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ゼンヴェルド氷洞 Ⅰ

        1



昨日までの雲は何処へやら。晴れ渡った朝の空はどこまで澄み切った青さをしている。差し込む太陽の光を遮るものはどこにもなく、狼の原生種が生活をしている、現実世界製のログハウスを明るく照らしていた。


もうすでに狼の原生種たちは活発に活動をしており、十数人が集まってきていた。いつの間にか現れた『ライオンハート』と『フォーチュンキャット』の野営を珍しそうに見て何やら話をしている。


その中には昨日出会ったケビーの姿もある。それに加えて総志と時也と晃生が狼の原生種達の前で説明をしていた。


総志の話を聞いた狼の原生種達の反応は昨日のケビーとまるで同じもの。なんであんなところに行くんだという疑問。一様にそんな表情を浮かべている。


総志達が狼の原生種と話をしている間に他のメンバーは出発の準備をする。ゲーム化によって出したアイテムはゲームと同じように瞬時にアイテム欄に収納することができるため、出すのも片づけるのも非常に速い。そのため、総志達が話を終えて戻ってくる頃には整列まで済ませている状態であった。


「これから目的地であるゼンヴェルド氷洞へと向かう。案内役はケビーだ。話によるとゼンヴェルド氷洞はここからそれほど遠くはない。遅くても昼過ぎには到着することができるだろうとのことだ」


整列している部隊を前にして総志の声が上がる。真剣なその声色は朝から身が引き締まる思いだ。


「おう、お前らよろしくな!」


総志の横で軽く手を上げてケビーが挨拶をする。非常に緊張感のない様子である。ケビーからしてみれば地元を案内するだけの簡単な仕事なのだろう。


「今日の目的はゼンヴェルド氷洞の中にまで入ることだ。どこまで入るかはその時の状況で判断する。罠が仕掛けてある可能性もあるが、どの道中に入って調査をしなければならない。そして、その調査をするのが僕達の役割だ」


続けて時也が声を上げた。今朝聞くことができたケビー以外の情報にしても、ゼンヴェルド氷洞には何もないとのこと。それだけの情報しかなく、他に情報を得られそうなところもないため、行って確かめるしかないのと、ここまで来れば精鋭部隊しか調査をすることができる者はいないため、このまま調査に入る。


「ここからは更に危険が増すと思ってかかれ。まず優先すべきことは己の命だ。ミッションの遂行よりも生きて帰ることの方が大事だということを忘れるな」


総志が皆の目を見ながら声を上げる。ここからがミッションの本番なのだ。今までのような前座とはわけが違う。横で話を聞いているケビーは何をそんなに騒いでるんだというような顔をしているが、それは無視をする。


「総志が言った通りだ。危ないと判断したらすぐに帰還する! 時間はまだあるんだ焦る必要はない。確実に一歩ずつ進めていく。話は以上だ。質問がなければ出発するぞ!」


最後に声を出したのは晃生だった。特に質問が出てくるようなことはなく、そのまま晃生が号令をかけると一路ゼンヴェルド氷洞へと向けて足を踏み出していった。



        2



昨日ケビーが話をしていた通り、しばらく歩いていると林すらなくなってきた。一面雪に覆われただけの山肌を進んでいく。視界は開けているが、遠くに山頂が見えるだけで洞窟らしきものは何も見えない。


ケビーは何もない山頂の方へと向かってどんどん歩みを進めていく。それに対して総志も迷いなく雪を踏みしめていっている。


どこか胡散臭い狼の原生種であるが、総志がそれに付いて行っているということが他のメンバーとしては安心材料となる。見える範囲に何もないとしても疑問の声が上がらないのは偏に総志が何も言っていないからだ。


