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ゼンヴェルド氷洞 Ⅳ

「な、な、何? 何なの!? どういうことよッ!?」


突然の事態に状況を飲み込み切れていない咲良が声を上げる。強い吹雪が吹き荒れたと思ったら、いつの間にか退路は断たれており、前方には巨大な狼と得体のしれない女が出現している。漠然と理解できることは危険な状況であるということ。


それは咲良だけではなく、他のメンバーも同じように動揺が走っていた。


「狼狽えるなッ! 陣形を整えて戦闘の準備だッ!」


総志の声が高らかに上がる。不意打ちを喰らった状況であっても一切の動揺は見られない。その声は威風堂々とし、混乱しかけている『ライオンハート』の部隊は一気に冷静さを取り戻した。


どんな状況に陥っても紫藤総志は揺るがない。必ず活路を見出して勝利へと導く。それが『ライオンハート』のメンバーが信仰する不文律だ。


そして、その効果は絶大。精神的な支柱があることが、行動の精密さに影響を与える。総志の声を聞くやいなやパラディンとダークナイトが前に出て、傍には近接戦闘職が付く。後衛を囲むようにして迅速に陣形が組まれた。


「貴様……やってくれたなッ!」


獣のように鋭い総志の眼光がケビーを睨み付ける。


「ここに来る奴の目的は分かってるんだよ! お前ら『命の指輪』を盗みに来たんだろ!」


ケビーは牙を剥いて威嚇するように声を上げた。さっきまで見せていたお調子者の風貌はもうどこにもない。


「ああ、そうだ。俺たちは『命の指輪』を取りに来た」


『盗みに来た』と言うケビーに対して一切の否定をすることなく総志が返答をする。


「やけにあっさりと認めるじゃねえか。いいか、盗掘野郎ども。我らは大精霊様の加護の下、至宝『命の指輪』を守る使命を授かったゼンヴェルド族だ!」


ケビーが怒声交じりの声を上げる。


「なにッ!? ゼンヴェルド族だと!? お前、ゼンヴェルド氷洞は人間が勝手につけた名前だとか言ってたんじゃねえのか!?」


晃生が驚愕に声を上げた。今いる場所はゼンヴェルド氷洞だ。この原生種たちはその名を冠している。


「俺達ゼンヴェルド族が守る氷洞でゼンヴェルド氷洞だ。人種族が勝手にそう呼んでるっていうのは嘘じゃないぜ。俺たちは『精霊様の氷穴』って呼んでるからな」


嘲笑うかのようにケビーが言う。自分たちは間違ったことを言ったわけではない。勝手に勘違いしたのはそっちの方だと。


「くそがッ! こんな情報はなかったぞ!」


怒りを抑えることなく晃生が毒ずく。ミッションを受けた時の説明ではゼンヴェルド族の話は一切なかった。重要な情報が開示されていないことは想定していたが、それでも騙されたことに腹が立つ。


「なるほど、最初から騙すつもりだったわけだな」


冷静な総志の声が氷の洞窟に響く。騙されたことに怒り心頭というわけでもなく、単に事実を確認するだけというような低い声をしている。


「ああ、そうさ! 命の指輪を狙いにくる輩は後を絶たねえからな! 金で雇われたフリをして誘い込んで、大精霊シルディア様と氷牙の白狼ルフィールに裁きを下してもらうのさ!」


(大精霊シルディアっていうのがあの女か……。横にいるでかい狼がルフィール……。ちゃんと説明をしてくれるところはゲームのイベントとして扱われてるからか……。こっちにしてみれば好都合か)


周りを囲んでいるわりにまだ攻撃を仕掛けてこない敵に対して真が考えを巡らせる。普通、不意を突いたのであればすぐさま攻撃を仕掛けて、相手が混乱している間に一気に方を付けてしまうはずだが、それをしてこない。ゲームでいうところのボス戦前のイベントなのだろう。


(大ボスはシルディアとルフィールの組み合わせだろうな)


真は横目でケビーを見ながらも注意は目の前の大精霊と白狼に注ぐ。後ろにいる狼の原生種達の相手をしている場合ではなさそうだ。そちらは『ライオンハート』に任せるしかない。


「一つだけ褒めておいてやるよ。大将、あんたともう一人の赤い方、直前で何かに気付いただろ? 本当はもっと奥まで引きずり込むつもりだったんだが、ここで合図することになったぜ」


「あまりにも順調すぎたからな。おかしいと思って当然だ」


低い声音で総志が返す。真も総志もアイスゴーレムを倒して以降、ここまで来るのに碌な妨害がなかったことに疑問を持っていた。障害があって先に進むのが困難になるということがない以上、残されているのは何らかの罠が仕掛けられているということ。


「早く気が付いた方だったが、ちょっとばかし遅かったな。残念だがお前らはここで死んでもらう! 大精霊シルディア様とその従者ルフィールよ! 悪しき盗人どもに氷の鉄槌を!」


