ギルド Ⅲ
次の日の夕方。キスクの街の中心部にある広場には、今日の狩りの収穫を金に換えるために店に向かっている者、手に入れた金を何に使おうか考えている者、普段の生活通りに動いているNPC達。それぞれに目的があり、広場を往来している。
広場の中心には大きな像が立っていた。古代ギリシャ神話に出てきそうな筋肉質の青年が露出の多い鎧を纏い、手には槍を持っている。目線はまっすぐで、どこを見ているのかは分からないが、強い意志を持った目をしているように思われた。
真がいつものズール鉱山での狩りから帰ってきて、ストーンゴーレムから入手した鉱石を店に売ったあと、どこで食事を摂ろうか考えながら、とりあえず、街のどこにでも移動しやすい中心部の広場に来た。
赤い夕日が大きな像の影をさらに大きく伸ばしている。その足元には像を立てるための台座があり、階段状になっている形から、丁度人が腰かけるにはいい高さになっていた。真はとりあえず、そこに座ってどの店に行くか考えようと像に近づいていった。
「……」
真が像の下まで来ると、一人の少女が巨像の足元に座って、石畳の地面を見ていた。赤い夕陽が少女の茶色いミドルロングの髪を照らして奇麗な色に染めている。
「あれっ、美月?」
真が思わず声を出した。一カ月半ほど前にマール村で出会った少女、美月が巨像の台座に腰かけていたのだ。
「えっ……!?」
考え事をしているところに急に声をかけられた美月は一瞬驚いて誰に声をかけられたのか分からなかった。慌てて声の方に目をやると、暗い赤色をした髪の毛が夕日を受けて濃赤色に輝くショートカットの少女がいた。いや、女でないことは美月も知っている。急に声をかけられたことで驚き、一瞬思考が混乱してしまって男であることを失念してしまった。
「真!? えっ、真っ!?」
美月はかなり驚いた表情をしている。キスクの街で真に会うかもしれないとは思っていたが、この街にはかなり大勢の人が生活しており、方々から来た現実世界の人もほとんどがこちらに拠点を移してきている。そのため、マール村にいたころとは出会える確率が断然低かった。
「あ、ああ、久しぶり」
ここまで驚かせるつもりはなかったのだがと思ったが、真は気を取り直して挨拶をした。
「あ、うん。久しぶりだね。やっぱり真もこっちに来てたんだ」
「ああ、暫くこの街に滞在してるよ」
「そっか、でも真が無事でよかった。真が山砦の調査に行った後、結構心配してたんだよ」
「あぁ……、そうか、すまない。あれ以来、一度もマール村には戻ってなかったからな」
「ううん、いいよ。ねぇ、真……。ちょっと聞いてもいいかな?」
「ん? なんだ?」
「真は山砦のゴブリンが倒された後は、すぐにキスクの街に向かったってことなんだよね?」
「そ、そうだな。そうそう、すぐにキスクの街に向かったんだよ」
「ねぇ、誰がゴブリン達を倒したのか知ってる?」
美月が横に立っている真の顔をじっと見つめてきた。奇麗な顔立ちの少女にこうして一点に見つめられると思わず視線をそらしそうになる。だが、美月の目は真剣だった。ゴブリンに人が殺される光景を目の当たりにしている。トラウマになりかねない経験だったが、そのゴブリンを倒した人達のことを知りたいと思っていた。
「い、いや、ほら、俺はあれだったし、周辺の調査してたし。ゴブリンのリーダーを倒したところは見てないんだよ。」
もう一カ月半程前になるゴブリンの山砦に行く前に美月と出会った時の記憶を掘り起こす。山砦の周辺調査に行くと言ったことを思い出して何とか切り抜けることができた。
「そっか。それなら、キスクの街に着いた時には、ゴブリンを倒した人たちが先に来てたんだよね?」
「へっ……?」
真の口から思わず間の抜けた声が漏れた。ゴブリンのリーダーを倒したのは真であり、一番最初にキスクの街に到着したのも真だ。先にキスクの街に到着した人がいるはずがない。
「なんて言うのかな……ほ、ほら、ここって人が多いだろ。だから、誰が先に来た人なのかっていうのは分からなくてさ」
「あ、そうだよね……。私がここに来た時もすごく大勢の人が暮らしてたから。マール村とは規模が違うもんね……」
どうやらうまく誤魔化せたようだ。咄嗟についた嘘としては上出来だろう。別に美月のことを信用していないわけではないが、ゲームの特典でレベル100の最強装備だからゴブリンを余裕で倒せたとは言えない。美月は少し残念そうな顔をしているが仕方がない。
「美月はここで何してるんだ?」
話を変えたい真が美月に質問を投げた。それに、この質問は聞いてみようと思っていたことだ。
