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宰相 Ⅰ

雨のぱらつく昼下がり。じめっとした空気の中には雨の臭いが漂っている。朝から続くどんよりとした空は、日の光を遮り、陰鬱な気持ちにさせられる。


そう、ただでさえ、鬱陶しい天気なのだ。


さらに鬱陶しいことに、高慢な態度の王国の衛兵に連れられて、真は王城にある宰相の部屋の前まで来ていた。


ここには以前にも来たことがあった。前回のミッションで、イルミナの迷宮にある魔書を宰相に届けに来た時のことだ。


前に来た時と変わらない、ダークブラウンの扉の前。派手な装飾はないが、職人による確かな仕事が施された扉であることは見て取れる。


「……」


真はここで待機しておくようにと言われた。高圧的な衛兵に両脇を固められた状態で、待つこと既に数十分。ミッションの報告に来た時の衛兵の態度はもっと丁寧だったのになと、赤黒い髪をかき上げ嘆息する。


「あっ、真!」


苛立った真の耳に届いたのは柔らかい少女の声だった。


「美月……。皆も……」


声をかけてきた美月に振り向くと、衛兵に連れられてきた翼と彩音、華凛も一緒にいた。衛兵が強引に連れて来るんじゃないかと心配していたところもあったが、どうやらそんなことはなさそうだ。真よりよっぽど丁重に扱われているような感じがする。


おそらく、真のように反発しなかったからだろう。衛兵に素直に従っていれば、高圧的な態度も取らないのだ。


「真君、バージョンアップが……」


不安そうな顔で華凛が言う。真が不在の時にバージョンアップの告知が来たことで、不安定になっているようだった。


「ああ、そのことで呼ばれたんだろうな」


「真さんにもシークレットミッションは届いているんですよね? これって、私達だけのミッションなんですか?」


続いて彩音が尋ねる。頭の良い彩音はシークレットミッションのことについても思案を巡らせていた。バージョンアップがあってから、すぐに王国の衛兵が宿にやって来たため、深く考える時間はなかったが、王城に連れてこられるまでの街の様子を見ていると、どうも緊張感が薄いような気がした。


その理由はシークレットミッションの存在を知らないからだろう。衛兵が他の人を連れて来る様子もないし、王城に到着した時も自分たち以外は全員がNPCだったのだ。ここまで情報が揃えば、シークレットミッションが自分たちだけに送られてきたという結論に至るのは容易い。


「そうみたいだな……。俺は会議中にバージョンアップの告知があったんだけど、紫藤さんも赤峰さんもシークレットミッションのことを知らないみたいだった。それに、迎えに来た衛兵のことも見えてなかったし、声も聞こえてなかった……」


うんざりとした表情で真が答える。今から思えば、あの時の光景はかなり変だっただろう。周りの人から見れば、真が一人で誰もいない扉に向かって騒いでいたのだ。真のことを知らない人たちはどんな目で見ていたのだろうかと、気が滅入る。


「っていうことは、私達しか知らないミッションっていうことか……」


翼にしては珍しく考え込んでいた。いつもは直感で行動する翼だが、その直感も今は働いていない様子。


どうもいつものミッションとは様子が違うことで、数秒の沈黙が流れた時だった。宰相の部屋の方から扉が開いた。


「アドルフ宰相がお待ちだ。入れ」


部屋の中から出てきた大柄の衛兵が真達に声をかける。それに対して素直に従い、宰相の部屋の中へと入っていった。


宰相の部屋は白い大理石の床と奇麗な絨毯。大きな本棚にはぶ厚い本がぎっしりと並べられている。前に来た時と何も変わっていない。


部屋の奥には執務机があり、長い白髪と白髭を蓄えた初老の男性が座っている。


「来たか。まずは、急な呼び出しに応じてくれたことに感謝しよう」


アドルフは一言そう言うと、チラリと衛兵の方に目をやる。それが退室しろという合図であることは、衛兵もすぐに理解し、一礼すると静かに部屋を出て行った。


「俺達に一体何をやらせたいんだ?」


高慢な衛兵に対する不満が残る中、苛立ちを含んだ声で真が言う。アドルフ宰相が真達を呼び出した理由はシークレットミッションのことで間違いないだろう。では、そのシークレットミッションの内容とはどういうものなのか。


「真さん、この人偉い人ですよ……。宰相なんですから、王国の内政のトップですよ」


彩音が突くようにして真に注意をする。真の言い方は悪態とまでは言えないにしても、お偉方に対する態度ではない。そもそも、目上の人に対するものでもない。真が苛立っていることは彩音にも分かるが、何に苛立っているのかまでは知らない。


