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迷宮 Ⅺ

「ふぅー……」


姫子が呼吸を整えて扉に手をかける。所々黒く変色している木の扉だが、手にした感触は重厚だ。力を入れて引くと、ギギギと不快な音を立てながらゆっくりと開いていく。


開けた扉の先は黄土色をした古い石材で囲まれた部屋。前に通った、天井が下がってくる罠の部屋と造りは似ている。大きさはこちらの方が少し広いくらいか。


決定的に違うのは部屋の中央に3メートルほどの大きさの像があること。像は人の形をしており、全身はくすんだ黒い金属の鎧と焦げ茶色に変色したボロボロのマントを身に着けている。頭部は仮面と兜で覆われており、表情は伺えない。手には大剣を握り締め、地面にその大剣を突き刺している。


「分かりやすいな……くそっ」


部屋の中に入った姫子が毒づく。鎧を着た像には近づかないようにして遠巻きに様子を見る。


「ああ、確かに分かりやすいですね。十中八九あれと戦うんでしょう。でも、姫にはこっちの方が性に合ってるんじゃないですか?」


続いて悟が部屋に入ってきた。後続が入りやすいように道を開けながら、鎧の像と部屋の様子を観察する。


「まぁ、そうだけどよ……」


姫子には頭を使う仕掛けよりも、単純に敵を倒すという方が分かりやすくていい。ただ、それでも不安はあった。


「真さんがいてくれれば……ってことですよね」


言い淀んでいる姫子の後に彩音が続く。後続も全員部屋の中へと入ってきていた。そして、部屋の中央に佇む鎧の像を目にしている。


「今はその蒼井がいない。あたしらだけでこいつを倒さないと先には進めない……。覚悟は決まってるんだ。やるしかない!」


姫子が拳を握り絞める。


「あのー……。気合の入ったところ申し訳ないんですが……。ちょっとだけいいですか?」


今にも飛びかからんとするばかりの姫子に椿姫が水を差した。邪魔をしてすみませんと言いたげな顔で近づく。


「なんだよ?」


勢いを削がれた姫子が苛立った声で返す。


「えっとですね……。確認しておきたいんですけど……出口はどこですか?」


「あぁん?」


椿姫に言われて姫子が鎧の像の後ろに目をやる。他の皆も同様に部屋の端の方に動いて、鎧の像の後ろが見えるようにする。


「出口ないじゃないッ!?」


華凛が驚いて声を上げた。入口から入って正面に大きな鎧の像があるため、視線が遮られて奥の壁は見えなかった。勝手に扉があると思い、鎧の像があるせいで入口からは見えないだけだと思い込んでいた。


だが、部屋の奥には出口になるような扉はなく、古い石材の壁があるだけ。


「これって、ウル・スラン神殿の時と同じなのかな?」


「ウル・スラン神殿の時と同じって?」


美月が言った言葉の意味が分からず華凛が訊いた。


「あっ、そっか。華凛は知らないんだよね。エル・アーシアのミッションでウル・スラン神殿っていう所に行ったんだけど、そこもワープする仕掛けがあったんだよ。出口のない部屋にワープさせられて、そこにいる敵を倒したら、別の部屋にワープするっていう感じで」


ウル・スラン神殿に行った時にはまだ華凛と出会っていなかった。あの時も少人数でミッションの攻略にあたったが、真がほとんど一人で敵を倒していた。


「あっ、そういえば、真君がこの迷宮に入った時に『ウル・スラン神殿』がどうこうって言ってよね。こいつを倒せばワープするってこと?」


美月の説明を受けた華凛は合点がいったようだった。この迷宮に入った時も入口はなく、ワープさせられてきたのだ。何かがスイッチになってワープが発動するのであれば出口がないことも頷ける。


「たぶん……だけどね」


少し自信なさげに美月が答えた。真もこいう時に断言はしないが、大体合っていることが多い。それに、間違っていたとしても、真ならこの鎧の像と戦っても負けることはないから、試してみるリスクは低い。そう考えると、やはり真がいないということの損失は大きい。


「真田さんの考えで合ってると思うよ。ここに来るまで一本道だったわけだし、この像を倒すっていうのはほぼ間違いないだろうね。問題はどこにワープするのかってことだけど、他に道はないわけだから、ワープする以外にないよ」


悟が美月の意見を後押しする。行き止まりに敵がいて、他に道がないのであれば、その敵を倒せば道ができる以外の考えは浮かばなかった。


「それなら、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと片づけるぞ! こちとら『王龍』の看板背負ってるんだ、蒼井がいなくても倒せるってことを見せておかないとな!」


再び気合を入れ直した姫子が剣を抜いて振り返る。皆の顔を見ると準備はできているようだ。確認の言葉も不要とばかりに姫子は鎧の像に向かって歩き出した。


ゴゴゴゴゴ


姫子が鎧の像に近づくと部屋全体が小刻みに揺れ出した。同時に鎧の像も小さく振動する。


バタンッ!


