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ゼンヴェルド氷洞 Ⅵ

        1



「もう少しだ! 一気に畳みかけろ!」


雄叫びのような晃生の声が氷の洞窟内に響きわたる。最初は狼の原生種であるゼンヴェルド族と大精霊シルディア、氷牙の白狼ルフィールに挟み撃ちにされていた状況であったが、シルディアとルフィールは真が一手に引き受けてくれている。そのため、『ライオンハート』の部隊は背後を気にすることなくゼンヴェルド族と正面からぶつかることができていた。


数はほぼ互角でも個人の力量は『ライオンハート』の部隊がゼンヴェルド族を上回る。シルディアとルフィールを無視できる状態なのであればゼンヴェルド族との戦闘は何ら問題はなかった。波が砂山を削るよりも容易くゼンヴェルド族を瓦解させていた。


「大将……やっぱ、あんた強えな……」


ケビーが横目で状況を確認しながら言う。目線は総志の方から外さない。ケビーの視界で確認できるだけでもゼンヴェルド族は既に残り四分の一以下といったところか。ほぼ全滅といってもいい状況だ。


「退けと言っても無駄なのだろうな」


ケビーを見据えて総志が言う。ここで退いてくれる相手であればいいのだが、そうはいかないのだろう。それならばやるしかない。


「へへっ……分かってるじゃねえか……。『命の指輪』を守るのが我らゼンヴェルド族の使命だ!」


叫ぶようにケビーが言い放つと、鋭い爪を立てて総志へと飛びかかって行った。ケビーは誘き寄せる役目であるため丸腰だ。使える武器は己の身体のみ。それでも使命を果たすために至宝を狙う賊へと飛びかかる。それが百獣の王を思わせる風貌であっても。明らかに自分より格上であったとしても、勇敢な戦士として命を賭して立ち向かう。


「良い覚悟だ!」


<ハードスマッシュ>


総志の強打がケビーに襲い掛かる。ベルセルクのスキルであるハードスマッシュは威力こそ低いものの敵をスタンさせる効果を持っている。


「がっ――」


総志のハードスマッシュを受けたケビーの動きが止まった。


「悪いが俺にもやらないといけないことがある」


<スラッシュ>


踏み込みからの斬撃。総志が振りかざした大剣がケビーを袈裟斬りにする。スラッシュはベルセルクにとって一番基本的なスキルであり、各種連続攻撃スキルの起点ともなるスキルだ。


<フラッシュブレード>


間髪入れずに横薙ぎの一閃を払う。まさに閃光が瞬いたように鮮やかな一撃。だが、それだけでは終わらない。


<ヘルブレイバー>


低い体勢から飛び上がる勢いで斬り上げると総志は身体ごと跳躍させて斬りつけた。これが総志が現状で使える最大限の攻撃だ。


「……あぁ、クソッタレめ……」


スタンから回復する頃には終わっていた。ケビーは膝から崩れ落ちてその場に倒れ込むと二度と起き上がってくることはなかった。


「総志、こっちも片付いたぞ。被害はなしだ」


受け持っていたゼンヴェルド族を全滅させた時也が声をかけてきた。まんまとケビーに騙されたのは口惜しいが、それを言ったところで仕方のないことだ。兎に角犠牲が出ていないことでよしとするしかない。


「どうする? ここは一旦退く――」


こちらも敵を片付けて戻ってきた晃生が総志に声をかけた時だった。


「紫藤さんッ!」


『ライオンハート』の精鋭部隊の一人が慌てふためいて総志の方へと駆け寄ってきた。


「どうした?」


「た、退路が……退路が見えない壁に阻まれて戻れません!」


「なんだとッ!? さっきと通ってきた道だぞ!」


怒声交じりに晃生が声を荒げた。今までにもゲーム化した世界では何故か見えない壁のようなものに阻まれて先に進めないというところが数多く存在していた。晃生にとってはこれが不可解で仕方がないのだが、さっきまで通ってこれたところが急に見えない壁に阻まれているということに理解が追いつかない。


「剣崎さん、おそらく精霊と狼を倒さないとここからは出れない仕組みになってるんだと思います」


眼鏡の位置を修正しながら時也が分析をする。昔、やったことがあるゲームでも似たようなことはよくあった。ボスを倒すまで逃げることができない仕様なのだ。


「また訳のわからねえゲームの理屈かよ! ……くそっ!? この人数でやるしかねえのか……」


元々奥地の探索を目的として編成されているため、精鋭部隊とそれに準じる部隊だけで動いている。ミッションの全容が見えたところで他のギルドにも要請を出して一気にミッションをクリアしようというのが当初の計画だった。だが、騙されたとはいえ、ここまで来てしまっている。そして、閉じ込められた。


「やるだけのことです。こっちには蒼井がいます。戦力としては申し分ありません」


総志は晃生の目を見ながら言った。既に覚悟は決まっているようだ。


「ああ、そうだったな……。あいつがいるなら勝機はある」


晃生はバシッと自分の頬を叩いて気合を入れた。現状を打破するには目の前の敵を倒すしか選択肢はない。良くない状況だが、こちらの手札にはジョーカーがある。それなら迷うことはない。やってやるだけのことだ。


