表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/419

迷宮 XIX

        1



「そろそろいいか」


そう言って立ち上がったのは姫子だった。1時間ほど休憩しただろうか。連続で死闘を繰り広げた疲労を完全に回復させるには、全然時間が足りないが、いつまでもこの地下貯水施設に留まっているわけにはいかない。


「そうですね……。もうしばらく動きたくはなかったんですが、こんなところにいつまでもいられませんからね……」


残念そうな表情で悟が返事をする。できればまだ休憩していたい。だが、いつまたキマイラのようなモンスターが襲ってくるかも分からない場所でこれ以上休憩するというのも考え物だ。


「どこか安全に休憩できる場所があればいいんですけどね……」


もう動き出すと分かって椿姫が声を漏らす。エンハンサーとしての椿姫の戦い方は、前線に出て、支援と回復をしながら敵に攻撃もするというもの。味方に注意を配りつつ、敵の攻撃を回避しながら攻撃をするということをやっている。仕事量でいえば他の人の倍ほどになるため、疲労も大きい。


「セーフティエリアはあるはずなんだがな……」


ずっと警護をしていた真が、椿姫の漏らした声に応えた。ゲームだとダンジョンの中にセーブポイントがある。このゲーム化した世界にも敵が入って来ないスポットがいくつか存在している。それは狩場であったり、ダンジョンの中であったりと様々だが、このイルミナの迷宮の中ではまだ安全地帯を見つけていなかった。


「ああ、そうだな。ここから先も強敵と戦うことを想定して、しっかりと休める場所を探そう。時間制限のないミッションだ。できるだけ安全策を取る」


椿姫と真の話を聞いて姫子が方針を決めた。安全に休める場所を見つけることができれば、この先のミッション攻略にかなり有利になる。


姫子の意見には全員が賛成の意志を表示した。そんな中、


「結局、あの下水道の道が今まででは一番安全だったわね……」


華凛が何気に呟いた。今思えば、真が落とし穴に落ちた後に進んだ下水道には罠もなく、モンスターの姿すら見ない区画があったのだ。


「そうだよね……。下水道に居た時はあんなところで休憩なんてできないって思ってたけど、下水道の方が安全だったのよね……」


美月もしみじみと下水道のことを思い出す。それほど前に通った道ではないのだが、なぜか遠い昔のように思えてくる。


「あっ……!?」


思わず声を上げたのは彩音だった。何かに気が付いたように声を上げたのだが、その後目を伏せるようにしている。


「彩音、どうしたの?」


一早くその態度がおかしいと気が付いたのは翼だ。何かを隠しているとでもいうのだろうか。気まずそうな顔をしている。


「い、いや……なんでもない……。なんでもないんだよ……私の勘違いみたいだから……」


「ん?」


翼は彩音の言っていることが腑に落ちなかった。何か言いにくいことを隠している。それは直感だった。


「ほんと、なんでもないから……」


「何よ彩音! 何か言いにくいことでもあるんでしょ? いいから言ってみなさいよ!」


引っかかるものを覚えて翼が彩音に詰め寄った。


「どうした八神? 何かあったのか?」


その様子に気が付いた姫子も彩音の方へと詰め寄ってきた。


「あ、赤峰さん……。べ、別にその……大した……」


「大したことじゃないのか?」


「いえ……大したことないことは……ない……かも……しれませんが……」


姫子にも詰め寄られて、彩音はどうしていいか分からない状態になっていた。


「何か気が付いたことがあるんだったら言え! 今はミッション中だ。小さいことでも気が付いたことがあるなら、注意をしないといけない! 下手したら命に関わることだってあるんだ!」


姫子はさらに詰め寄った。彩音の目が泳いでいる。何かを隠していることは明白だった。


「あ……、あ、は、はい……。あの、言いにくいんですが……」


姫子が言った『下手したら命に関わる』。この言葉を聞いて彩音も黙っているわけにはいかなくなった。


「構わない、言ってみろ」


「はい……。あの……ですね……。安全な場所はもうないのではないかと……」


「はぁ?」


姫子の眉間に皺が寄る。元々目つきはきつい方の姫子だ。それの目つきがさらにきつくなる。


「いや、あの、ですね……。この迷宮のセーフティエリアが何カ所あるか分かりませんが……。この迷宮もそろそろ最後の方に差し掛かってると思うんですよね……。この地下貯水施設も神殿みたいな雰囲気ですし、最後に辿り着く場所としては相応しいかなと……。そうなるとですね……、セーフティエリアは下水道にあって、この先には無いのではと……。あっ、でも、これは推測ですから! あくまで推測ですから!」


