表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/419

ゼンヴェルド氷洞 Ⅲ

先頭を歩くのは総志と時也、それに晃生と案内役のケビーだ。どこを見渡しても氷だらけのゼンヴェルド氷洞の中はゲームの世界であるため、光源がなくとも視界は十分にある。だから、皆しっかりと付いてきている。


青白く光る氷が一面を覆いつくし、波打つような氷の凹凸が氷の天井を埋め尽くしているが、足場が比較的なだらかだ。自然のままに再現すると足場が不安定になってしまうため、こういうところは進みやすく設計されているのだろう。


「奇麗……」


思わず声が漏れたのは美月だった。見渡す限り青と白の世界。冷たく光る氷青の景色は宝石ともまた違う悲し気で幻想的な美しさがある。


「そうだな……」


美月の横を歩く真も頷く。ゲームをやっている時でも氷のダンジョンというのは一様にして美しいものだ。ただ、それを踏まえてもこのゼンヴェルド氷洞の造形美は格段だ。


「氷で覆われてるにしちゃあ、足場は滑らないんだな……、まぁそっちの方が助かるけどよ」


先頭を行く晃生が誰ともなしに呟く。どう見てもつるつるとした氷の上なのだが、他の地面と変わらない摩擦係数が働いているようで、足を取られて滑るというようなことはない。


「ゲームの世界ですからね……。ただ、突然滑る場所が出てくるかもしれないので気を付けてください」


数歩前を歩く晃生に真が声をかけた。ゲームに登場する氷のダンジョンの罠として滑るというものはよくあることだが、常時滑り続けているというのは一部のアクションゲームくらいだ。RPGでの氷のダンジョンは一部だけ滑る場所があるというのが大半である。


「そうか……。確かに油断させておいて突然滑って転ばされるっていのはやりかねないわな」


口髭に手をやりながら晃生が言う。大丈夫だと思わせておいて油断させるのは罠を仕掛ける基本だ。刑事をしていた時にも晃生はそういう人間の心理を突いて犯人を追いつめたことがある。


「この奥で待っているであろうモンスターとの戦闘では足場が滑ることも十分考えられますね」


周囲に注意を配りながら時也も話す。足場が滑ることは、氷でできた洞窟に行くと分かった時から想定していたことだ。特に命の指輪を守るモンスターとの戦闘ではその危険性が高いと考えていた。その他、氷柱が落ちてくるだとか、猛吹雪で視界が遮られるだとか、色々なことを想定している。


「俺は戦闘中に足場が滑るっていうのが一番有力だと思ってるんだがな」


どんな罠が仕掛けてあるのか、これはずっと話し合ってきたことだ。ただ、ゲームの知識がない晃生としては、自然の氷しか参考になるものはない。だから、ゲーム化した世界で起こることは晃生にとっては非常に難解で予測が難しい。それでも、今まで生きてこれたのは若い意見を蔑ろにしない性格のおかげであり、かつての上司が若かりし頃の晃生の意見を聞いてくれていたおかげだ。


「ケビー、この洞窟で足場が滑る場所はあるか?」


黙々と歩いていた総志が案内役のケビーに声をかけた。


「あぁ、滑る場所ねえ……、そうだな奥の方に行けば滑る場所があった……と思うぜ」


考えながらケビーが返事をする。どうにも歯切れが悪く、はっきりとしない物の言い方だ。


「あるのか、ないのかどっちなんだ?」


「すまねえ大将。奥まで行ったのはガキの頃以来なんだ……。あっ、でも途中までは大丈夫だぜ! 一本道だからよ」


へへへっと愛想笑いで誤魔化そうとするケビー。要するに記憶が曖昧ではっきりとしたことは分からないということだ。


「お前の記憶が確かなのはどこまでだ?」


若干苛立ちを含んだ声で総志が言う。案内を任せろと言って金まで取ったにも関わらずこの体たらく。重要なのはここからなのだが、これもミッションの一部なのだろう。重要な情報は開示しない。


「もう少し行ったところに開けた場所がある。そこで休憩ができるんだ。そこまでは間違いないぜ大将!」


「そうか、それなら今日はそこまで行って引き返す」


「そんなところで引き返すのか? まだまだ先はあるぜ大将?」


不思議そうな顔でケビーが聞き返した。この洞窟はまだ奥が深い。なのにこんな手前の方で引き返す理由が分からなかった。


「いいんだ。もとより今日だけでゼンヴェルド氷洞の探索を終えようとは思っていない」


「ってことは明日も案内が必要だってことだよな? 言っておくが別料金だからな!」


警戒の色を強めてケビーが言う。この人種族は明日の案内まで含めて3,000Gだと言いかねない。


「心配するな。それくらいは分かっている。必要だと判断した場合は案内を頼む」


洞窟の先に視線を向けたままケビーの方を見ずに総志が応える。ケビーの記憶に曖昧なところがあるにせよ、全く知らない自分たちだけで行くよりは案内があった方が良いだろう。ただ、足元を見られてぼったくられる気は全くないので、案内を雇うかどうかはこちら次第だと言っておく。


