迷宮 XXIII
「き、黄色……ッ!?」
椿姫が戸惑いの声を上げる。パネルが赤若しくは青に光る場合の対処方法は分かっているのだが、黄色はまるで分からない。
それは、他の皆も同じだった。部屋の中央で黄色く光るパネルが一枚。これに対して、どう動いたらいいのか判断できない。
赤は危険、青は安全。それは分かる。では、黄色は何か?
「黄色は……注意……」
真は無意識のうちに声が出ていた。どう対応すればいいのかを必死で考える。小さい頃に信号について教えてもらったことがある。黄色は注意だと。では、何に注意をすればいいのか。道路にある信号なら車だ。それなら、迷宮の中では……。
「いや、違う……。黄色は止まれだ……」
子供の頃に間違った知識を教えられたことを思い出した。信号に関する正しい知識。黄色が点灯している場合は、『止まれ』である。信号を渡らず、手前で止まって、青になるまで待機しておかなければならない。
(じゃあ、どこで止まればいい……? 青はパネルの中に入る……。赤はパネルに入らない……。だったら、黄色は……)
真はそこで何かに気が付いた。これが正解なのかどうかは分からない。だが、黄色のパネルに何かが起こるまでの時間はほとんどないだろう。
「黄色のパネルの周りに集まれ!」
真が全力で声を振り絞る。もう他の対策方法を考えている時間は欠片もない。これに賭ける以外に道はなかった。
「パネルの……周り?」
突然発せられた真の言葉。咲良は理解が追いつかずにどう動いていいのか迷っていた。
「早く! 時間がない!」
真はそう叫びながら、部屋の中央で1枚だけ黄色く光るパネルの外周に駆け寄る。こうしろと言わんばかりに、自ら安全地帯と思われる場所に行って、仲間を呼ぶ。
「真の言う通りにして! 黄色のパネルの周りに、早く!」
美月も続いて声を張り上げた。真が何を考えて、黄色く光るパネルの周りに来いと言ったのかは分からない。それでも、真が言うのであれば、そこに行く。それが助かる方法なのだということだけは分かる。
真と美月の声に反応して、全員が黄色く光るパネルの周りに駆け寄ってきた。赤の時も、青の時もそうだが、光を放ってから、罠が発動するまでの時間は短かった。となれば、黄色く光るパネルの罠が発動するまでの時間が残り数秒であるということは明白。
そのこともあってか、急いで走ってきた翼は勢い余って、黄色く光るパネルの中まで入ってしまった。
「入るなッ!」
黄色く光るパネルの中まで入ってしまった翼に対して、真が慌てて腕を掴み、強引に引き寄せる。
「痛っ!? ちょっ――」
急に力いっぱい引き寄せられた翼が、真に抗議しようとしたその瞬間。黄色く光るパネルは爆発したかのように猛烈な光を放った。
5メートル四方のパネルから、噴出する光の柱。それと同時に激しい衝撃がまき散らされる。何か巨大なものが正面からぶつかってきたかのような強い衝撃が、真達に襲い掛かる。
「ぐわっ!?」
暴力的な光と爆発の衝撃に真達全員が吹き飛ばされた。
「ィッ……!?」
翼の口から声にならない声が出てきた。それは、爆発により吹き飛ばされたことだけではない。吹き飛ばされた先にあるものを理解したからだ。
もっと正確に言えば、翼が吹き飛ばされた先には何もない、ということに気付いたから。そこは、パネルが崩れ落ちた場所。先ほど、青く光らなかったパネルがあった場所だ。
「翼ッ!」
咄嗟に真が手を伸ばす。このまま翼が落ちてしまえば、その先は奈落だ。そこに落ちてしまえば二度と這い上がってくることはできない。
ガシッ!
