迷宮 XIV
1
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。終わった……」
肩で息をしながら姫子が呟く。目の前に倒れているのは先ほどまで死闘を繰り広げた相手。重装鎧と鉄仮面の像だ。
「そのよう……ですね……」
同じく肩で息をする悟が答えた。倒れている鎧の像からは白い靄が立ち込めている。これは敵が何らかのアイテムを落としているという合図。この靄に手を翳すと、敵からの取得物を入手することができるのだ。逆に言えば、敵を倒したという確たる証拠だ。
「やっとか……。疲れた……悟、アイテムを拾ってくれ……」
既に力尽きたと言わんばかりに姫子は地面に腰を下ろし、そのまま大の字に寝転がった。他の皆も姫子ほどではないにしろ、疲労で座り込んでいる。
「はい……分かりました……」
悟としてもすぐに腰を下ろしたいところだが、姫子の命に従って鎧の像から出ている白い靄に手を翳した。
『イルミナガーディアン ボウ』
『イルミナガーディアン マジックネックレス』
『イルミナガーディアン マジックリング』
取得したアイテムは3つ。スナイパー用の弓と魔法攻撃の強化に特化した首飾りと指輪だ。いずれもグレードはレジェンド。
「弓とソーサラー、サマナー用のアクセサリーが二つですね……。相変わらず見た目と関係ない物を出しますね……。弓は椎名さんに渡すとして、アクセサリーはどうする?」
「あぁ、弓が出たんだ……。私がもらいますね。ありがとう……」
翼も自分用の武器が出たことは素直に嬉しいが、今は死闘を潜り抜けたという安堵と疲労感でいっぱいだ。正直装備がどうこう言ってる余裕はない。
「あ、アクセサリーは後で華凛さんと分けますね……」
彩音も疲労感が滲み出る声で返した。アイテムのことよりも緊張の糸が切れたことによる脱力感が強い。
「あの、少し休憩していきましょう……。流石に疲労が……」
座り込んでいる椿姫が提案を投げかける。最初の天井が下がってくる部屋を突破した時も疲労感は強かったが、その後真が落とし穴に嵌ってしまい、結局碌に休憩を取ることができずにいた。
「ああ、そうだな……。休――」
姫子が返事を返そうとした時だった。急に視界が暗転して真っ暗な闇の中に放り込まれた。
暗闇に包まれていた時間はほんの数秒。再び視界を取り戻した時には別の場所に来ていた。
「あぁー、そうだった……。倒したら転送されるんだった……」
咲良が呻く。ようやく休憩ができると思った矢先で強制転移させられた。それは先ほどの部屋に入った時に話をしていたことだ。出口らしき扉がないから、敵を倒してワープするのだろうと。
「どこ……ここ……?」
華凛が不安な表情で周りを見渡す。ワープさせられた先は、一言で言えばだだっ広い場所。天井は高く、30メートルほどはあるだろうか。幾本もの太い柱が天井を支えている。それはまるで巨大なコンクリートの神殿だった。
「これって……地下貯水施設……?」
周りを見ながら美月が答えた。以前にテレビで見たことがある。地下貯水施設は大雨の際に都心部が洪水にみまわれないようにするために作られた排水施設であり。下水道から流れてきた雨水を一気に流し込めるだけの容量が必要となる。だから、これほどまでに巨大な空間なのだ。
「広い……」
思わず上げた翼の声が貯水施設に響いた。ウィル・オ・ウィスプが照らせる範囲を超えて地下貯水施設は広がっている。一体どれだけの広さがあるのだろうか。何もない伽藍洞の場所だが、圧倒的な巨大建造物に小さな人間は押し潰されてしまうのではないかとさえ錯覚してしまうほどだった。
「姫、どうします? 探索を続けますか?」
悟が姫子に指示を仰ぐ。本当は休憩をしたいところのなのだが、この場所が安全なのかどうかは分からない。巨大な空間を照らすのが、頼りないウィル・オ・ウィスプの光だけでは見通せる範囲が狭い。
「いや……、ここで休憩をしよう。下手に動いて罠に嵌ったら最悪だ。ここが安全かどうかは分からないが、今は体力を回復させることが優先だ」
「了解しました」
悟はそう言うと疲れた体を休めるため、固いコンクリートの床に腰を下ろしたのだった。
2
「どこに続いてるんだ?」
その頃、真は一人で洞窟の中を歩いていた。落とし穴に落ちてから、はぐれた仲間と合流すべく道を探しているのだが、進める道は一つだけしかなかった。しかも、その道は仲間が進んでいる方向とはまるで違う、あさっての方向に伸びている。
