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氷の精霊 Ⅲ

状況はすぐさま理解できた。真の頭の上にルフィールが出していた青い光球がある。これが爆発し、巻き込まれると氷の像にされる。だが、よく見るとまったく同じというわけでない。大きさはこちらの方が小さく、ルフィールの光球にはなかった魔法陣のような模様が浮かんでいる。


そんな細かな違いに気が付いたところで問題は何も解決しない。


(どうする……ッ!? どうする……ッ!? 遵守を解除されてから動いて間に合うのか……?)


真の思考はパニック状態になりかけていた。シルディアは“足を止める”ことを遵守しろと言っている。ここで回避行動を取ればそれは遵守したことにはならず、氷の像に変えられるだろう。だが、回避行動を取らなければ青い光球によって同じく氷の像に変えられる。


となれば、選択肢は遵守が解除された瞬間に回避行動を取って青い光球の爆発から逃れること。問題はそれが間に合うのかどうか。


だが、シルディアはまだ遵守を解除してこない。青い光球をじっと見つめる真の目にも焦りの色が出ている。


そして、青い光球が一際強く輝きを発した時だった。


「うおおおおおおおおーーーーーッ!!!!」


けたたましい声と共に晃生が真の方へと走ってきた。激突するかのように真に飛びついて、頭上にある青い光球から真を突き離した。


「剣崎さんッ!?」


驚愕の目で晃生を見ながら真が叫んだ。その声とほぼ同時、青い光球の真下から湧き上がるようにして白い光が溢れ出した。ルフィールの時は爆発四散したが、シルディアの場合は青玉を中心とした光の柱が噴出している。その直径は1メートルほど。完全に真一人を狙った攻撃だった。


晃生が真に飛びかかったおかげで、二人とも青い光球の攻撃を回避することができた。だが、


「剣崎さんッ!? なんでッ!?」


言いたいことはある。あるのだが、突然のことに頭が回らない。どうしてこんなことをしたのか。この後自分がどうなるのか分かっているのか。真の思いはこの後やってくる凄惨な事実を前にして掻き回されていた。


「蒼井ッ! この世界を元に戻せ! いいか、必ず戻せ! それができるのはお前だけだ!」


晃生は真の肩を強く掴むと、目を見て口早に叫んだ。もう残されている時間は秒単位だろう。それが分かっているから言わなければいけないことを最優先に言う。


晃生はこの世界を元に戻せるのは紫藤総志だと思っていた。実力、カリスマ性、頭の良さ、度胸、決断力。全てにおいて紫藤総志に勝てる人間はいない。だからこそ、『ライオンハート』を立あげる時に総志にマスターの座を譲り、サブマスターを時也にした。自分はこの若い二人をサポートするのだと決めた。


そう思っていたが、ここに来てより一層強い光を見た。カリスマ性や重要なことへの決断力は総志の方が圧倒的に上だが、頭の良さと度胸は総志に並ぶ。そして、何より持っている力が桁外れに違う。蒼井真という光を見た。こいつは理解の範疇を越え過ぎている。それに命を懸けたのだ。


「ジュンシュニソムクモノニバツヲ」


「蒼井ッ! 頼ん――」


シルディアの声が冷たく響くと、瞬く間に晃生は氷の像へとその姿を変えた。もう、何も言わない、何も感じない。人の温もりはなく、人であったという証はその形状のみとなった。


「あぁ…………」


声だけが嗚咽のように漏れてくる。昨日の夜、晃生が真に言ってくれた言葉が脳裏を過った。『いっぱしの男の顔になってるな』。その言葉が嬉しかった。今まで生きてきた中で一人の男として認めてもらえたことはこれが初めてだった。


強い者への憧れ。それは真が抱いているコンプレックスに他ならない。自分にはないものを求めて憧れを抱く。強く逞しい一人前の男。でも、そうはなれなかった。ゲームに逃げて現実から目を逸らしてきた。ゲームの中だけでも理想の自分でいたかった。


そんな真を一人前の男であると認めてくれた仲間が氷の塊にされた。


「ジュンシュコレヲトク」


シルディアがもう一度温度の無い声を響かせた。これで遵守事項は解かれた。もう足を止める必要ない。自由に動けるのだ。


「クダケロ」


そう言うとシルディアはスッと右手を晃生だった氷の像へと向ける。これはさっきも見せられた光景だ。シルディアは巨大な氷の槍で氷像にされた者を砕くのだ。


「させるかーッ!!!」


喉が裂けんばかりの叫び声を上げて真がシルディアの正面に立つ。氷の像にされた晃生を守るために、伸びてくる巨大な氷の槍を真っ向から受け止めるためにシルディアと晃生の間で大剣を構えた。


ガシャンッ!


