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宰相 Ⅲ

        1



アドルフが『フォーチュンキャット』を指名してたのは、先のミッションでの働きによるものだった。その中でも真は、イルミナの迷宮のボスの撃破に大きく貢献している。それだけの実力があるのであれば、シークレットミッションを任せてもいいと思うだろう。


「ねえ……どうするの、これ……。 なんかよく分からないけど、怪しい話なんだよね?」


黙っていた華凛が口を開く。興味なさそうにしていたが、一応話は聞いていたようだ。


「キナ臭いなんてものじゃないな、これは……。表立って動けない仕事だから、俺達にやってくれってことだ……」


真がアドルフを睨み付ける。アドルフの方は、表情を一切変えていない。国の裏も表も知る人物だ。生意気な小娘が睨んできているくらいにしか思っていないのだろう。


「断ろうよ、こんなの! よその国同士の問題じゃない。私達が入る筋合いはないわよ! そりゃあ、真教の考え方が良いとは言えないけどさ……。でも、他にやり方があるじゃない!」


翼の言うことはもっともだった。属国を支配するにあたって、治安に問題がある宗派を弾圧するために、よそ者であるギルドを使う。筋が通っているとは思えない。厄介ごとに利用されるだけだ。


「翼ちゃんの言うことは、その通りだと思うよ……。思うけどさ……、断ることは……」


伏し目がちに彩音が言う。翼の言っていることは正しいと理解できるが、断ることなどできない。


「どうしてよ!?」


断ろうとしない彩音に対して、翼が声を荒げてしまった。それに対して、真が口を挟む。


「これもミッションだからな……」


諦観した面持ちで真が翼の方を向いていた。真も翼が言っていることは分かっている。


「ミッションだからって、こんなのおかしいでしょ! 人の大切な宝物を持ち出して、言うことを聞かないと宝を返さないぞってことでしょ? それに加担しろって言われても、納得できないわよ!」


「これはミッションなんだ! やらないと世界を元に戻せない!」


反論する翼に真が言い切る。与えられたミッションをクリアしないと、世界が元に戻らない。というのは実は推測でしかない。ただ、それ以外に手がかりがない状態なのだ。それでも、真はミッションをクリアする以外にゲーム化した世界を元に戻す方法がないと確信している。何故、確信を持っているのかは真自身にも分からない。だが、そうだと言い切れるのだ。


「……ッ!?」


翼が不満の目を真に向ける。でも、言葉は返せない。最初から選択肢がないと理解したから、握った拳は行く当てをなくしている。


「翼が思っていることは、皆も同じだよ……。私だって、こんなミッション納得できない……。できないけどさ……」


美月が翼に声をかけた。美月の目にも不満や不安がある。納得などできていない。だが、世界を元に戻すという目的がある。そのために通らないといけない道がこれなのだ。


「分かったわよ……」


ボソッとした声で翼が返事をした。到底納得できる話ではないのだが、皆同じ気持ちなのだと自分に言い聞かせる。


「話は纏まったか?」


様子を見ていたアドルフが口を開いた。アドルフとしても、自分の話していることの意味くらいは分かっている。この話を聞いて揉めることも想定済みといった様子。だから、黙って様子を見ていた。


「チッ……、ああ、纏まったよ! 纏まった! 受けるよ、この話!」


真が怒りを抑えつつ返事をする。やる以外に選択肢がないのだから、話が纏まるもくそもない。NPCのアドルフがその事情を知っているとは思えないが、それでも踊らされているようで腹が立つ。


「そうか、礼を言う」


アドルフは静かに謝意を示し、話を続けた。


「さて、早速だが、再びタードカハルへ行く準備をしてもらう必要がある。タードカハル行きの馬車はこちらで手配しよう。向こうに着いたら、タードカハル側の支援者が迎えに来る手はずだ」