「大将、こっちだ」


しばらく歩いているところにケビーが総志に声をかけた。そして、急に進行方向を変えて進んでいく。それに対して総志は何も言わずに指示された通り付いていく。


程なくして、山肌から滑り下りるような急な斜面までくると、ケビーは慣れた足取りでその斜面を下っていった。総志も難なく付いていくが、後続はそうはいかない。


真と美月、翼は無事斜面を下りることができたが、彩音と華凛は苦戦しているようだった。


「行けるか?」


真は少し心配になって、ずるずると滑り落ちるようにして斜面を下っている彩音と華凛に声をかけた。


「だ、大丈夫……だと思います……」


必死の形相をした彩音が何とか返事をするが、どう見ても大丈夫そうには見えない。ただ重力に従って雪の斜面を滑っているだけにしか見えない。


「べ、別に真君に助けてほしいとかそんなことないから! きゃッ!?」


同じくずるずると滑り落ちてくる華凛が声を上げるも、途中で大きく滑ってしまい、そのまま落ちてくるように合流した。


「何それ? 面白いとか思ってるわけ?」


無様な華凛の姿を見て嬉しそうに咲良が嫌味を言う。咲良自身は早々に斜面を下っており、ちんたらしている華凛の姿をずっと見ていたのだ。


「くっ……あんたねぇ……」


華凛は屈辱で顔を歪めるも事実として醜態を晒したのは自分なので何も言い返すことができない。怒ったとしても真がいる手前、迷惑をかけることになってしまうので、怒ることもできない。


「咲良! いい加減にしなさいって言ってるでしょ! 何回同じことを言わせるのよ! このことは紫藤さんに報告するから覚悟しておくのね!」


椿姫が放った言葉に咲良の顔が青ざめた。


「えッ!? つ、椿姫さん!? 待って、ちょ、ちょっと待ってください! 総志様にそんな報告って!? 待ってください!」


「駄目! 紫藤さんから直接説教してもらうからね! 紫藤さんの顔に泥を塗ったのは咲良なんだから、ちゃんと反省しなさい!」


真がいる手前、事を荒げることができない華凛と同じく、咲良も総志に迷惑をかけるようなことができない。絶好の好機と見て放った嫌味だが、結局のところ自分が一番ダメージを負うことになる。


咲良の膝がガクッと折れて雪に両手を突く。だが、そんな咲良を尻目に、先頭を行く総志とケビーは既に足を進めていた。


「おい、お前ら! 遊んでないで速く来い!」


後続の様子を見ていた晃生が声を荒げる。大事なミッションの最中に真剣みがかけることは危険に繋がるので、気を引き締めておかないといけない。


「は、はい! すみません。すぐに行きます!」


晃生が怒っていることを感じ取った椿姫が慌てて返事をした。咲良も晃生が怒っていることは理解できたため、すぐさま体勢を直して隊列に加わる。


斜面を下りた先は浅い谷の底であり、一本道のように続いている。普通は道として使用することがない谷の底。ここを通らないと目的地であるゼンヴェルド氷洞に辿り着けないのであれば、案内なしで探すのは非常に困難だっただろう。


さらにそこから雪山を登ったり下りたりを繰り返す。道なき道を踏みしめて、案内されるままにどんどん前に進んでいくこと数時間。ようやくなだらかで開けた場所へと出ることができた。


「見えたぞ、あれだ。あれが大将の言う、なんとか洞窟ってやつだろ?」


時刻はそろそろ正午に差し掛かる頃。ケビーが指を指して声を上げた。直線的な移動距離はさほど遠くはなかったのだろうが、雪の斜面を登ったり下りたりの繰り返しで、非常に回り道をさせられた気分になる。


「あれがゼンヴェルド氷洞だと?」


ケビーが指を指した方向を見て、総志が怪訝そうな顔を浮かべる。


「ふざけてんのかよ……」


真もケビーが示す方向を見て声を上げる。その声には苛立ちが混じっていた。他のメンバーも同様に虚仮にされているような気分になって非常に不愉快な顔をしていた。


「ん? どうしたんだ、大将? あれじゃないのか?」


周りが険悪な空気になっていることを察したケビーが思わず声を上げる。ケビーが知っている氷の洞窟はここだけだ。言われた通りに案内した。何も落ち度はないはず。


「いや、おそらくあれだろう……。なんて言えばいいのかな……ここまで来てこれかっていう感じか……」


時也が眼鏡の位置を修正しながら呻くように返答した。時也としてもこれが目的地のゼンヴェルド氷洞に間違いないと言い切れないところがあるにしても、案内された場所がここであるのなら調査しないわけにはいかない。


「ただのスキー場じゃない」


皆が見ている方向にある建物を見て華凛が呟く。そこにあるのは横に伸びた大きな建物で、広い入口にはアーチ状の看板があり、『ようこそスノーパークへ!』と書かれている。


ようやく辿り着いた場所は、どう見ても現実世界のスキー場の入口にしか見えなかった。







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