ギルド Ⅱ
1
真は午前中からキスクの街を出てズール鉱山に来ていた。人気の狩場であるグレイタル墓地に比べて、ズール鉱山に生息するモンスターは、小型とはいえ硬いストーンゴーレムに素早い動きで集団で襲ってくる大蝙蝠。毒を持った蛇や百足までおり、長い時間をかけて掘り進められたと思わる鉱山の内部はまるで迷路のようになっていた。そのため、安全に狩りのできるグレイタル墓地があるのに、わざわざこんな鉱山にまで足を運ぶ者はいなかった。
だが、レベル100の最強装備をしたベルセルクである真にとっては、人の少ない穴場であった。特にストーンゴーレムは数こそ少ないが、そこそこの値段で売れる鉱石を落とす。いくらストーンゴーレムが物理攻撃に耐性を持っていようが、真の一撃に耐えられるほどの強靭さはなかった。
そのため、棄てられてから相当な時間が経過したと思われるズール鉱山が真の主要な狩場となっていたのだ。
― 皆様『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―
鉱山の中央辺りまで潜っていたところに例の声が聞こえてきた。二カ月近く前に現実の世界をゲーム化による浸食を告げた声。
(鉱山の中まで聞こえてくるのかよ……)
金属や希少な鉱石を採掘する鉱山。中世ファンタジーの世界でも武具を作るための材料として鉱物を使用する。その鉱物を採掘するために、山の中のをアリの巣のように掘り進められているため、中に入ってしまうと、外の世界とは隔絶されたかのように思えてくる。
そんな、鉱山の中にまで例の声が聞こえてきた。空から声が発せられているのであれば、鉱山の中まで潜っている場所に音が伝わるわけはない。どういった仕組みになっているのか理解できないが、とにかく、鉱山の中でもその声は聞こえてきた。
【メッセージが届きました】
(だから、もっと速い段階で告知をしろよ……)
真は何の情報もないまま、突然バージョンアップをしてくることに、半ば諦めた表情で濃赤色よりも暗い髪の毛をかき上げた。そして、目の前に浮かぶレターに手を差し伸べる。
【バージョンアップ案内。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたしました。バージョンアップの内容は以下の通りです。
1 ギルドに加入することで若干の支援効果を受けることができるようになりました。
2 一部モンスターの行動を変更しました。
3 新しいダンジョンを追加しました】
通知の内容は以上だった。
(だからっ、情報が少なすぎるんだって!)
1については、若干であっても、どんな支援効果があるのか教えてほしい。だが、ギルドに加入することを推奨するバージョンアップであることに違いはない。まだまだギルドは設立し始めたばかりであり、それ程多くのギルドが存在するわけではない。このバージョンアップでギルドの活動が活発になることは良いことだと真は思った。
(まぁ、俺が入れるギルドがあるかどうかっていうのは別問題か……)
レベル100のベルセルク。しかも最強装備。今は、装備外見変更スクロールを使って、キスクの街で新調したレザーメイルとアイアングレートソードの見た目に変更しているが、ギルドで狩りに行けば真が異質であることはすぐにばれる。そういうことを考えて、真はギルドに入ることを躊躇っていた。
(2は特に意味不明すぎるな)
2の内容からでは、どのモンスターの行動がどのように変わったのか全く分からない。だが、3のダンジョンについてはある程度範囲は絞られる。行ける範囲はキスクの街の周辺までであり、それ以上は封鎖されており、進むことができない。
(そうなると、また探索しないといけなくなるのか)
真がキスクの街に来てからまずやったことは周辺地域の探索。その結果、現状で行ける範囲はキスクの街の周辺までということが判明した。バージョンアップの内容を見る限りでは、新しく行ける場所が開放されたとは書かれていないので、おそらく、キスクの街から行ける場所に新たなダンジョンができたということだろう。
(毎回、こんなバージョンアップ案内になるのか?)