すぐさま入口の扉が勢いよく閉まる。これも前の部屋と同様だ。そのため、入口が塞がれたことによる動揺はない。予想していた通りのことだ。


そして、振動する音が止むと鎧の像が動き出した。地面に突き刺した大剣を引き抜くと、静かに構えを取り、姫子と向き合う。余分な動作がなく、流れるように大剣を構えるその様は古強者然としている。


「いくぞーッ!」


<アンガーヘイト>


<ガーディアンソウル>


姫子が雄叫びを上げると同時にスキルを使用する。敵の注意を引き付けるパラディンとダークナイトの基本スキル、アンガーヘイト。それに加えて、一定時間防御力を上げると同時に攻撃スキルに敵対心増加の効果を付与するガーディアンソウル。


初手にこの二つのスキルを使っておけば、攻撃専門職がいきなり最大火力で攻撃しても、敵のターゲットがパラディンから変わることはない。その後も適度に敵対心ヘイトを上げるスキルを使っておけば、敵の狙いを盾役に釘付けにすることができる。


ブンッ!


大剣が風を切る音が聞こえてくる。鎧の像が姫子を狙って斜めに斬りつけてきたのだ。それを寸でのところで回避する。


「くっ……早いな……」


鎧の像は3メートルはあろうかという巨体に全身金属鎧を身に着けている。さらに持っている大剣もぶ厚く重量がありそうだ。そのため、小回りの利くような動きではなく、大振りの攻撃なのだが、大剣を振る速度が尋常ではなかった。姫子も予備動作から斬撃の軌道を予測してようやく回避が間に合っている。


だが、大振りは大振り。その隙は大きい。


「そこだ!」


<ファストブレード>


躱した体勢から姫子が素早い剣技を繰り出す。


<クロスソード>


続け様に十字に剣を振る。ファストブレードから派生する連続攻撃スキルの二段目。クロスソードはダメージと敵対心を増加させる効果を持ったスキルだ。ガーディアンソウルの効果も相まって、急激に敵対心を増加させる。


<ソードゲイル>


さらに姫子は連続攻撃スキルを叩き込む。目にも止まらない疾風のような連続剣撃。ソードゲイルはクロスソードから派生する連続攻撃スキルの三段目で威力が高く、クロスソードと同様に敵対心を増幅させる効果を持っている。


大振りの攻撃の隙を突いた姫子の連続攻撃。これで、鎧の像の狙いは完全に姫子に張り付いた。


「僕も『王龍』の看板を背負ってるってこと忘れないでくださいよ!」


<フォールドファング>


続いて攻撃をしたのは悟だった。姫子が鎧の像の攻撃を受けている隙に近づいてスキルを発動させた。フォールドファングはダークナイトが使える妨害スキルの一つ。攻撃と同時に一定時間敵の攻撃力を下げる効果を持っている。敵を弱らせて相対的に自己防御力を上げるダークナイトの代表的なスキルといってもいい。


だが、フォールドファングの効果など知ったことかと言うかのように、鎧の像は再び大きく大剣を振り払う。


ガキンッ!


姫子の盾と鎧の像の大剣がぶつかりあう音が部屋の中に響く。金属同士がぶつかり合う不快な音。予備動作があるにしても、そこから繰り出される斬撃は鋭く早いうえに、巨体ゆえの攻撃範囲の広さ。躱し切れずに盾に頼らないといけない場面が早々に出てきた。


「重てえぇ……」


最初の一撃を見た時から思っていたことだが、その攻撃を受け止めてみて改めて感じる剣の重さ。ただ重量のある武器をぶつけてきているわけではない。この鎧の像の剣技の高さだ。大振りで予備動作もあるが、放たれる剣には一切の無駄がない。それがこの重さに繋がっている。


「まともに受けたらやばいな……」


姫子は自分の背中に流れる嫌な汗を感じていた。決して舐めていたわけではないが、対峙して初めて分かることもある。今まで戦ってきた敵の中で一番技に磨きがかかっている。単なるゲームの敵なのだが、こいつは強い。そう感じていた。





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