迷宮 XIII
「彩音! 華凛! 一気に蹴散らすわよ!」
<アローレイン>
姫子の指示に応えるように翼が言い放った。弓を天に向け、力いっぱい引き絞った弦を解き放つと、光を帯びた矢は勢いよく飛んでいく。天井を突き抜けた光の矢は、一瞬の間を置いてから一斉に驟雨のように降り注いだ。
スナイパーの範囲攻撃スキル、アローレインは中級レベルで修得できる攻撃力の高いスキルだ。天井を突き抜けてから、再度、矢が降り注ぐというのはゲームならではの現象。スキルは時として物理法則を無視して発現する。
「う、うん! やってみる!」
<ウィンドストーム>
彩音はしっかりと敵を見据えて、悟に襲い掛かる兵士の群れに向かってスキルを発動させた。石壁で囲まれた部屋に鋭い風の刃がまき散らされる。
ウィンドストームはソーサラーが比較的早い段階で修得できるスキルであるが、詠唱時間が短いことと、徐々にダメージを与える出血の状態異常を付与することができるため、初手で使う範囲攻撃スキルとしては優秀だ。
「言われなくてもそのつもりよ!」
<フレアボム>
彩音に続いたのは華凛だった。サマナーが召喚する精霊の一つサラマンダーが使用する範囲攻撃スキルだ。指定した座標にエネルギーを収束させると、一気に核熱の炎を爆発させる。
<オーラバースト>
華凛はさらに範囲攻撃スキルを発動させた。オーラバーストはサマナー自身が使用できる攻撃スキル。無属性の攻撃であり、敵の耐性に関係なく威力を発揮することができる。召喚した精霊と同時に攻撃をするとができるのがサマナーの最大の特徴だ。
敵の数が増えればそれだけヒーラーであるビショップとエンハンサーの負担が増える。ここが踏ん張りどころと、美月と椿姫は懸命に盾役の二人を回復する。
「もう少しだ! 手を緩めるな!」
姫子の檄が飛んだ。新たに現れた敵の兵士は、後衛攻撃職の猛烈な範囲攻撃スキルによるダメージと、咲良の死角からの急襲により、次々と倒れていった。
「これで最後!」
<ダンシングダガ―>
咲良の踊る様な連撃に切り刻まれ、最後の一体となっていた兵士も崩れるように倒れた。
「あとはこいつだけだ! 畳みかけるぞ!」
終始、鎧の像の剛剣を受けていた姫子が力を振り絞って叫んだ。敵の増援が来たということは逆に言えば、助けを呼ぶ必要があるほど追い込まれていたということ。その増援も蹴散らした。だったらあと少しだ。
「「「はいッ!」」」
各々が姫子に応えるようにして声を上げる。戦いを始める前は、真が不在であることに対する不安はあった。確かに、真がいないということで火力不足は否めない。それでも、ここに集まっているのは幾多の死線を潜り抜けてきた実力者たちだ。美月にしても翼や彩音、華凛にしても実力はしっかりと付いているのだ。
あらんばかりの力を絞り出して鎧の像へと向けて猛攻をかける。爆炎が、斬撃が、光が、入り乱れて巨大な像へと押し寄せる。
「ゴオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!」
このまま押し切れるかといったところ、鎧の像は両手を広げると急に雄たけびを上げた。鉄仮面で覆われた奥から聞こえてくるのは苦悶の叫び。重苦にもがく囚人のような悲痛の声。纏っている鎧の隙間からは血煙が噴き出し、まるで炎をその身を覆っているかのような姿だ。
「な、なんだッ!?」
その異様な光景に姫子の手が止まっていた。ただ分かることは、こいつはやばいということ。漠然としているが、間違いないだろう。勘が警笛を鳴らし続けている。
「ガアァァーーー!!!」
鎧の像は狂ったように絶叫すると、我武者羅に大剣を姫子にぶつけてきた。
「ぐッ!?」
辛うじて姫子が盾で斬撃を受け止める。
「グアァーーー!!!」
大振りの攻撃は変わらないが、敵の動きが止まらない。鎧の像は、さっきまで一撃が終わると次の一撃が来るまでに時間が空いていた。それが、今は次々と攻撃を重ねてきている。しかも、斬撃の鋭さは変わらない。我武者羅に剣を振っているように見えて、一撃一撃が全て狙い澄まされている。考えて剣を振っているというより、体に染み込んだ技術が無意識に剣に乗っているという感じだろう。
「これは……まずいな……」
姫子は鎧の像の勢いに完全に押されていた。構えた盾で剣の嵐に耐えるしか方法がない。鎧の像の攻撃は止まらない。止める術がない。
「赤峰さんッ?」
美月が必死になって回復スキルを使用する。椿姫も攻撃は完全に止めて回復に専念している。だが、姫子の状況はどんどん悪化していく。
「姫ッ!」
悟が姫子の前に割り込んできた。鎧の像の攻撃を代わりに受けるために盾を構える。だが、暴風と化した斬撃は止まらない。姫子と悟を巻き込んで猛烈な剣戟が振るわれる。
「うっ……くっ……!?」
二人で攻撃を受け止めても体に激痛が走る。悟は歯を食いしばってなんとか耐える。
「この……しぶといッ!」
<レンジャーソウル>
翼が内に眠る狩る者の魂を開放させる。レンジャーソウルはスナイパーの射撃速度を向上させ、スキルの再使用時間を減少させる効果がある。
<ウィザードソウル>
彩音と華凛も魔法使いの魂を開放させる。ソーサラーとサマナーが共通で使えるウィザードソウルは魔法の詠唱速度を上げる。ほとんど全てのスキルに魔法の詠唱時間が必要なソーサラーとサマナーにとって、主力となる重要なスキルだ。
