モードロイド Ⅳ
翌日の朝は空全体を薄っすらと雲が覆い、降り注ぐはずの陽光も雲に阻まれて頼りない。大きく崩れているというわけではなく、雪も降っていなければ風も弱い。なんとも微妙な天気。だが、雪山を覆いつくす白雪が朝日を受けての照り返しがない分、こんな天気でも歓迎するところはある。
吹雪でないのならこんな天気の方がいいかもしれない。真はそんなことを思いながらモードロイドの山肌を進軍していく。
昨日、アイスゴーレムが障害になり得ないことが分かったため、この日は『ライオンハート』の第一部隊から第三部隊と『フォーチュンキャット』でさらに奥地に進むことになった。
しかも、探索状況が良好であれば、ベースキャンプには戻らずに野営するとのことだ。
現実世界の雪山であれば文字通り背筋の凍る内容だが、ここはゲーム化した世界の雪山。雪がまるで冷たさを持っていない。
だから、真も雪山で野営することに何ら反発をしなかった。もう慣れている普段の野営と何ら変わりはないのだ。それに、ベースキャンプからたんまりと食料などの物資を持ってきている。『ライオンハート』が用意した物資は高価な物ばかり。それこそ、普段の生活よりも贅沢ができるほど。
そして、ベースキャンプから2時間ほど進んだ場所にあるのが、切立った断崖の岩壁。高さにして100メートル近くあるその岩壁の真ん中を割るようにして幅14~15メートルほどの道がある。その道以外は断崖絶壁に阻まれて選択肢がない。絶対にここを通らなければ先に進めないというところにアイスゴーレムがいるのだ。
「作戦は昨日と同じだ。ソーサラー、サマナー、スナイパーは後方から全力斉射。パラディンとダークナイトが全力でアイスゴーレムの注意を引き付ける。一呼吸置いてからベルセルクとアサシンが直接攻撃。ビショップとエンハンサーは支援に回れ」
総志が声を上げて指示を出す。内容は昨日アイスゴーレムを倒した方法と同じ。アイスゴーレムを倒せたのはほとんどが真の力によるものだということは総志も理解している。だが、作戦内容は昨日と同じで真に任せようとはしなかった。
「「「はいっ!」」」
総志の指示に対して気合の入った返事が返ってくる。強敵であるアイスゴーレムをいとも簡単に倒すことができたという自負が士気を高めていた。
総志の狙いはここにあった。総志が皆の旗印となり、強大な敵に立ち向かい、それに勝利する。大きな集団を導くためには大きな光が必要なのだ。
しかも、やることは昨日と同じ。一度経験していることだから、動きもスムーズになる。真一人に任せておけばそれでいいのだが、それでは他の練度が上がらない。だから、これは『ライオンハート』の精鋭部隊の訓練でもあった。
そして、結果は昨日と同じ。速攻でアイスゴーレムを倒して道を開く。真がいるのだから、結果が変わるはずもないのだが、士気が上がっていることは純粋にプラスと見ていいだろう。
「今日はこの奥も進む。探索状況によってはべースキャンプへ帰ることなく探索を続行するから野営の心づもりをしておけ」
総志が上げた声に対して士気の上がった『ライオンハート』のメンバーは意欲的な声で応え、さらに奥地へと向けて足を運ぶ。
曇り空の下、進む道は両端が断崖絶壁。取れる選択肢は進むか戻るかのみ。その状況でも誰一人として暗い顔をしていない。逞しく前を向いてしっかりとした足取りで前に進んでいく。
奥に進んでいく道中にもアイスゴーレムが徘徊していた。一体だけではなく、時には2体いる時もあったが、やることは同じ。1体ずつ確実に仕留めていく。
途中でフロストワイバーンの群れに出くわすこともあったが、アイスゴーレムがいなければただの飛ぶ蜥蜴に過ぎない。アイスゴーレムに注意をしながらフロストワイバーンの処理をしないといけないから苦戦するだけの話だ。
その後も快進撃は続いていき、辺りが薄暗くなり始めた頃には断崖の岩壁に挟まれた道を抜けることができた。
道を抜けた先に広がっているのは針葉樹の林。何本も立っている背の高い常緑樹には雪が積もっている。探索に来たのでなければ、絵になる光景だっただろう。
「ここを進めってことか」
針葉樹林を見て真が一言言った。
「だろうな。だが、誘われているというわけではなさそうだ」
それに対して総志が応える。目の前に広がっている針葉樹の林には木が生えていない箇所がある。その木が生えていない箇所はまるで道のように真っ直ぐ伸びており、暗にここを通るように指示されているようにも見えた。
「ただの順路だな」
真は少しだけ考えてからそう結論を出した。道のようになっている木々の間を進むことで間違いはないだろう。もし危険なものがあったとしても、逃げ場はある。罠を仕掛けるなら、今まで通っていた断崖に阻まれた場所に誘導して罠を仕掛けてくるはずだ。
