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墓地 Ⅱ

月夜が照らす薄暗い荒れた平原にグレイタル墓地はあった。長らく放置されているのだろうか、広い墓地の正面に構えるレンガの壁は崩れ落ちて、どこが入口であるのかも分からないくらいになっている。


手入れは全くされていないようで、以前は管理小屋として使われていたであろう建物は屋根が無くなっている。もはや死者に安息の祈りを捧げにくる者はおらず、朽ち果てた墓石と伸びた草が並ぶだけの不気味な場所になっていた。心なしか漂う空気が妙に冷たいような気がする。


真達5人はグレイタル墓地の入口だったであろう場所に到着した。この時間になってまでここで狩りに来ようと思う者はいないようで、入口から見える範囲では人影も、墓地の中から聞こえてくる戦いの音もなかった。


「みんな……大丈夫ですよね……?」


自らの腕をぎゅっと抱いている美月の口から不安が漏れる。言わないようにと我慢をしていた言葉だが、薄暗いグレイタル墓地の雰囲気に思わず言葉が漏れてしまった。


「……そう、信じたいんだが……」


正吾が言葉を濁した。美月の心情は理解できる。正吾としても同じ気持ちだ。だが、正吾自身もぬぐい切れない不安が『大丈夫』の一言を止めていた。


「俺たちはそれを確かめに来たんだ。ここで弱音を吐いていても仕方ない」


恭介が若干大きな声を上げた。よく冗談を言っている恭介にも不安はある。やはり、仲間の安否は心配だ。


「……なぁ。静か過ぎないか?」


真は違和感のようなものを感じていた。こんなにも静かなのかと。


「夜だからみんな帰ったんじゃないの?」


隣の未来が率直な意見を言う。たしかに、夜になってまで狩りを続けるという人はいないのかもしれない。


「いや、夜だからこそ、来てる人がいるんじゃないかって思ったんだ。ここは人気の狩場なんだろ?」


真にも経験があることだった。MMORPGで人気の狩場は人が多くて、稼ぎが旨くない。だが、深夜や明け方の人が寝ている時間だと、独占状態になっていい稼ぎができる。だったら、それと同じことを考える人がいてもいいはずだ。


「真が言うことも分かる。たしかに僕たちはこんな時間に外は出歩かないが、こういう時間帯を狙ってくる人もいるだろう」


真の意見を肯定するが、正吾としても推測でしかない。


「慎重に行きましょう。真の言う通り、私も静か過ぎるような気がします……」


美月が続いて話した。普段、グレイタル墓地には来ない美月だが、直感的に嫌なものを感じていた。それが何かは分からない。ただ、不安から弱気になっているだけかもしれない。


「ああ、そうだな。そもそも何が起こっているか分からない状況だ。ここからは慎重に進んでいこう」


仲間の安否を確認するために急遽グレイタル墓地に行くことを提案した正吾であるが、二次災害を起こすわけにはいかないため、ここは冷静に判断を下す。


「よし、それじゃあ入るぞ」


恭介の合図で真達が再び歩みを進めた。荒れ果てたグレイタル墓地の中でも道のようなものの痕跡が薄く残っている。真達は固まって歩くようにした。


グレイタル墓地の敷地は無駄に広い。そのため、入口からでは墓地の全体の一部しか見ることができない。墓地の最奥には教会が建っているが、それも入口からは見ることができなかった。


「ねぇ、真、なんか変な臭いしない?」


グレイタル墓地に入って、少ししてから美月が眉をしかめて言ってきた。それほどきつい異臭ではないが、確かに何かの臭いがする。それが何の臭いかと聞かれると分からないが、少なくとも安らげる類の臭いではない。


