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荒野の街で Ⅰ

        1



センシアル王国の宰相、アドルフにシークレットミッションの内容を確認してから三日後の明朝。真達が宿泊している宿に予定通りアドルフの遣いがやってきた。


ミッションは危険が伴うため、翼は自らを奮い立たせるためにも、朝から気を引き締めるのだが、今回のミッションに関しては事情が違った。


朝にはめっぽう強い翼が、一番最後に起きてきたのである。決して眠れなかったというわけではない。ただ、このミッションに対する不信感からくるものだ。


アルター真教を解体に追いやるための人質を運んで来いという内容。完全にセンシアル王国側の利益のため。そして、アルター正教の司祭として入り込んでいる、センシアル王国の息がかかった人間の利益のためだ。気が進まないのは翼に限った話ではない。


だが、真達には達成しないといけない目的がある。これはゲーム側から与えられたミッションなのだ。これが現状で唯一、ゲーム化した世界を元に戻す手掛かりだ。これをやらないという選択肢は存在しない。


だから、早朝から王都を出発し、タードカハルへと向かう馬車に揺られているのだ。


「もっとマシな馬車はなかったのかよ……」


ガタガタと揺れる馬車の席で、真が愚痴をこぼす。馬車が王都を出発してから既に数時間。厚い雲に覆われた空を見上げても、太陽の位置が分からないので、時間の感覚も曖昧だ。


「仕方ないですよ。一応、隠密行動なんですから。センシアル王国の遣いが乗っているのが分かるような、奇麗な馬車は用意しませんよ」


苦笑いをしながら彩音が答える。彩音が言う通り、これは隠密行動。目立つような移動手段を使うわけにはいかない。そうなると、このランクの馬車になるのも仕方のないこと。


「『ライオンハート』だったら、もっといいのを用意してくれるぞ……」


今乗っている馬車は普通よりも下のランクといったところ。もう少し良い馬車を用意してもよかったのではという不満は真だけではないだろう。


「ねぇ、真……」


神妙な面持ちの美月が真に声をかけた。何やら悩んでいるとも見える顔だ。


「ん? なんだ?」


「その『ライオンハート』のことなんだけどね……。何も言わずに出発しちゃってよかったのかな……?」


美月が真の方をじっと見る。『ライオンハート』には色々と世話になってきた。戦闘能力だけでいえば、真の力が圧倒的なのだが、『ライオンハート』を構成する多くの大人たちの意見というのは心強い。


しかし、今回はそれがない。『ライオンハート』には何も連絡をせずにセンシアル王国を出発している。


「シークレットミッションがあることを言った場合のリスクが分からないからな……。もしかしたら、シークレットミッションのことを言いふらしても、何らペナルティがないかもしれない……。でも、もし、何らかのペナルティが発生したら……って考えるとな……」


真が静かに答えた。美月の不安は真にも理解ができる。ただでさえキナ臭い内容のミッションなのだ。紫藤総志がどう考えるのか、それは真も聞きたかった。でも、それはリスクがある。秘密とされている以上は、口外すべきでない。


「うん……。そうだけどさ……。何か助けてもらえることはあったのかもって……」


真の説明は美月もよく理解している。仕方のないことだと割り切るしかないのだが、やはり不安というものは付き纏ってくる。


「それは……どうだろう?」


「どうだろうって……?」


美月が真に訊き返す。真は『ライオンハート』からの助けは期待できないと言っている。それがどういうことなのか分からなかった。


「前にも話したと思うけど、バージョンアップがあった時に、俺は『ライオンハート』の同盟と会議をしてただろ。その時に、王国から衛兵か迎えに来たんだけど、紫藤さんも赤峰さんも、他の参加者全員が、その衛兵の存在を認識できなかったんだ」


「そういえば、そんなことを言ってたね」


美月が三日前の会話を思い出す。真以外に衛兵のことを認識できなかったから、他の人はシークレットミッションのことを知らないのだと結論付けた。


「俺達以外にシークレットミッションのことを認識することができないってことはさ、他の人達はシークレットミッションに参加する条件を満たしていないんだよ。ゲームだとよくあるんだけど、参加条件を満たしていないと入れない場所もあるんだ。オンラインゲームだと、条件を満たしている人の横にいても、条件を満たしていない人からは、何も見えないし、聞こえないっていうこともある」


「それじゃあ、『ライオンハート』の人たちは……」


「今回のミッションには一切触れることができないっていうことだな」


はっきりと真が言う。『ライオンハート』は戦力にならないと。


「で、でもさ、真君。もし、今ここで敵が襲ってきたら場合とか、『ライオンハート』がいれば、一緒に戦ってくれるんじゃないの?」


横で聞いていた華凛が疑問を投げかける。条件を満たしていないと入れない場所があったり、話を聞けなかったりするのは分かった。だが、外の場所で敵に囲まれた場合にはどうなのか。


「今ここでアルター真教が襲って来ても同じだ。俺達以外には敵を認識できないようになってると思う。それか、俺達だけが入れるフィールドに飛ばされるか、部外者を入れないように、見えない壁ができるか。どれにしろ、俺達にしか戦うことができなくなるはずだ」


