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選んだ理由

        1



岩砂漠の国、タードカハルは朝になると照り付ける陽射しに焼かれ、みるみる内に気温を上げていく。


「暑い……」


イルミナの迷宮の攻略を終え、野宿をしていた真もテントから出てきて、強い日光に目を細める。朝に弱い真だが、テントの隙間から入ってきた眩しい太陽のせいで、想定外に早く起きてしまった。


これから昼にかけて、もっと気温が上がっていく。その反面、夜になると寒いくらいに冷え込むのは放射冷却の強い乾燥地帯特有の気候だ。


温暖湿潤のセンシアル王国領から、馬車で3日ほどの距離であるにも関わらず、ここまで気候が違う。それは、ゲームとして『砂漠』という設定がされているからだろう。一歩でもタードカハルのエリア内に入ると気候が変わるのだ。


「まだ疲れも残ってるのに、朝からこの暑さはきついわね」


既に起きて外に出ていた翼も真に同意見だった。朝にはめっぽう強い翼だが、迷宮攻略の後のこの暑さは流石に堪えるらしい。


「あくまで仮眠だ。しっかりとした休養は魔書を王城に届けてからだ。それまでは我慢しろ」


この日、翼よりも前に起きていた総志がだらしない二人に喝を入れる。


「はい……すみません……。ところで、紫藤さん。私より先に起きてましたけど、もしかして寝てないとかですか?」


体育会系の翼は先輩からの指導は素直に受け入れる。ただ、ふと疑問に思ったのは自分より総志の方が先に起きていたとうこと。日が昇るのと同時に目が覚めた翼だったが、テントの外には既に総志が焚き火をしていた。


「俺は見張りをしていたからな。寝るわけにはいかない」


何でもないことのように総志は淡々と言う。


「えっ!? 見張りをしてくれてたのか……」


人知れず見張りをしていた総志に、真は驚き交じりの声を上げた。現状で最強最大のギルド『ライオンハート』のマスターが一人で見張りをしていたのである。


「俺はミッションに参加していないからな。余力はある。それに、これくらいのことは自衛隊の時に嫌と言うほど経験している」


当の総志本人は強大なギルドのマスターだからというようなことは気にしていない様子。むしろ、これくらい大したことではないと言っているくらいだ。自衛隊に居た頃の訓練の方がよっぽどきついのだろう。


「そうか……。でも、なんかありがとう」


「それよりも、蒼井。お前も早く朝食を済ませてしまえ。全員が起きたらすぐに王都へ戻る」


「ああ、分かった」


真は総志の言葉に素直に従った。迷宮の攻略直後ということで、総志も大目に見て寝かせているが、まだミッションの最中だ。魔書を届けてミッションを終わらせないといけない。時間制限は無いが、のんびりしている理由もない。


それから程なくして、過酷な砂漠の陽光によって全員が起きてくる。疲れの残った身体ではあるものの、総志がすぐに王都に戻ることを伝えると、誰も反対する者はおらず、すぐにキャンプ地を後にしたのであった。



        2



タードカハルから馬車で3日。イルミナの迷宮からタードカハルに戻って、馬車を手配するまでの時間を入れると、迷宮攻略から4日後の夕方。


姫子を中心とした9人が王城に来ていた。目的はイルミナの迷宮から取ってきた魔書を宰相に渡すこと。そのことを衛兵に伝えるとすぐに宰相の待つ部屋に通された。


「失礼します!」


同行した衛兵が宰相の部屋を開ける。宰相の部屋は白い大理石に大きな絨毯。品のある調度品の数々。置かれている机もしっかりとしていて、質の良い物だ。そして、目を引くのが本棚に並んでいる分厚い書物の数々。これら全てに目を通しているのだろうかと疑問に思う程の量がある。


「おお! 待ちわびたぞ! 目的の魔書はどこだ――おっと、まずは迷宮に挑んで、無事帰還ができたことを労わなければな。全員よくやってくれた」


姫子が入った途端、宰相はガバッと立ち上がり、矢継ぎ早に言葉を並べる。


宰相は白く長い髪と髭の初老の男だ。やせ型の体系であるが、血色はいい。身に着けている白いローブも格式の高さを伺わせる。


「気を使わなくてもいい。こっちも長話するつもりはない。とっとと魔書を渡して終わりたいんだ。ただ、一つだけ聞かせてくれ……、この魔書……どうするつもりだ?」


魔書を手にして、宰相に見せつけながら姫子が問う。あんな危険な迷宮にまで行って取ってきた魔書だ。何に使うのかも聞かずに、はいどうぞと渡すのは抵抗があった。


「研究目的だ。伝説とまで言われるイルミナ・ワーロックの魔書だ。この魔書を研究すれば王国にとって非常に有用なことになるのは分かるだろう?」


宰相は静かに答えた。確かに宰相の言うように、伝説のサマナーが使っていた魔書を解析できれば、王国に所属するサマナーにとっては非常に有用なものになるだろう。


「そうか……。まぁいい、これがその魔書だ。受け取れ」


結局のとろこ王国にとって利益になるからという理由。あれだけの危険を冒してまで取ってきた魔書が、他人の利益目的であることには不満があるが、それでも姫子は魔書を渡した。そうしないとミッションが終わらないのだから、納得がいかなくても渡すしかない。