「ああ、何の臭いだろう? なんていうか、腐敗臭みたいな臭いだな」


真も異臭に気が付いていた。あまり来ない狩場であるが、以前に来たときはこんな異臭はしなかったと思う。


「確かに変な臭いだな。ちょっと前に来たときはこんな臭いしなかったぞ。なあ、正吾?」


何度もグレイタル墓地に来ている恭介もこの異臭には心当たりがなかった。


「僕の記憶にもこんな臭いはないよ」


正吾もギルドのメンバーと一緒に何度もグレイタル墓地には来ているが、この臭いについて知っていることはなかった。


「たぶん……奥の方から臭いが来てるんだと思う」


真が墓地の奥を指さした。


「どうして奥からだって分かるの?」


未来が不思議そうな顔で質問してくる。未来もこの変な臭いに対しては嫌な感じを持っていた。


「風が奥の方から吹いている。たぶんその風に乗ってこの臭いが来てるんじゃないかな」


真の言う通り、墓地の中には湿った風が吹いていた。払っても纏わりつくような嫌な風。冷たく、ぬめっとした風が墓地の奥から流れてきている。


「うん。私もなんかそんな気がする……」


美月も同じ意見だった。


「ああ、そんな感じだな。奥に行くにつれて少しずつ臭いがきつくなってるような気がするしな」


恭介の言う通り、進むにつれてだんだん臭いがきつくなっていた。それは少しずつ沼の中に入っていくような不快な感覚に似ていた。


「そうだね。墓地に入った時はそれ程気にならなかったけど、ここまで来たら臭いがはっきり分かるようになった。臭いの元に近づいてるってことだと思う」


正吾が口元に手を当てながら言ってきた。


歩いていくにつれて異臭はどんどん強くなっていく。墓地の奥から吹く風が異臭を運んできていることにはもう疑いの余地はなかった。


異臭が強くなっていく中をそれでも進んでいく。この異臭がなんなのかという不安はあるが、それで歩みを止めるわけにはいかない。


道中には徘徊している茶色く変色したゾンビがいる。男性も女性もおり、着ている服は皆一応にボロ布。骨と皮しかないような細い体でも力はある。だが、動きは今までと変わらず緩慢であり、問題なく倒すことができた。


「こいつの臭いじゃないみたいだね」


未来が倒れたゾンビに近寄って臭いを嗅いでみた。


「お前、よくそんなことできるな……」


恭介が呆れた表情で屈んでいる未来を見ている。


「だって、斬りかかった時に変な臭いしなかったもん!」


今のメンバーに遠距離攻撃を主体とする職業はいない。ビショップである美月はライトという対アンデット用の攻撃スキルを持っているが、ビショップはあくまで回復職であるので、高い攻撃力は期待できない。そのため、必然的に近接戦闘をしないといけないことになる。


「まぁ、そうかもしれないけど……」


それでもよく、倒れたゾンビの臭いを嗅ごうと思うなと、美月も呆れた表情をしていた。


「それよかさぁ、真さんって強いよね! こんなに簡単にゾンビが倒せるなんて初めてだよ!」


臭いを嗅いだことは置いておいて、未来が真の強さに注目した。いくら倒しやすいゾンビであるとはいえ、あまりにもあっさりと倒せる。


「い、いや……俺も……こんなに簡単に倒せたのは初めてだよ……バージョンアップの影響かな?」


レベル100の最強装備のベルセルクだと、この辺りのゾンビは一撃で終わる。当然バージョンアップなど関係ない。


「なるほどな。俺もバージョンアップの後はここに来てないからな。なんか変わったのかもしれないな」


恭介が何となく納得したような顔をしている。だが、正吾と美月は何か考えているような表情をしていた。とはいえ、何も言ってこないので取りあえずは誤魔化せたようだと真はほっとした。


その後も茶色いゾンビを倒しつつ、奥に進んでいくと、少しだけ高台になっている場所に教会が見えてきた。この教会がある場所がグレイタル墓地の最奥だ。


「異臭が強くなっている。もしかしたら、この奥で何かあるかもしれない」


先頭を歩く正吾が皆に注意を促した。今までの道中で異臭以外に特に変わったところはなかった。だとしたら残るは最奥の教会とその周辺。


「正吾さん、前! なんか見たことない奴がいる!」


未来が声を上げた。その声に反応して正吾が前を向く。教会のある高台へと続く階段の下にいる一体のゾンビがこちらに向かってきていた。そのゾンビは腐ったような濁った青い肌の色をしている。


「あのゾンビは今まで見たことない奴?」


グレイタル墓地にあまり詳しくない真が質問を投げかけた。


「あれは僕も知らない種類だ……。一体だけだが慎重にやろう」


真と恭介が静かにうなずき、正吾と3人で前に出て、青い色の肌をしたゾンビに向かっていく。一体だけだが慎重に。正面を正吾が、両サイドを真と恭介が陣取る。


青い色をしたゾンビの動きは他の茶色いゾンビと同じく緩慢だった。だが、誰も見たことのない種類のゾンビ。油断はできない。


「こいつが異臭の原因か?」


真が剣を構えながら言った。


「いや、どうだろう? 臭いの強さはあまり変わってない気がする」


反対側に位置する恭介が返事をする。


「検証は後だ、いくよ!」


「「OK」」


正吾が送った合図に、真と恭介が同時に返事をする。


<アンガーヘイト>


正吾がスキルを発動させた。パラディンのスキル、アンガーヘイトは敵を怒らせ、自身に敵対行動を向けさせるスキルで、盾役のパラディンが敵を引き付けるために使用するスキルだ。PTの盾としてのパラディンの代表的なスキルと言ってもいい。


青いゾンビが正吾のスキルによって狙いを一点に集中させた。


<ハードスマッシュ>


恭介が大剣を振りかぶり、ゾンビの後ろから強打を与える。ベルセルクのスキル、ハードスマッシュは単体攻撃で威力は低めだが敵を一定時間気絶させる効果があり、行動を封じ込めることができるため、初手に使うスキルとしては優秀なものだった。


<スラッシュ>


恭介が青いゾンビを気絶させるとすかさず真がスキルを叩き込んだ。当然のことながら、真の一撃を喰らった青いゾンビは抵抗することもできず、その場で力尽きて倒れた。


「なんだ、弱いじゃねえか」


あっさりと倒せた青いゾンビに恭介が拍子抜けしたような声を出した。








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