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留守の間に

明け方から地雨が降り続く正午前。センシアル王国の王都グランエンドも心なしか、いつもより人通りが疎らに見える。


そんな天気に少し残念そうにしているのは、茶色いミドルロングをした少女。顔はあどけなさが残るものの、奇麗に整った顔立ちの美少女、真田美月だ。もし、晴れていれば買い物にでも行こうと思っていたのだが、しとしとと降る雨はまだ止む気配を見せないため、仲間と共に宿の一室で待機している。


「はぁ……」


美月の口から無意識にため息が漏れる。今いる宿は、前に使っていた宿よりも少しお高い宿。部屋の内装は質素なものだが、必要な物は全て揃っており、作りもしっかりしている。5人で宿泊するには十分な広さがあり、部屋自体には不満はないのだが、如何せんこの天気。溜息の一つでもつきたくなる。


「なんか、真だけがいないっていうのは、ある意味新鮮かもね」


退屈そうに髪の毛をいじっているのは椎名翼。肩まで伸ばした癖のある紺色の髪。特に雨が降る日は、湿気で余計に髪の毛に癖がついてしまう。翼も晴れていたら、美月たちと一緒に買い物に行こうと思っていたのだが、あいにくの天気のため、宿で暇を持て余している。普段はもっと快活で快晴の様な美少女なのだが。


「そうだね。でも、真さんが、同盟会議に参加するのは今日が初めてだけど、これからはこういう日が多くなるんじゃないかな?」


部屋に備え付けられている椅子に座りながら、八神彩音が翼に返事をする。黒髪のロングヘアに眼鏡。地味で大人しそうな印象があるが、地顔はかわいい方で、髪形や眼鏡を変えると印象がガラリと変わりそうな素質を秘めている。


「別にそんな会議、真君が出なくてもいいじゃない……」


橘華凛が真の不在に不満をもらす。シルバーグレイの長い髪をしたハーフの少女。美しい顔立ちをした美少女なのだが、非常に難ある性格をしており、華凛が心を開く人間はかなり限れれている。今、華凛が所属しているギルド『フォーチュンキャット』が、彼女が唯一心を許せる場所と言っても過言ではない。


「それは仕方がないよ……。私達は正式に『ライオンハート』の同盟になったんだから。これからもミッションをやっていくうえで、『ライオンハート』の協力は絶対に必要だよ」


諭すように美月が言う。イルミナの迷宮の探索を終え、王都に戻ってきた後、『フォーチュンキャット』は、『ライオンハート』から正式に同盟への加入を要請された。


元々、『フォーチュンキャット』は、『フレンドシップ』というギルドと同盟関係にあった。その『フレンドシップ』が『ライオンハート』と同盟関係にあったことから、『フォーチュンキャット』と『ライオンハート』は間接的な同盟関係にあったのだが、この度、直接的な同盟関係を結ぶ運びとなったのだ。


そして、この日は『ライオンハート』が主催する定例の同盟会議がある日。真は同盟に加入してから初めて参加することになった。


「それでもさ、真だけが会議に呼ばれるっておかしくない? 私達だってミッションに参加してきたんだよ? 他のギルドはサブマスターとか他の幹部も呼ばれてるのに、私達の扱いがおざなり過ぎない?」


翼が納得できないという風に口を尖らせる。翼が文句を言っているのは、同盟会議に参加するにあたって、『フォーチュンキャット』からはマスターの真一人だけが行くことになったこと。他のギルドはマスター以外にもサブマスター、他主要な幹部も参加している。


「それは事前に説明を受けたじゃない。同盟会議に参加する人数はギルドの規模に比例するって。私達は5人しかいないんだからさ、千人規模のギルドと同じようにっていうわけにはいかないよ」


美月が翼に説明する。おそらく翼は事前に聞いていた話を忘れているのだろう。直感で生きている翼には理屈よりも、その時に感じたことが重要なのだ。


「そうだよ、翼ちゃん。他のギルドとの関係もあるんだしさ。私達だけ特別扱いっていうわけにはいかないよ。ただでさえ、もらえる同盟資金に色を付けてもらってるんだしさ……これ以上は文句言えないよ」


彩音も文句を言っている翼に説明する。同盟資金とは、ミッションを遂行するにあたって必要となる資金を『ライオンハート』から援助してもらっている金銭を言う。支配地域を二つ持っている『ライオンハート』はかなり潤沢な資金を持っており、弱小ギルドである『フォーチュンキャット』にとってはかなりありがたい。


しかも、イルミナの迷宮を攻略したことによって、センシアル王国国王からの褒美として、これまた金銭を受け取っているため、かつてないほどお金に余裕ができている。


真以外は会議に参加できないことと、お金に余裕ができたことで、この日は残りのメンバーで買い物に行こうということになっていたのだが、あいにくの天気で、宿での待機を余儀なくされているのだ。


「私は別に会議に行きたくはないけどね……。でも、翼が言うように、真君がいないっていうのはなんか、違和感があるね……」


雨の降る窓を見ながら華凛が呟く。


「真は本当に人付き合いがないからね……。今回の会議も『ライオンハート』に呼ばれたから行ったけど、普段は私達の中だけで完結してるよね……」


真の人付き合いの下手さに、美月は少し心配そうに言いながらも、真が他のところに行かないことに対しては安心にも似た心情を抱いている。そこが美月の顔を複雑なものにしている。