真は方向感覚に優れており、道に迷うことはないのだが、そもそも、道が一つしかなければ方向感覚の優劣など関係ない。おそらく迂回して元の場所に戻るのだろうと推測する。
真が進んでいる道はゲーム化した世界の洞窟だ。ゴツゴツとした岩に囲まれており、ウィル・オ・ウィスプはどこにも見当たらない。それにも関わらず、ある程度の視界が確保されているのはゲーム化している場所の特徴だ。流石に光源の無い洞窟なので、先の方まで見通すことはできないが、それでも20~30メートル先まで見えるのはありがたい。
「かなり遠回りさせられるな……」
誰もいない洞窟に真の独り言が響く。その声は当てもなく彷徨う羽虫のようにフラフラと消えていく。自分は一体どこに向かっているのだろうかと。
しばらく歩いているが、一向に下水道に戻る気配がない。洞窟の中は広さと高さがあり、息苦しさというのは感じないが、広い空間にポツンと残されたとう空虚さがある。
ズシンッ ズシンッ
前の方から足音が聞こえてきたのは、そんなことを考えている時だった。
(何か……来る……)
足元から伝わってくる微震を感じながら真は大剣を構え、警戒の色を強くする。何か大きなものが近づいてきている。何が近づいてきているのかはまだ分からない。それは、闇で視界が閉ざされている先にいる。だが、分かることは一つだけある。どうせ碌でもないものだということ。
ズシンッ ズシンッ
真は足音のする前方を凝視した。足音はどんどん大きくなっている。地面から感じる振動も比例して大きくなっていく。
ズシンッ ズシンッ
それは闇の中から少しずつ姿を現した。最初に見えたのは足。くすんだ草色の巨大な右足が見えた。
ズシンッ
次にはもう全体像が見えた。前に出した左足とともに体も闇から出てくる。形は人のそれだが、異常に隆起した強靭な筋肉をしており、体も異常なほど大きい。高さは4~5メートルほどだろうか。手には大きな石の棍棒を持っている。そして、何よりも決定的に人と違う形をしているのは頭部だ。額からは一本の角を生やし、目は単眼。
「サイクロプス……!?」
真が口から怪物の名前が漏れた。
サイクロプスとはギリシャ神話に出てくる一つ目の下級神である。これをベースに後世では怪物として描かれた巨人だ。
「ヴゥゥアァァ」
サイクロプスの一つ目が真を睥睨すると、小さく呻き声のようなものを発した。そして、手にした大きな石の棍棒を振り上げると無造作に叩きつけてきた。
ガンッと岩がぶつかる音が響く。真はこの攻撃を冷静に見極めていた。巨大なモンスターの例に漏れず、予備動作が大きく、振り方も雑だ。来ると分かっている攻撃に当たる要素はない。
<ソニックブレード>
真が躱しざまに大剣を振る。剣先から飛び出してきたのは真空のカマイタチ。見えない音速の刃がサイクロプスへと襲い掛かる。
<クロスソニックブレード>
手を止めることなく真はソニックブレードから派生する連続攻撃スキルを発動させた。十字を斬るようにして大剣を振ると、新たなカマイタチが甲高い音を鳴らしてサイクロプスの身体を切り裂く。
「ヴウゥガァァァァーーー!」
サイクロプスの雄叫びは何を言っているのか分からない。声の質から察するに怒っているのだろう。
だが、真にはそんなことに構ってやる義理はない。牽制の攻撃を入れた後すぐに走り出して次の攻撃へと移行する。
<スラッシュ>
踏み込みからの一撃で巨人の足を斬りつける。
<シャープストライク>
続いて、振り下ろした大剣から切り返す刃で素早い二連撃を放つ。
<ルインブレード>
目の前にルーン文字と幾何学模様の刻まれた魔方陣が出現すると、それを両断するようにして斜めに斬りつけた。連続攻撃の三段目、ルインブレードはダメージとともに敵の物理防御力を一時的に下げる効果がある。
「ボァアアーーーーーー!!」
完全に頭に血が上ったサイクロプスは、さらにけたたましい叫びを上げると、再び石の棍棒を大きく振り上げた。
「まずいッ!?」
真はサイクロプスの構えを見て直感で次の攻撃の種類を察知した。サイクロプスは石の棍棒を横に振りかぶっている。
横薙ぎの攻撃が来る。サイクロプスの足元にいる真はこのままだと直撃は免れない。巨大なモンスターとの戦いで厄介なのが敵の攻撃範囲の広さだ。上から叩きつけてくる攻撃は、範囲が一方向に限られているため避けやすい。線を避ければいいだけだ。だが、横に払う攻撃は平面から逃げなくてはならない。
ブンッ!
