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迷宮 XVI

「くそッ……、まだ十分回復してないってのに……」


現れたキマイラに対して剣を抜き、姫子が睨む。休憩はしていたのものの、まだ完全に体力が回復したとは言い切れない状況だ。そこに大型のモンスターと遭遇してしまった。


「姫! ここは僕が受け持ちます!」


姫子を横目で見ながら悟が一歩前に出る。


「はぁ? お前、相手が何だか分かってんのか? お前はさっきの戦いで消耗してるだろうが」


「分かってますよ。それに消耗の度合いで言えば、姫の方が激しいですよ? 実力では負けてますが、今の状況では僕の方が有利です。あと、イージスもまだ使えないでしょ? 僕はまだスキルを温存しています」


悟は引かずに返してきた。盾役としての実力は姫子の方が上だ。だが、パラディンの切り札とも言える究極の防御スキル、イージスは先の戦いで使ってしまっている。再使用までの時間がやたらと長いイージスを使えるようになるまではまだ足りない。


「分かったよ……。スキルあるなら出し惜しみせずにさっき戦いで使っておけよ。それならあたしも余裕ができたんだ……」


「流石にあれ以上状況が悪くなれば僕だって出し惜しみはしてませんよ。それに、僕は次の戦いのことを想定してましたしね。それでも、こんなに早く来るとは思ってませんでしたが」


「変態のくせにそういうところは妙に優秀だな。変態のくせに」


「誉め言葉だと受けておきますね――。では、皆さん、いいですか? 来ますよ!」


悟の号令に皆が身構えて頷く。キマイラは既に臨戦態勢に入っていた。重心を低くし、今にも飛びかかろうとしている。


<アンガーヘイト>


悟が敵対心を増加させるスキルを放った。アンガーヘイト自体にはダメージを与える効果はないが、離れた敵に対しても、狙いをスキル使用者に向けることができる。パラディンとダークナイトに共通した基本スキルだ。


「ゴォアアアァァァァァァーーーーーー!!!」


悟が使用したアンガーヘイトが戦いの合図になった。キマイラは低い体勢から一気に飛びかかってきた。


<ガーディアンソウル>


悟は盾を構えてこれに応戦。同時に守護者の魂を開放する。ガーディアンソウルは一定時間防御力を上げるのと同時に攻撃スキルに敵対心増加の効果を付与することができる。


巨体ごと飛び込んできたキマイラの鋭い爪を盾で受け止め、ガキンッと不快な金属音がコンクリートの壁に反響する。


「ぐわッ!?」


完全に正面から攻撃を受けきったのだが、巨体の突撃に悟は吹き飛ばされてしまった。


「悟ッ!?」


「だ、大丈夫です!」


姫子の叫びに悟はすぐさま反応を示した。吹き飛ばされてはいるものの、即座に立ち上がって態勢を整えている。


「防御支援に回ります! 美月、回復に専念して!」


<ファランクス>


椿姫はそう言うやいなや、悟に向けてバリアを展開した。ファランクスは味方単体に対して一定時間物理ダメージを軽減する効果を持っている。既にかかっている防御支援スキルの上にも重複してかけることができ、一時的ではあるが、より高い防御力を付与できるスキルだ。


「は、はい!」


美月は慌てて返事をした。悟が吹き飛ばされたことで驚いてしまったが、椿姫は冷静に状況を判断して的確な指示を出してきている。それに美月も必死で応える。


<ガードソング>


椿姫はさらにスキルを発動させる。ガードソングはエンハンサーを中心として、防御力を増加させるフィールドを展開する。当然、前衛に立たないと効果範囲が届かないため、椿姫もキマイラの近くまで寄ることになる。


「ゴアァァァーーーー!!」


キマイラはなおも悟に目がけて攻撃を繰り返す。初手の突撃のように吹き飛ばされるような攻撃ではないにしろ、その一撃は非常に重たい。


「こいつ……、さっきの剣よりきついですよ……ッ」


悟は懸命に防御を固めた。完全に防御一辺倒になってしまっている。鎧の像が繰り出す激しい斬撃の嵐と比べてもこのキマイラの攻撃はさらに重たい。


キマイラが悟に意識を集中している間、咲良は音もなく背後に回り込んできた。


<バックスタブ>


咲良は背後から急所に向けて短剣を突き刺した。アサシンのスキル、バックスタブは単発の攻撃であるが、背後からの攻撃であれば必ずクリティカルヒットするという特性がある。


