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荒野

照り付ける太陽。空は雲一つなく、荒れ果てた岩砂漠には、旅人を休めてくれる木陰もない。赤茶けた岩肌を削る風は、砂埃を運んでくるだけ。


「暑い……」


昼下がりのこの時間は一番気温が高くなる。ゴロゴロと転がる岩に腰かけて、真が赤黒い髪をかき上げ嘆息した。足場が悪い岩砂漠の真ん中なのだが、腰かける場所には困らない。どこにだって椅子になるような岩が転がっている。


タードカハルの気候は砂漠気候。乾燥した大地には植物はほとんど生息しておらず、空気中の水分量も極端に少ない。太陽の熱はダイレクトに大地に降り注ぎ、日中はみるみる内に気温を上げていくのだが、反面、夜になると、上昇した気温を保持する機能を果たすものがないため、気温は一気に下がっていく。


その激しい気温の差が、この荒れ果てた荒野を形成している。それでも、この地域に生き物が活動をしているというのは、生命の神秘と言っていいのだろう。それが、モンスターでなければ。


「もうーッ! 本当にこういうの嫌なんだけど!」


悲鳴混じりに文句を言っているのは華凛だ。その華凛が対峙しているのは、巨大なサソリ。大きさは3メートルほどだろうか。黒い鎧を纏ったような出で立ちに、二つのハサミ。そして、サソリの特徴ともいえる、釣り針のように曲がった尻尾と毒針。


華凛は文句を言いながらも、敵の注意を惹きつけるため、防御力に優れた土の精霊ノームを召喚していた。


「華凛さん、気持ち悪いのは分かります。でも、もう少し我慢してください」


少し距離を取っている、彩音が華凛を諭す。ソーサラーである彩音は遠距離からの攻撃が得意なので、距離を取っているのだが、彩音自身もサソリは気持ちが悪く、近寄りたくなかった。


「彩音! あんた、もっと強いスキルあるでしょ! それで一気に蹴散らしなさいよ!」


連続で弓矢を放っている翼が苦言を呈する。彩音が手加減をしていることが見て取れたからだ。気持ちが悪い敵だったら、さっさと倒してしまえばいいものを、それをしないでいることに苛立っていた。


「えっ!? でも、そんなことしたら、ノームから私に来ちゃうじゃない!」


彩音がすかさず反論した。ゲーム化したこの世界はMMORPGが元になっている。MMORPGにおいて、敵との戦闘で誰が標的になるか。それは、敵にとって一番嫌な行動をするプレイヤーだ。


敵にとって嫌な行動はいくつかあるが、まずは大ダメージを与えてくることだろう。だから、高い威力の攻撃をするプレイヤーは敵に狙われやすくなるのだ。


そのため、攻撃力が高いプレイヤーに敵のターゲットがいかないように、盾役となるプレイヤーが敵からの標的されるためのスキルを使い、敵の注意を惹きつける。今、その盾役をしているのが、華凛が召喚したノームというわけだ。


ただ、問題は、ノームが本職の盾役であるパラディンやダークナイトほど、敵の注意を惹きつける能力が高くないということ。そのため、攻撃力の高いソーサラー等が本気を出すと、簡単に敵のターゲットが移ってしまう。


「翼、このままいきましょう。真抜きでやってるんだから、安全策でいいのよ」


ノームに回復スキルを使いながら、美月が意見した。ビショップである美月が使う回復スキルも敵にとっては嫌な行動だ。回復し過ぎると美月が敵から狙われてしまうリスクがある。


だから、美月としても、さっさとサソリを倒してしまいたいという思いがあるのだが、そうなると、攻撃力が高い彩音が狙われてしまう。それは、美月としても避けたいことだ。


しかも、今の戦闘に真は参戦していない。その理由は、真がいればこのサソリが一撃で沈むから。それでは訓練にならない。


「美月がそう言うなら、それでいいけど……」


サソリなど平気な翼からしてみれば、長期戦になっても問題ないのだが、ノームからターゲットが移らないように、火力を調整しながらの攻撃というのは、あまり好きなものではない。脳筋タイプの翼は、常に全力が一番分かりやすいのだ。