真は華凛の疑問にすぐ答えた。MMORPGでは一般的なことだ。当然、部外者が介入することができるクエストもあるが、特別なクエスト、ここでいうミッションともなると、条件を満たしていない人は排除される。


「そうなるのか……。だったら、『ライオンハート』に協力してもらうわけにはいかないわよね……」


真の説明で、華凛も一定の理解をする。なぜそうなるのかは、よく分かっていないのだが、ゲームはそういう物であると理解するしかない。


それからは特に会話もなく、ガタガタと揺れる馬車に辟易としながらも、タードカハルへの旅路を急いだ。



        2



タードカハルへ行くには王都グランエンドから馬車で3日かかる。タードカハルは岩砂漠に囲まれた国。温暖で雨量もあるセンシアル王国から、馬車で3日の道のりにも関わらず、いきなり乾燥帯に入る。


これはゲームとして、エリアが変わったという判定がされているから。自然の摂理など知ったことかと言わんばかりに、タードカハルのエリア内に入った途端、気候が変わるのだ。


タードカハルは現実世界でいうところの中東のような地域だ。建築物も木材より、石材が多く使われており、装飾もオリエンタルに近いものがある。


照り付ける太陽が眩しい、昼下がり。真達を乗せた馬車が辿り着いたのは、そんなタードカハルの入口に入ったところにある、馬車の寄り合い所。他にも数台の馬車が待機している。


真達はすでにタードカハルで行動するために、ダマスカス装備一式に着替えていた。真が身に着けている、ダマスカスメイルは麻のインナーに灰色の胸当て、金属部分は波打つような模様が浮かんでいる。


翼が着ている軽装備も麻のインナーに、波打つ模様が浮かぶ金属の肩当だ。そして、美月、彩音、華凛の3名が装備しているローブにはほとんど金属の防具がない。これのどこがダマスカスなんだと、真は疑問に思うところがあったのだが、それを口にはしなかった。


「お待ちしておりました。アオイマコト様ですね?」


馬車を下りた真に声をかけてきたのはターバンを巻いた優男だった。褐色の肌と黒く短い髪。服装は砂漠地帯では一般的な麻の服だ。細身だが、体つきはしっかりしているようだ。服の袖から見える腕は引き締まっている。


「えっ!? ああ、そうだけど……」


見知らぬ人から急に声をかけられて、真は少し驚いた。


「初めまして、僕はナジと申します。それと、こっちがサリカです」


「初めまして、アオイマコト殿。私、サリカと申します。貴殿の活躍は耳にしております。お会いできて光栄です」


ナジと名乗った優男の横には長身の女性がいた。ナジと同じ褐色の肌。髪の毛は長い黒髪。すらりとした肢体の美女だ。


サリカと名乗った女性は、砂除けのために口元を覆っていてたネックウォーマーを首元まで下げ、恭しく頭を下げた。


「い、いや、そんなに畏まられても……」


真がどう反応していいか分からず困惑する。サリカはとても真面目な性格なのだろう。堅物と言ってもいいかもしれない。そんな雰囲気だった。


「サナダミツキ様にシイナツバサ様、ヤガミアヤネ様とタチバナカリン様ですね。よろしくお願いします」


ナジは美月達にも頭を下げる。それに連動するようにして、サリカも深々と頭を下げた。


「あ、あの、そんなに畏まらないでください。たぶん、私達の方が年下ですから……」


美月は胸の前で小さく両手を振りながら応える。ナジもサリカも、それほど年は離れていないのだろうが、それでも20歳前後と言ったところ。美月からしてみれば年上だろう。


「いえ、そういうわけにも参りません! 私どもはアオイマコト殿の従者として遣わされた身。さらに今回は重要な仕事――」


「サリカ、その話は部屋でしようか」


ナジが低い声音でサリカを制した。静かな声だが、どこかドス利いた声。優しい外見からとは違う一面がありそうな男だ。


「はっ!? わ、私としたことが、失礼しました! 隠密行動中でありながら――」


「サリカ、あなたはしばらく黙っていてください!」


怒鳴りはしないものの、ナジは確実に怒っていた。秘密の行動をしないといけないから、全員がタードカハルに紛れる装備をして、目立たないようにしているのだ。それなのに、自らバラすようなことを言ってどうするのか。


「大丈夫か?」


ナジの怒りをよく理解している真が訝し気に訊ねる。サリカという女性は、奇麗な見た目と真面目な性格なのだが、どうやらポンコツのようだ。


「大丈夫です。僕が責任をもって、余計なことはさせません! それに、腕は確かです。それだけは保証します!」


再びナジとサリカが頭を下げる。ナジの方はかなりしっかりとしているようなので、真としても、ナジがサリカを見ていてくれるのであれば、それほど心配することもないと判断した。


「はい! 敵が襲ってこようとも――」


「黙っていてくださいって言いましたよねッ!!!」


今度こそキレたナジがサリカの頬を鷲掴みにする。誰が聞いているか分からない場所で、敵に襲われるかもしれない集団であると暴露するなど言語道断。


『スビバゼン……』と涙目になって謝るサリカを見て、真は、ナジがいれば心配ないという判断をもう一度見直すことにした。






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