一悶着 Ⅱ
「それが納得できないって言ってるんだけどねえ、あたしは!」
意見を変えようとしない総志を赤峰が睨み付ける。
「ミッションの成功率を上げるための有効な選択肢だ。ベルセルクが1人しか迷宮に入れない以上は、より強い者が行くのが当然だ」
赤峰の目を見て総志が答えた。睨み付けられている状態でも全く意に介していない。
「なあ、紫藤さん。さっきも話をしてたけど、今回のミッションは今までよりも危険なんだろ? 王城のおっさんも迷宮に罠が張り巡らされてるって言ったくらいだ。普段のミッションなら罠があるなんてこと絶対に言わないだろ! そこまで情報を出すくらい危ないんだぞ!」
「えッ!? 罠があることを教えてくれたのか!?」
姫子の言った内容に驚いた真が思わず声を上げた。ミッションをどこで受けていいのかという情報だけでなく、そのミッションに罠があることまで教えてくれている。
「そうだ。王城のおっさんの方から罠があるって言ってきたんだ。今までの経験上そんな親切なことは一度だってなかった。罠があることを知らされずに誘い込まれてきたんだ。それなのに教えてくれるってことは、要は罠があることを知っていても難しいミッションだってことだ。そんなミッションに紫藤さんの代わりで小娘を行かせるのか?」
「蒼井は小娘ではない」
「そんな問答をしたいわけじゃないんだよ! 未成年を危険なミッションに行かせて、紫藤さんは何とも思わないのか!? 危ないからこそあたしらが前に出ないといけないんじゃないのか?」
真のことを小娘と言った赤峰に対して総志は訂正を加えただけなのだが、赤峰からすれば、『蒼井真の力は小娘と呼ばれるようなものではない』と言い返してきたように聞こえている。だが、問題の本質はそこではなく、いくら強いと言っても未成年者をミッションに参加させることに疑問があるということだ。
「蒼井は今までにもミッションに参加してきている」
「それは聞いてる。だけど、今回のミッションは少人数限定だ。自分の身は自分で守らないといけない。いざという時は経験がものをいうんだ。単純な強さだけじゃない。今まで生きてきた経験が頼りなんだよ。紫藤さんも自衛隊での経験があるからここまで生きてこれたんじゃないのか?」
赤峰が一番不安に思っていることは“経験”だった。社会に出る前の守られて生きている人間にはないもの。若いから迂闊な行動を取る。何度も痛い経験をしてきた人間にしかない警戒心。それは世界がゲーム化したとしても通用することだった。
とはいえ、赤峰も人生の先達者からしてみればひよっこも同然。まだまだ若い方だ。それでも、成人しているし、社会経験もある。少なくとも未成年者にミッションを任せられるとは到底思えない。
「それについても蒼井なら問題ない。前回のミッションで共に行動をした俺が保証する」
「紫藤さんが来れば保証する必要もないだろ!」
真がミッションに行くことが最善であると判断する総志と、小娘がミッションに参加することに不安を持っている赤峰。話し合いは平行線のまま続いている。
「ええっと、ちょっといいですか?」
軽く手を上げたのは悟だった。隣でイライラしている赤峰がいるが、何故か顔はにこやかである。
「どうぞ」
総志が意見を述べる許可を与えた。若干興奮気味の赤峰よりは冷静に話ができそうな気がした。
「ありがとうございます。それでは、単刀直入に言います。蒼井真さんの実力を見せてください。危険なミッションであることは事前の情報から判明していることです。ですから、当方としても主要なメンバーを選出することになるでしょう。当然、そちらからも実力者を出していただきたい。まぁ、こっちが思っていたのは紫藤さんに出てきていただくっていうことなんですがね。それができないということであれば、我々を納得させるだけのものを見せていただきたい」
笑顔は崩さずに悟が流暢に話をした。悟が言っていることは要するに、『王龍』はトップメンバーを出すつもりでいるのに、『ライオンハート』は自分たち以外からメンバーを選出するのはいかがなものかということ。危険なことから身内を守りたいのは『王龍』だって同じなのだ。
「一応誤解のないようにしておきたいので言っておきますが、職業の人数制限がなければ紫藤がミッションに参加する予定でした」
悟の言っていることに対して時也が弁明をした。決して自分たちのギルドから主要メンバーを出したくないというわけではないということははっきりさせておきたい。
「ええ、まあ、それは理解しているつもりなんですがね」
変わらない笑顔で悟が返す。どうやら、悟が『王龍』の頭脳のようだ。直情型の赤峰はこういう駆け引きに弱い。だが、言っていることには筋が通っており、力もあるからギルドマスターとして前に立っているのだろう。それを悟が影で支えるという形だ。