「準備のいいことだな……」


真が赤黒い髪をかき上げながら嘆息する。真達が話を断らないと分かっていたようにも見えるが、そうではないと思う。ゲームとして、アドルフの依頼を受けた時点で、“用意してある”という事象が発生したのだろう。


「重要な案件だからな。それとだ、その服装は問題があるな。それは王国騎士団式のものだ。王国騎士団が動いていると見られることはまずい。タードカハルで流通している装備を支給する。それを着て活動してくれ」


アドルフがそう言うと、真達の目の前にアイコンが表示された。これは未確認のアイテムがあることを示すアイコンだ。


真達は全員、王国騎士団式装備を身に着けている。これは、センシアル王国で売られている装備で、高価な物なのだが、『ライオンハート』からの金銭援助で購入することができた物だ。


確かにアドルフの言う通り、王国騎士団式装備のまま、アルター教の聖遺物を運ぶことはまずいだろうと思いながら、真はすっとアイコンに手を伸ばした。


「『ダマスカス グレートソード』に『ダマスカス メイル』他一式か……。レアグレードじゃねえか……」


支給された装備を見た真が残念そうに溜息をもらす。装備には等級があり、ノーマルの上がレア、その上が、ヒーロー、レジェンドと続き、最上級がミシックグレードである。


真が装備している物は、深淵の龍帝ディルフォールを倒して手に入れた、『インフィニティ ディルフォールグレートソード』等、ミシックグレードの物ばかり。


世界がゲーム化される前に、実際のゲームで手に入れていた最強装備だ。ただ、他の人が身に着けていない、最強装備というのは目立つので、装備の外見を変更するアイテムで、見た目を変えている。


「性能は悪くないですよ。イルミナの迷宮で手に入れた装備より、少し落ちるくらいですから。王国騎士団式装備よりは良いですね」


装備性能を確かめながら彩音が言った。金で買える王国騎士団式装備より、支給されたダマスカス装備の方が性能が良かった。ただ、強敵を倒して手に入れた、イルミナガーディアン装備はレジェンドグレードであり、そっちの方が性能も高い。それでも、文句はない性能だ。


「あっ、ああ、そうだな……。こっちの方がいいな……」


真が慌てて訂正をする。真の装備が実は、『インフィニティ ディルフォール』なるミシックグレードをさらに+10まで強化した物であることは誰も知らない。そのことをついつい忘れてしまって、ズレたことを言ってしまった。


「それでは、三日後の明朝に使者を遣わす。細かい段取りは、現地の支援者から聞いてくれ。私からの話は以上だが、質問はあるか?」


長かったアドルフの話も終わりのようだった。真達は納得がいかないところは大いにあるが、これ以上言っても仕方がないことだと諦めて、宰相との話を終えた。



       2



夕焼け空が雲を赤く染め、王都のメインストリートを行きかう人々は、今日泊まる宿に向かう者もいれば、仲間とどこの酒場に行くか話をする者、とりあず腹を満たすために店を探す者など様々。


時折吹く風に、赤黒い髪を梳かされながら、真は長く伸びた人の影が交差する様を、3階の部屋から眺めていた。


真達が王城から宿に帰ってきたのは、つい先ほどのこと。もうすぐ夕飯の時間なのだが、誰も動こうとはしていない。


誰もがシークレットミッションのことを考えていた。アルター真教という危険思想の宗教団体のことだけではない。真達には大義がないのだ。


思えば、ここ最近のミッションは盗むことばかり。ゼンヴェルド氷洞で『命の指輪』を取ってくるミッションも、実はゼンヴェルド族の宝を盗ってくることだった。


イルミナの迷宮にあった魔書にしても、盗掘のようなものだ。


それに輪をかけて、今回のミッションは気が進まない。誰かを守る、助けるといったミッションであれば、危険なことに立ち向かう覚悟を決めることもできるのだが、王国側の思惑に利用されるというのであれば、ゲーム化した世界を元に戻すためとはいえ、疑問を抱いてしまう。


