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迷宮 XX

姫子と悟を先頭にして、大きな木扉の前まで来る。年代を感じさせる古い両開きの扉は、朽ちることなく、どっしりとした重量感で構えている。


「明らかに格の違う扉ですよね」


扉の前に立つ悟がまじまじと見る。かなりの年月が経過していると思われるその扉は、間違いなくゲーム世界の扉だろう。今まであった木の扉と比べても同年代の物に見える。ただ、一つ違うところはその重量感。黒鉄で補強された枠と意匠がさらに重厚な圧力を付与している。


「次が最後っていうのは、どうやら当たりかもしれないな」


真は両開きの大きな扉を前にして直感していた。この迷宮の大ボスの部屋がここなのだろう。地下神殿のような貯水施設。その中にあって、今までにない大きな扉。真っ直ぐ誘導するように建てられた石柱。ゲームをやっていなくても、この先が特別だっていうことは感じ取れるはずだ。


「どうせ碌でもない奴が待ってるんだろう?」


辟易とした表情の姫子が呟く。この扉の先で戦闘になるのか。はたまた、最初の部屋のように天井が下がってくるような仕掛けに挑まないといけないのか。どちらにしても生きた心地がするようなものではない。


「そう……ですね。おそらく今までで一番きついのが待ってると思います……。どうします? 突入は少し時間を空けますか?」


姫子の呟きに悟が応えた。ここがイルミナの迷宮の最奥で間違いないだろう。そして、この先が最難関であることも。こちらは十分に休息が取れていない状況だ。時間制限もないため、部屋に入るのはもう少し後にするのも一つの手だ。


「いや……、このまま入ろう。ここにいて、また化け物に襲われたらたまったもんじゃないからな。蒼井がいれば大丈夫だろうが、余計な消耗は避けたい」


姫子は即答した。休憩を終えてから、ここに来るまで敵との遭遇はなかった。だが、敵がいないとまでは言い切れない。真がいれば対応できるにしても、迷宮攻略の要である真には、より万全の状態であってほしい。


「というわけです。皆さん準備はいいですか?」


悟が振り返って声を上げた。


「大丈夫です」


美月は力の籠った目で返した。他の皆も同様だ。緊張の色は隠せないにしても、覚悟はできている。そんな顔をしている。


「上等だ! よし、それじゃあ入るぞ!」


仲間の表情に満足気な姫子が号令を出す。皆にも恐怖はあるだろう。だが、前に進もうという決意が溢れているように思われた。それを後押しするのは真の存在だ。真の圧倒的な強さは、『フォーチュンキャット』だけでなく、『ライオンハート』や『王龍』にとっても精神的な支柱になっているのだ。


ギギギギギィィィ


思い扉を姫子と悟の二人で開ける。立て付けが悪くなった扉が枠と擦れて、不快な音を響かせながら開いていく。


まずは姫子が扉をくぐる。いきなり何かが襲い掛かってくるかもしれない。罠が発動するかもしれない。心臓の鼓動が早くなっていることを感じながら姫子は一歩前に進んでいく。


扉を抜けた先にあったのは、古い石材で囲まれた大きな部屋。これと言ってなにもない。あるのは一辺が5メートルほどの正方形の石のパネル。それが縦に7、横にも7個の合計49枚並べられている。


「ふぅ……。大丈夫だ」


嫌な汗を拭いながら姫子が後続に声をかけた。特に罠のようなもは発動していない。敵の姿も見えない。


「何もないですよ?」


訝し気な表情をしているのは咲良だった。姫子の合図で部屋に入ってきたものの、出口らしきものもなければ、敵もいない。


「最初の部屋を思い出すわね……。こういう手がかりになりそうなものがないのが一番嫌なんだけど……」


椿姫も嫌そうな顔をしている。何かあるのは間違いないのだろうが、その手がかりとなるよなものが見当たらない。予想すらできないのは無暗に不安を煽られてしまう。


「床のパネルがなんなのか……。何も描かれてないな……。一つ一つ調べてみるか」


真もこの部屋の仕掛けについては皆目見当がつかないでいた。おそらく床に敷き詰められている大きいなパネルが関係しているのではないかというくらい。まだ、入口付近のパネルしか見ていないが、どこにもヒントになりそうな絵柄などは見当たらない。


「僕もこの床が何かっていうのは気になるね……。っていうか、それ以外に何もないんだけど」


難しい表情で悟が言う。ヒントになるようなものが少なすぎる。


「ここに居ても埒が明かねえ! 部屋の真ん中まで行くぞ。悟、フォローしろ」


結局のところ誰も推測すら出せない。見える範囲だけでは情報が少なすぎるのだ。業を煮やした姫子が決心したように歩き出す。ただ、何らかの罠があることは警戒して、悟も同行させる。


