墓地 Ⅰ
キスクの街の酒場から早々に出ると、真達5人はグレイタル墓地に向けて街を出発した。すでに日は沈みかけている。あと2、30分もすれば完全に日が沈み、夜の闇が覆う世界になる。
月明かりと星の光が暗い夜を照らす。実はこれだけでもある程度見える。ゲーム化した場所の特徴とでもいうべきか、夜の闇で完全に見えなくなるということはない。夜だけでなく、鉱山の中も光源がなくても暗闇の中で何も見えなくなるということはなかった。
夜やダンジョンに入る時に明かりを持っていないと周りが全く見えなくなるゲームというのは存在するが、少数派であり、多数派は夜でも洞窟の中でも明かりになしに視界は確保されている。こういうところは細かく『らしさ』を設定されているのがゲーム化した場所だった。現実世界の場所では夜は完全に闇の中に埋もれてしまう。
「ねぇ、真さんは、美月さんと同じマール村から来たんだよね?」
グレイタル墓地に向かう道中はまばらに草が生えている平地。土だけの箇所が道のようになっていて、そこを歩きながら未来が真に話しかけてきた。
「ああ、そうだけど」
真も歩きながら返事をする。道から外れた草むらの上には蛍のような淡い光の浮遊体がところどころで見られた。蛍にしては大きいその正体が何かは分からないが、それを見ていた真が声をかけられて未来の方に目線を変えた。
「マール村って、ミッション片づけたのすごく早かったんでしょ? 二三日で終わらせたって聞いたけど、どんな人達がやったの?」
「え、えっと、いや、俺はあまり詳しくないっていうか……知らないんだけど」
まさかこんな所でもこの質問をされるとは思ってもいなかった。ミッションをクリアしたのはバージョンアップがあってから、二日後のこと。異例の速さだということは確かに理解できる。そのことはそこそこ噂になっているようだった。
「そうなんだ。美月さんも知らないっていうし、どんな人達なんだろうね?」
何気ない未来の言葉だが、美月の顔は少し険しくなっている。見えるとはいっても暗い夜道であることに変わりはないので、その表情の変化に気が付くのは、理由を知っている真くらいだった。
「それは俺も知りたかったな。マール村から来た知り合いに聞いても知らないって答えるしよ……。何か秘密にしてることでもあんのか?」
恭介の何気ない一言だが、意外と核心を突いてきている。まあ、秘密を知っているのは真だけであり、真がその秘密そのものであるため、マール村の誰に聞いても分かるはずはないのだが。
「皆はどこの村から?」
取りあえずこの話題を変えたかった真が逆に質問を投げかけてみた。
「俺と正吾はヴォルフ村から来たんだ。ミッションをやる時に知り合ってな。ちなみに俺と正吾はヴォルフ村のミッション達成者のメンバーなんだぜ!」
恭介が得意げに答えた。この頃から恭介と正吾は知り合いだった。
「恭介、犠牲者が大勢出てるんだ。自慢するようなことじゃない」
正吾がすぐに注意をした。真にヴォルフ村の知り合いがいないので、どれくらいの犠牲者が出たかは分からないが、正吾の表情から想像するに、相当な被害が出たのだろう。
「あぁ、そうだな……悪かった。」
恭介もすぐに注意を受け入れる。正反対の性格の二人がうまくやっているのはこういうところなんだろう。
「あ……未来は? 未来はどこの村から来たんだ?」
空気が少し重くなったため、真が話題を未来の方に向ける。
「私はリンド村っていうところから来たの。私はミッションとかに関わりはなかったから、リンド村の誰がミッションをやったかっていうのは知らないけどね」
未来はあまり今の空気のことは気にしていないようであった。聞かれたことを素直に話している。
「リンド村から来た人もミッションは大変だったみたいだよ。僕の知り合いでリンド村から来た人がいるけど、ミッションのことはあまり話したがらないしね」
正吾が未来の話に付け加えてきた。
「どこも大変だったんだろう。もしかしたら、まだミッションを終えてなくてキスクの街に来れてない人がいるかもしれないなんて話もあるくらいだ」
恭介も正吾に続けて話をした。
「えっ!? そうなの? まだ来てない人っているんだ」
未来が驚いたような表情で質問をしてきた。
「かもしれないっていう話だ。キスクの街の周りは封鎖だらけで、どこからどこに繋がるかなんて全然分からないだろ? だから、もしかしたら、まだ封鎖を解除できていない場所があるかもしれないっていう憶測の話だよ」
「ああ、そういうことか」
未来はあまり物事を深く考えない性格なので、大体のことは直感で理解しているが、恭介の説明には一応、納得したようだった。
「だから、マール村のミッション達成の速さが何なのかみんな知りたがっているんだよ。美月ちゃんも心当たりがないっていうし、かなり謎なんだよね」
美月は黙っていた。ミッションのことで大変な思いをしたのは美月だけの話ではないことは分かっている。だが、正直、向き合うのは辛かった。それでも、美月はミッションの真相は知りたかった。自分を逃がすために犠牲になってくれた人がいるから。だから、美月がマール村のミッションの話をすることができるのは事情を知っている真だけ。他の人に自分がミッションに参加したことを話したことはない。
「そろそろ、雑談はお終いにしようか。もうすぐ、グレイタル墓地に着く」
正吾の声に皆の気が引き締まる。過度の緊張は必要ないが、もうすぐ目的地に着くころであり、その目的地で今何が起きているのか分からない状況だ。油断をしていていいものではない。
「で、正吾。作戦はあるのか?」
恭介が真面目な表情で話しかけた。
「作戦っていうほどのものはないよ。グレイタル墓地で何が起こっているのか、行動に変化のあった一部のモンスターっていうのが何か分からないといけない。だが、悠長に調査している暇もない。だから、優先すべきはマスター達の安否だ」
「あいよ」
恭介が正吾の意見にうなずく。正吾はそこから話を続けた。
「モンスターの数や状況は分からないが、基本的には僕が敵を引き付けておくから、恭介と真が各個撃破していってくれ。未来は攪乱役、美月ちゃんは後方支援で頼む」
「了解」
「分かりました」
「OK」
真、美月、未来がそれぞれに返事をした。もうすぐグレイタル墓地に到着する。淡く月が照らす夜道は薄気味悪いほど幻想的に見えた。