空中を彷徨う翼の手を真が掴む。
間一髪。真は翼の手を掴むことができた。ついさっき、黄色く光るパネルの中に入ってしまった翼を引き寄せたことが功を奏した。真と翼が非常に近い位置にいたため、奈落の底に落ちる寸前の翼の手を取ることができたのだ。
「大丈夫か!?」
最初に駆け寄ってきたのは悟だった。空いてる片方の翼の手を取ると、悟は真と息を合わせて引き上げた。
「あ、ありがとう……。た、助か、助かったわ……」
汗が額から流れ、心臓が五月蠅いほどにバクバクと鳴り響く。真が近くに居なければ死んでいた。その恐怖に翼は腰が抜けたようにパネルの上にへたりこんだ。
「皆無事か?」
翼が助かったことに安堵しつつも、真は他の皆がどうなのか声を上げる。
「こっちは大丈夫。他の皆も無事よ」
すぐに椿姫の返事が返ってきた。この状況でも椿姫はよく周りを見ている。まず、負傷した仲間がいないかどうかをいち早く確認するのは、『ライオンハート』で精鋭部隊として活躍してきた経験からだ。
「蒼井、何なんだ今のは?」
訳も分からないまま、真の言葉に従った姫子だが、相手がどういう攻撃をしてきたのかは知っておく必要がある。でなければ、もう一度対応する時に足をすくわれる可能性があるから。
「信号で黄色は止まれだ。横断歩道の中に入らず、入ってしまっても引き返すか、すぐに出ないといけない。青になるまで横断歩道の前で待ってないといけないんだ。だから、黄色いパネルの前で止まる必要があると思った。たぶん、黄色く光るパネルの手前まで近づかないと、吹き飛ばされる距離で外周に開いた穴に落ちてしまうんだろうな……。あと、黄色く光るパネルの中は爆発のダメージを受けるんだと思う……」
真は大剣を構え直して、ヴィルムに向きながら姫子に答える。49枚あるパネルの外周が一度に抜け落ちたのは、この仕掛けの布石だったのだ。中心の黄色く光るパネルのギリギリ手前で待機しないと、外周の穴に落ちて死ぬ。だが、それだけでは足らず、虫食いのように開いた穴にも気を付けて立ち位置を決めないといけない。
黄色く光るパネルの中も当然危険だ。おそらく即死級のダメージを受けるのだろうと推測する。真であれば耐えられる可能性もあるが、試してみる価値など微塵もない。
「ハハハッ! よもやこれもクリアするとは……、不快不快不快不快! 貴様は不快だ! 少女であれば、生かして甚振ってあげようものだが、男の貴様に用などない! さっさと死ね! 死ね! 死ね!」
ワナワナと手を震えさせながらヴィルムが怒鳴る。ヴィルムにとって真は最大限に危険な存在だった。何よりも優先して始末しないといけない対象だ。
「気が合うな、俺もそう思ってたところだ!」
真はそう言い放つと、猛然とヴィルムに向かって走り出した。真にとってもヴィルムは危険な存在。仲間の命を脅かす不快な存在。早く倒さないと仲間が狙われる。ここで、真が奈落の底に落ちてしまえば、仲間が甚振られて殺される。
真抜きの戦力でもヴィルムに勝てるだろうか? それは分からない。もしかしたら、勝てるかもしれないが、犠牲は出るだろう。そんなことは絶対にさせない。
<スラッシュ>
真は勢いよく踏み込んで、ヴィルム目がけて袈裟斬りに剣を振る。だが、この攻撃はヴィルムに難なく避けられてしまう。
「同じ手は喰いませんよ!」
ヴィルムは真に端まで追いつめられて、避けられない位置から範囲攻撃を喰らったことから学習していた。安易に避けるだけでなく、端に追い詰められないように位置を取りながら回避する。
「だろうな」
しかし、それは真も読んでいた。相手は力任せに突っ込んでくるモンスターではない。知性と技術を持った敵だ。
当然、真の作戦に対しても対策をしてくるだろう。だが、それは真も同じこと。
<フラッシュブレー――>
真は横薙ぎの一閃を放とうと構えを取ったが、寸でのところでスキルの発動を止める。
ヴィルムは真の攻撃を予測して既に回避行動を取っていた。そこに、真が飛びつく様にして肉迫する。
<フラッシュブレード>
一閃。瞬く間に横薙ぎの斬撃がヴィルムを斬りつける。ヴィルムの回避行動を読んでから、至近距離まで近づいての斬撃。
「芸がないですよ!」
だが、このフェイントもヴィルムは一度喰らっている。そうそう同じ手に何度もかかる相手ではない。斬撃が当たる直前、ヴィルムは大きく上に飛び上がることで、横薙ぎの一閃を回避した。
「それは悪手だったな!」
<ヘルブレイバー>
真の狙いは、ヴィルムが飛んで回避すること。下段に構えた大剣を上空に突き上げ、その勢いで斬撃とともに体ごと飛び上がる。ヘルブレイバーはスラッシュから派生する連続攻撃スキルの3段目、威力も高いスキルだ。
羽のないヴィルムは空中では回避行動が取れない。下から突き上がってくる斬撃を避ける術はなかった。クロスソニックブレードを飛んで躱された時から、真はこの作戦は考えていた。
「クッソッ!」
ヴィルムは毒づきながらも、真の攻撃に備えた。回避行動は不可能。攻撃を受ける他ない。だったら、
「これでも喰らいなさい!」
ヴィルムは真を目がけて両手を突き出した。真の大剣がヴィルムの体を斬りつけたのと同時、ヴィルムの突き出した両手から空間を圧縮した砲撃が放たれた。
「うっ……!?」
相打ち覚悟でヴィルムが放った攻撃は真に直撃した。空間圧縮の砲撃に吹き飛ばされたものの、受けたダメージは大したことがなかった。ヴィルムの方がよっぽど損害が大きい。
だが、問題は再び距離が空いたこと。フェイントを交えて肉迫した状態から連続攻撃を入れることに成功したが、振り出しに戻された。
優位な状況から、仕切り直しにまで持っていかれたことは真にとって痛手であった。