「美月はその方が真と一緒にいられるから、良いっていう顔しているけど、華凛もそうでしょ?」


翼は美月の表情から心情を見抜いていた。見抜くというよりは、直感でそう思っただけのことであるが、あまり考えない翼は、こういうところを正確に射貫くことがある。


「えっ!? いや、私は別に……」


「わ、わた、私は、ま、真君が思うようにしてればいいっていうか……」


突然の翼の話に、美月と華凛は慌てふためいてどう答えていいか分からないでいた。


「いや、美月も華凛も真にベタ惚れじゃない。今更そんなことで照れられたら、こっちが照れくさくなるわ!」


顔を真っ赤にしている美月と華凛に翼が言い放つ。そもそも美月と華凛が真のことを好きなのはバレバレの状態。改めて言う程のことですらないのだ。


「そ、それでもよ! いきなりそんなこと言われたら、びっくりするじゃないのよ!」


依然として頬を赤く染めている美月が翼に抗議する。分かり切っていることでも、臆面もなくそんなことを言われれば、焦りもする。


「わた、わた、私は……ま、真君に……その、恩があるから、ついていくだけだし……」


動揺しまくっている華凛はまともに返すこともできない。


「恩って言ったらそうか……。美月も華凛もさ、真に助けてもらったわけじゃない? 自分のために危険を顧みず戦ってくれる男がいたら、惚れて当然よ」


ウンウンと頷きながら翼は言う。


「そ、そういう翼はどうなのよ! 翼だって真に助けてもらってるじゃない!」


反撃の糸口を見つけたとばかりに美月が訊き返す。翼との出会いは、鍾乳洞の先にあった地下鉄の駅で、巨大ムカデに追われているところを真が助けた時だ。美月や華凛の時ほどとは言えなくても、真に助けてもらったということでは変わりない。


「私は真のこと好きよ」


さも当然のことのように、翼はさらりと言う。恥ずかしがることも照れることもない。


「「えっ……!?」」


あまりもはっきりと『好き』と答えた翼に対して、美月と華凛が同時に間の抜けた声を上げた。


「まぁ、美月や華凛ほどベタ惚れっていうわけでもないけどね。それでも、私は真のことが好き。どこが好きなのかはよく分かんないけど、気が付いたら好きになってた」


翼はさらに続ける。非常に堂々としており、自分の言っていることに自信を持っている。


「翼ちゃんのそういうところ凄いよね……。素直っていうか、真っ直ぐっていか……」


呆れと感心の混ざった声で彩音が言う。本人がこの場に居ないとして、ここまではっきりと好きだと言える翼が少し羨ましいとも思える。


「そう言う彩音はどうなのよ? あんたが一番分からないわ」


翼の視線が、今度は彩音の方を向く。この場で真に対する気持ちがはっきりしていないのは彩音だけだ。一人だけ暴露しないのは許されない。


「えっ、わ、私? 私は別に……」


「何よ、皆も言ってるんだから彩音も言いなさいよ!」


この期に及んで、真に対する気持ちを言おうとしない彩音に対して、翼が追求する。


「そ、それは、まぁ……、真さんは素敵だと思うよ……。コミュニケーション能力に多少難はあるけど……。でも、恋愛対象っていうか……、付き合うとなると……」


彩音はなんとも歯切れの悪い言い方をしている。素敵だと思うのは間違いないようだが、何か問題があるようだ。


「何が問題なのよ?」


「その……、顔がね……」


「顔?」


「うん……。顔が女性的過ぎるというか……。もし、付き合うとしたら、私より奇麗な顔の人と付き合うことになるでしょ? 男性として奇麗な顔ならまだいいけど、真さんの顔は女性として見て奇麗だから……、ちょっと気が引けるっていうか……」


少し申し訳なさそうに彩音が言う。赤黒い髪のショートカット、気の強そうな顔をしているが、非常に美しい顔をした美少女というのが真だ。ただ、真は男性であるため、正しくは美少女に見えるだけ。


「あぁ、それ分かる……」


彩音の意見に反応をしたのは美月だった。


「美月も真の顔に問題あるんだ?」


意外という風な顔で翼が訊き返した。


「問題っていうほどじゃないんだけどね……。私も、初めて会った時は、真のことを女性だと思ってたからさ。最初の頃はどうしても真が同性に見えてたんだよね……。でも、ずっと一緒にいるうちに、真は男の子だって分かってきて、顔が女性的なところもどうでもよくなってきて……」


そして、真のことが好きになっていた。美月も真が普通の男性の顔をしていれば良かったと思うこともあった。だが、そんなことはもはや些細なことでしかない。だから、真のどこを好きになったのかと聞かれれば、美月は自信を持ってこう答える。『真のことが好きになったのだ。どこが好きなのかではない』と。


無意識に頷いている華凛も同じだ。真を利用するために篭絡しようとした華凛だが、結果として真に助けてもらった。男なんて皆同じだと思っていた華凛だが、真だけは特別な存在になったのだ。顔が美少女だからということは、どうでもよくなった。


「翼ちゃんは気にしてそうにないよね?」


今度は彩音が翼に訊き返す。翼の性格を考えれば、見た目は二の次だろうということは分かる。


「うん、そうだね。私は気にしないかな。っていうか、真が本当に女の子でもいいよ、私は」


「え……!?」


これは彩音も想定外の答えだった。真が女性だったとしても翼は好きになったということだ。


「好きになった人の性別とかは、重要じゃないのよ。初恋の人は幼稚園の先生だった女の人だし。男性でも女性でも、好きになった人が好きってだけ」


「翼らしいといえば翼らしいよね……」


美月が感心したような声で言う。だが、翼が言うのであればしっくりくる。元より、翼が外見で人を判断しないことは分かっていることだ。それでも、性別すら恋愛の判断に入らないというのは驚きではある。


「へへっ、そうでしょ? さあ、皆の気持ちがはっきりしたところで、お腹もすいてきたし、そろそろ昼――」


時刻は正午といったところ。話が一段落したところで、翼が昼食にしようと言い出した時だった。突然、雨の降る空から大音量で声が響いた。


― 皆様、『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―





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