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迷宮 Ⅳ

<スラッシュ>


真が踏み込んで大蜘蛛を袈裟斬りにする。その一撃で最後の一体となった大蜘蛛もなんなく倒した。


「ふぅ……これで終わりか?」


真が一息ついて周りを見渡す。どれだけの数の蜘蛛が押し寄せて来たのか。数える気にもならいくらいに大量の蜘蛛がなだれ込んできたが、どうやらすべて撃退できたみたいだ。


「ああ、これで終わりだろう。蜘蛛自体は大して強くはなかったが、ここまで数が多いと流石に嫌になるな」


真と一緒に前方の蜘蛛処理をしていた姫子が嘆息する。一匹一匹は大きいだけの見掛け倒しだが、如何せん数が多かった。ほとんど真が蹴散らしたのだが、真の攻撃から漏れた蜘蛛は姫子が引き受けていた。


「余裕はあったみたいだけど?」


真が見ていた限りでは、蜘蛛に対しても勇猛果敢に姫子は応戦していた。それこそまだまだ余力があるように思える。


「あたしは蜘蛛が嫌いなんだよ」


「そういうところは女性らしい一面もあるんだな……」


「あぁん? てめえ喧嘩撃ってんのか? お前と違ってあたしはれっきとした女なんだよ! あと、年上には敬語を使え!」


姫子が眉間に皺を寄せて真を睨む。蜘蛛に大して平然と向かっていった真は確かに男らしいところがあるが、顔はまるっきり女だ。そんな男か女かよく分からない奴に『女性らしい一面』とか言われるのは釈然としない。そして、礼儀もなってない。


「は、はあ……すみません……」


ぽろっと出た一言だったが、姫子を怒らせてしまったようだ。口の利き方に関しても、先輩後輩の上下関係が嫌でずっと帰宅部だった真は敬語に馴染みがなかったのも姫子を怒らせた一因だろう。


「姫ー、こっちも終わりましたよー」


「コラ、悟! あたしを姫って呼ぶなって言ってるだろうが!」


今度は気安く姫と呼んでくる悟に対して苛立ちを向けた。


「おっと……ご立腹のようですね……」


「なんかいつも怒ってない?」


空気を読めない怖い者知らずはこいうことも平然と言ってくる。華凛の一言に美月と彩音は青ざめるがフォローのしようがない。


「姫はね虫が苦手なんだよ。特に足が多いやつはね。でも、そんな姿を見せられないから、相当我慢して戦ってたと思うよ。可愛らしいところもあるでしょ?」


どこか爽やかな笑みで悟が説明を加えた。完全に挑発しているようにも聞こえるが、そのおかげで姫子の敵対心は華凛ではなく悟に集中する。


「悟……いい度胸だ! 帰ったら覚悟しておけ! てめえの変態性癖でも嫌って言わせてやるよ!」


顔面を引きつらせながら姫子がすごむ。ただでさえ、大蜘蛛の相手をしてストレスをため込んでいるところに、悟が余計なことを言ってきた。ミッション中でなければ即座に処刑を執行しているところだ。


「あぁ、そういうのが欲しいんです……」


だが、悟にとっては悦びでしかない。結局のところ、姫子も悟の手中で踊らされているだけにすぎない。姫子もそれが分かっているが、苛立ちを抑えられないのだ。


「うわ……、引くわ……」


あえて姫子を怒らせて悦んでいる悟を見て翼も引いていた。


「翼でも引くって……相当だな……」


真は赤黒い髪をかき上げて嘆息する。翼は大抵のことは受け入れる方だ。ゲーム化した世界の異常な状況でも順応するのが早かった。その翼が悟に引いている。思えば、悟の性癖が露見した時から翼は引いていたようだった。


「あ、あの……。とりあえず、先に進みません?」


他の女子同様、悟の言動にドン引きしている美月が、話を逸らす目的も兼ねて進むことを提案した。ここで、茶番を繰り広げていても得をするのは悟だけだ。


「チッ……行くぞ。もたもたするな!」


姫子は悟に対して言い足りないが、ドMの悟に対して罵詈雑言をぶつけたところで意味がない。それこそ不毛なやりとりに無駄なエネルギーを消費してしまう。苛立ちは治まらないが、ここは前に進むしかない。


これ以上姫子を怒らせるわけにはいかないと各自が判断してすぐに歩き出したのだが、


「あれ? 皆さんどうして僕から離れるんですか? 隊列は前のままでいいんじゃないですかー?」


隊列の後方にいた女性陣が全員、前方まで来ていた。そのため、隊列の後方を任されていた悟とは距離が空いている。


「…………」


悟の呼びかけに答える者はいない。


「おい、お前ら。隊列を崩すな! こんなに固まってたら歩きにくいだろうが!」


姫子が苛立って声を上げた。ただでさえ、狭い下水道の通路だ。そこに何人もが団子状になったいてら歩きにくくて仕方がない。


「そうだよー。姫も怒ってるんだからさー。ここはちゃんと隊列を組み直そうよー」


少し離れたところから悟が言ってきた。ニヤニヤとしながら言っていることは振り返らなくても声から察知することができた。


「…………」


だが、女性陣は応えない。黙って歩いている。


「おい、聞こえなかったのか! 隊列を戻せって言ってるんだよ!」


再度、姫子が苛立った声を上げる。一度で言うことを聞かないやつは腹が立つ。


「わ、私はアサシンだからさ……前にいないとさ……なにかと不便じゃない。前衛職だし!」


返事をしたのは咲良だった。職業から敵に近づく必要があるアサシンは、敵を見つけたらすぐに近寄る前方に居た方が都合がいい。


「私も、ほら、さっきまで前方に居たでしょ! エンハンサーって支援スキルを前衛に届けないといけないから、前に居ないといけないのよね!」


椿姫はなにやら必死になって訴えてきた。元から前衛と一緒に戦うつもりで前の方に来ていたのだが、エンハンサーは絶対に前に行かないといけないということはない。後衛に対しても支援スキルを使う必要があるので本来は中央にいるべきだが、それは言わない。