豪快に風を切る音が聞こえてくる。サイクロプスは真を目がけて勢いよく石の棍棒を振り抜いた。
「うわっ、あぶね」
真はそれサイクロプス足元を抜けることで回避した。飛んでくる攻撃の範囲は、振り方から見て前方の扇型だ。だったら、背後に回り込んでしまえば回避行動は最小限の動きで済む。
<スラッシュ>
敵の大振りの後は隙が大きい。真はすかさず攻撃に転じた。
<パワースラスト>
踏み込んだ体勢からそのまま大剣を引き戻し、身体ごと押すようにして大剣を突き刺す。
<ライオットバースト>
サイクロプスに突き刺さった大剣はそのまま光を放った。差し込まれた大剣は内部から破裂の衝撃を発生させる。連続攻撃の三段目、ライオットバーストは敵の内部から甚大なダメージを与えるとともに、その後も継続してダメージを与え続けることができる。
「グボォアァーーーー!」
苦悶の声とととにサイクロプスは振り返り真を見下ろした。再び大きく石の棍棒を振り上げて真を叩き潰そうと狙っている。
<グリムリーパー>
真はサイクロプスの攻撃の予備動作を察知しても避けようともせずに攻撃を繰り出した。地面すれすれから掬い上げるようにして大剣を振り上げる。斬撃の軌道は弧を描き、まるで死神の大鎌のような軌跡を残す。
そこで真は横に飛んだ。サイクロプスの予備動作から、叩きつけの攻撃が来ることは分かっていた。だから、ぎりぎりまで攻撃を加え、直前で躱す。その予定だったのだが……。
ズシーンッ
サイクロプスは振り上げた石の棍棒を地面に落とすと、その巨体も仰向けに倒れていった。
グリムリーパーが止めの一撃だったのだ。もはや回避する必要もなくなっていた。
「まぁ、ちょっと体力の多いくらいの雑魚だったか」
全く息も切らせず、一切の攻撃を喰らうことなく圧倒した。少し物足りないといった表情の真は倒れているサイクロプスの巨体を見た。モンスターを倒した際に何らかのアイテムをドロップすると、その体からは白い靄が出てくる……のだが、サイクロプスからは何も出てない。
しばらくするとサイクロプス巨体は跡形もなく消滅した。
「何もなしかよ」
モンスターを倒したからといって必ずしもアイテムが手に入るわけではない。何も落とさずに消滅するパターンも多い。ネームドモンスターと言われる、固有名詞を持った特別なモンスターは貴重な装備やアイテムを必ず落とすのだが、やはりこのサイクロプスはただの雑魚だったようだ。
「仕方ない……先を急ぐか」
今の目的は、はぐれた仲間と合流することだ。倒したモンスターが何も落とさなかったことに落胆している場合ではない。真はすぐに切り替えると、まだ先のありそうな一本道を再び進みだした。