「よし、このまま真っ直ぐ進むぞ!」
真と総志の会話を聞いていた晃生が声を上げて指示を出す。晃生としても真が言った『ただの順路』という意見に賛成だった。
そのまま歩くこと1時間ほど。出現するモンスターはフロストエレメント。物理攻撃が効きにくく、強力な氷属性魔法を使ってくる厄介な敵だが、数は多くない。ほとんどが単体で出現するモンスター。
弱点は当然のことながら炎属性。物理攻撃が効きにくいにしてても、『ライオンハート』の精鋭部隊からなる十数人のソーサラーが一斉に攻撃をすれば一瞬で蒸発させることができる。
「おい、翼。あれ見えるか?」
道の先に何かを見つけた真が翼に声をかけた。真は目が良い方だが、翼は輪をかけて目が良い。遠くに何かを発見した時には翼にも確認をしてもらうことが多かった。
「ん? どれ?」
「あれだよ。このまま真っ直ぐ行ってから右に行ったところにあるやつ。ここからだと木の間からしか見えないけど、あれだよ」
真が少し斜め右を指さした。見る角度によっては木々に阻まれて見ることができないが、真がいる位置からだと、木々の間を縫うようにして見ることができる。
「あれって……家? ログハウスみたいだけど」
「どうした蒼井?」
何かを見つけた気配を感じて晃生が質問をしてきた。晃生も視力には自信があったのだが、最近では近くの物が見えにくくなっている。
「えっと、あれは建物じゃないかなって……」
近づいてきた晃生にも真が指を指してログハウスらしき物がある方向を示す。
「んん? 見えねえな……。おい、総志、時也。あれが見えるか?」
「どれですか?」
晃生の呼びかけにまず応えたのは時也だった。眼鏡の位置を修正しながら晃生が指を指している方向に目を向ける。
「あれだよあれ! お前眼鏡かけてるんだから見えるだろう」
「目が悪いから眼鏡をかけてるんです! 眼鏡で常人以上の視力を手に入れたわけではないんですよ!」
「お前はいちいち理屈っぽいんだよ! もっと肩の力を抜けって。で、あっちだ。あそこに建物があるのか?」
「だから、そこまでは見えませんよ! 何かあるようですが……建物かどうかまでは……」
眼鏡越しに時也が目を凝らすが、はっきりと見えるわけではない。何かあるようなのはぼんやりと分かるが、それが建物かどうかまでは判別が付かない。
「蒼井と椎名が建物だというのならそうなんだろう。行ってみるぞ」
少し遅れてやってきた総志が言う。もうしばらくすると日が暮れる時間だ。建物があるのであればそこで野営をした方がいいだろう。だったら、すぐに行って確かめる。
「だな。そうするか」
晃生も同じことを考えていた。建物の中に入ることができれば、野営もかなり安全になる。それでも見張りを立てておく必要はあるだろうが、かなりマシになるはずだ。
そこから歩くこと数十分。次第に見えていた物の全貌が明らかになっていく。最初に見えたのは翼が言ったとおりログハウスだった。しかも、かなりしっかりとした造だ。横には駐車場もある。玄関先には木でできた表札があり、カタカナで『フォレストラビット』と書かれていた。
そのログハウスを皮切りにして、他にも多くのログハウスが建っていた。一戸一戸の間隔は空いていて、駐車場スペースになっている。
「これって現実世界のログハウス……だよな?」
「たぶん……そうだと思うよ……」
真が漏らした疑問に美月が相槌を打つが、曖昧な返答になっている。ゲーム化した世界でもログハウスを見ているため、これが現実世界の物なのかゲーム化した物なのか迷うところではあるが、造がゲーム化した物よりもしっかりとしていることと、雪に埋もれて見えにくいが、基礎部分にコンクリートがあるため、現実世界の物で間違いはなさそうだった。
「おい、あんたらなにやってんだ? 旅の人……っていうには人数多いな」
ログハウスが建ち並ぶ一画の入口で立ち止まっているところに1人の男が声をかけてきた。
真達はその声の方へと向くと、そこにいたのは灰色の毛並みをした狼の獣人。身長は人間の成人男性と同じくらい。身に纏っているのは麻の服に皮の靴。雪山には似つかわしくない軽装だが、長い毛に全身が覆われているため寒くはなさそうだ。手には数羽のウサギを持っている。おそらく山に狩りに行った帰りに出くわしたのだろう。
「原生種の獣人……」
狼の獣人を見た真が思わず声を漏らした。それは以前、エル・アーシアの探索の時に出会った獣人種族。他の種族と交わらず、より獣の姿に近い獣人。原生種。真達の前に現れたの狼の原生種だった。