「私だって……気持ち悪いわよ……」


気丈に振舞っていても、美月の腕には鳥肌が立っていた。以前よりは虫にも慣れてきたつもりなのだが、巨大な虫は、未だに気持ちが悪い。以前、大量の巨大蜘蛛に襲われた経験を考えると、このサソリは一匹だけなので、ましな方ではあるが。


『フォーチュンキャット』のメンバーは真を除けば、全員が後衛職だ。遠距離攻撃を得意とする、スナイパーの翼にソーサラーの彩音。精霊を使役しながら、安全な場所で戦うサマナーの華凛。後方から回復支援を行うビショップの美月だ。


この構成なら、ノームという疑似タンクを中心に、遠距離からじわじわと敵を倒していくのが、セオリーだろう。


この戦法は時間がかかるにしても、安全に敵を倒すことができるのだ。事実、それは上手くいっていた。


だから、真は助けに入ることもなく、ただ暑い日差しの下で暇を持て余していたのだ。問題があるとすれば、女子たちがサソリを気持ち悪がっていることと、それを長時間相手にしないといけないことくらい。真からすれば、今戦っているサソリはカッコイイと思うのだが、それを女子連中に話したところで理解はされないだろう。


「ちょっと休憩しましょう」


巨大サソリを倒し、美月が声を上げた。ただでさえ、戦闘というものは体力の消耗が激しい。しかも、砂漠気候の猛烈な暑さも加わる。気持ちの悪いサソリと戦っているという精神的な疲労もある。


「賛成……。休憩しましょう……」


美月の提案に華凛がすぐさま賛同した。余裕をもって安全に戦っていたのだが、この気候の下では想定以上に消耗が激しかった。


「お疲れ様」


疲労が顔に滲む美月達に真が声をかけた。何もしていない真だが、炎天下で、ただじっと待っているだけというのはしんどい。


「真さん、すみません。いつも待機してもらっていて……」


彩音が疲れた表情で返してきた。


「ああ、別に構わないよ。それに、今は本当に待機中だしな。いつも通りやっていればいいんだよ」


真が言う待機中とは、シークレットミッションの待機中のこと。ナジの説明では、浄罪の聖人の遺骸が安置されている、聖域の結界を解くために7日から10日ほど必要とのことだ。その間、真達はタードカハルにモンスターを狩りにきた冒険者として生活することになっている。


「もう、一週間経過したんだっけ? そろそろ、何らかの連絡が入るんじゃないかな?」


美月もナジの説明を思い出していた。ナジとサリカは交代で様子を見に来るのだが、シークレットミッションに関する連絡はまだない。まだ、待機していてほしいとだけ伝えられる。


「そうだな……。今日じゃなくても、明日、明後日くらいには何らかの動きがあってもいい頃だな」


「それなら、今日はもう帰った方がいいんじゃないの?」


真の言葉を受けて、華凛が口を開いた。そろそろ何らかの連絡が入る頃合いなのであれば、いつまでも岩砂漠でモンスターを狩っている場合ではない。


「今から帰ったら、日が沈むころには戻れるか……。皆もそれでいいか?」


真がギルドメンバーを見て言う。


「私はそれでいいわよ」


柑橘のジュースを飲みながら翼が返事した。この暑さと疲労の後には、この酸味の効いた柑橘ジュースが美味い。


「私も」


美月もすぐに返事をした。ここ一週間の間は、ずっとこの熱暑の中で戦っていた。その疲労の蓄積は大きい。


「私も異論はありませんが……。これから、ミッションが終わるまでは、狩りに出ず、宿に待機しておいた方が良いですよね?」


どこか不安げな表情で彩音が言った。


「夜には宿に戻っていれば大丈夫でしょ? ずっと宿に待機してる必要なんてないわよ?」


彩音の言ったことの理由が今一つ分からない翼が質問をした。


「いや、だってさ。もうすぐミッションが本格的に動き出すんでしょ? だったら、体力を温存しておいた方がいいじゃない。アルター真教だってどう動くか分からないんだしさ……」


