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迷宮 Ⅶ

「なんで幽霊が回復してるッ!?」


戦士の幽霊の攻撃を受け止めながら姫子が怒鳴った。自分たちを回復させるためのスキルで、敵も同時に回復していることの意味が分からない。


「敵を回復することはできないはずですよッ!?」


悟が叫ぶようにして答える。本来であれば、回復スキルや補助スキルは敵に向けて使うことができない。味方専用のスキルだ。


「実際できてるじゃねえか! こいつらも一緒に回復してるようにしか見えねえだろ!」


どれくらい幽霊が回復しているのか不明だが、見る限りでは、美月が使用したスキルの癒しの光が幽霊からも湧き出ている。これは通常、回復を受けた者からしか出ない光だ。


ゴゴゴゴゴゴゴ……。


言い争っている間にも天井は下がってきていた。既に天井は元の高さの半分といったところ。立っていられる高さの限界までもう少しだ。


「ちくしょうッ!? 天井がもうあんなところまで……。真田! 個別に回復しろ! 広範囲の回復スキルは使うな! 残りは幽霊の撃破!」


姫子が天井を見上げながら指示を飛ばした。なぜ、この幽霊たちに回復スキルの効果が及んでいるのかは判明していないが、それどころではない。幽霊が天秤と関係ないのであれば、とっとと片づけないと天井に押しつぶされる前にやられてしまう。


「待ってくれッ! 美月、回復だ! 幽霊を全部回復しろ!」


突然、真が叫んだ。その声に攻撃しようとしていた周りの手も止まる。


「で、でも……」


真が何を意図しているのか分からず、美月に迷いが生じる。


「いいから早く! 時間がない! 俺を信じろ!」


「う、うん……。分かった……!」


美月が返事をする。真が何を考えているのかは分からない。だが、真は何かを見つけたのだ。ただ、それを説明している時間はない。それなら真を信じて回復スキルを使用するだけ。


<エリアル ヒール>


美月は祈るようにして回復スキルを発動させる。エメラルドの風が辺りを包み込み、美月を中心として辺り一面に治癒の風が舞い踊る。


エリアル ヒールはビショップの範囲回復スキルの一つ。回復量でいえばブレッシング オブ ライフに劣るが、再使用までの時間が短いのが利点で、使いやすいスキルだ。


「椿姫も幽霊を回復してくれ!」


戦士の幽霊は数が多く、美月だけでは手が足りない。回復スキルが使用できるもう一人のヒーラー兼バッファーの椿姫にも真は指示を出した。


「え……。あ、うん」


椿姫も真がどういう結論を出したのかは分かっていない。だが、真は確信を持って言っているように聞こえる。こういう状況は『ライオンハート』で行動している時にも何度か経験していた。総志もこういう危機的な状況で確信を持って指示を出してくることがあった。そして、その通りに動いて生き残ってきた。


<ライフ ソング>


椿姫がバトルスタッフを横にして突き出すと、椿姫を中心として白い光が流れるようにして回りを取り囲んだ。まるで清流のように光が流れていく。


ライフ ソングはエンハンサーの支援スキルの一つ。スキル使用者を中心に広がる範囲回復スキルで、効果範囲に入った者を継続的に回復させ、さらに受ける回復スキルの量が増すという効果がある。


「蒼井! どういうことだ!?」


姫子の出した指示とは真逆の幽霊を回復しろという指示。美月も椿姫もどんどん幽霊を回復させていっている。


「本来、敵を回復することはできない。でも、こいつらには回復の効果が出ている。つまり、回復させる必要があるんだよ!」


「はぁ? 回復の必要だ?」


まだ真の言っている意味が分からず、姫子が顔を顰める。真自身も言っているとおり、敵を回復することはできない。敵に回復スキルを使いたくてもスキルが発動しないのだ。だが、この幽霊たちに限っては回復スキルを使用することができている。