次の瞬間、真のすぐ背後で何かが砕け散る音が聞こえてきた。


「ッ!?」


咄嗟に振り返るとそこには地面から突き出でている大きな氷の槍があり、晃生の氷像はその地面から突き出た槍でバラバラに砕けていた。


「――ッ!?」


声も出てこなかった。またもやパターンを変えてこられた。シルディアから直線状に伸びる巨大な槍が来ると思い込まされていた。だが、実際にしてきた攻撃は地面から突き出す氷の槍。思えば最初の禁忌を破った者は、禁忌が解除される前に壊されていた。今回は遵守を解かれた後に氷像を壊しに来た。パターンが違うという予兆はあったのだ。あったのだが、分かるわけがない。


「け、剣崎さんッ!? そんな……剣崎さんが……」


『ライオンハート』のメンバーも声を上げていた。剣崎晃生は『ライオンハート』の中でも精鋭中の精鋭だ。若いリーダー二人を支える役目を担っていた。総志が『ライオンハート』の象徴だとすれば、晃生は土台。面倒見のいい晃生はギルドを支える基盤だったのだ。


「てめぇ……よくも……よくもやってくれたな……ッ!」


真は歯が砕けるのではないかというほど強く食いしばった。激しい怒りとともに目の前の敵を睨み付けた。人の命を使って遊んでいるように見えた。攻撃のパターンを変えてくるのも、こちらを翻弄して嘲笑っているように見えた。もしかしたら助けられるかもしれないという儚い希望を見せてから、すぐにそれを打ち砕く。許せるものではなかった。


<ルナシーハウル>


真の身体全体から赤黒いルーン文字が現れる。それは怒りに燃え盛る炎のように真の全身を包み、オーラを一気に解き放った。


ベルセルクの自己強化スキルであるルナシーハウルは一時的に攻撃力とクリティカルヒット率を上げる代わりに防御力と生命力を低下させる。同じく攻撃力を上げるバーサーカーソウルと重複して使用することによってさらに強力な攻撃力を手にすることができるが、その分リスクも跳ね上がる。自らの危険を顧みずに敵を倒すことだけに傾倒する狂戦士のスキルだ。


「アアアアアアアアアアーーーーーーッ!!!」


発狂したかのような声を上げて真がシルディアに斬りかかっていく。シルディアも真に向けて氷の槍を突き出してくるが、今の真にはそんな攻撃に構っていられない。一心不乱に攻撃スキルを叩き込んでいく。


スラッシュから始まる連続攻撃スキル。シャープストライクにルインブレード。ルインブレードは高い攻撃力だけでなく、敵の防御力を下げる効果もある非常に強力な攻撃スキルだ。


「ここでかたを付けるぞッ! これ以上犠牲を出すなッ!」


総志も声を張り上げた。世界がこんなゲームみたいになってからだが、総志と晃生の付き合いは長い。『ライオンハート』の初期メンバーで、ギルド立ち上げを提案したのも晃生だ。最強最大のギルドにまで成長できたのは晃生の支えなくしてはない。


遠距離からはソーサラーにサマナー、スナイパーの強力な攻撃に加えて、ビショップとエンハンサーも攻撃を加える。近距離からはアサシンとベルセルク、サマナーの召喚したサラマンダーが攻撃。パラディンとダークナイトも防御を捨てて攻撃一辺倒に回っている。


「ケガレタウジムシドモガ! オソレヲシラヌオロカモノドモガ!」


シルディアの声に熱が入っていた。今までと違い、怒りや焦りといった感情がその声には見える。そうして、再び中空へと浮かび上がろうとしていた。また、あの攻撃をしてくるのだろう。“禁忌”か“遵守”か。はたまた別の何かを指示してくるのか。


「これ以上やらせるわけにはいかねえんだよッ!!!」


<イラプションブレイク>


真は構えた剣持って跳躍すると、シルディアごと巻き込むようにして氷の地面に大剣を叩きつけた。大剣が突きつけられた地面にいは四方八方にひびが走り、その隙間から溢れ出すようにして紅蓮のマグマが噴出した。まるで大地が怒りを爆発させたように、灼熱の赤が轟音と共にシルディアを飲み込んだ。


「アアアァァガァァアァキィイイヤァァァァッ!?」


地獄の業火に抱かれた氷の精霊はガラスを擦り合わせたような不快な金切り声を上げた。シルディアは両手で顔を覆い、悶え苦しんでいる。やがて、奇麗な白い体はボロボロと崩れ落ちていき、憎悪に顔を歪ませながら消滅していった。












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