<シャープエッジ>


続けざまに咲良は連続攻撃スキルの起点となるスキルを発動させた。


「シャアーーーーーッ!!」


背後から攻撃を繰り出している咲良に向けて、キマイラの尻尾から生える蛇が反応した。蛇は頭を大きく上げると、放たれた矢のように牙を突き立ててきた。


「ッ!?」


咲良は猛スピードで飛んでくる蛇の頭部を寸でのところで回避。転がるようにしてその場から一旦距離を置く。


「なんなのよ、こいつ!? こんなのどうやって攻撃するのよ!?」


背後にも死角のないキマイラに対して咲良が毒づいた。アサシンは敵の死角から奇襲をかけて大きなダメージを与えるのが得意の戦法だ。だが、肝心の敵の背後に死角がない。アサシンの防御力は前衛職の中では一番低いため、攻撃が飛んでこない安全な位置取りが必要になってくる。


「七瀬! 側面から叩け! 蛇の攻撃はあたしが止める!」


姫子が咄嗟に指示を飛ばす。キマイラの側面はがら空きだ。蛇の射程は側面にも及ぶが、それは姫子が受け持つ。背後から攻撃するのであれば、どうしても咲良が矢面に立たないといけないので、側面からの連携しか方法はない。


「はい! お願いします!」


咲良と姫子は素早く位置取りを決めて攻撃に転じる。


咲良が再び連続攻撃スキルを叩き込んだ時だった。ライオンの首の付け根から生える山羊の頭が咲良に目を向けた。


その瞬間、山羊の目がカッと見開き、光を放つと紫電が迸った。


「きゃーーッ!?」


「うわーッ!?」


咲良と姫子はその紫電に巻き込まれて悲鳴を上げる。至近距離からの電撃。しかも不意打ちに近い形で飛んでくる攻撃になす術もなく直撃する。


「赤峰さん! 咲良ちゃん!」


美月は咄嗟に回復スキルを二人にかけた。


「痛ってえな、ちっくしょうが……」


直撃を喰らった姫子だが、美月の回復スキルを受けてすぐに復帰した。直撃を受けてたがなんとか無事のようだ。その辺りは耐久力の高いパラディンだからこそだろう。


「くっ……」


赤峰に比べて苦悶の表情を見せているのは咲良だ。何とか立ち上がってはいるものの、アサシンの耐久力では危ない。


「咲良さん! 攻撃は私達に任せて一旦退いてください!」


魔法スキルを使いながら彩音が叫ぶ。キマイラの攻撃には死角がない。近接攻撃が専門のアサシンではどうしても被弾してしまう。そのため、キマイラの射程外から攻撃できるソーサラーやサマナー、スナイパーに頼るしかない。


「……ッ」


咲良は苦虫を噛み潰した表情をしながら無言で後退する。『ライオンハート』の精鋭として数々の戦闘を繰り広げてきた咲良だが、他のギルドのメンバーに後れを取ることが悔しかった。だが、この相手は分が悪すぎる。後退せざるを得ないのだ。


<アイスジャベリン>


<スラッシュアロー>


<スペルバレット>


彩音、翼、華凛も必死で攻撃スキルを繰り出す。単純な攻撃力だけなら咲良の方が上だろう。装備も格上の物を装備している。だが、その咲良は近寄れなければ攻撃ができない。そうなると、遠距離攻撃専門である、この3人が何としてでもキマイラを沈めなければならない。


「うッ……。これは……やばい……かな……?」


しかし、攻撃を受け持っている悟には限界が近づいていた。キマイラの猛攻を受け続けているため、消耗が激しいのだ。美月の回復スキルも来ているが、ジリ貧だというのが現実だった。


そのキマイラの猛攻がピタッと止まった。


「……?」


突然止んだ攻撃に悟が訝し気な表情を見せる。キマイラは頭部を高く上げてダークナイトの男を見下ろしていた。


「悟! 逃げろ!」


咄嗟に叫んだのは姫子だった。何か嫌な予感がする。何が嫌なのかは分からない。ただ、漠然とした悪寒を感じたのだ。


悟もその声に反応して退避しようとした次の瞬間


ゴオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!!