「構わんよ。話が早くて助かる。早速本題に入りたいところだが、少しだけ話を聞いてもらいたい」


真の態度に関して、アドルフはさして気にしている様子はなかった。形式的なことよりも、実の方を取るようだ。合理主義者と言ってもいいか。大国を管理するには、些細なことを気にしていては手が回らないのだろう。


「話って?」


真が訊き返す。


「予備知識なしに本題に入ったところで、腑に落ちないことが多いだろうからな。先にそちらの話をさせてもらう」


「あぁ、それなら話を……」


彩音に注意をされたこともあり、真は若干態度を軟化させていた。


「それでは、まず、タードカハルで信仰されている宗教のことだ。タードカハルでは何教が信奉されているか知っているか?」


「いえ、それは、存じておりませんが……」


アドルフの質問には美月が答えた。真では目上の人に対する対応ができない。しかも、相手は宰相だ。失礼な真の態度によく目を瞑ってくれているなと思うほど。そういえば、この宰相は赤峰に対しても寛容だった。


「そうか……。タードカハルではアルター教という宗教が信奉されている。タードカハルの国民は全てアルター教徒だ」


「で、そのアルター教が何よ?」


真以上に目上の人に対する態度を知らない華凛が言う。真が苛立っている相手であるため、華凛の言い方も棘を含んだものになっている。それに、華凛からしてみれば、どこの国の宗教が何なのかなど、全く興味がない。


「華凛……」


小声で美月が注意をすると、華凛はばつの悪そうな顔をしながら、大人しくなった。


「そう焦るな。まだ知っておいてもらうことはある――。そのアルター教には大きく分けて二つの宗派がある。一つはアルター正教派。もう一つはアルター真教派だ」


華凛の態度に対してもアドルフは気にする様子もなく話を続ける。気にしないと言うよりは、相手にしていないと言った方が正確か。いちいち小物に腹を立てていては時間が惜しいのだろう。


「アルター正教と真教……」


彩音がアドルフの言葉を繰り返す。正教と真教。どっちも同じように思えるのだが、どう違うのか。


「一言で言えば、穏健派と過激派の違いだ。そもそも、アルター教というのは、世界の浄化を教義として掲げている。今の世界は穢れているため、神の導きの下で信徒が世界を浄化するというものだ」


(神なんてものは存在しないのにな……。まぁ、ゲーム内の設定で神がいるかもしれないけど、人工物なんだよな)


アドルフの説明を受けながら、真は滑稽なものを見るような気分になっていた。存在しない神という虚構に縋り、苦行を行う信徒。真はそんなことを思いながら、ある違和感に気が付いた。


(……ん? 神が存在しないって、どうしてここまで明確に分かるんだ? なんだろう……これは……、信じてないというようなものじゃない…………。そう、これは……、知っている……)


元々真は無宗教だ。かといって無神論者というわけでもない。正確に言えば、ゲームやアニメ、漫画以外で神の存在を考えたことなどない。現実世界での神の存在に興味がないから、神の存在を否定しようとも思わない。にも関わらず、真は神の存在を全否定していた。それは、真の思想や宗教観によるところではない。知っていたのだ。実際の世界に神がいないことを。では、なぜこうも明確に知っていたのか。


「穏健派のアルター正教は、自分たちが清く正しい行動をすることによって、世界を浄化していくという思想で、基本的に暴力は禁止されているが、侵略者に対して使う暴力は正しいものであるという考え方だ」


真の思案はアドルフの声で遮られた。アドルフはまだ、アルター教に関する説明を続けている。


「そして、もう一つの宗派である、アルター真教。こちらは過激派だ。アルター教徒以外は全て穢れているため、この世から消し去ることで世界を浄化しようという考え方だ。平たく言えば、アルター教徒以外の抹殺だな」


「えっ!? なんですかそれ!? そんなのダメに決まってるじゃないですか!」


思わず声を上げたのは翼だった。体育会系の翼は目上の人に対しては気を使うのだが、あまりにも危険な思想であるため、少々不躾な言い方になっていた。


「そうだな。あまりにも過激で排他的なその思想は、流石にタードカハルでも少数だ。さっき、アルター教は大きく分けて二つの宗派と言ったが、実際には9割弱がアルター正教派だ。残り1割がアルター真教と極わずかなアルター真教の派生宗派だ」


「もしかして……。今回の話は、そのアルター真教が絡んでるってこと……なのか?」


嫌な予感がした真が質問を投げかける。


「流石に察しが良いな。イルミナの迷宮から魔書を取ってきただけのことはある。その通りだ。本題というのは、このアルター真教が関わることだ」


理解の速い真に対して、アドルフは満足げな表情で返した。









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