誰もしゃべらず、時間が過ぎていく。王都の喧騒だけが入ってくる部屋で、沈黙を破ったのは翼だった。


「ねえ、気になってたんだけどさ……」


「ん?」


真が窓の外から視線を戻す。


「どうして、私達がイルミナの迷宮で一番活躍したって分かったんだろ? 宰相のおじさんは見てないでしょ? 赤峰さんや刈谷さんも魔書を渡しただけだし……。私達がどれだけ活躍したかなんて、誰も報告してないわよね?」


顎に手をやりながら翼が首を傾げている。


「そういえば、そうね……。どうやって知ったんだろ?」


翼に言われて、美月も初めて疑問に思った。『フォーチュンキャット』がイルミナの迷宮で活躍したのは確かだが、どうしてそれを知ったのか。


「まぁ、今それを気にするところじゃないっていうのは分かってるんだけどさ……。なんていうか、信用できないって思っちゃったら、他のことも全部怪しく思えてきてさ……」


本題はそこではないと、翼も分かっているのだが、疑問に思ってしまい、ついつい声に出してしまったのだ。


「私達はいいように使われるわけだからね……」


華凛も翼が疑問を抱く気持ちは分かった。厄介ごとを押し付けられているわけだ。真がやると言わなければ、絶対にやらない。


「俺たちが一番高いスコアを出したんだろな」


「スコア……ですか?」


真の返答に対して、彩音が訊き返した。


「イルミナの迷宮を攻略するにあたっての貢献度っていうか、敵に与えたダメージとか、仲間への支援とかを点数化して、一番高い数字を出したギルドにシークレットミッションが送られてくる仕組みなんじゃないか?」


「えっ、でも、どうやって、その数字をアドルフさんが把握したの?」


今度は美月が訊き返した。真の説明だと、誰か点数を付けていた人がいることになる。だが、イルミナの迷宮は9人までしか入れないダンジョンだ。ミッションのために、ダンジョンに入れる上限いっぱいの人数で挑んだのだ。追加で人が入れないのではないのか。


「あのおっさんが把握する必要はないよ。ゲーム側のシステムが点数化してるんだ。イルミナの迷宮を攻略した時点で、自動計算されて、シークレットミッションをやるギルドが選定される。宰相が誰かから報告を受けて、シークレットミッションをやる人選を行ったわけじゃない……。あくまで推測だけどな……」


「えっと、つまり……。次のステージに進めるのは、前のステージで一番良い点数を取った人だけで、その判定をしているのは、ゲームのプログラムであり、NPCはその結果に沿って、決められた動きをしているだけっていうことですよね?」


真が言ったことを彩音が自分なりに要約した。


「そういうことか……。ただでさえ、9人中5人は『フォーチュンキャット』だったから、点数では有利に働く状況だったのね……。それで、私達が選ばれることになったと……」


美月も真の説明を理解した。真一人でも、貢献度でいえば他の8人を足したものより多いだろう。それに加えて、全体の半数以上を『フォーチュンキャット』が占めていたのだ。点数が高くなるのは当然のこと。


「う~ん、よく分かんないけど、そういうことなのか……。要するに、宰相のおじさんが調べたわけじゃないってことねよね?」


ゲームの仕組みで言われても、翼はピンとこない。ただ、分かったことは、誰かが調査したわけではないということ。


「そうだな。推測だけど、ほぼ間違ってないと思うよ」


ゲームで、あるクエストを攻略する際に、高い評価を取ってクリアすると、新たに特別なクエストが発生することはよくある。おそらく、今回のシークレットミッションも同じ仕組みなのだろうと、真は考えていた。


「ところでさ、疑問も解決したし、そろそろ夕飯に出かける? もう暗くなってきたよ」


実は今一つ理解していない華凛だが、真がそう言うのであれば、それで納得する。華凛はただ真に付いていくだけだから。


そんな華凛の提案には全員が賛成し、日が完全に沈む前に、部屋を後にしたのだった。







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