高く上げた頭を前に突き出すようにして、獅子の口から炎が吐き出された。


一直線に放たれる激しい炎。一気に開放された業火は瞬く間に悟を飲み込んだ。


「うああああああーーーーッ!?」


悟の悲鳴が吐き出された炎に混じって響く。


「刈谷さんッ!」


美月が慌てて回復スキルを使用する。椿姫も防御支援から回復に切り替えて必死に回復スキルを使用した。


燃え上がる高熱の炎が納まると、悟は何とか盾を構えて立っていた。


「はぁ……はぁ……」


無意識のうちに息が止まっていた。悟は大きく肩で息をすると、再びキマイラに目線を合わせる。何とか生き延びた。そう思った矢先。


「ッ!?」


キマイラは容赦なく爪を突き立てて、大きな前足を悟に叩きつけてきた。


「悟ッ!?」


やばい。姫子の脳裏に最悪のパターンが浮かぶ。今の状態で攻撃を受ければ、いくらトップクラスのダークナイトであっても無事では済まない。


<シャドーウォール>


悟は反射的にスキルを使用した。ダークナイトの防御スキル、シャドーウォールは物理攻撃を一度だけ完全に無効化することができる。しかも、パラディンのイージスほど再使用にかかる時間が長いわけではない。攻撃を無効化できるのは物理攻撃に限られるのと、一度きりということを考慮しても、非常に有用なスキルだ。


「悟、代われッ!」


<アンガーヘイト>


姫子はそう叫ぶと悟の返事を待たずに敵対心を上げるスキルを使用した。防御一辺倒だった悟の行動が幸いし、これでキマイラの狙いは姫子に移る。


<ガーディアンソウル>


<ファストブレード>


さらに畳みかけるようにして姫子が敵対心増加のスキルを使う。敵対心をしっかり上げておかないと、攻撃に集中している後衛にキマイラが狙いを変えてしまう恐れがあるからだ。


「姫……すみません……」


消耗しきった悟は悔しい思いを残しながらも姫子と交代する。できることならこのまま姫子の負担を軽くしたかった。いざという時に姫子を守れる盾でありたかったのだが、やはり実力は姫子に一歩及ばない。


ガキンッ。キマイラの鋭い爪と姫子の盾がぶつかる金属音が響いた。


「うっ……なんて攻撃してきやがるんだこいは……」


正面からキマイラの攻撃を受けて姫子が呻いた。こんな攻撃を悟は今まで受け続けていたのかと驚愕する。さらには炎まで直撃したのだ。生きている方が不思議なくらいだと思い知らされる。


そして、キマイラは再び大きく頭を上げた。これは先ほどの炎を吐き出す予兆だ。これを見た姫子はすぐさま回避行動に出る。


そこに山羊の目が光った。光に反応した姫子が山羊の方を見るとお互いに目が合った。


「まずいッ!?」


そう思ったが、時は既に遅かった。山羊から放たれた電撃は姫子を直撃し、回避行動中の姫子の動きを止める。


ゴオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!


動きの止まった姫子に向けてキマイラは真っ赤な炎を吐き出した。無慈悲に放たれる灼熱の炎が姫子の身体を覆いつくす。


「ぐああああああーーー!!!」


悶え苦しむ姫子の声。全身を激しい炎に焼かれて、のたうち回るようにコンクリートの地面を転がる。


「姫ーーッ!?」


「赤峰さんッ!?」


仲間が悲痛の叫びを上げた。絶対絶命。姫子には次の攻撃に耐えることができるスキルが残っていない。


<アンガーヘイト>


悟が敵対心増加のスキルを使用する。姫子から狙いが外れれば何とかなるかもしれない。たとえそれで自分の命が危険にさらされたとしても、それは構わない。姫子さえ生きていれば、『王龍』は存続できる。この人を守ることが、今の悟の全てだった。


だが、非情にもキマイラの狙いは姫子から外れることはなかった。キマイラは獲物に止めを刺すべく近づいていく。


もう絶望しか残っていなかった。


ビュンッ。耳を劈くような高音が聞こえてきたのはそんな時だった。何か見えないものがキマイラに向けて飛んできた。


ビュンッ! 風を切って響く高音は再度コンクリートの壁に反響すると、見えない何かがキマイラに直撃し、衝撃をまき散らす。


この音に聞き覚えがある者がいた。その音の正体に気が付くと、心を塗り潰していた絶望の黒がはじけ飛ぶように霧散する。


「うぉらぁああああーーーーーー!!!」


そして、誰かがキマイラに向かって飛び込んできた。それは猛禽類が獲物を狙うかのような急襲。大剣を振りかざしたベルセルクが一気に距離を詰めて飛び込んできたのだ。





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