会議の最中 Ⅱ
(シークレットミッションってなんだ? 新しいダンジョンが追加されただけじゃないのか!? 他の人はどうして、これを言わないんだ?)
バージョンアップの内容を確認した真だが、他の人が言っている内容と自分が見ている内容が食い違っていることに戸惑いながら周りを見る。
「新しいダンジョンが追加されたという情報しかない、というのはやはり奇妙だ。新たにミッションが追加されたわけではないから、必ずしも対処しないといけないということはないのだろうが、放置するわけにもいかないだろう」
総志が難しい顔をしながら話す。情報があまりにも漠然としているため、現状で判断するのは難しい。
「追加されたダンジョンの調査はすべきでしょうね。バージョンアップでダンジョンだけが追加されてるんですから、警戒は必要だと思います。例えば、そうですね……。このダンジョンからモンスターが湧き出てくるとかだったら、非常に危険だ。あくまで憶測ですが、可能性がないわけではない。ですから、我々『王龍』も場所の特定には全力を尽くしますよ」
悟も総志の意見に同調している。新しいダンジョンだけが追加されたバージョンアップだ。他に何もないのなら、このダンジョンが危険なものであると想定するのは当然のことだろう。だが、
(ど、どういうことだ……? どうして皆、シークレットミッションのことに触れない……? シークレットだから、触れてはいけないと判断してるのか……? いや、違う……。どう見ても、会話が自然だ……。これだけ完璧にシークレットミッションのことを話さないなんてことはありえない……)
真が声を出せないのは、シークレットミッションの“シークレット”という部分に引っかかっているから。秘密にしておかないといけないのなら、ここで暴露するわけにはいかない。
全員が、真と同じようにシークレットミッションのことを話せないと判断しているのなら、口を噤んでしまい、もっとぎこちなくなってしまうはずだ。ここにいる全員が初めてバージョンアップの内容を確認したのだから、口裏を合わせることなんてできない。
それなのに、誰もが今回のバージョンアップでは、“新しいダンジョンを追加しただけ”という内容で話を進めている。
(ということは……俺だけにシークレットミッションが追加されたと考えた方が自然か……)
真はバージョンアップの内容をじっと見つめる。疑問はまだなくなっていないが、周りの様子を見る限りでは、他に考えようがない。
「追加されたダンジョンの特定には『ライオンハート』からも調査隊を出します。ダンジョンの特定にあたっては、各ギルドで地域の担当を決めた方がいいでしょう」
時也が眼鏡の位置を修正しながら意見をする。各ギルドがバラバラで探すよりは、きっちりと担当地域を決めて、情報を共有した方が効率的だ。
「まずはそこからだな。予算の会議中だが、この案件の方が重要だ。先に追加されたダンジョンに対する方針を決めてしまおう」
総志の意見に反対する者はいなかった。予算の話し合いも重要だが、バージョンアップは緊急事案だ。先に話をしておかないといけないことは、全員が共通して認識している。
(どうする……? シークレットミッションのことは話すべきなのか……?)
真の頭の中では迷いが渦巻いていた。バージョンアップのことを話し合うのは優先度が高い。その中でもミッションは最優先事項だ。
だが、その肝心のミッションがシークレットの指定を受けている。他の人に知られてはいけないからこそ、真にだけ通知された“シークレットミッション”ではないのか。
どうしていいか分からず、真が固まっている時だった。突然、会場の扉が開き複数人のNPCが入ってきた。
「アオイマコトはいるか!」
会場に入ってきのはセンシアル王国の衛兵達だ。黒い軍服とサーベルを携帯している。勢いよく会場に入ってくるなり、大声で真の名前を呼んだ。
「えっ!? あ、蒼井真は俺だけど……」
急に呼ばれて驚きながらも、真は立ち上がる。一体自分に何の用があって来たのか。
「お前がアオイマコトか? まだ、少女じゃないか……。まあいい……、貴様に重要な要件がある。今すぐ王城へ同行してもらいたい!」
衛兵のNPCは返事をした真を見て訝し気な表情を浮かべる。
「しょ、少女って……。俺は男だ! それに、今は会議中だ! 後にしてくれ!」
真の見た目は16~17歳くらいで、顔が美少女であるため、NPCでも男だと判別できない。そのことは仕方ないにしても、いきなりきて、この態度はムッとするものがある。早くこの会議を終わらせて帰りたいと思っていた真だが、棘のある返事をしていた。
「重要な要件だと言っている! つべこべ言わずに来い!」
真の話など聞く耳持たないと言わんばかりに衛兵が返してきた。その横柄さに、真はさらに腹を立てる。