彩音の不安は、危険思想とされているアルター真教にあった。アルター教徒以外はこの世から消すという極端な思想の集団だ。もし、そのアルター真教の信者が現れたとしたら。それを考えるとどうしても不安になってしまう。


「アルター真教はこっちの動きを知らないんでしょ? 知ってたら妨害しにくるけどさ、私達はバレないように行動してるんだし、大丈夫なんじゃないの?」


華凛も柑橘のジュースを飲みながら言う。この一週間、『フォーチュンキャット』はただ岩砂漠で狩りをしていただけだ。アルター真教に怪しまれるような行動は何もしていない。秘密裏に動いているのだから、この計画の存在自体も、アルター真教は知らないはずだ。


「いや、アルター真教は妨害に来るよ」


そんな華凛の意見に対して、真にしては珍しく言い切った。たぶんこう思うではなく、こうだと確信を持っているようにも見える。


「え? どうして? ナジとサリカがヘマしたってこと?」


華凛が訊き返す。自分たちの行動の中に、アルター真教が情報を掴むような落ち度はなかった。だったら、ナジとサリカが何か失敗をしたのか。でも、それなら、ヘマをしたことを言ってこないのもおかしい。


「そうじゃないよ。これはミッションなんだ。ただ単に遺骸を運んで終わりっていうことにはならない。宰相が、わざわざアルター真教のことを話したんだ。出てきて当然だろ」


「ごめん、真。意味が分からない」


翼が眉間に皺を寄せている。真が話ていることの理屈が分からなかった。どういう理由でアルター真教が、こちらの計画を把握したのかがさっぱり分からない。


「要するにだな。これもゲームの一部だ。敵に情報が洩れていて、襲われる。それを撃退して、ミッションを成功させるっていうゲームだ。どこから情報が漏れたかなんていうのは問題じゃない。最初からアルター真教が襲って来るのは決まってるんだよ」


「ね、ねえ、真。それじゃあ、私達が秘密裏に動いてるのも、こうやって待機しているのも意味ないってことじゃないの?」


美月が胡乱な顔をしている。ナジもサリカも真面目に仕事をしているように見えた。だが、真の話では、そんなこと端から意味がなかったことになる。


「ゲームの演出だよ。俺たちの行動にリアリティを持たせるために、こうやって回りくどいことをさせて演出してるんだろうさ」


呆れたとでも言いたげに真が説明をした。


「私も真さんと同じ意見です……」


彩音も真の意見を支持する。アルター真教は妨害に来るだろうと。


「彩音、あんたも分かってたの? どうして言わないのよ? 真だってそうよ、なんで今まで黙ってたのよ?」


真と彩音の意見を聞いて翼が苦言を呈した。そこまで分かっているのなら、どうしてもっと早く話をしてくれなかったのか。


「わ、私は今、そう思っただけだから……。アルター真教のことは、ずっと考えてはいたんだけど、真さんの意見を聞くまでは自信が持てなくて……。でも、やっぱり、これだけ警戒をさせるような情報を出しておいて、アルター真教の姿を見ることなく終わるなんてことは……、この世界がそんなことするはずはないって……」


伏し目がちに彩音が答える。別に悪気があって黙っていたわけではない。ただ、自分の考えに自信が持てなかったのだ。曖昧なことで皆を不安にさせるようなことはしたくなかった。


「真はどうなのよ? その口ぶりだと最初から分かってたんじゃないの?」


翼が真に詰め寄った。こんな大事なことを今まで黙っていたことに腹が立っていた。


「い、いや、なんて言うかさ……。皆分かってるものだと思ってたから……」


これだけ、アルター真教のことが出てきている。世界がゲーム化してから色々な経験をしてきたのだ。これくらいのことは説明しなくても分かっているものだと真は思っていた。


だが、そうではなかったようだ。真はゲームの定番として捉えていたが、他の皆はそうではなかった。あくまで現実的に、理論的に物事を捉えている。こういうところは長くゲームをやってきた真と他のメンバーとのズレであった。


「こういう大事なことは、思ってたんならちゃんと言ってよね!」


ビシッと指を突き出した翼が、真に言い放った。真も「ああ、悪い……」と謝り、その場は治まった。







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