「全部隊員に告ぐ! 退路は塞がれている! これをこじ開けるには精霊と狼を倒すしか方法はない! アイスゴーレムとの戦闘を思い出せ! 俺と蒼井が付いている、何の問題はない! いくぞ!」


まだ真が戦っている最中だ。いちいち判断に迷っている時間はない。総志は即断すると一気に声を張り上げて指示を飛ばした。


「おおおおーーーーッ!!!」


それに呼応して『ライオンハート』のメンバーが雄叫びを上げる。ゼンヴェルド族に快勝したことで士気も上がっていた。



        2



(こいつらレイドボスか?)


レイドボスとは大人数でやるMMORPGの特色を生かしたボス。数十人、時には数百人が集まって一体のボスを討伐するのがレイドと呼ばれるものだ。大人数で討伐することを前提としているためレイドボスの生命力は他のモンスターに比べて桁外れに多い。


真はシルディアとルフィールの二体を同時に相手にしているため、どうしても攻撃を避けるのに慎重にならざるを得ないが、それでもルフィールにはかなりの攻撃を喰らわせている。だが、まだ倒れていないところを見ると、この二体はレイドボスで間違いはなさそうだ。


(大人数が入れる広場だからな、レイドボスが来てもおかしくはないか)


今回のミッションは時間の制限もなく、人を集めてミッションの遂行に当たる余裕があった。連れてこられたダンジョンも広さが十分にあり、大人数で行動するにも問題はない。それを思えばエル・アーシアでのミッションは狭い部屋に強制的に移動させられていた。だから、今回のミッションは大人数であたるというのが想定されているのだろう。


「おおおおーーーーッ!!!」


真が幾度となくスキルを放っている最中、突然雄叫びのような声が氷の洞窟内に響き渡った。


「なんだ!?」


真は目線を雄叫びが聞こえてきた方へと向けると、そこには『ライオンハート』のメンバーが武器を掲げて大声を張り上げているところが見えた。


「あっちは片付いたのか。流石に早いな」


人数的にはゼンヴェルド族とほとんど大差なかった。それに加えて『ライオンハート』の精鋭部隊も来ている。『フォーチュンキャット』のメンバーもそれなりに力をつけている。それを考えると早く片づけることができて当然といったところか。そして、どうやらその勢いのままこちらへと加勢に来るようだ。


「気を付けて! 精霊の方は氷の槍を伸ばしてくる! 射程範囲は30メートルくらいある!」


真が大声を張り上げて警告をする。大人数で固まっているところにあの氷槍が飛んで行ったら誰かに当たる可能性は高かった。


「ああ、了解し――」


先頭を走ってくる総志がすぐに返事を返してきたのとほとんど同じタイミングだった。


「アオーーーーーーーン!!!」


突如、ルフィールが大きく頭を上げて遠吠えをした。ケビーの遠吠えとはまるで次元の違う声量は氷の洞窟全体が震えたのではないかと錯覚するほど。


「うッ!?」


真もその大声量に思わず顔を顰めてしまう。それは『ライオンハート』も『フォーチュンキャット』のメンバーも同じこと。勢いよく走ってきたところに大きな遠吠えを浴びせられて動きが止まってしまっていた。


「……ッ、ん……なにこれ……?」


最初に“それ”を発見したのは翼だった。後方からの遠距離攻撃を主体としているスナイパーの翼は隊列の後ろの方にいる。だが、目の良い翼は遠目でもすぐさま“それ”を見つけることができた。


“それ”は地面から2メートルほどの高さに浮かんだ青く光る球体。それが一個浮かんでいる。浮かんでいる場所は『ライオンハート』の先頭よりも少し後ろに下がった場所の近く。


「逃げろーッ!」


翼に遅れてること数秒、真も青く光る球体を見つけていた。その球体が何であるのかは真にも分からない。だが、分かることはある。それはこれが危険な物であること。そして、この球体から離れた方が良いということ。


「青玉から離れろーッ!」


総志も喉が裂けんばかりの声を張り上げた。真の声を聞いて即座に周りを確認した総志は、青く光る球体を発見するやいなや、これが危険なものであると判断。真が『逃げろ』と言ったのもこれのことだと一早く結論付けた。


そのため、全員が素早く行動に移ることができたが、問題はどこに逃げればいいのか。青い光球を素早く見つけた人はそれから離れることができた。だが、発見が遅れた者もいる。周りが一定の方向へと向かって逃げ出したのを見てから動いた。それは数秒の差でしかないことだったが、その数秒が生死を分けた。


カッと青い光球が強く光を放つと、青い光球は一気に膨れ上がって爆発した。爆発の範囲は直径10メートルから15メートルといったところか。


ほとんどの人はその爆発の範囲から逃れることができていた。だが、不運にも逃げ遅れた数名が爆発に巻き込まれ、その一瞬で氷の彫像にされていた。






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