姫子に詰め寄られた彩音がようやく思っていたことを口にした。下水道にあるセーフティエリアはとっくに過ぎている。そして、ワープしてこの地下貯水施設に来たのだから、下水道に戻ることもできない。


「あり得るな……。下水道を通って、やってきた場所が、これだけの巨大施設なんだ。ここの先がゴールと見てもおかしくない。俺が演出するなら、ここを進んだ先に迷宮のボスを配置するよ」


彩音の意見を後押ししたのは真だった。希望的観測もいいが、今ある情報から照らし合わせて、より確実な推測の方が大事だ。


「ラスボス前のセーブポイントは無いのかな?」


諦観した顔の悟が訊いてきた。答えはもう分かっているという顔だ。


「それはもう過ぎてるんだろうな……」


できることなら、最後に一カ所、安全地帯が残っていてほしい。それは真もそう思っている。だが、楽観視はできない。


「兎に角だ。安全に休憩できるところがあるのかないのかは、まだ決まったわけじゃない! 一つ言えることは、ここに居ても安全じゃないってことだ。それなら先に進むしかねえってことだろ? この先、安全な場所があればよし。なければ、そのまま進む。下手に休憩して、敵に襲われた方がロスになる」


結局のところ、推測の域を出ない意見に業を煮やした姫子が結論を出す。色々と話合っても、行動する以外に選択肢がないのであれば行くしかない。そのことに関しては誰も反論する者はいなかった。



        2



コンクリートの巨大地下貯水施設を歩き出す。照らしているのは点在するウィル・オ・ウィスプの頼りない光だけ。この地下貯水施設が巨大だということは見て分かるのだが、先を見通せないと、余計に広く感じる。それこそ、無限に広がっているのではないかと錯覚するほどに。


先頭を歩くのは姫子と悟。少しだけ離れて真が続いている。また、罠があって真がはぐれてしまっては、次こそ犠牲者が出るかもしれない。そうならないために、姫子と悟が前を歩いて罠がないか確認している。もし、罠が発動しても、真が隊からはぐれないようにとの配慮なのだが、その為に犠牲になるのは姫子と悟。犠牲を出さないための措置で犠牲を出すかもしれないというジレンマを抱えながらも前に進んでいく。


「姫。止まってください……。あれを」


「ん? どうした?」


先頭を歩く悟が何かを見つけて姫子に声をかけた。姫子が示された先に目をやると、橙色の光が等間隔にならんでいるのが見えた。


「誘ってるのか?」


姫子が訝し気な顔で言う。橙色の光は規則正しく並んでいる。それはまるで道のように伸びており、夜間に飛行機が着陸するための誘導灯のようにも見える。


「誘ってるっていうよりは、案内してるんだと思う」


後ろからやってきた真も橙色の光の方に目をやった。揺らめく橙色の光はおそらく炎の色だろう。1メートルほどの高さに並べられているところを見ると松明か。


「僕もそう思います。これだけ広い場所ですから、目印になるようなものが置いてあっても不思議じゃないですよ」


悟も真と同意見だった。おそらくここが最奥なのだろう。最後の試練に臨むために道を示しているのだ。


「そうか……。なら行ってみるぞ……」


二人の意見を聞いて、姫子が決断した。油断するようなことがないようにと緊張は解かないが、真っ直ぐ橙色の光に向かって歩みを進める。


橙色の光に近づくにつれてその形がはっきりとしてきた。小さなウィル・オ・ウィスプの光に混じって、炎の揺らめきが辺りをぼんやりと照らしている。


そこにあったのは高さ1メートルほどの石の円柱。その上に火が灯されているのだ。それらが規則正しく等間隔に並んで道を作っている。コンクリートの上に並べられた石柱の道。


その道の先にあるのは大きな木でできた両開きの扉。コンクリートの壁に付けられた木製の扉だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