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迷宮 XV

美月や姫子、椿姫達は広い地下貯水施設の中で休息を続けていた。ひんやりとした硬いコンクリートの感触。できれば柔らかいソファーに腰を鎮めたいが今はそんな贅沢を言っていられない。兎に角体力を回復させることが先決だ。


腰を下ろす場所が硬いということよりも、もっと問題なのが視界の狭さだ。電気が止まっている現実世界の地下施設。光源となるのはウィル・オ・ウィスプの頼りない光だけ。ウィル・オ・ウィスプはぽつぽつと点在しているが、所詮は鬼火。光量としては非常に頼りない。光が足りないというのはどうしても気が休まらない。根拠のない不安が心に留まり続ける。


「雨が降ってきたら、ここに水が流れ込んでくるのかな?」


そんな言い知れぬ不安が溜まっていたのだろう、何気ない華凛の発言だったが、その発言に皆がぎょっとした表情で華凛を見つめた。


「えっ……なに……?」


何故見られているのか分からずに華凛は困惑する。何か不味いことを言ってしまったのだろうか。地下貯水施設は本来、大雨で都市部が洪水にならないように水を流し込む施設。今は水がない状態だが、雨が降ればここに水が流れ込んでくる構造になっているのではないかと、ふと思っただけだが。


「いや……華凛は悪くないんだけどね……」


美月がフォローを入れる。華凛はまだ自分が何をしでかしたのか理解していない様子だった。この状況で不安を煽るようなことを言うべきではないのだが、華凛はそういうことを意識せずに言ってしまうことがある。


「でも、それは考えておかないといけないことかもね。ここは水を貯めるための施設なんだから、水が大量に流れてくることは想定しておいてもいいと思うよ」


口に手を当てながら椿姫が言う。無駄に不安を煽る必要はないにしても、警戒をすることには意味がある。


「どうだろうね? 水は来ないんじゃないかな?」


これを言ったのは悟だった。女性に嫌がられることが好きな悟にしては、女性を安心させるようなことを言っている。


「どういうことだ?」


悟がなぜそんなことを言っているのか、姫子は分からず訊いた。


「地下の貯水施設って、自然にできた物じゃないでしょ。完全に人工物なんですよ。当然完璧に管理されている。普段は貯水槽が空になるようにしてあるんです。いざ洪水になりそうな大雨が来た時に、貯水槽に水が溜まってたら意味ないでしょ? だから、勝手に水が流れ込んでくるようなことがないように管理されてるって、前にテレビで見たような記憶が」


「本当だろうな?」


「ええ、まぁ……。僕の記憶ではですが……」


「そこははっきりさせろよ!」


訊き返されて曖昧な回答になっている悟に姫子が苛立ち混じりに言う。最初は自信を持って言っているのかと思ったが、どうやらそこまで確信を持っているわけではなさそうだった。


「あ、でも、ほら。全然水がないじゃないですか? これって水を止めてあるからじゃないですか?」


自分の不安に対して、大丈夫だと言い聞かせる意味も込めて彩音がフォローに入った。この地下貯水槽の管轄で、いつ、どれくらいの雨が降ったのかなんて彩音は知らないが、管理されずに放置されているのであれば、水が入って来たら少しくらいは残っているのではないかと思う。


「まぁ、そういうことでいいか……」


鬼火の照らす狭い範囲には水が残っていないだけなのだが、姫子はそれ以上言わなかった。ここで余計な不安を煽ってもメリットは何もない。


「そういうことですよ。死闘の後なんですから、余計なことは考えずに体力の回復を優先させましょう」


悟も姫子が何を思ったのかは察していた。とはいえ、悟の考えは彩音の意見と同じ。水は流れてこないだろうと思う。だったら、無駄な議論に体力を消耗するよりは何も考えずに休んだ方が建設的だ。


「だな……」


姫子も素直に応じる。それだけ先の戦いでの消耗が激しかったのだ。


「ねぇ……。休憩中にごめん……。さっきの戦いのことなんだけどさ」


神妙な面持ちで椿姫が言ってきた。今は体を休めることに集中すべきことは椿姫も理解している。だが、どうしても聞きたいことがあった。


「なんだ?」


姫子が訊き返した。本来なら後にしろと言いたいところだが、椿姫の表情を見て止めることをしなかった。


「さっきの鎧を着た大きな像なんですけどね……。かなり苦戦しましたよね?」


「ああ、そうだな。正直ギリギリの戦いだった……」


「あれと……蒼井君が戦っていたら……」


先の部屋での戦闘は椿姫としてもギリギリの戦いだった。死人が出ていてもおかしくないほどの相手だった。もし、紫藤総志があの場にいたとしたら、ギリギリまで追いつめられることはなかっただろう。では、蒼井真がいたらどうなっていたのだろうか。