今後、どれだけのバージョンアップが実施されるかは想像もつかない。だが、不親切極まりない案内に今後も振り回されることになるのではという懸念だけは、確たるものとして実感できた。
2
夜になってもキスクの街は賑やかだった。酒場が何件かあることがその大きな理由だ。マール村にも酒場はあったが、一軒だけであり、しかも店は狭く、営業時間も短いため早々に店を閉めてしまう。その点、キスクの街の酒場は競争原理が働いている分、質やサービスが村とはレベルが違った。
そんな夜のキスクの街でも一番大きな酒場、『クレセントムーン』の向かい側にある木に二人の少女がもたれて立っている。
酒だけでなく、料理にも定評のある『クレセントムーン』はいつも大勢の客で賑わっており、酒場の窓からこぼれてくるいくつものランプの明かりが、少し離れた木まで届き、光量としては申し分なかった。
「ねぇ、美月さん、もう先に入りましょうよー」
皮の軽装鎧を着た少女が子供のように口を尖らせて、隣にいる少女に声をかけた。少女の名前は白岩 未来。職業はアサシンだ。彼女がアサシンを選んだ理由は特にない。アサシンという単語を聞いたことがあるから。意味はよく知らない。
「う~ん、確かに遅いわねぇ。マスター達どうしたのかしらね?」
白地の地味なローブを纏ったビショップの美月が返事を返す。今日はギルド『ストレングス』のメンバーで食事をすることになっていた。参加者はギルドメンバーの8人。その中の一人が美月だ。ギルドは設立したばかりで、人数はまだ8人しかいないが、一度メンバーの交流を深めるために街で一番大きな酒場『クレセントムーン』で食事をしようということになったのだ。
「もう、お腹すきましたよー」
「そうねぇ……。でも、先に入ってるって言っても私と未来だけだよ?」
「いいじゃないですかぁ、遅れてくる人が悪いんだし、私達だけで先に食べちゃいましょうよー」
「でも、二人だけじゃねぇ……」
「二人だけだと問題があるんですか?」
未来が少し不満そうに言ってきた。
「いや、だって私達未成年だし。ここ酒場だし」
未成年の少女二人が、酒場に入って食事をする。酒を飲むのであればいいだろうが、酒は飲めないので食事だけをすることになる。周りは酒を飲んでいる客ばかりなので、美月としては未成年の女子だけで酒場に入ることはハードルが高かった。
「もぅ、何を真面目なこと言ってるんですか! ゲームみたいなところなんだし日本の法律なんて関係ありませんよ!」
「なんで未来は飲む前提で話をしてるのよ!」
未来は美月の一つ下。美月が飲酒を禁止されている年齢なので、当然のことながら未来も酒を飲んでいはいけない。ただ、未来の言う通り、この場所で日本の未成年飲酒禁止法が適応されるのかどうかは疑問であるが、とりあえず、大人のギルドメンバーが早く来てくれたら未成年の女子だけで酒場に入るということをしなくて済む。
そんなことを話しながら、美月と未来がギルドメンバーを待ってすでに一時間近くが経過した頃、ようやく若い二人の男が近寄ってきた。
「ごめんー。遅くなった」
「悪ぃ、ちょっとこいつと新しい稼ぎ場所がないか探してたら、いつの間にか夕方になってたんだよ。すまねえ」
「もうっ! 恭介さんも正吾さんも遅いっ!! ずっと待ってたんだからね!」
待ちくたびれた未来が頬を膨らませて二人の男に抗議した。遅れてやってきたのはギルド『ストレングス』のメンバーの内の二人。ベルセルクの鈴木 恭介とパラディンの藤林 正吾だ。この二人はよく一緒に狩りに行っている。
「だからさぁ悪いって言ってるじゃん」
恭介が拝むようなポーズを取って未来に謝る。
「ごめんね、好きな物食べていいからさ、機嫌直してよ」
困った表情で正吾が未来に謝るが、まだ膨れている。
「美月ちゃんも待ったでしょ。ごめんね」
正吾が未来の隣にいる美月にも謝罪の言葉をかけた。
「いえ、私は別に、大丈夫ですから」
事実、美月はそれほど怒ってはいなかった。待たされることは嫌なので多少は怒っているが、未来ほど怒るようなことでもないと思っていた。
「あれ? マスターは? 美里さんも来てないの? って由紀さんもいないじゃん!」
恭介が周りを見渡して質問を投げかけた。マスターや美里が遅れてくることはまだ考えられたが、きっちりしているギルドのサブマスター、由紀が来ていないことに驚く。
「そうなんですよ。まだ来てなくて……雅也さんもまだで……」
名前の挙がっていない雅也の名前を一応美月が付け加える。まだできて間もないギルドであるが、メンバーの大体の性格というのは分かってきた。頼りになりそうで少し頼りないマスターの雄二。しっかり者でギルドの影の支配者である由紀。普段は優しいが意外と短気な美里。お調子者の雅也。子供っぽいが人懐っこい未来。真面目な性格の正吾。いつも冗談を言っている恭介。一緒に過ごした時間はまだ短いが、美月はこのギルドで何とかやっていけそうな気がしていた。
「マスター達がどこに行ってるんか知ってる?」
再び恭介が質問をしてきた。
「えーと、確かグレイタル墓地に行くって言ってましたよ」
恭介の質問には美月が答えた。今日の午前中に美月もグレイタル墓地に行こうと誘われていたが、美月はああいう墓地の雰囲気が苦手で、さらにゾンビまで出てくる場所には行きたくなかったため、素直に断っていた。
「残りの4人で?」
「はい、そうですよ」
「そうか……。なんでまだ来てないんだろう……?」
恭介が不思議そうな顔をして正吾の方を見たが、正吾の方としてもマスター達が来ていない理由を知らないため、首を横に振るだけだった。
「ねえ、もう先に入っちゃわない。恭介さんもお腹空いたよね?」
美月と恭介の会話に割って入ってくるようにして、未来が近寄って提言してきた。恭介に話しかけたのは、よく冗談を言っているので、真面目に待ってようとは言わないという計算が働いていたからだ。
「そうだなぁ……。遅れてきた俺が言うのもなんだが、もう少し待ってみるか」
「ええ~っ! どうしてよー!」
当てが外れた未来が口を尖らせる。
「いや、だから、もう少しだけだって。俺だって腹減ってるし。な、もう少しだけ待ってみようぜ。来なかったら、先に入ってしまおう。」
「……もうっ! 分かったわよ……」
不貞腐れた様子で渋々未来は恭介の意見を飲んだ。
「正吾もそれでいいか?」
「僕は構わないよ。美月ちゃんは?」
「私も構いません」
そうして、ギルド『ストレングス』のメンバーはもう少しだけ、残りのメンバーを待つことにした。だが、結局来ることがなかった他のメンバーをよそに食事だけ済ませて、親睦会はまた後日改めてやることで落ち着いた。