「ギルドの人を待ってるの」
「へぇ、ギルドに入ってるんだ」
「うん、それでね。何人か昨日から姿を見ない人がいてね……」
不安そうな顔で美月が答えた。
「そうなのか……。その人達が行きそうな場所に心当たりは?」
「昨日、午前中からグレイタル墓地に行ったのは分かってるんだけど……。昨日の晩にね、みんなで食事することになってたんだ。でも、全員集まらなくって……」
「それで心配になったと」
「うん。でも、まだ一日しか経ってないし、グレイタル墓地は前から何度も行ってる場所で、危険も少ないところだから、慌てて探さないといけないようなことでもないんじゃないかっていう意見もあって……」
「だから、ここでギルドの人たちの帰りを待ってると」
「うん、まぁ、それもあるけど、今連絡が付く人で、取りあえず街の中を探そうってことになったの。それで、私も街の中を探したんだけどね、見つからなくて。集合場所のここに戻ってきたの」
「そうか……」
真は何と声をかけていいのか迷っていた。『きっと大丈夫だよ』と言って美月が安心するのだろうか。真が言葉に詰まったところで、声をかけてくる人物がいた。
「美月ちゃん、そっちはどうだった? ん、その人、美月ちゃんの知り合い?」
声をかけてきたのは、真と同じく大剣を背負った男だった。ベルセルクの象徴である大剣。現実世界の人間がベルセルクを選ぶのは珍しく、真も大剣を背負う人はあまり見かけなかった。ベルセルクが少ない理由は単純。普通に考えて、狂戦士になりたいですか? と聞かれたら、いいえと答えるだろう。
そんな希少価値が高いかどうかは分からないが、ベルセルクの恭介が真の方に気が付いて美月に聞いてみた。
「あ、恭介さん。私の方はダメでした。あと、こっちは真。マール村にいた時の知り合いです」
「そっかぁ~。ん、で、何? 美少女二人で何話してたの?」
「恭介さんキモい……」
恭介が真と美月に話しかけていたところに、小柄なアサシンの少女が怪訝な表情で悪態を付いてきた。
「未来は相変わらず手厳しいねぇ」
恭介は悪びれもせずに、顔に皺を寄せて応えた。そんな恭介の後ろから別の男性が声をかけてきた。
「いや、今のは恭介が普通にキモイと思うよ」
重装鎧を着たパラディンの正吾だ。真面目な性格の彼は正反対の恭介となぜか馬が合っている。
「ええ~、正吾もひでぇなぁおい」
「ごめんね、こんな奴だけど悪い奴じゃないんだ。気分を悪くしたら謝るよ」
恭介の代わりに正吾が謝罪してきた。
「いや、まぁ。悪かった、なんて言うかさ、かわいい子見つけたらテンション上がっちゃうだろ?」
恭介も一応の謝罪はしてきたが、本当に反省をしているのかどうかは疑わしいところがある。それよりも。
「えっと……真なんだけどね……」
美月が少し言いにくそうにしている。
「俺は男なんだけど……」
真もどのタイミングでいいか分からなくなっていたところ、ちょうど隙ができたので差し込んでみた。
「ええぇぇーっ!? あんた男なの!? その顔で?」
真っ先に驚いたのは未来だった。初対面の人間だというのに遠慮がない。それを言えば恭介もそうだが、未来はどう見ても年下だ。
「えっ!? まじで!?」
恭介も未来につられて驚く。
「あの、重ね重ねすみません……」
正吾が平謝りで頭を下げる。正吾は何も悪くない。ただ、この三人の中で一番常識があるというだけだ。
「いや、いいよ。今に始まったことじゃないし。」
「ふふふ、そういえば私も最初は真のこと、女の人だって思ったもんね」
美月は可笑しくてクスクスと笑い出した。初めて真と美月が出会った時。美月は女性と話していると思い込んでいたことを思い出す。
「もう、いいよ。その話は……あの時も結構気まずかったんだからな」
「そうだねぇ」
美月もあの時は気まずい思いをしていたと思うが、こうして笑い話にできるところは真より神経が太いということだろうか。
「ごめん。思い出話のところ悪いんだけど。ちょっと良くない情報があるんだ」
真と美月の話を割って、真面目な顔で正吾が話をしてきた。その様子に全員の顔が締まる。そして、正吾は話を続けた。
「どうやら、行方不明になってるのは、僕たちのギルドのメンバーだけじゃないみたいなんだ」
「あ、俺は外した方がいいかな?」
部外者が立ち入る類の話ではない。真はそう判断して、この場を離れることを提案した。
「……いや、一緒に聞いてもらった方がいいかもしれない。これはギルドだけの話じゃないんだ。ここで立ち話もなんだから、どこか店に入って話をしよう」
正吾の提案には、そこにいる全員が賛成し、移動することになった。