さらに苛烈さを増した魔法と弓矢の攻撃スキル。絶え間なく降り注ぐ攻撃が鎧の像へと押し寄せ、部屋中をかき乱していく、が……。
「なんなのよこいつ……ッ」
華凛の声には焦りが滲んでいた。力の限りを振り絞っている翼や彩音、華凛の攻撃が鎧の像に突き刺さっているが、まるで意識に入らないというばかりに、姫子を狙って攻撃を重ねてくる。悟も懸命に姫子の負担を軽減しようと割り込むが、二人で攻撃を受けるので精一杯だ。
そして、鎧の像の猛撃に姫子と悟の二人は壁際まで押されていた。もうこれ以上後退することができない。荒れ狂う斬撃から逃れる隙もない。殺るか殺られるかの瀬戸際。
「悟、切り札を使う! その間にこいつを仕留めろ!」
ここぞとばかりに姫子が言い放つ。
「は、はいッ!」
姫子の言う切り札と聞いて悟はすぐに反応した。
「いくぞッ!」
<イージス>
姫子の身体から眩い光が溢れ、全身を揺らめく白い光の盾で覆った。鎧の像の斬撃が当たると、白い光の盾は虹色に波紋を広げ、攻撃を弾き返す。
パラディンの切り札ともいうべきスキル、イージスは一定時間、自身の防御力を極大化させる。その鉄壁の守りは敵の攻撃をほぼ無力化させ、しかも、一切の状態異常を受け付けない。毒もスタンも拘束も何もかもを遮断する。
究極ともいえるイージスだが、その分、一度使うと再度使用するまでにかかる時間は全スキルの中で一番長い。一回の戦闘で二回使えるとは考えないスキルだ。中級レベルで修得するスキルだが、その使いどころは難しい。
「うおおおおおおおーーーー!!!」
イージスによって極大化された防御力により、姫子は鎧の像の攻撃をものともせずに押し返した。
「今だ! 姫のイージスが切れる前に押し切れ!」
悟があらんばかりの声を張り上げた。ここが正念場だ。姫子のイージスの効果が切れれば再び猛攻に押されるだろう。イージスによって押し返したといっても瀬戸際に立たされているのは姫子も同じだ。
「はいッ!」
もはや誰の声かは分からない。各々が無我夢中で上げた声だろう。ここで押し切らないと後がない。
鎧の像の竜巻のような連撃を姫子が受け止める。その隙に悟が斧を振り下ろし、背後からは咲良が短剣を突き立てる。遠距離からは、翼の矢が風を切って突き刺さり、華凛の精霊と彩音が放つ魔法の炎が轟音を上げて燃え上がる。
「ガアアァァァァーーーーッ!」
鎧の像の手はそれでも緩まない。イージスによって攻撃が全て弾かれ、押し返されているにも関わらず、一切の躊躇を見せることなく猛撃を繰り返してくる。
「押せええええーーー!」
姫子が声を張り上げた。ここが正念場。ここで押し切らなければ、状況は再び追い込まれる。だから、全力で敵の攻撃を受け止める。仲間が全力で倒してくれるのを信じて受け止める。
飛び交う剣戟と魔法の光が、姫子と鎧の像を中心として渦巻く。単純な力と力のぶつかり合い。激しく衝突する奔流が戦場を震撼させる。
このまま押し切れるかと思われた。だが……。
「くっそ……。イージスが切れる……」
姫子が発動させたイージスの効果時間はそれほど長くない。パラディンの奥義とも言えるスキルだが、あくまで緊急手段なのだ。
「まずいッ!? 姫のイージスが切れる! 全力で押し切れ!」
悟が悲鳴のように声を上げた。敵もかなり追い込まれているはずなのだ。姫子のイージスが発動している間に倒し切れるという目算だった。なのにまだ敵の手は緩まない。
「やってるわよッ!!!」
さっきからずっと本気を出して攻撃を続けている華凛が怒鳴った。後先考えずに出せる限りの力を出し続けている。それでも敵は倒れない。
悟や華凛だけでなく、他の皆も焦燥感を募らせている。
「うっ……!? ダメだ……このまま押し切られる……」
ついにイージスの効果が切れた姫子は再び鎧の像が放つ激しい剣戟に押され始めた。イージスがなければ力で負けてしまう。
「姫ーーーッ!」
再度悟が鎧の像の攻撃に割り込んできた。二人で攻撃を受けたとしても、結果は先ほど見ている。焼け石に水かもしれないが、残っている抵抗手段はもうこれしかない。
「美月! 回復に専念して! 絶対に死なせないよ!」
「は、はいッ!」
姫子のイージスが発動していた間は攻撃に回っていた椿姫だが、状況が元に戻ると再び回復に集中した。美月も椿姫の素早い判断に応えるようにして回復に全力を注ぐ。
「三下相手にやられるわけにはいかねえんだよー!」
最後の力を振り絞って姫子が叫んだ。こんなところでもたもたしている場合ではない。まだ道は途中なのだ。
だが、もう体は限界に来ている。あとどれくらいの攻撃を受けることができるだろうか。もしかしたら次の攻撃が最後になるかもしれない。そうなると、残った悟一人で攻撃を受けないといけない。その悟もいつまで持つか。悟が押し切られたら、もう勝機はないだろう。そのまま力で押し切られる。
その時だった。
突然、すべての攻撃が止まった。敵も味方も、何もかも。唐突に嵐が消える。
倒した敵に対してスキルを発動することはできない。
鎧の像はガクっと膝が折れると、持っている大剣を地面に突き刺して再び立ち上がろうとするが、そのままずるずると崩れていき、地面にその体を横たえた。