「いいから真君を信じて!」


業を煮やした華凛が姫子に向かって叫ぶ。華凛自身も真が言っていることの意味は分かっていないのだが、華凛の行動理念は基本的に真に付いていくことだ。


「信じろって――ッ!?」


姫子が反論しようとした時だった。美月と椿姫が、次々と湧き出る泉のように回復させてきた幽霊の一部が骸骨へと変化した。


「幽霊から骸骨に変わった……!?」


悟は目の前で起きた現象をそのまま口にする。戦士の幽霊から、骸骨の戦士に変わっただけで、受ける攻撃が緩くなることはないが、それでも、この変化は見過ごせない。


「天秤が動きました!」


幽霊が骸骨に変わったのを見た彩音が咄嗟に扉の方を見た。出口の扉はまだ開いていないが、天秤は傾いた。まだ、釣り合ってはいないが、確かに天秤は傾いたのだ。


「もっとだ! 量ってるのは骸骨の重さだ! 幽霊を回復して骨に戻すんだ!」


再度、真が叫ぶ。自分でも言っていることが無茶苦茶だとは思うが、今起こっていることがそうなのだから仕方がない。


死後、肉体と骨だけのゾンビから肉を失って骸骨となる。さらに骨すら失ったのが幽霊だという順番だったら、幽霊を回復して死後の順路を巻き戻せば骨に戻る。死の反対である生を司る回復スキルで巻き戻るのはそういう理屈だろうと、真は無理矢理理解する。


「うん! 分かった!」


美月の明確な返事が反ってきた。もう迷いはない。やはり真の指示は正しかったのだ。


「私も頑張るから!」


活路を見いだせたことで椿姫も息を吹き返したように回復スキルを発動させていく。


勢いに乗った二人のヒーラーにより、幽霊だったものが、次々と骸骨へと姿を変えていく。そして、最後の一体も骸骨にその姿を変えると。


ギイィィィィ


「開きました! 扉が開きました!」


扉を指さす彩音が歓喜の声を上げる。もう天井の高さは頭上十数センチのところまで来ているが、何とか間に合ったようだ。


「走れー!」


姫子の号令とともに全員が一斉に出口に向かって走り出した。だが、


バタンッ!


姫子と悟が走り出したところで、出口の扉が急に閉まった。


「ど、どうしてッ!?」


咲良が驚愕に震える目で閉まった扉を見る。これで助かると思った矢先に光明を絶たれた。


「骸骨だ! 天秤の上に骸骨を乗せておかないと扉は開かない!」


姫子と悟をターゲットにしている骸骨の戦士たちは、標的が動けば当然ついてくる。そうすると床に描かれた天秤の皿の上から出ることになり、釣り合っていた天秤が再度傾くことになる。


「チクショウがーッ!」


<ライトオーラ>


獣じみた姫子の叫びと同時に剣を掲げると眩い光を発した。パラディンのスキル、ライトオーラは周囲の敵の敵対心を増幅させて引き寄せる効果がある。


「ひ、姫!? 何をしてるんですか!?」


姫子が発動させたライトオーラにより、悟を標的にしてた骸骨戦士が一斉に姫子の方へと向かって行った。


「走れー! ここはあたしが引き留める! お前らは先に行けー!」


「なッ!? な、なに言ってんのよ!」


姫子の言葉に翼が猛抗議をする。姫子がやろうとしていることは、自分を犠牲にしてでも仲間を助けるということだ。しかし、そんなこと助かる方の仲間としても認めるわけにはいかない。


だが、翼の声を聞いても姫子に迷いは生じなかった。すぐさま骸骨戦士を引き連れて天秤の皿が描かれたパネルに戻る。


すると、出口の扉はすぐに開いた。早くこの部屋から出ないといけない。でも、動けない。姫子を見捨てて出口に走ることができない。他者の命を犠牲にする選択肢を取れない。


「ぐずぐずするなー! 時間がねえんだよ! さっさとしろー! これ以上あたしを怒らせるなー!」


姫子が怒鳴り散らした。天井の高さは、すでに直立していられないところまできている。


<ブレードストーム>


真が低い体勢から大剣を振り払った。体ごと一回転させて天秤のパネルの上に居る骸骨戦士を一斉に斬り払う。


同心円状に広がった斬撃の嵐がその場にいた骸骨戦士をズタズタに引き裂いていった。


この一撃ですべての骸骨戦士は立っていることができず、瓦解するようにボロボロと骨を床に落としていった。


そして、床に描かれた天秤の皿には骨の山ができる。


「これで大丈夫だ! 走れー!」


真は骸骨戦士を倒した後も扉が開いていることを確認して叫んだ。量っているのは骨の重さだ。それなら、倒してしまって、床に骨を撒けばそれでいい。


真の号令で、再び一斉に出口へと向かって走り出した。天井が低くなって前かがみになって走る。全力で走る距離はそれほど長いわけではないが、焦りで数秒の時間でも千秋の時間のように思える。


