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氷の精霊 Ⅰ

「何……これ……ッ!?」


引きつった声を漏らしたのは美月だった。青い光球の爆発の後に残されていたのは二体の氷像。姿形はついさっきまで一緒に戦っていた『ライオンハート』の二名だ。だが、完全に氷でできた像となっている。人間をそのまま凍らしたのではない。氷から人間の形を作った氷像になっている。


一寸違わず精巧に作られた氷像。色は氷の色一色。血の通った肌の色も、力の籠った黒い瞳も何もないただの氷。


「グアアアアアアーーーーーー!!!」


起きた事象に対して唖然としていた数秒の間にルフィールは氷像目がけて飛びかかって行った。


ガシャンッ! と氷が砕ける音が響く。ルフィールが鋭い爪を突き立てて氷像を殴打すると、いとも簡単に砕け散ったのだ。


「ど、ど、どいうこと……なの? どいうことなの……? なんで……氷に……」


華凛の声は震えていた。何か青い光が爆発したと思ったら、氷でできた人の像が二体現れたいた。それを大きな狼が壊した。


「そ、そんな…………」


彩音も口元が震えて言葉に詰まっていた。状況を理解してしまったため恐怖で思考が掻き回される。


「青い玉だ! 青い玉を発見したらすぐに大声を上げてその場から逃げろ! 爆発に巻き込まれたら氷にされるぞ!」


まくし立てるようにして総志が声を張り上げた。一瞬の出来事にまだ理解が追いついていない者もいるようだが、いちいち説明をしている暇はない。かなり動揺が広がっているのもそうだ。落ち着かせる時間がない。総志が今できることは大きな声を張り上げて、自分をアピールすること。的確に指示を出して旗印ともなる。精神的な支柱になることが今の状況では最優先だ。


「遠吠えだ! 遠吠えがきたら青玉もくる!」


真も声を張り上げた。青い光球が現れる前にルフィールが遠吠えをした。あの遠吠えで青い光球が現れるのだ。


(初見殺しだが予兆はあるんだ……。大丈夫、皆も仕掛けは理解したはずだ)


最初の一発目こそ意味が分からず回避ができなくて犠牲者が出てしまったが、注意をしていれば当たる様なものではない。


(でも……当たれば即死か……)


氷像にされた後、すぐさまルフィールが氷像を壊しにきた。この手の攻撃はレベルが100であろうが、装備が最強であろうが問答無用で効果が発揮されるだろう。となれば、真であってもワンミス即ゲームオーバー。


エル・アーシアのミッションでミーナスと戦った時にも、カエルにされた後喰われるという攻撃があった。あの時は食べられる前にミーナスを倒せばカエル状態を解除できたが、今回はどうなのだろうか。ただ、一つだけ言えるのは、ルフィールを倒して氷像状態を解除できたとしても、壊されるまでの時間はほんの数秒しかない。その数秒の間にルフィールを倒し切れる可能性を持っているのは真だけだ。だから、真は氷像にされた時点でアウトということになる。


「全力で狼を倒せ! こいつがいる限りまた氷にされるぞッ!」


総志が叫び、指示を飛ばす。同じ攻撃を何度も仕掛けてくるだろう。こんな危険な攻撃をしてくる奴をいつまでも自由にさせるわけにはいかない。迅速に処理をする必要がある。


総志の号令が出ると一斉に攻撃が開始された。驟雨のような激しいスキルの応酬がルフィールの巨体へと降り注いでいく。


それでもルフィールは平然として真に向かって攻撃を仕掛けていき、真もこれに応戦。その間にもシルディアの攻撃は止まることなく、真を狙って氷の槍が襲い掛かってくる。狙いは完全に真一人だ。


「敵は蒼井が抑えてくれている! ビショップもエンハンサーも攻撃に回れ!」


総志がさらに声を上げて指示を飛ばした。ビショップもエンハンサーも支援職であるため、攻撃には向いていないのだが、まるで攻撃ができないわけではない。数こそ少ないが攻撃用のスキルがある。人数が多くなればその攻撃も大きなダメージとなるのだ。


「くそッ! まだ倒れないのか!」


真だけでなく『ライオンハート』の各部隊と『フォーチュンキャット』のメンバーも全力で攻撃をしているが、ルフィールはまだ倒れない。そんな時だった。ほぼ放置されている状態のシルディアが突然高く浮かび上がった。


(ッ!? なんだ!?)


それにいち早く気が付いてのは真だ。シルディアが攻撃の手を止めて数メートルの高さまで浮かび上がっている。


「気をつけろ! 精霊の方が何かしてくるぞッ!」


咄嗟に真が声を上げた。何をしてくるのはかはさっぱり分からない。だが、今でにない行動を取っているのと、高く浮かび上がっている様子から、おそらく広範囲に及ぶ攻撃を仕掛けてくるのではないかと予想ができた。


「ダイチヨコオレ」


シルディアが地面に向けて手を翳し光を放った。それと同時、


「アオーーーーーーーン!!!」


再度、ルフィールの遠吠えが氷の洞窟内に響いた。


「遠吠えだ! 青玉に気を付けろ!」


ルフィールの遠吠えも掻き消すほどの声量で総志が叫んだ。シルディアの方も何か仕掛けてくるようだが、確定している青玉の方も危険だ。どちらも看過することはできない。


「こっちです! 青玉はこっちにあります!」


「うわッ!? 地面が!?」


青い光球が出現するのと同時に地面が真っ白に凍り付いた。元々青い色の氷でできた地面であったが滑ることはなかった。だが、精霊が放った光で白一色に変色。そして、突然地面が滑るようになった。


