」


いきなり持ち上げられたことに、翼が慌てて否定した。『フォーチュンキャット』は、たかが5人の小さなギルドだ。高名とまで言われるほど大きなギルドではない。


「なるほど、自らを奢らず、謙虚に捉える……。韜晦されているわけでもないようですし。どうやら高尚な方々のようですね」


僧侶風の女性は満足げに答えた。最初は少女ばかりの集団で不安を覚えたが、そこらの若造とは違うようだと勝手に理解していた。


「ねえ、トウカイってどういう意味?」


翼は僧侶風の女性が言った言葉の意味が分からないところがあり、横にいる彩音に訊ねた。


「韜晦っていのはね、自分の力を隠して、相手を油断させるっていうことだよ。私達は、特に実力を隠しているわけではなくて、真面目に修練している人に見えたんだと思うよ」


苦笑いを浮かべながら、彩音が答える。彩音としては、特段意識を高く持って行動しているわけではない。ただ、ゲーム化した世界を元に戻すという目的に向かって、真っ直ぐ進んでいるだけだ。


「ちょっと大袈裟に評価され過ぎてるっていう気がするわね……」


美月も『フォーチュンキャット』がそれほど大層なギルドであるとは思っていない。だから、あまり持ち上げられると居心地が悪い。


「アオイマコト様、既にナジとサリカから説明を受けていると思います。お疲れのところとは存じますが、あまり時間がありません。どうぞ中へお入りください」


僧侶風の女性は、元の緊張した目つきに戻すと、口早にスマラ大聖堂の中へ促した。あまり時間がないというのは事実だ。入口でダラダラと会話している暇はない。


「ああ、分かった……」


僧侶風の女性の声音から、緊張感を取り戻す。真達はその言葉に素直に従い、スマラ大聖堂の中へと入っていったのだった。











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