「そ、それじゃあ……私は中央に戻りますね……」


美月は非戦闘職であるため、敵の襲撃から一番守られている隊列の中央にいたのだが、今は前方まで来ている。姫子が怒っている以上、元の隊列に戻らないといけない。それでも、悟との距離は空いている方なので我慢できる。


「私も美月と一緒にいたから、中央に戻るね!」


「翼は後ろでもいいじゃない!」


中央に行こうとした翼に対して、すかさず華凛が物言いをつける。遠距離攻撃に特化したスナイパーが隊列の後方に行くのは自然なことだ。


「華凛! あんた私を巻き込むつもりね!」


「そのつもりよ!」


「開き直ったわね華凛……」


あまりにも清々と言い切った華凛に対して、翼は逆に何も言えなくなってしまう。


「僕のために争うなんて止めてくれよー」


悟のニヤケタ声が聞こえてくる。


「あなたが気持ち悪いから近寄りたくないんでしょうがーッ!」


これは言うまいと我慢をしていた華凛だが、悟の一言にとうとうキレてしまった。女性から『気持ち悪い』と言われることが悟にとって悦びになるため、逆効果なのは十分分かっているが、抑えきれるものではなかった。


「おい、悟もいい加減にしろよ! 椎名、八神。お前ら2人が後方に行け! 橘は中央だ」


このままでは埒が明かないので、姫子が独断で隊列を決めた。遠距離攻撃特化のスナイパーとソーサラーが後方に回るのは当然。サマナーは召喚する精霊の種類によって役割が変わる。水属性のウンディーネは支援にも回ることができるので中央だ。


「やった!」


「ええ……」


ぱあッと明るくなる華凛と落胆する翼。


「私……何も言ってないのに……」


そして、何も言っていないのに後方へ回される彩音。


「彩音はソーサラーなんだから仕方ないでしょ。私と一緒に来るのよ!」


「そうなるよね……」


諦観した彩音は翼と一緒に後方へと向かった。「ようこそ」と悟に歓迎されるも、ちっとも嬉しくない。


「俺が後ろに回ろうか?」


余計なことで揉めている女子連中を見ながら真が言った。


「蒼井君は……その、なんて言いうか……平気……なの?」


流石に悟のことを悪く言い過ぎるのは良くないと思いながらも、他に適切な言葉がないため、椿姫は言い淀んでいた。


「ああ、俺は男だからな。同じ男だし、ああいう変態に対しても女子らよりは耐性があるよ」


同じ男だからというよりは、アニメの動画に対するコメントでドMの発言はよくあるし、それを面白がって見ていたため、真は慣れていると言った方が適切かもしれない。


「なるほど……ドMの長髪男子とそれを受け入れる女顔の男子か……。あッ、これいいかもね……フフフッ……」


(そういえばこいつも別種の変態だった……)


真はどちらかと言えば椿姫の方が引く対象だ。男同士の色恋沙汰にご執心な腐女子という生物は真には理解できない。横にいる咲良も眉間に皺を寄せているが、頬を赤らめているのは椿姫に毒され始めているということだろうか。


「蒼井、お前は前にいろ。悟の戯言に付き合う必要はない」


ようやく隊列が整ったところなのに、真が後ろに下がるとなると、また一悶着起こりそうだったのでそれは姫子も許可しなかった。これ以上悟の茶番に付き合いたくはない。


「ああ、了解」


真が短く返事をした後は、しばらく歩き続けることになった。


出てくるモンスターも予想していた大ネズミや大蝙蝠。数は多いが、単体の強さは低く、特に障害になることもなく進んでいく。


地下の下水道は太陽が見えないため、時間の経過が分かりにくい。体内時計も狂ってしまう。それでも2時間ほど歩いただろうか。そこにはコンクリートでできた下水道を遮るようにして石造りの壁が現れた。


「……さて、どうしたもんか」


姫子が立ち止まり、訝し気な表情をする。現代地下建造物の中に突然現れた、古い石造りの壁。道はこの石造りの壁に阻まれているが、道がないわけではなかった。石造りの壁には木製の扉がある。


「この扉をくぐるんだろうな……」


真も姫子の横で目の前に現れた石造りの壁と扉を観察する。扉の両脇には松明が焚かれており、黄土色の石壁と灰色のコンクリートを照らしている。


下水道は真っ直ぐであり、道中で分かれ道はなかった。辿り着いた先にあるのは明らかに年代の違う石造りの壁と木製の扉。


「何かあるんでしょうね……」


咲良もじっと木製の扉を見ている。どう見てもゲームの世界の扉だ。そうなると当然、この扉の向こうに何らかの罠が仕掛けれていると考えていいだろう。


「そうだな、王城のおっさんも、迷宮には罠があるって言ってたからな」


姫子が王城で聞いたミッションの内容を思い返す。今までのミッションなら絶対に罠があるなんて言わなかったのだが、今回のミッションは事前に罠があることを教えてくれている。


「問題はどんな罠があるかってことだけど……、行くしかないよな……」


真はじっとゲーム化した世界の扉を見つめた。ワープさせられてから勘で進んできた道だが、ゲーム化の浸食を受けていることや先に進む扉があることから、どうやら正解のルートのようだ。だったら、進むしか選択肢はない。









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