「ッ!? こ、こっちも青玉がッ!? うあああああーーーーー!?」


青い光球を発見して四方八方に距離を取っていったが、青い光球は一つだけではなかった。運悪く逃げた先にもう一つの青い光球があり、引き返そうとした時だった。凍り付いて滑る地面での急激な方向転換は足を容易く取ってしまう。勢いあまってそのまま大きく転倒したアサシンの男はなす術もなく青い光球の爆発に巻き込まれた。


「なんてことだ! ちくしょうッ!」


晃生が怒鳴る様に声を荒げる。氷の洞窟に行くにあたって、氷で地面が滑る罠があることは想定済みだった。ベタすぎるという意見もあったが、シンプルで厄介な罠だ。晃生は絶対に仕掛けてくると思っていた罠だ。


絶対にあると分かっていた罠に嵌められた。こんな合わせ技をしてくるとは想像もつかなかったが、それでも予測済みの罠で仲間を失ってしまったことに憤りを感じずにはいられない。


倒れた姿のまま氷像にされたアサシンの男に向かってルフィールが飛びかかると、繊細なガラス細工のように砕け散った。


そこで、シルディアが下りてくると地面の色が元の青色に戻り、滑ることもなくなった。


(いきなりパターンを変えてきやがった……)


真が心中で毒づく。攻撃パターンを変えてくるのはボス格の敵であるのなら当然のことなのだが、次の攻撃で、もうパターンが違うとなると対応のが難しい。


(次も何をしてくるか分からないってことか……)


狼が爪や牙で攻撃してくることは予測できても、狼が遠吠えを上げたら青い光球が出て爆発し、その爆発に巻き込まれたら氷にされて即死します。なんてことは誰も予測できない。


「攻撃に集中しろッ! 次を撃たせるなッ!」


再び動揺が走る中、総志が声を大きく轟かせる。


「は、はいッ!」


その声で我に返ったように止まっていた攻撃が再開される。真も総志も『ライオンハート』のメンバーも『フォーチュンキャット』のメンバーも一心不乱に攻撃を重ねていく。もう一度、遠吠えがきたらまた犠牲者が出る。それはどうしても避けたい。


<スラッシュ>


真も力いっぱい踏み込んで斬撃を加える。次の攻撃がどんなものになるのか。考えたところで正解が出るわけいではない。だったら、今は攻撃に集中するしかない。


<パワースラスト>


踏み込んだ体勢からそのまま大剣を引き戻し、全力で突きを押し通す。パワースラストはスラッシュから派生する連続攻撃スキルの一つ。


<ライオットバースト>


真の大剣がルフィールの巨体に突き刺さると、大剣全体が光を放った。体内へと突きつけられた刃から発生する破裂の衝撃がルフィールに甚大なダメージを与える。


ライオットバーストはスラッシュから派生するベルセルクの連続攻撃スキルの3段目。攻撃時に与えるダメージに加えて、その後もしばらく継続的にダメージを与え続けることができるスキルだ。


「ガァッ…………」


その一撃が最後となった。大きく口を開けたルフィールは吼えることもできずに、絞り出すような声を漏らしてその場に倒れ込んだ。


「よしッ! 狼の方は始末できた! 残りは精霊だけだ!」


倒れ込んだルフィールの姿を見た総志が声高らかに次の指示を飛ばす。一番の脅威であった青い光球はこれで封じることができる。


「おおおおーーーーッ!」


総志の声に呼応して『ライオンハート』の精鋭部隊が雄叫びを上げ、すぐに大精霊シルディアへ向けて攻撃を開始した。


ルフィールの時と同様にシルディアの狙いは真に一点集中してブレない。だが、これは好都合。伸びてくる巨大な氷の槍を真が受け持ってくれるおかげで、反対側に居る他の仲間には槍の矛先が向かないのだ。


「オロカモノドモメ」


シルディアの呟きを聞いたのは真だけだった。感情の籠っていない声は何を言っているのか分かりにくい。まるで機械が読み上げているようだが、『愚か者どもめ』と言ったのだろう。


シルディアはそう言うと再び中空へと上がって行った。高さは先ほどと同じ数メートルの高さ。近距離戦闘職の直接攻撃は届かない高さだ。


「キンキコエヲアゲル」


注意喚起をしようとした真だったが、シルディアの声を聞いて咄嗟に口を塞いだ。


「気を付けろ! 地面が凍るぞッ!」


声を張り上げたのは『ライオンハート』の第二部隊の一人。パラディンの男だ。第二部隊ではリーダー的な存在であり、第三部隊の指揮もしたことがある。そんな男だからこそ、ここで注意を促すために声を上げたのだ。


「待って! 何か違う!」


続けて声を上げたのは同じく『ライオンハート』の第二部隊の一人。エンハンサーの女だ。前にシルディアが中空に浮いた時は地面に手を翳して光を放ったが、今は違う。両手を広げてこちらを見下すようにしている。


(くっそ……ダメだ……もう手遅れだ……)


真が歯を食いしばってパラディンの男とエンハンサーの女を見る。本当は大声で怒鳴りたい。なんて馬鹿なことをしたんだと。だが、言えない。言えばどうなるのかまだ分からないから。


「えッ? なに?」


声を上げたエンハンサーの女は周りが自分を見て驚愕の表情を浮かべていることに気が付いた。何故、自分はこんなにも注目を集めてしまっているのだろうか。それが分からず、ただ漠然とした不安だけが残る。


「キンキニフレタモノニバツヲ」


シルディアの声がこだましたその瞬間だった。声を上げたパラディンの男とエンハンサーの女は一瞬で氷の像へと変えられた。






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