「だから今は会議中だって――」
「蒼井……、お前は誰と話をしている?」
真の話を遮ったのは総志だった。会場の入口の方へ何やら話をしている真に、眉をひそめていた。
「えッ!? 誰って、あいつらだよ! 紫藤さんも言ってやってくれよ! 今は会議中だから後にしろってさ!」
真はムカムカとしながら、会場の入口を指さした。態度の悪い数人の衛兵を突き刺すように指を向ける。
「誰もいないぞ?」
総志の眉間に皺がよる。どう見ても、真が示す方向には誰もいない。
「だ、誰もいない?」
そう言われて、真は改めて会場の入口に目をやる。
「いいかげんにしろ、アオイマコト! 事は重要な案件なのだ! お前らの会議など後回しにしろ!」
真と目があった衛兵のNPCが声を荒げた。
そう、そこには衛兵のNPCがいる。真の目にははっきとその姿が映り。腹の立つ声もしっかりと聞こえてきている。
「いや……、さっきから、あいつらがまくし立てて……」
「あいつらとは、誰のことだ?」
「誰って……、入口にいる…………見えてないのか……? さっき扉を開けて入ってきた奴らがいるんだけど……」
真が話ながら気が付いた。本当に見えていないのだと。そして、声も聞こえていない。真だけが、この場所でNPCの存在を認識している。
ふと周りを見ると、真に対して一斉に視線が向けられていた。全員が奇妙な物を見るような目を向けている。
「扉を開けて?」
総志が入口にの扉に目をやるが扉は閉まっている。誰かが入ってきたのであれば、扉を開ける音がするはずだが、その音も聞こえていない。
「あぁ……、扉を開けて……」
真の目には扉が開いたままになっているように見える。総志の話し方から察するに、真以外には扉が開いているようには見えないのだろう。
「お前には何かが見えているんだな?」
総志が質問を続ける。
「あ、あぁ……。見えてるし、聞こえてる……」
不安気な声で真が答えた。自分は幻でも見ているのだろうか。そんな不快感が真の心中を蝕む。
「どんな奴が何を言ってるんだ? バージョンアップに関係しているのか?」
さらに総志は質問を重ねた。バージョンアップがあった直後に真だけに見える何かが現れた。まず考えるのは、今回のバージョンアップとの関係性だ。
「衛――」
真はすぐに話を止めた。総志が言った『バージョンアップとの関係』という言葉に思い当たるものがあるからだ。
(もしかしたら……、これが……シークレットミッション……?)
真しか受け取っていない“シークレットミッション”が追加されたという情報。そこに真にしか認識できない衛兵のNPCが現れた。この両者が結び着くと考えるのは当然のことだろう。だったら、説明していいものかどうか分からない。
「どうした?」
碌に説明もせずに黙り込んでいる真に総志が声をかける。
「…………」
何も言えないまま、真が再びNPCの衛兵の方へと視線を向けた。
「早くしろ! この件は貴様だけの話ではないのだ! 貴様のギルドのメンバーにも迎えが行っている!」
「なッ!? お前ら、美月達も連れて行くのか!?」
衛兵のNPCの発言に真が驚愕の声を上げた。
「そうだ! 貴様のギルド全員に用がある。分かったらさっさと我々に同行しろ!」
衛兵のNPCは強い口調で続けた。
(俺だけにシークレットミッションが追加されたわけじゃないのか……? 美月達も同じようにシークレットミッションが追加されている……。だったら選択肢なんて……)
真は苦虫を噛み潰したような顔で衛兵のNPCを睨んだ。美月達が王城へ連れて行かれるのであれば、真がここで抵抗することに意味はない。そもそも、この衛兵のNPCがシークレットミッションと関係しているのであれば、断るという選択肢は最初から無いのだ。
「おい、蒼井? 真田達に何かあったのか?」
心配そうな顔で声をかけたのは姫子だ。前のミッションでは美月が必死に姫子を回復してくれたからこそ、生きて帰ってこれた。その美月に何かあったとなれば、姫子も黙ってはいられない。
「悪い……俺はこれで帰らせてもらう……」
真は苛立ちと不安が混ざった表情で言うと、総志の返事を待たずして、衛兵のNPCの方へと歩いて行った。
コンコンコンコン
会議室の扉をノックする音が響いたのは、真が歩き出したのと同時だった。だが、その音は真の耳にだけは入っていない。真以外の人には聞こえるノックの音。
「失礼いたします」
そう言って扉を開けたのは、このホテルで総志に仕えている執事だった。真の目には開いている扉の向こうから執事が迎えに来ただけに見えていた。
「手間を取らせるな! 行くぞ!」
怒鳴る衛兵のNPCの言葉に従い、真は王城へと連れて行かれ、最後の執事が恭しく頭を下げて会議室の扉を閉めた。




