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迷宮 XXI

「まずは小手調べ手といきましょうか!」


ヴィルムが指をパチンと鳴らすと何もない空間から十数本のナイフが出現した。そのままヴィルムが手を払う仕草をすると同時、十数本のナイフは一斉に真に目がけて飛んできた。


突然のことに反応が遅れるも、真は横に跳躍することで回避を試みる。


「ッチ!?」


真は軽く舌打ちをした。飛来してくるナイフの速度が速い。しかも数も多いため、大半のナイフを回避できたものの、1本は足に当たってしまった。


ダメージとしてはほとんど皆無なのだが、いけ好かない奴の攻撃を喰らってしまったことに苛立ちを覚える。


「まだまだいきますよ」


ヴィルムはそう言うと数回指を鳴らした。するとまたもや虚空からナイフが出現。今度は数十本のナイフがヴィルムの周りに浮いている。


「どうぞ、召し上がれ」


ヴィルムが両手を広げると、浮いているナイフの群れは破裂したように飛び散った。


「「「きゃあーーー!」」」


聞こえてきたのは美月達の悲鳴。ヴィルムが放ったナイフの群れは四方八方に弾け飛び、部屋に居た美月達にも被害を及ぼしていた。


「大丈夫かッ!?」


自信もナイフを受けている真だが、ダメージは軽微だ。それよりも、ナイフの攻撃を受けた仲間の方が気になる。特に『フォーチュンキャット』のメンバーは後衛職が多い。装備も防御力の低いローブが主体だ。


「う、うん……こっちは大丈夫……だから」


数本のナイフが刺さったままの美月だが、その状態でもすぐに回復スキルを使用している。彩音や華凛もどうやらナイフの攻撃を受けたようだが大きな被害は免れているようだ。


「ふふふ、気を付けてくださいね、狙いは赤毛のあなただけではないのですから。でも、安心してください。すぐには殺しませんよ。私だって楽しみたいんですから」


気味の悪い笑いのヴィルム。イルミナの迷宮を守護しているというよりは、完全に楽しんでいると言っていいだろう。


「てめえッ!」


<レイジングストライク>


大剣を強く握り絞めて真がスキルを発動させた。猛禽類が獲物を狙うかのような急襲をしかけ、一気にヴィルムに肉薄する。


「くっ……! さすがに言うだけのことはありますね……!」


真の一撃を受けたヴィルムの声が変わった。対峙している者の力の片鱗を知ったのだろう。余裕をもって遊べる相手ではないことを悟ったようだ。


「それでも! 私はあなたの苦痛が見たい! 美しくも気高い顔を汚したい! あなたがか弱い少女であるということを思い知らせてあげましょう!」


パチンッ


ヴィルムは再度指を鳴らした。すると、石でできた床から湧き出るようにして大男が現れた。顔には麻袋をかぶり、手には鋸を持っている。肌の色はくすんだ灰色。体にはいくつもの返り血が滲んでいる。


「ブホオオオォォォォーーーッ!!」


麻袋を被った大男は訳の分からない雄叫びを上げて真に突っ込んできた。返り血を浴びた筋肉質の大男。それが鋸を持って叫びながら迫ってくる。たしかに、恐怖を感じるだろう。それが普通の相手であれば。


<スラッシュ>


真は踏み込みからの斬撃を放った。カウンター気味で入った袈裟斬りは大男の肩から腹部にかけてを切り裂く。


「ブハッ……」


麻袋を被った大男はそれで倒れる。真はたった一撃で筋肉ダルマを斬り捨てた。


「残念だったな。俺は男だ。お前の期待には応えられない!」


ヴィルムに向き直った真が大剣を突きつけた。勝利宣言とも取れるその行動は、完全にヴィルムを挑発していた。


「き、貴様……お、男だと……言うのか!?」


驚愕の声色をしたヴィルムの手がわなわなと震えている。


「何度も言わせるな。俺は男だ!」


真の見た目はNPCでも区別がつかない。赤黒い髪をしたショートカットの美少女。それが真の姿だ。ゲームの住人くらい、男だと分かってくれよと思うこともあるが、そういう見た目に変えられてしまったのだから仕方がない。


「男だと言うのか! 男だと言うのかーッ!!! 何たる侮辱! 何たる屈辱! もはや貴様に用はない! 死ね! 今すぐ死ね! ここで死ね!」


発狂したようにヴィルムが吼えた。ヴィルムも完全に真が少女だと思い込んでいたのだ。それは勝手な思い込みだろうと、真は辟易としながらも、本気で殺しに来るということに警戒を強めた。


ヴィルムの声に同調するようにして、その足元からは魔法陣が広がる。黒紫色に光る魔法陣。描かれたルーン文字が一気に発光すると、そこから這い出るようにして骸骨の戦士が出てきた。


軽装鎧にシミターと丸盾を手にした骸骨の戦士。イルミナの迷宮に入って最初に辿り着いた部屋、天井が下がってくる部屋で遭遇した、あの骸骨戦士だ。その数は十数体。どうやら、あの仕掛けはヴィルムが関わっていたのだろう。


<ブレードストーム>


現れた骸骨戦士に向けて真が大剣を振り払う。同心円状に広がった斬撃の嵐は、周囲の骸骨戦士たちをズタズタに引き裂いていく。真のこの一撃に耐えられる骸骨戦士は一体としていない。ヴィルムが召喚したアンデット達も真にかかれば一瞬足止めができれば御の字というところ。


