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迷宮 Ⅹ

美月達は姫子と悟を先頭にして下水道の迷宮を進んでいた。罠があることを考慮して、隊列を変更。悟は姫子と一緒に前に来ている。


真が落とし穴に落ちてはぐれてしまった。真はこのパーティー内で最大の戦力だ。早急に合流しないといけない。だが、どこに罠があるのか警戒をして進まないといけない。ゲーム化していない現実の世界であっても、部分的にゲーム化されて、現実ではありえないような罠が発動する可能性がある。


現に真はその部分的にゲーム化された場所で落とし穴にはまってしまったのだ。そうなると歩みは牛歩のごとくになってしまう。早く合流したいと焦る気持ちと罠を警戒しないといけないという現実。二律背反するものに直面して苛立ちだけが増していく。


「罠……ないわね……」


辛抱堪らず声を出したのは華凛だった。真の探索のために歩き続けているが、真が嵌った落とし穴以降は罠は見当たらない。注意深く罠がないかどうか見ているのだが、罠ではないかと疑うようなものもなかった。


「でも、この先には罠があるかもしれませんよ……」


腰が引けている彩音が答える。どこにあるか分からないから罠なのだ。一度引っかかっている以上は慎重さを維持していかなければいけない。


「分かってるけど……真君と早く合流しないと……」


真とはぐれてしまったことで華凛は非常に強い不安を感じていた。元々華凛は精神的に不安定なところがある。基本的に人を信用できない華凛だが、真には絶対的な信用を置いている。だから、真がいなくなった影響が大きく出てしまっていた。


「華凛、気持ちはよく分かるよ……。私も早く真と合流したい……。罠がないのなら私だって走って探しに行きたいよ……。でも、今の状況は分かるでしょ? この世界はね、そういう心理を狙ってくるの……。大丈夫だと思い込ませることが罠なんだよ」


美月が静かに諭す。美月も華凛と同様に真は心の拠り所だ。何度も真に助けてきてもらったし、絶大な信頼を寄せている。当然、早く会いたい。こんなところで慎重に足を進めていたくはない。走り出したい気持ちを抑えながら歩いている。


「真なら大丈夫よ。あいつが落とし穴に落ちたくらいでピンチになるわけないじゃない! ドレッドノート アルアインを一人で倒せるくらいに強いんだから、一人でも平気で戦ってるわよ」


「いや、翼ちゃん。そういうことじゃなくて……。真さんがいないことで私達の方が戦力的に心配になるんだよ……」


思い違いをしている翼に彩音が修正を加えた。一人で彷徨っている真の安否が心配なのではなくて、真がいないことでの大幅な戦力ダウンが問題なのだ。そして、華凛や美月にとっては真がいないという精神的な不安が大きい。もちろん、彩音としても真と早く合流したいという気持ちは強い。


「あ、そっか……」


「なあ、その話詳しく聞かせてくれないか?」


姫子が立ち止まって振り返った。その目は少し不信を持っているようにも見える。姫子が止まったことで否応なしに全員が止まる。


「あっ、その、赤峰さんが戦力に不安があるとかではなくてですね……。9人しかいないのに1人かけてしまうと戦力ダウンは必然――」


「その話じゃない。ドレッドなんとかを倒したって話だ」


彩音は自分の発言が失言だったと思って、慌てて訂正をしただしたが、それは違った。姫子が聞きたかったのは翼の話だった。


「ドレッドノート アルアインのことですか?」


美月が訊き返した。


「そうだ。あたしたちの出身のコル・シアン森林にいきなり化け物が現れたことがあった。ゴ・ダ砂漠にもでっかい三つ首蛇が出たって聞いてる。お前らの出身地、エル・アーシアに出たのがそのドレッドノート アルアインだろ?」


「ええ、そうですけど」


「コル・シアン森林に出た化け物はクルーエル ディアドっていう、でっかい獣だ。あいつには仲間を大勢やられた。神出鬼没のやつでな、音もなくいきなり現れて襲ってくる。だから、あたしら『王龍』を中心に討伐隊を結成したんだ……」


姫子の言葉はそこで止まった。クルーエル ディアドはコル・シアン森林に現れた化け物。ドレッドノート アルアインが出現したのと同時期に現れている。巨大な身体に鋭い爪と獰猛な牙。宝石のように深い青目と艶やかな漆黒の毛。豹の様な姿は妖艶ささえも持っている。そして、その獣は音もなく突然現れる。気が付いたらそこにいるのだ。そして、なす術もなく殺されていく。姫子も『王龍』の中で腹を割って話せる友を失っていた。


「あ、あの、そのことは紫藤さんにも言われました……。決してふざけているわけでは――」


「分かってるよそれくらい……。紫藤さんに聞かされてたからな。ただ、聞いた時は信じられなかったけど……あの化け物カニを倒した時に本当のことだって思い知らされた……。ただ、納得ができないのは、あまりにも蒼井が強すぎるということだ……。どうしてそこまで強いんだ?」


「それは……私達にも分かりません……。本人が話したがらないので、私達も聞かないようにしてます……」


美月が目を伏せてながら答えた。美月も同じ疑問は持ったことがある。どうして真はそこまでの強さを持っているのだろうか。だが、出会った時から真はそのことを話したがらない。理由は分からないが、美月はそのことを聞かないという約束で真に付いて来ている。