「ここが部屋の中心だが……。やっぱり何もないな」


49枚並べられた大きなパネルの中心に立って姫子が辺りを見渡した。どのパネルも何も描かれていない。ただ古い石材のパネルだ。


「そうですね……。罠も発動しないですし……皆を呼びますか」


「ああ、そうしよう。蒼井の意見も聞きたい」


「了解しました――みんな、こっちに来ても大丈夫だよ!」


悟が手を振って合図を送る。特に警戒するようなものはなかった。逆に言えば手がかりもないということだが、そうなると他の人の知恵も借りないことには先に進めない。


「手掛かりになりそうなものはなしか……」


部屋の真ん中まで来た真が辺りを見渡した。ざっと見える範囲では仕掛けのようなものは見えない。


「そうみたいですね……。一つ一つのパネルを丁寧に調べてみますか? もしかしたら小さい文字とか絵が描いてあるかもしれませんし」


後続からやってきた彩音が言う。まだ部屋に入ってきたばかりなので、手がかりがないと結論付けるにいは尚早に思えた。その時――


「ようこそ皆さん! イルミナ様の作られた地下迷宮へようこそ。ここが迷宮の奥の奥。そう、皆さんが求めるイルミナ様の魔書へと続く最後の部屋になります!」


どこからともなく声が聞こえてきた。人を馬鹿にしたような芝居かかった声色。声の主は中年の男性といったところだろうが、妙に高い声が不快感を与える。


「誰だ!?」


突然響いた男の声に姫子が警戒を最大限に引き上げる。だが、声の主の姿はどこにも見当たらない。


「こっちですよ、こっち!」


声の主がそう言うと、部屋の上から突如人影が現れた。ボロボロの黒いマントとフードを翻し、部屋の上空から、スタッと着地する。


こいつが声の主で間違いないだろう。2メートルほどある身長に首から下げているのはじゃらじゃらとした品の無い首飾り。古い皮製の漆黒のスーツにブーツ。手袋も皮製だ。


顔は分からない。それは、この男が仮面をかぶっているから。古ぼけた白いピエロのような仮面。気味悪い薄ら笑いを浮かべた仮面だ。死神がピエロの面をして、皮の服を着ているといった感じだろうか。とにかく調和が取れていない。


「お初にお目にかかります。私、イルミナ様の忠実なる下僕。名をヴィルムと申します」


ヴィルムと名乗ったピエロ面の死神は仰々しく頭を下げた。


「…………」


大袈裟な所作で挨拶をしてくるヴィルムに対して誰しもが警戒を強める。


「本日はむさ苦しい迷宮の中、おもてなしも十分できずに申し訳ありません。ですが、今度のお客人は美しい方ばかりで私としても嬉しい限りでございます。無作法ではございますが、誠心誠意尽くさせていただきますので、楽しんでいただければ幸いでございます」


ヴィルムは手のひらを差し出して歓迎の意を示して見せる。その口調もどこか楽しそうですらある。だが、どこか不気味だ。決して心を開けるようには思えてこない。何か分からない、底知れぬ冷たさを感じる。


「私は好きなんですよ。美しい女性が」


ヴィルムの声はさらに昂る。


「その女性が恐怖に飲まれる様はなんとも美しい。特に恐怖で押し潰された少女の顔はこの世のありとあらゆる芸術ですら再現することはできない、至高の作品!」


「この変態野郎が……ッ」


あまりにも不快なヴィルムの発言に思わず姫子が毒づいた。無意識のうちに剣も抜いている。


「おやおや、女性がそんな汚い言葉を使うもんではありませんよ。あなたも、あと10歳ほど若ければ丁度良かったんですが……。でも、今のあなたでも私を満足させてくれることはできますよ」


「誰がてめえなんかを満足させてやるもんか! その薄汚い減らず口を聞けないようにしてやる!」


「姫、相手の挑発に乗らないでください。ああやって、冷静さを削ぐのがあいつのやり方なんですよ」


悟が姫子を落ち着かせるために声をかけた。煽られるとすぐに顔を真っ赤にする姫子にとっては厄介な相手だろう。悟も同じような手口を使うため、相手の意図はよく分かる。


「分かってるよ! それくらい!」


悟はムキになって反論する姫子に、『どうだか』と内心独りごちる。姫子と相性が悪い以上は悟が全力でフォローしないといけない。


「ああぁ……。今日は何と幸運な日なんでしょうか。これほどの美少女達の恐怖を味わえるなんて。まさに至福の時。ドキドキしてきますねぇ。ゾクゾクしてきますねぇ。どうですか、皆さんもそうでしょう?」


仮面の下の表情は分からない。だが、薄ら笑いを浮かべているピエロの仮面よりも汚い笑みがあるのだろう。見えなくても声からそれが分かる。


「おい、変態! 俺がその恐怖を教えてやるよ!」


真もヴィルムに対しては怒り心頭だった。自分が狙われる分には構わない。何が来ても斬り捨てるだけだ。だが、ヴィルムの狙いは少女だ。美月たちが狙われるのは我慢がならない。


「おや? これから甚振られる気持ちはまだ実感がありませんか? だったらすぐにその気持ちを分からせてあげます! 私はあなたのような強気で美しい少女の顔が歪むのが見たいんですよ!」


最高潮に達したヴィルムは大きく両手を広げた。


「来るぞ!」


大剣を構えた真が叫んだ。ボスの登場シーンはこれで終わりだろう。すでに全員が戦闘態勢に入っている。これがイルミナの迷宮最後の戦いだ。





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