「蒼井、それでいいか?」
話を聞いた総志が真に訊ねた。総志としてもここでこれ以上無駄な議論を繰り返すよりは、直接真の力を見て納得してもらう方がいい。
「……あぁ、そ、それはいいけど……。どうやって証明すればいい……?」
真としては総志の意見に賛成であった。ベルセルクの枠が1人しかないのだから、最強の真が行けばいい。だが、真の実力を知らない『王龍』からしてみれば、真の力を見ないことには納得できないというのも分かる。そうなると、今まで目立たないようにしてきた真としては、どこまで力を見せていいのか判断に迷うところであった。
「それについても僕に考えがあるんですがね。フルメタル ザガドはご存知ですか?」
待っていたと言わんばかりに悟が話し出した。
「確かミナン渓谷の奥に居る巨大なカニのNMだったか」
眼鏡の位置を調整しながら時也が言った。『ライオンハート』もNMの討伐は何度もやっている。それに、『ライオンハート』の情報網は広い。情報収集を主目的とした部隊も編成されており、『ライオンハート』の中で一番人数が多いのも、この情報収集部隊だ。情報の種類によってさらに部隊は細分化されており、各地のモンスターの情報を集めてくる部隊からフルメタル ザガドの情報は時也の耳にも入っている。
「そう、そのカニのNMです。『王龍』でも一度フルメタル ザガドの討伐をしたことがあるんですがね……。討伐することはできたんですが、あの堅牢な甲羅には苦戦させられまして……。それでも、手に入るアイテムは貴重な物ですので、近々討伐の予定があるんですよ」
大型のカニのNMフルメタル ザガド。その名前の通り、体を覆う甲羅は鉄のように硬い。しかも大きさは人の何倍もあり、さながら水辺の重戦車といったところ。物理攻撃に対して耐性を持っており、討伐するのには非常に時間がかかるため、人々からは倦厭されているNMだ。
「俺がそのNMを倒せばいいんだな?」
真はフルメタル ザガドのことは知らなかった。ミナン渓谷の奥地という、誰がそんなところに行くんだというような場所にいるNMであるため、人脈の狭い真が情報を持っているわけがなかった。現実世界のオンラインゲームではNMの情報は全て網羅していたが、インターネットが使えないリアルオンラインゲームでは知らないことの方が多かった。
「いや、決して一人で倒してくれとは言ってないんだよ。僕達の討伐メンバーに加わってもらって、蒼井さんの実力を測りたいだけだから」
真の口ぶりから、単独でフルメタル ザガドを倒しに行こうとしているよう聞こえた悟が慌てて修正を加えた。いくら強いと言っても、物理耐性があるNMを物理攻撃主体のベルセルクが1人でどうにかできるわけがない。それこそ、死んで来いと言っているようなものだ。流石にそこまで酷いことは言えない。
「あ、ああ、そう……だな。そうだよな。はははっ……。1人で行くわけがないよな」
1人で倒す気でいた真の方も慌てて修正を加えた。フルメタル ザガドは知らないNMだが、余裕で倒せるだろう。ただ、普通に考えれば突飛容姿もないことであり、理不尽極まりない無理難題なのだ。お互いの感覚が大きくズレていることを真は理解した。
「そんなこと言うわけねえだろ! 考えなくてもそれくらい分れ!」
天然ボケなのか、単に頭が弱いだけなのか分からないが、これだから世間知らずの小娘は困る。そう思いながら赤峰が怒鳴った。
「あ、はあ……、すみません……」
威圧的な赤峰に対して真は謝るしかなかった。元ヤンキーなのだろうか? 真はそんなことを思っていた。もし、赤峰が元ヤンキーであるとすると真にとっては一番苦手な人種ということになる。
「別にあたしはお前のことを認めないとは言ってないんだよ。危ないことだってのを分かってんのかっていうことだ。お前のせいで誰かが犠牲になることだってあるんだぞ!」
「それは、分かってる……」
赤峰の言葉が真の胸にズキッと刺さる。『お前のせいで誰かが犠牲になることだってある』。赤峰が知っていてこの言葉を出したわけではないのだろうが、それでも、真が今生きているのは誰かが犠牲になったからだ。
「そうか……。それなら、ザガドの討伐ではあたしらの指示に従ってもらうからな。その中であたしが判断する。いいな?」
真の顔つきが変わったことに気が付いた赤峰は態度を変えて話をしてきた。どうやら試す価値はありそうだなと直感したのだ。
「ああ、それで構わない」
真はすぐに返答した。赤峰という女性は真にとって苦手な人種ではあるが、言っていることの筋は通っているし、真のことも真剣に考えてくれているのは分かったため、素直に従う意志を示した。