「それはあたしも気になるな。おい、真田。お前は『フォーチュンキャット』のサブマスターだろ。蒼井が戦っていたらどうなってた?」


姫子が必死の思いで倒した相手。それと真が対峙していたらどうなっていたのだろうか。それは姫子も非常に興味がある。


「えっ……、えっとですね……。真も……たぶん苦しかったと……思います……」


美月は急に質問を投げられて少し困惑した表情を見せている。一応質問には答えたが目線は合わそうとしない。


「なんだかはっきりしない言い方だな? 別にあたしらに気を使う必要なねえよ。正直に言ってくれ。蒼井だったらどうだったんだ?」


美月が嘘をついていることは明白だった。それは『王龍』や『ライオンハート』の看板に対する気遣いだということは姫子も分かっている。だが、そんな気遣いは無用だ。


「えっと……その……それなら、言いますけど……。おそらく余裕というか……。危なくなるよなことはなかったと……、本人は言うと思います……」


気遣いは不要と言われても、やはり相手の自尊心を傷つけないようには配慮しないといけない。とは思いながらも、本当のことを言えというのであれば、『余裕で勝てる』としか言いようがない。


「あれでも危なくないのかよ……。で、蒼井ならどんな戦い方をする?」


「たぶん……ですけど……、正面から斬り合ってた……かと、思います」


「はぁ……。こっちは防御に専念しても押し負けてたんだぞ……。それで、蒼井なら正面から斬り合っても危なくないうえに余裕で勝てるってか?」


姫子の言葉には嘆息が混じっていた。あの暴風のような斬撃に正面から斬り合って、勝てるなどにわかに信じがたい話だ。しかも、真はベルセルクだ。その戦い方は防御を捨てて攻撃に回す火力型の戦闘職。敵と正面から向き合うには不向きな職業だ。


「はい……」


信じられないという顔をしている姫子に対して、美月が申し訳なさそうに返事をした。美月が言っていることが事実であるということは姫子も分かっているのうだろうが、物事には限度というものがある。


「総志様だってそれくらい……」


真がいかに強いかというのは、咲良としては面白くない話だ。信奉する紫藤総志にだって同じことができると信じたい。


(できるわけないでしょ……)


椿姫が声には出さずに心に仕舞い込んだ。椿姫も総志に対して絶対的な信頼を置いている。カリスマ性や責任感、実行力、決断力、それに戦闘能力。この全てにおいて紫藤総志という超人に敵う人間はいないと思っていた。だが、真の強さの片鱗を見てからその意識が変わってきた。戦闘能力という点においては、総志では真に絶対勝てない。それは咲良も理解しているだろう。だから、認めなくないのだ。


「真君はフルメタルなんとか蟹ってやつにも正面から戦って――」


「華凛……」


美月が華凛の言葉を止めた。華凛も美月に止められた理由はよく分かってないが、取りあえず話を止める。空気を読めない華凛は言わなくてもいいことをついつい言ってしまう。華凛は真の強さをもっと主張したいのだろうが、これ以上は必要ない。


「蒼井の強さは、まあいいだろう。ただ、やっぱりっていうか、蒼井がいないとこの先危ないのは問題だな」


姫子が考え込む。目的の魔書にはまだ辿り着いていない。あとどれくらいの道のりがあるのかも不明だ。となると、あと何体の強敵が現れるのかも分からない。少なくとも、これで戦闘が終わりということはないだろう。


「でも、さっきの相手を一人欠けた状態で倒せたのは、純粋に僕達の実力が高いからっていうことだと思いますよ。ただ、それを考慮してもこの先、蒼井君なしっていうのは厳しいのは事実ですがね」


悟が姫子に続く。9人で攻略することを前提として敵の強さを調整しているのがイルミナの迷宮だろう。さっきの部屋も9人で戦うことを想定しているはずだ。それを8人で突破しのただから、ここに居る者の実力は高いと見ていい。


「そうですね……。私達は実力者を選りすぐってはいますけど、それでもギリギリなんですよね……。もし、次に戦闘があるような場合は蒼井君との合流――」


椿姫はそこで言葉が止まった。不自然に止まった椿姫に皆の注目が集まる。椿姫は下唇を噛み、ある一点を睨み付けている。


「ちっ……こんな時に……。皆、構えて! 来るよ!」


椿姫が発した警告に全員がすぐさま反応した。一斉に立ち上がり、椿姫が睨んでいる方向に目をやる。鬼火の照らす限られた範囲の外からその姿は少しずつ浮き彫りになっていく。


最初に見えたのは獅子の頭部。ただ、現実世界の獅子よりもはるかに大きい。口のある高さだけでも地面から2メートルはある。続いて現れたのは山羊の頭。獅子の首の付け根辺りから山羊の頭が生えており、これも現実の山羊に比べて大きすぎるほど。


すでにこの二つの頭が獲物を見据えて真っ直ぐ向かってきている。最後に現れたのは尻尾から生える蛇だ。長い蛇が獅子の尻尾から生え、その牙を向けている。


「キマイラ……ッ!?」


悟が呻くような声を出した。暗がりの先から現れたのは獅子と山羊と蛇の頭部を持つ異形の怪物。キマイラだった。






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