ギルド Ⅳ
キスクの街の中心部である広場からは少し離れた場所の路地裏にある酒場『フォレスト』に真達5人は来ていた。正吾がたまに使う店で、大酒を飲んで騒ぐ客も来ないためお気に入りの店であった。
キスクの街の建物は基本的にレンガ造りが多が、『フォレスト』は木造で、深い森の中の小屋をイメージしているようであった。
時刻は夕刻前ということもあり、店は開いているが他の客は誰もいない。立地が悪いためそもそも繁盛している店ではないが、話をしたい時には打って付の場所であった。
店の一番奥にある6人掛けのテーブルにそれぞれが着いて、あまり愛想の良くない店員に飲み物だけを注文をしてから正吾が本題に入った。
「さっそく、話に入らせてもらうんだけど、その前に自己紹介をしておこうかな。僕は藤林 正吾。パラディンをしている」
「俺は鈴木 恭介。数少ないベルセルク同士仲良くやろうよ」
「私は白岩 未来。アサシン。さっきはごめんね、まさか男だとは思わなくてさ」
「ええっと、蒼井 真。ベルセルクをやってる」
真はこういう場での自己紹介が苦手だった。何か気の利いたことを自己紹介で言わないといけないようなプレッシャーがあり、逆に不愛想な自己紹介になってしまう。
「ありがとう。僕たちのギルドのルールなんだけど、基本的に下の名前で呼ぶことにしてるんだ。だから、蒼井さんも僕たちのことは下の名前で呼んでくれていい。僕たちも真って呼ぶけど、いいかな?」
正吾が爽やかに話している。そんな正吾に対して、
「あ、うん。それは構わないよ」
真は落ち着かなかった。初対面でも一対一なら話せる。だが、今は他人の身内同士の中に入って話をしないといけない。出来上がった空間に入っていくと自分が異質のものに思えてくる。疎外感と言ってもいいだろうか。とにかく、真はこういう場が苦手であった。
「真、なんか緊張してる?」
隣の美月が少し心配して顔を覗いてきた。
「あ、ああ、だ、大丈夫だから。なんていうか、こういうのあまり慣れてなくて……」
「そうか、無理を言ってすまない。だけど、大事な話なんだ。真にも関係してくるかもしれない。それに、緊張感をもって聞いてもらいたい話だからね。少しの間、我慢してほしい」
真が緊張している本当の理由を正吾は分かっていない。真剣な話をする場が緊張するのだと正吾は思っている。
「んで、正吾。なんか掴んだのか?」
恭介が正吾に話を進めるように促した。
「ああ、僕の知り合いのギルドの人も昨日の午前以降、姿を見てない人がいるらしいんだ」
「その人たちがどこに行ったのか分かりますか?」
美月が正吾の話に嫌な引っかかりを感じて質問をした。予感めいたものを感じて声を出さずにはいられなかった。
「グレイタル墓地だ。マスター達が行ったのもグレイタル墓地だったね」
「グレイタル墓地に何かあるってこと?」
正吾の回答に未来が口を挟んだ。
「いや、そこまでは分からない。ただ、昨日、グレイタル墓地に行った人が帰ってきていないっていう共通点があるってことくらいしか分からない。それに、僕の知り合いはそれ程多いわけじゃないしね。ヴォルフ村にいた頃に知り合った人から聞いて得た情報だ」
現実世界がゲーム化浸食を受ける前の友人や家族はほとんどどこい行ったか分からなくなっている。並行世界に行っているという説明以外に情報はない。そのため、全員がほぼ初対面の状態からスタートするため、誰も広い人脈を持ってはいなかった。
「バージョンアップ……」
何かに気が付いた真が呟いた。
「そう、僕もそれが原因だと思っている」
正吾が真の呟きにうなずき、応えた。
「昨日のバージョンアップって何があったっけ?」
未来が隣の恭介の顔を見ながら言ってきた。
「お前なんで覚えてないんだよ! 昨日のことだろうが! ええとだな……バージョンアップの内容はだな、なんかギルドのなんかがあっただろ。」
恭介もあまり覚えていない。そもそもこの二人はちゃんと案内を見ているのかどうかも怪しい。
「ギルドに加入したら支援が受けられることと、一部のモンスターの行動が変わったことと、新しいダンジョンができたことです。それくらい、ちゃんと覚えててください」