「来るぞッ!!」


総志が警告の声を発する。すでに陣形は整っているが、囲まれている状況。圧倒的に分が悪いのはこちらの方だ。


「俺が精霊と狼を受け持つ! 後ろの雑魚処理を頼む!」


真が声を張り上げるやいなや、返事を待たずして一気に飛び出していった。


「何ッ!? 蒼井、お前一人で――」


返事も碌に聞かずに飛び出していった真に対して晃生が困惑の声を上げる。どう見ても本丸はあの精霊の女と大狼だ。それに対して一人で突っ込んでいった。晃生は無謀すぎる真の行動を止めようとしたが、先日の夜の話を思い出した。総志が言っていた『化け物以上の何か』。真は一人で巨大なドラゴンも倒せるほどだと聞いている。だったら、真が取った選択は一番安全な方法なのかもしれない。


「剣崎さん、蒼井の言う通り雑魚どもを蹴散らします!」


総志の判断は早かった。強大な敵は真が相手をしてくれるので、まずは全力で邪魔な狼の原生種を排除することに専念する。


「エッ!? でも蒼井君が……」


椿姫が戸惑いの声を上げた。真一人に巨大な白狼と大精霊と呼ばれた強力なモンスターを相手にしてもらう作戦。強いということは聞いていたが、あまりにも無茶が過ぎるのではないか。


「蒼井のことは気にするな! 俺たちは全力で狼どもを排除する! かかれッ!」


この作戦の有効性を理解しているのは『フォーチュンキャット』のメンバーと総志と時也に晃生だけ。他のメンバーからしてみれば無策に等しい行動だが、総志が真のことを気にしなくていいと言っている以上、そうなのだろう。理屈など考えている暇はない。だったら、命令された通りに動くのが最善である。それは『ライオンハート』の精鋭部隊なら全員が経験してきたこと。危機的な状況であればあるほど、考える時間がないほどに盲目的に総志を信じることが生き残るための上策だ。


「ガアアアアアーーーーーーッ!!!」


唸り声を上げながら狼の原生種たちは一斉に襲い掛かってきた。


「来やがれ犬どもッ!」


<マリスヴォーテクス>


晃生が片手斧を斜め横に振り払うと、足元からどす黒い渦のようなものが発生した。直径にして10メートルほどは広がっただろうか、一斉に襲い掛かってきた狼の原生種をまる飲みにするように黒い渦が迎え撃った。


ダークナイトのスキルであるマリスヴォーテクスはスキル使用者を中心に発生し、範囲内に入った者の敵対心を増幅されると同時に継続ダメージを与えることができる。


「剣崎さんに続けー!」


<ライトオーラ>


先陣を切った晃生に続いて『ライオンハート』のパラディンが片手剣を掲げた。その剣から放たれるのは眩い光。白い光が氷の壁に反射する。


パラディンのスキル、ライトオーラも範囲内に入った者の敵対心を高める効果がある。ただ、ダークナイトのような追加効果はなく、複数の敵を引き付ける効果しかないが、一体多数の戦闘であれば、ダークナイトより守りに分があるパラディンの方が得意だ。


<ブレードストーム>


敵が集まってきたところに総志が大剣を振りかざした。同心円状に広がった斬撃は嵐のように敵をズタズタに引き裂いていく。


(あいつならこの一撃で全部倒せてるんだろうな……)


ベルセルクの範囲攻撃スキルであるブレードストームは威力があまり高くない分、効果範囲が広い。そのため、こういう乱戦状態では非常に有用なスキルなのだが、倒し切れないのは仕方のないことだ。だが、真だったら、これで終わっているはず。総志は心の中で苦笑しながらも、手を止めることなく次の攻撃へと移行していく。


<ライフフィールド>


戦闘が始まると美月もすぐさまスキルを発動させ、晃生を中心として円形の光が広がった。まるで命の水が沸き出るように、戦っている味方の足元に癒しの光が広がる。


ビショップのスキルであるライフフィールドは効果範囲内にいる味方を継続的に回復し続ける効果を持っている。一度スキルを発動させてしまえば効果が切れるまで放置しておいていい。一度に回復できる量は少ないにせよ、乱戦状態にある今の状況では非常に頼りになるスキルだ。


(すごく嫌な予感がする……。大丈夫だよね……真)


美月は前衛で戦っている『ライオンハート』のメンバーに意識を集中しながらも、内心ではどこか真のことがきになっていた。この選択肢が一番犠牲が出ない方法であることは美月も理解している。そう、真が一人で強敵を相手にすることが合理的であることは理屈では分かっているのだ。だが、どうしてもぬぐい切れない一抹の不安。何の根拠もない不安だが、美月はそれが気がかりで仕方なかった。




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