「ああーーー! 助かったー!」


転がり込むようにして扉から出ると、翼が思わず安堵に膝を付く。振り返ると天井はまだ下がっており、もうあと少しで動くことも難しくなっていただろう。


「死ぬかと思った……」


咲良も両手を床について冷や汗を流していた。何度か死にかけたことはあるが、こういうじりじりと追い詰められていくのは生きた心地がしない。


「蒼井……助かった……礼を言う……」


流石の姫子もコンクリ―トの床に座り込んでいた。扉から出た先は、部屋に入る前と同様に現実世界の下水道の中だ。下水道の床になんか座りたくないが、先ほどまでいた天井が下がってくる場所にくれべれば何と快適なことか。


「いや……まぁ……とりあえず、皆無事で良かったな……」


散々怒られてきた相手から礼を言われて真は少し照れていた。


「ほんと……皆が無事で良かった……」


美月も座り込で安堵の声を漏らした。全員無事に部屋を出ることができた。だが、皆の表情は疲労困憊といったところ。肉体的な疲労よりも精神的な疲労が大きかった。


「姫……ああいう無茶は本当にやめてください……。蒼井君が機転を利かせてくれたから良かったものの、本気で死ぬ気だったでしょ?」


悟が真剣な表情で姫子を見つめる。皆を助けるために、自分が犠牲になるという選択肢を迷わず取れる覚悟を持っているのが赤峰姫子という人間だ。だからこそ『王龍』という巨大ギルドで人が付いて来ているのは悟も分かっているのだが、今回も無茶が過ぎる。


「……分かってるよ……」


姫子はそれだけ言うと自分の手をぎゅっと握りしめた。死と直面した恐怖に震える手を何とか抑え込んでいる。見えないように隠していても悟には隠しきれていなかった。


「蒼井君、よく仕掛けが分かったわね? 骨を倒したのも咄嗟に判断したんだよね?」


ペタンと座り込んでいる椿姫が訊いてきた。迫りくる天井の前にあれほど冷静に仕掛けの謎を解いたことに椿姫は驚いていた。


「まぁ、ヒントはあったしな。それと、ゲームに出てくる骨系の敵って、倒すとその場に崩れるやつが多いんだよ。パネルの上から移動したら扉が閉まったから、このパターンだって思っただけだよ」


真は以前やったことがあるゲームを思い出していた。敵として出てくる骸骨は、倒すと崩れ落ちてその場に骨の残骸だけが残るという演出は多い。


「あれでヒントになってたんだから凄いよね……。蒼井君のおかげでなんとかなったけど、まだ、これからもあんな部屋があるんだよね……? これはきついわ……」


椿姫が嘆息を漏らした。ただ、迷宮はまだ奥が深いだろう。強制的に転送させてから最初の部屋を突破したに過ぎない。それを考えるとどっと疲れが出てくる。


「少し休んでいくか?」


一人だけ立っている真が提案する。この先もまだ長いだろうし、何より皆に疲労の色が濃く出ている。時間制限もないのだから適宜休憩を取る必要はあるだろう。


「ああ、そうだな……。って言っても休憩できそうな場所はないから、とりあえずしばらくここで休むぞ」


精神的な疲労でいえば姫子が一番大きいだろう。一時は自分の命を犠牲にする覚悟をしたのだ。その反動から真の提案も素直に受けていた。


「それだったら、モンスターがいないか俺が偵察に行ってくる。いたら倒すからここまで来ないだろう」


この中で一番余裕があるのは真だった。いち早く仕掛けの解き方が分かったことで、精神的な余裕ができたのだ。それに、偵察に行ってモンスターと出くわしても、真なら問題なく蹴散らせる。


「ああ、すまない……。頼んだぞ」


姫子が軽く手を上げて真に返事をした。他のみんなも真に対して、小さく『頼んだ』というジェスチャーで返す。


それに対して真が小さく手を上げて歩き出した時だった。


ガコッ!!!


突然、真の足元の床が開き、そのまま下へと落下していった。







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