「おおおー! ありがたい! これは我が王国の発展に寄与する物だ。王もお主らの働きには大いに喜んでおられる」


魔書を受け取った宰相の顔はぱあっと明るくなった。


「別にこっちはお前らのためにやったわけじゃねえよ……」


長旅のせいもあってか、早く話を終わらせたい姫子がぶっきらぼうに言う。


「まぁ、そう言うな。それくらいこちらも分かっている。だがな、この魔書は王国にとって、有益な物であることに違いはない。そこでだ、王自らがお主らに褒美を取らせるとおっしゃられておる。ただ、なにぶん、王は忙しい身。急ぎですまんが、このまま謁見の間に来てもらえるか?」


「褒美がもらえるなら行ってもいいが……、こっちは疲れてるんだ。そのことは王に伝えておけよ――皆もそれいいよな?」


姫子が代表して返事をする。姫子としては早く終わらせてゆっくりしたいところだが、まだミッション終了のメッセージが来ていない。おそらく、王からありがたい言葉と褒美を頂いて終わりなのだろう。


「構わないよ」


真が同意の返事をする。他の皆も同じだった。褒美をもらえるのであれば断る理由もない。


「それでは、今から謁見の間に行く。ただ……、疲れているところ悪いが、王の話は聞いてくれ……。王はお主らに感謝をしておられるのだ。その気持ちは受けてもらいたい」


少し困った表情で宰相が言う。要するに疲れていても、王の長話に付き合えということだ。


「はぁ……仕方ねえ……」


姫子は嘆息しながらも、これで終わりならと諦観しながら返事をした。



        3



連れてこられたのは謁見の間の前。白い両開きの扉には金の装飾。扉の高さは3メートルはあるだろうか。扉の両脇には白銀鎧の衛兵が立っている。この先にセンシアル王国の王が待っているのだ。


少し間を置いて、内側から扉が開いた。出てきたのは美しい女性だった。王の傍で雑用をする役割なのだろう。王城で働く他のメイドとは一線を画す品格と優雅さがある。


「お待たせいたしました。王がお待ちです。どうぞこちらへ」


奇麗な声と丁寧な所作で謁見の間へと迎え入れられる。


入った謁見の間は驚くほどに豪華だった。白い大理石の床に、金糸で巧みな意匠が施された深紅の絨毯。謁見の間の両脇には大きな窓がいくつもあり、赤いカーテンがバラの花のように彩っている。


高い天井には大きなシャンデリア。キラキラと輝くシャンデリアに真は思わず目を取られてしまった。


「久しぶりだな、蒼井真」


不意に声をかけられた真が視線を落とす。目線の先には血のように赤く、長い髪をした少女がいた。フリルの付いたブラウスに紺色のロングスカート。10歳くらいの少女なのだが、現実離れしているほどに美しい顔立ちと気高さから、威圧感がある。


「か、管理者ッ!? お、お前がこの国の王なのか!?」


真は驚愕に声が上ずっていた。広い謁見の間の最奥にある玉座に座っていたのは、世界をゲーム化した元凶である管理者だった。美しい少女の姿をしているが、本当の姿は分からない。


「勘違いするな。私は王ではない。よく見ろ、ここに居るのは私とお前だけだ」


権高なものの言い方は相変わらず。管理者は状況を飲み込めていない真に周りを見るよう促す。


「ッ!? こ、ここは……」


真は管理者に言われて周りを確認した。広い謁見の間に居るのは真と管理者の二人だけ。美月や姫子、椿姫たちの姿はどこにも見当たらない。


「私が会うのはお前だけだ。他の者を連れては来ない」


管理者が真と会う空間は、完全に二人だけの世界だ。人だけでなく、飛んでいる鳥ですらその世界にはいない。


「それじゃあ、ここでの記憶もなくなるのか……」


管理者が真と会って話したことは、真の記憶には残らない。管理者と会ったという事実を管理者自らが真の中から切り取るからだ。真はその理屈が未だに理解できていないのだが、そうなるのだから仕方がない。ただ、完全に記憶が無くなるというわけではなく、切り取った事実の断片が残ってしまうし、管理者と会う時には切り取られた事実を戻されるので、管理者の記憶も蘇る。