美月が説教するように未来と恭介に説明した。
「昨日のバージョンアップで変更された、一部のモンスターの行動っていうのが、僕は気になっている」
恭介と未来は置いておいて、正吾が話を進めてきた。
「その一部っていうのが、グレイタル墓地にいるモンスターのことで、そのモンスターの行動が変わったことで、何かしらの問題が発生して、戻ってきていないと……」
真が正吾の後に続いて意見を述べた。バージョンアップの案内では一部のモンスターの行動を変更したとだけしか書かれていない。具体的にどのモンスターがどのような行動を取るようになったのかは一切不明だ。
「その可能性は十分にあると思う。ただの推測でしかないけどね。今のところ、他に考えられる要因は見当たらない」
「それじゃあ、マスター達は今もグレイタル墓地にいるっていうことですか……?」
美月の表情に不安の色が入ってくる。今の話を聞いてどうしても楽観的に考えることはできない。
「今もいるかどうかは分からない。だけど、マスター達だけでなく、他のギルドの行方が分からない人も、まだグレイタル墓地にいる可能性はあると思っている」
「おい、正吾! マスター達は無事なのか?」
話を聞いていた恭介が思わず立ち上がって声を上げた。
「僕にそれは分からないよ。ただ、危ない状況にあるんじゃないかっていうことは想像がつく。だから、今からでもグレイタル墓地に行こうと思っている。着くころには夜になっているけど、一刻の猶予もない状態かもしれない」
「分かった。そういうことなら俺も一緒に行くぜ!」
恭介がすぐさま名乗りを上げた。正吾も恭介が行くことを前提に話をしている。
「私も行きます!」
美月が続いて名乗りを上げた。夜にグレイタル墓地に行くなんてことはゾッとしないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「私も行くよ!」
未来も続いて声を上げた。ギルド内では最年少ということで色々可愛がってもらっているところがある。そんな人たちを見捨てるわけにはいかない。
「そういうことなんだ。真もしばらくグレイタル墓地には近づかない方がいい。何があるか分からないからね」
正吾が真にも話を聞いてもらった本当の理由はこれだった。正吾は知り合いのギルドのメンバーもグレイタル墓地に行ったまま帰って来ていないことを聞いた時から、バージョンアップのことを気にしていた。おそらくグレイタル墓地は今までのような安全な狩場ではなくなったという推測。だから、真にも近づかないように警告しておこうと思った。
「俺も行くよ」
話を聞いて真がそう答えた。正吾の言う通り、グレイタル墓地のモンスターの行動が変わったことが事件の原因だと思った。もしかしたら、誰かが犠牲になるかもしれない。その犠牲者が美月かもしれない。なら、自分も行った方が安全に事件を解決できるはずだ。
「えっ!? 真、いいの?」
美月が少し驚いて真の顔を見てきた。
「そうだよ、これは僕たちギルドの問題だから、部外者を巻き込むわけにはいかないよ」
正吾としても、身内の問題で真を危険に巻き込むことはできない。
「これはギルドだけの問題じゃないって最初に言ったのは正吾さんだろ? だったら、俺の問題でもあるよ。それに、ここまで話を聞いておいて、『はい、さよなら』とは言えないよ」
真がそう言うと、向かいで立ったままでいる恭介が思わず声を上げた。
「おおーー! ベルセルクはそうでなくちゃな! 損得勘定で動くわけじゃねえよな!」
両手の拳に力の入った恭介が熱弁する。数少ないベルセルクの同志として、真が言ったことに感銘を受けていた。
「真さんって女みたいな顔してるけど、男前なこと言うじゃない」
恭介の横に頬杖を突きながら座っている未来がニヤニヤしている。
「べ、別にそんなんじゃないよ!」
少し顔を赤くして真が抗弁した。
「でも、真も来てくれるならこちらとしてもありがたい。仲間が危険に晒されているかもしれない状況だ。真の申し出に甘えさせてもらうよ。巻き込んですまないが、よろしく頼む」
正吾はそう言うと丁寧に頭を下げた。
「巻き込んじゃってごめんね。でも、ありがとう」
隣に座っている美月も真に礼を言った。