「…………そうか……。まあいい。あいつが味方であることは、これからも変わらないからな」


姫子はそう言うと踵を返して、再び歩き始めた。それに従うようにして悟も再び歩き出すと、他の皆も同様に歩き出した。


姫子は納得したというわけではないだろう。だが、知らないというのであればそれ以上追求のしようがない。それに、姫子は別にこの世界で覇権を握りたいわけではない。理解不能な強さを持っている奴がいて、そいつが味方で、この世界を元に戻すことに協力してくれているのならこれ以上の詮索は不要だった。


それからは無言が続いていた。ウィル・オ・ウィスプが照らす光は頼りない。だが、この光だけを頼りに罠がないか探しながら進む。


現実世界の下水道の中はほとんど景色が変わらない。無表情なコンクリートのグレー。もう自分がどこにいるのかさえも分からなくなってきてしまう。


それでも歩き続ける。下に落ちていった真と合流するために、下に続く道を探すことと、ミッションをクリアするために前へと進む。そうしてやってきた先は……。


「またこれか……」


先頭を行く姫子が呻く。目の前には古い石材で作られた壁が下水道を塞いでいた。壁には木製の扉があり、扉の両端には松明が掲げられている。少し前に通った、天井が下がってくる罠がある部屋と同じ作りの入口だ。


「罠があるけど、入るしかないでしょうね……」


悟がまじまじと木製の扉を見る。死ぬ思いで突破してきた部屋と同じようなところを、また行かないといけない。


「だな……」


姫子が短く返事をした。罠だと分かっている部屋へ進む以外の選択肢がないのだ。後は覚悟を決められるかどうか。


「ちょっと待って!? 行くの? 真君とまだ合流できてないのよ!?」


ゲーム化した部屋に入ることで決定しそうな雰囲気に、華凛は慌てて前に出てきた。


「その蒼井と合流するために進んでるだろうが。まだ、下に行く道が見つかってない。この先を通る他にないだろう」


「でも、今は真君がいないのよ!? その状態で進めると思うの?」


「じゃあ、どうするんだ? お前は蒼井と合流したいんだろ? だったら、進むしか方法はないだろうが!」


突っかかってくる華凛を姫子が睨んだ。華凛の言っていることの意味は姫子も分かっている。前の部屋を無事に突破できたのは真のおかげだ。その真がいない状況で、罠があることが確実なゲーム化した部屋を無事に突破できるだろうか。


「だって……真君がいないと……」


華凛も姫子が言っていることが正しいとは理解している。だが、真がいないという不安はかなり大きい。さっきまで急ごうと言っていたにも関わらず、罠があるであろうゲーム化した部屋の前に来て足が竦んでいた。真に対する絶大な信頼の弊害とでもいうべきだろうか。真がいなくなると情緒不安定になる。


「だってもくそもねえだろ! あたしらだって選りすぐりの精鋭が集まってるんだ! 蒼井が欠けても止まる様なことはねえんだよ!」


「まぁまぁ、姫、それくらいで」


怒鳴る姫子を悟が宥める。姫子の性格をよく知っている悟は、姫子がこういううじうじと言う奴が嫌いなこともよく知っている。


「ッチ……」


悟に宥められて姫子が小さく舌打ちをする。ここで苛立ちを出しても仕方がないことは姫子も分かっているのだが、どうしても出してしまう性分なのだ。


「華凛……、私もね、真がいないと凄く怖いよ……。でもね、真はこの先にいると思うんだ……。だからさ……真に会いに行こう」


美月が華凛の肩を優しく抱き寄せる。この先に真がいるなんてことは何の根拠もない。ただの勘でしかない。華凛を納得させるための方便だ。だけど、真に続く道が見つかっていないのも確かだ。そうなると目の前の部屋の先に進むしかない。


「…………」


華凛は美月にしがみ付いたまま黙っている。


「真だって私達に会いたいんだからさ。道を作ってあげよう。ね?」


「…………」


「真も私達のことを一生懸命探してるところなんだよ。私達の方から見つけてあげよう。そうでしょ?」


「……分かった……。真君を探すために部屋に入る……」


華凛は小さく頷いた。


「そうだね。偉いね華凛」


美月は抱きしめている華凛の頭を優しく撫でてやる。


「大丈夫だよ、橘さんは僕が守ってあげるから!」


悟が芝居かかったように両手を広げて、安心していいことをアピールした。ダークナイトは仲間を守る盾となることが役割だ。


「嫌よ……」


だが、華凛は冷たく即答する。真以外に守ってもらいたい男性などいない。


「うん、そういうのが好き」


悟の方も華凛の冷たい反応には満足気な様子だ。


「茶番はもういい。覚悟が決まったなら入るぞ」


若干呆れた表情をしている姫子だが、悟のこういう行動が嫌な緊張感を解してくれていることは感じていた。前からそうだった。道化師のような悟の行動が余計な不安を取り除いてくれる。


「……はい」


姫子の目を見て美月が返事をする。他の皆も同様に覚悟は決まっているとばかりに首肯した。





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