それから歩くこと20~30分ほど。ケビーが言うように開けた場所に出てきた。


氷の地面は多少の凹凸があるもものの、ほとんど平ら。天井は高くドーム状になっている。巨大な氷柱が何本かある程度で、他はこれといった特徴のないただ広いだけの場所。『ライオンハート』と『フォーチュンキャット』の一行が全員入っても広さには十分に余裕があるほど。


「大将、ちょっと休憩していこうぜ。ずっと歩き詰めで流石に疲れた……」


ペタンとへたり込むようにして広場にケビーが座りこんだ。確かに朝から歩きっぱなしで碌に休憩も取っていない。


「そうだな。戻ることを考えたら一度休憩を取った方が良いだろう」


時也が周りを見渡して意見を言う。ケビーだけでなく『ライオンハート』や『フォーチュンキャット』のメンバーにも休憩が必要だろう。


「…………」


総志は訝し気な顔をしながら黙っていた。話を聞いていないわけではないのだが、休憩の指示を出さずに黙っている。


「…………」


真も同じように黙っていた。何かを考えている顔だ。


「真……どうかしたの?」


黙考したままの真に美月が声をかけた。何か腑に落ちないところがあるような顔をしている。


「おかしいんだ……」


ボソッと真が言った。何か違和感を感じているようだが、それが何か判然としていない。そんな声を出している。


「蒼井、お前もそう思うか」


黙っていた総志が声を出した。総志も真と同じような顔をしている。何か違和感を感じているが、それが何かはっきりとしていない。


「大将! ちょっと静かにしてくれ!」


ガバっと立ち上がったケビーが急に大声を出してきた。しーっと指を口に当てて黙るように指示をしている。


「なんだいきなり!?」


「いいから静かにッ!」


いきなりそんなことを言われて総志は何のことだかさっぱり分からず、眉間に皺を寄せてケビーを見た。すると、ケビーはおもむろに大きく息を吸い込んだ。


「アオーーーーーーーン!!!」


唐突に上がる狼の遠吠え。ケビーが上げた遠吠えは青白い氷の壁に反響して大きく響き渡った。その遠吠えに皆の注目が集まる。


「おい、ケビー何のつもりだ!?」


突然遠吠えを上げたケビーに対して総志の怒気を含んだ声が飛ぶ。何故こんなところで遠吠えをするのか、全く意味が分からない。


「しっ! 大将、静かに!」


再び口元に指を当てて黙るように指示をするケビー。顔は真剣そのもので、辺りを注意深く見渡している。


「……ッ!? ケビー、お前まさかッ!?」


何かに気が付いた真が慌てて声を上げ、同時に背負っていた大剣を抜くと、ケビーの方へと構えた。


「ははッ! もう遅せえよ!」


嘲笑うかのようにケビーが言うと、突然の強風が氷の広場に吹き荒れた。渦巻く様な吹雪がその場にいる全員に襲い掛かり、目も開けていられない。


「くっ……!?」


真は腕で顔を覆い、強風から身を守る。強い吹雪が吹き荒れたのはほんの数秒だけだった。再び視界が戻ると今までいなかった何かが広場の中央に現れていることが分かった。


そこに居たのは純白の装束を身にまとった美女。雪のように真っ白な肌と水色の長い髪。冷たく凍り付いたような青い目。すらりと細い身体は地面から十数センチは浮いて佇んでいる。人間の形をしているが、明らかに異質な存在。


そして、その美女の傍らには、寄り添うようにして従える巨大な白狼。全長10メートルはあろうかという巨体だ。鋭い牙を覗かせながらも静かにこちらを見据えている。


強烈の吹雪と共に現れたのはこの二体……だけではなかった。


「お、お前たちッ!? どうして……!?」


驚愕に声を震わせたのは『ライオンハート』のメンバーの一人だ。先ほど自分たちが通ってきた道から次々と狼の原生種たちがやってきたのだ。ざっと見ただけでも50~60人はいる。


狼の原生種達はそれぞれに剣や斧、弓といった武器を持っており、殺意に満ちたその顔が真や総志達に向けられる。


「くそっ……ッ!? やられた!」


真がケビーを睨み毒づいた。前方には得体の知れない女と巨大な狼。退路は狼の原生種達に塞がれている。もはや逃げ場はなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