「本命はこっちなんです!」


背後から聞こえてきた、ヴィルムの嬉しそうな声に真が意識を向けた。そこには、ヴィルムが天高く右手を掲げ、その上には巨大な火球が浮かんでいた。そして、その手をすぐに振り下ろす。狙いは真ただ一人。


「くっそ!?」


真は回避は間に合わないと判断し咄嗟に両手で顔を庇う。1秒にも満たない間を置いて、熱の塊が真に直撃すると派手に爆発音を響かせて、部屋全体を揺らした。


「ハハハ、アンデットごときで貴様をどうこうしようとは思ってないよ!」


ヴィルムは狙い通りに火球が直撃したことに満足気な声を漏らした。ヴィルムが召喚したアンデットに真が意識を向けたその僅かな時間で、死角に潜り込んでいたのだ。


「こっちにも敵がいるっていうことを忘れてるんじゃないの?」


それは咲良の声だった。いつの間にかヴィルムの背後に回り込んでいる。


<バックスタブ>


咲良ががら空きの背中に鋭い一撃を入れる。アサシンのスキルであるバックスタブは、早い段階から修得できるスキルだが、背後からの攻撃であれば必ずクリティカルヒットするという特性上、高レベルになっても使うスキルだ。


「ふふ、大丈夫です。忘れてなんかいませんよ。邪魔者を始末したら楽しませてもらいますからね!」


だが、ヴィルムには攻撃が効いたような様子は見られない。そのことに咲良は内心『クソっ』と毒づく。真の一撃を受けた時はあれほど動揺していたのに、それが一切感じられない。


「あなたに始末できるものならね!」


<ストロングアタック>


側面から椿姫が攻撃を仕掛けてきた。エンハンサーの武器であるバトルスタッフを大きく振って、ヴィルムにぶつける。


「ええ、始末しますとも! その後に悦びが待ってるんですからね!」


薄ら笑いを浮かべた面が椿姫の方へと向く。仮面の下の顔も同じだろう。元々戦闘職ではないエンハンサーの攻撃だ、いかに椿姫が前線で戦ってきた精鋭といえどもヴィルムの余裕を崩すまでには至らない。


「できるもんなら、やってみろって言ってんだよ!」


<スラッシュ>


ヴィルムが放った火球の直撃を受けた真は、もう戦線に復帰してきた。受けたダメージはキマイラの炎の息より上だ。だが、そんなことは真にとっては些末な差でしかない。勢いよく踏み込み、斜めに大剣を斬りつける。


「くッ!?」


ここで、ヴィルムの声色が変わった。想定外の速さで復帰してきた真の攻撃を大きく後ろに飛ぶことで回避する。着地もバランスを崩しながら床に手をついての着地だ。


「逃がしません!」


<グラビティ>


体制を崩しているヴィルムに向けて彩音がスキルを発動させる。ソーサラーのスキル、グラビティは地属性の魔法攻撃。威力はそれほど大きくないが、押し潰すような重量場は敵の動きを鈍重にする効果がある。


「華凛!」


「分かってるわよ!」


<スラッシュアロー>


<ファイアブレス>


彩音に続いて、翼と華凛も攻撃に加わった。スラッシュアローはスナイパーの使える基本スキルだが、連続攻撃の起点ともなるスキル。ファイアブレスは華凛が召喚したサラマンダーのスキルだ。


これらの攻撃に対しても、ヴィルムは回避行動を取ることなく直撃した。しかも、ヴィルムは彩音や翼、華凛の方へは一切向かず、真の方へと注視している。


<ソニックブレード>


真も攻撃の手を緩めない。距離が開いたのであれば、遠距離攻撃が可能なスキルで応戦するだけだ。剣先から発生する音速のカマイタチがヴィルム目がけて甲高い音を鳴らす。


「ッ!?」


ヴィルムは素早く横に飛んでこれを回避した。勢いあまって床に足を擦りつけながらも体制を維持して、真の方へと意識を向けている。


「躱した……ッ!?」


真の目に驚愕の色が浮かぶ。ベルセルクのスキル、ソニックブレードは音速で飛来する見えない刃だ。そんなもの普通は避けられない。だが、ヴィルムは避けて見せた。


真がすぐさま復帰してきてから、意識はずっと真に集中しているのだろう。だから、真の攻撃の種別を瞬時に判断して、適切な回避行動を取っている。逆に言えば、真以外の攻撃は一切無視しての行動だ。彩音が発動させたグラビティの効果もおそらく効いていない。


「何度も躱せると思うなよ!」


<クロスソニックブレード>


真が放った音速の刃は躱されてしまった。だが、斬り裂く剣が折れたわけではない。真は続けて大剣を十字に斬ると、さらに真空のカマイタチが発生して、ヴィルムへと爪を突き立てる。


「ハッ!」


これもヴィルムは上空へ飛ぶことで回避して見せた。だが、先ほどまでの饒舌はない。真の攻撃は喰らえば甚大な被害を受けることを理解しているのだ。他からの攻撃は捨て置いても真に対しては油断なく攻撃も見極めて行動している。


「くそっ……、こいつ戦闘に長けてやがる!」


真が独り言ちた。力での勝負なら真が圧倒的に有利だ。話にもならないと言っていいだろう。だが、戦闘での駆け引き、技、バトルセンスではどうだろうか。ヴィルムは戦いを知っている。力任せに突っ込んでくるモンスターとは別格の存在だった。






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