「そういうことだな。前にも言った通りだ。お前だけを答えに近づけるのは公平ではない。ただでさえ、お前は特別扱いなのだ」


「特別扱い……そうだっ!? それなんだ! どうして俺が特別扱いなんだ? どうして俺にこの力を与えたんだ?」


管理者が言った『お前は特別扱い』。その言葉に真はハッとなって聞き返した。前から疑問に思っていたのだ。真だけがどうして最強のレベルと装備を引き継いでこのゲーム化した世界に挑むことになったのか。その根拠は、この世界の元なったMMORPG『World in birth Online』で、最初に強敵を倒したからということしか聞かされていない。だが、それは根拠にしてはあまりも適当すぎる。


「いいだろう教えてやろう」


「ほ、本当か……?」


「ああ、本当だ。とは言っても大した理由ではない。ただ、お前が一番適正が高かったにすぎない」


管理者は意外なほどあっさりと告げた。


「適正……? 『World in birth Online』を元に世界をゲーム化した時の適性があったっていうことか?」


「逆だな。お前に適性があるから『World in birth Online』を元にして、世界をゲーム化した。お前は元々どのゲームであっても高い適正値を出していた。その中でも、最も適正を発揮できるゲームを選んだ。それが『World in birth Online』だ」


「じゃ、じゃあ……。俺が最初にラーゼ・ヴァールを倒したからっていうのは……?」


「そんな理由でお前を選んではいない。ただの詭弁だ」


真は愕然としていた。種明かしをされれば、何とも単純な理由ではある。だが、確かに合理的な理由だ。


「それじゃあ、『World in birth Online』を作ったのはお前じゃないんだな?」


真が抱いていた疑問の一つ。それは、世界をゲーム化するために『World in birth Online』を作ったのではないかということ。だが、管理者の話を聞く限りでは、真を基準にしてどのゲームを元に世界をゲーム化させるか決めたということだ。それなら、開発した者と管理者は別ということになる。


「そのとおりだ。『World in birth Online』は、世界をゲーム化するにあたって利用したにすぎない」


「目的はなんだ……? 俺を使って、ゲーム化した世界で何をさせたい……?」


「今の段階で、そこまで話をすることはできない。心配しなくてもミッションをクリアしていけば、いずれその答えを教えてやる。だが、今日はここまでだ。また、会える日を楽しみにしている」


「待てッ!」


真の叫び声が謁見間に響いた。


「わっ!? ど、どうしたのよ真? 急に大声出さなくても待つわよ」


突然大声を出した真に周りの皆が驚いて見ている。隣に居た美月は、耳が痛くなるほどの声量だった。


「……え?」


呆けた顔の真が訊き返す。


「『え』、じゃなくて、どうしたの? 大丈夫、待つから」


美月が心配そうに真を見る。他の皆も急にどうしたのかと、表情を曇らせている。


「えっと……、何を待つんだ……?」


「真が『待って』って叫んだんじゃない。本当にどうしたのよ?」


翼が不安気な表情で真に訊き返した。


「待つ……、待つ? なんで……?」


何故美月達が待つのか。美月達に何を待ってほしいと思ったんだろうか。真にはそれが分からなかった。


「知らないわよ!」


訳の分からないことを言っている真に翼は本気で心配になってきた。


(そうだ……俺は確かに『待て』と叫んだ。だけど、違う……。俺は美月達に待ってほしかったんじゃない……他の……誰か……。誰か? 誰だ?)


真は記憶を辿ると、謁見の間に入ってからのことは鮮明に覚えていた。ただ一点、何かが無くなっているという感覚だけが残っている。忘れたというよりは、あるはずのものが最初から存在していなかったことになっているような違和感。それが何なのかは分からない。それでも、一つだけ分かることは、それが重要なことだということ。


「なんか、真君、前にもこんなことあったよね……」


華凛も不安な顔をしている。真はたまにこういうことがあるのだ。


「真さん、もしかして疲れてませんか? 今回のミッションで一番仕事をしたのは真さんですし……」


彩音が優しく声をかける。今回のミッションに限らず、真は毎回一番仕事をしているのだ。疲労が蓄積していてもおかしくはない。


「いや……疲れてはいないんだ……。ああ、でも、どうだろう? 疲れてるのかな? 落とし穴にも落ちたし……」


真自身は疲れているという自覚はない。だが、言動がおかしいのは事実だ。だとしたら、自分でも気が付かないうちに疲れているのかもしれない。


「大丈夫か?」


姫子が真に訊く。急に様子がおかしくなったことはやはり心配だ。


「大丈夫だ……。王の話を聞いたら休めるんだろ? それなら、さっさと聞いて終わらせよう」


「ゴホンッ。よろしいですか?」


謁見の間を開けてくれた女性がわざとらしく咳ばらいをする。王の謁見を前にして何やらゴタついているのが気に入らないらしい。眉間に少しだけ皺が寄っている。


「ああ、すまない。大丈夫だ」


真はそう返事をすると、王からありがたい言葉を頂戴するために、深紅の絨毯を進む。


そして、想定以上に長かった王からのありがたいお言葉と、褒美の金銭を手に入れたことによって、全員にミッション終了のメッセージが送られてきたのだった。



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